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    ju__itkh

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    ju__itkh

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    α食いαの傑とα?の悠仁くんの話です。
    初めて書いたオメガバなので、あたたかく見守るような気持ちで読んでいただけると幸いです。
    αの庇護欲とか攻撃性を拡大解釈している部分があります。

    α食いのα傑とα?の悠仁くんの話 この世界には男女の性に加えて、アルファとベータ、オメガの三つの第二性がある。つまり合計六つの性があるのだ。第二性は見た目では判断しにくい、とされている。確かにその人が子宮を持つオメガであるかどうか人類の大半を占めるベータには分からない。しかしアルファは違う。天は二物を与えずという慣用句を鼻で笑うがごとく、生まれつきの多才なのだ。ゆえに本人の自覚も早く、十代半ばに受ける検査を待たずにアルファとしての言動を身に着けるものが大半であった。すなわち、能力に裏付けされた自信。おのれが世界のヒエラルキーのトップであるというある種の傲慢さ。
     ――夏油傑もそういったアルファのうちのひとりであった。
     男は自分がアルファであるという自覚を十全に持っていた。幼い頃から優れた頭脳を持ち、端正な顔立ちで、衆目を集め目立つ存在であったゆえに、周囲と自分の差をうんざりするほどに分かっていた。凡庸な周りに、自分というアルファがどう映るのか。ベータもオメガも、アルファを同じ人間として見ないのだ。アルファはアルファという枠に当てはめて見る。
     第二の性による影響が全くないベータは、大人顔負けの能力を発揮する傑を全知全能の神のごとく褒め称えた。アルファは長ずれば社会的に高い地位を得ることが大半で、そのおこぼれに預かろうというのだ。男女のベータである両親から生まれた傑は、彼がアルファであるという噂を聞きつけた親族からのおべっかにほとほと呆れかえっていた。ベータの腹からアルファが生まれることはごく稀で、その希少性も期待に拍車をかけた。顔も知らない親戚からの声がけが増えれば、比例するように慇懃無礼な態度がうまくなる。分かっているのかいないのか、傑のそういった言動を「優しい」と賛美する連中まであらわれて、彼がベータを軽蔑するのにそう時間はかからなかった。ベータの両親は、そんな息子の内心に薄々気づいてしまったようで、いっそう遠巻きになる。十代半ばに受けた検査で当然のように出たアルファという結果。診断結果の記載された書類から顔をあげた両親の、血を分けた子どもに向けるものではない笑みのテクスチャー。それが彼らから貰った最後のプレゼントになった。
     ベータはまだいい。傑に何の影響も与えない有象無象に過ぎないからだ。だがオメガはどうだ。ひとたび発情すればところかまわず、アルファを誘うフェロモンをまき散らし、抑制剤が無ければ社会生活もままならない。完全なアルファとしての自認がある傑にとって、本能が理性を上回ることはあってはならないことであった。文明社会において本能が勝ればどうなるか、それはオメガという存在が教えてくれる。性交と繁殖のことしか考えられないサルになるのだ。――アルファと番わなければ、オメガはヒトになれない。オメガがアルファを求めるのはいかんともしがたい自然の摂理であった。しかし、オメガを哀れと思うこころと同じく、オメガを忌避する感情が傑の中にはある。
     オメガの発情で、いとも簡単にアルファは狂う。
     アルファはヒトの頂点に立つ存在でありながら、オメガだけが彼らをサルに堕とすことが出来るのだ。生まれながらの自然の摂理が、アルファにも、オメガにも巻き付いている。頑丈な鎖を外すために番わなければならないとは、なんという皮肉であろう。
     アルファ、オメガともに人口の一割ほどと少数である。だが街を見渡せば、突然発情期を迎えたオメガのためのシェルターが目に入る。それは公衆トイレと同じく一般的なものだ。発情したオメガのフェロモンにあてられたアルファが事故――オメガを犯してしまわないための緊急用の抑制剤とてコンビニで手軽に購入できる時代なのだ。そこに薬剤師の認可は必要ない。誰もが第二の性に寛容で、本能を当然のものだと受け入れていた。
     世界は「そういう」ふうに出来ている。そこに傑の意思が関与できるはずもない。地上は生きにくい場だった。数多のベータに囲まれ、十分の一の確率で出会うかもしれないオメガに嫌悪しながら生活することを、傑は是としなかった。地上から離れ、目線は天を目指す。
     ヒエラルキーを体現するかのように、傑は高校時代に知り合った男と起業し、三十路を前にして摩天楼の住人となった。権力を持てば、付き合うヒトの範囲も思うままだ。傑の周囲には同じアルファ性の人間しかいない。企業のトップがアルファばかり、というのはある種の差別社会であるのだが世間は「そういう」ものだと割り切っている。地上において傑を苦しめた風習が、ここでは安心材料になることを冷笑しながら、男ははめ殺し窓の前に立った。
     三十階の高層ビルに傑たちのオフィス兼住居がある。北側が全面窓ガラスの一室が、傑と今は外出しているもう一人のアルファの執務室だった。高層階の圧にも耐えられるガラスは厚みのあるものだが、驚くほどクリアに外を映している。けれど地上の様子をはっきりとうかがうことは出来ない。距離がありすぎるのだ。傑の指で簡単に摘まめそうなサイズの車が行き交う様子を気まぐれに見ていた男の耳に、ノックの音が届いた。
     アポイントメントは入っていない。となるとこの場所に自由に行き来することを許された――特定のアルファということになる。従業員にはもちろんベータもオメガもいる。しかし働く場所が違った。トップの傑たちとアルファの幹部しかこのオフィスにはおらず、よほどのことがない限りはリモートで指示を出している。
    「どうぞ」
     声をかければ、一拍の呼吸を置いた後、ドアが開かれた。あらわれたのは黒髪を四方に散らした少年である。高校の授業が終わってそのまま来たのか、真新しい制服を着ている。夏の白シャツが目に涼しい。だが顔に浮かぶ表情は重苦しいものだった。翡翠色の目が室内に傑しかいないことを認め、眉をひそませた。そして見れば分かることを、納得できないが確認しなければならないという声で嫌そうにたずねてくる。
    「……五条さん、いませんか」
    「ご覧の通り、いないね」
     笑い含みで返せば少年の細い眉の角度がいっそう鋭くなった。
     そのデカいデスクに隠れてるとかありませんか。と続けられて思わず噴出する。アルファらしく聡明で落ち着いたところを見せる彼だが、子どもじみた発想も持っているらしかった。なるほど五条――傑の高校時代からの友人で共同経営者である五条悟が、百九十を超える長身を折り曲げてデスクの下に潜り込んでいるかもしれないという想像は笑いを誘った。
    「はは、入って、確かめるかい?」
    「いいです。……ったく、今日連れてくるって言っといたのに……」
     重いため息と憎々しさのたっぷりのった舌打ちを同時にするという器用さを見せる黒髪の少年は、名前を伏黒恵という悟が面倒をみているアルファの子どもだ。
     会社が大きくなった頃、悟はボランティアを始めた。経済的援助を必要とする子どもたちの支援だ。恵は再婚した両親が蒸発して義理の姉とふたりぼっちだったところを悟が手を差しのべたと記憶している。覚えているのは彼がアルファだからだ。悟がたすけた子どもにはアルファもベータも、オメガもいるが、傑はさほど悟の活動に興味がなかった。後進を育てるならばアルファだけでいいと極端な思想を持ってさえいた。だからか、悟も積極的に傑に声をかけてこない。

    「……伏黒?」

     その時、第三者の声が不意に聞こえてきた。恵の体とドアで見えなかったが、少年の後ろに見知らぬ姿が見えた。
     ぎくりと傑の広い肩が強張る。何者かと警戒心がのそりと起き上がった。
     アルファは一般的にテリトリー意識が強い。プライベートな空間に他人を招くことは、よほど親しくなければあり得ないことだ。ここはオフィスであるからこそ、共同スペースという意識が働き他のアルファの立ち入りも許可しているが、未知の存在が突然入り込んできたとなると話は別である。傑の顔に笑顔が貼り付く。恵は目の前の格上のアルファの変化に気付く前に、後ろに控えた人物に気を取られていた。
    「わりぃ、虎杖。五条さんにはちゃんと言っといたんだが……、あの人、こういうところがあるから」
    「いいって。俺、大丈夫だからさ。なんとかなるっしょ」
    「お前ひとりでなんとかなるって話じゃないから、五条さんに話を通すんだ。むかつくけど、あの人ならたいていのことは何とかしてくれる」
    「うーん、でも会えねえなら仕方ねえじゃん」
    「だから、ちょっと待ってろって」
     苛立ちを隠さない恵が吐き捨てるように言うと、制服のポケットへ手を突っ込む。スマホを取り出して、おそらく五条相手に連絡しようとしたところへ、傑はすかさず声をかけた。
    「伏黒君」
     アルファはヒトのトップ。その中でも頂点に近い場所に立つアルファである傑の声には力があった。同じアルファの恵とて従わないわけにはいかない。スマホを持った手を下げると、黒髪の少年は再び傑と向き直った。その後ろに、同じ制服を着た少年が立ち、心配そうにこちらの様子をうかがっている。
     先ず、彼の目に釘付けになった。白目の部分が大きい。中心には琥珀がきらめいていた。短い睫毛をさかんに動かして心配そうに揺れている。思わず駆け寄って安心させようとした体を、傑は必死に押しとどめた。室内から凝視してくる男の視線に気が付いたのか、不思議そうに頭が傾く。ピンクブラウンの短い髪が季節外れの桜のようであった。ふんわりと春の気配が戻って来た気すらして、傑は自分の正気を疑う羽目になった。北向きに開いた窓からは眩しい光が入ってくるはずがないのに、彼の周囲だけ淡く発光しているように見える。
     
     ――アルファだ。
     
     傑はゆっくりと息を吐き出した。知らず知らずのうちに強張っていた肩から力を抜く。新しい仲間を安心させるように、くちびるを持ち上げて微笑みを作った。先ほどまでの能面のような笑みとはまったく違う種類のもの。自分でも驚くほど素直な表情があらわれた。
    「……あいにく悟は外出してるけど、私でよければ話を聞こう」
     言いながら差し出した手は、完全に恵みではなく、後方の少年へ向けられたものだった。迷うように振り返る恵の視線になぜか腹立たしく感じる。その子を視界に入れるのは自分だけだ、そうでなくてはならないという根拠のない感情。だがそれが当然のように思えて傑は内心で首を傾げていた。
     少年たちが視線を交わしあう。頷く相手に、恵は傑に説明することを決めたようだった。あらためて、ふたりを室内へ招き入れ、来客用のソファへ座らせる。
     力のこもった恵の目が傑を見る。そこには友人を助けたいという切実さがありありと浮かんでいた。話しを聞く前から、傑は――恵の話がどうであれ、緊張した面持ちで対面に座る若いアルファのために動くことを決めていた。
    「こいつは、学校の同級生で虎杖悠仁っていいます。虎杖、この人は夏油傑さん。お前に会わせようとしてた五条さんの友人で、この会社の経営者だよ」
    「はじめまして、夏油傑といいます。私で力になることなら何でもしよう。安心して事情を話してほしい」
     手を差し出せば、あたたかくやわらかな感触に包まれる。恵と同級生ということは高校に入学したばかりのはずだ。ぎゅっと一度強く手を握った熱は傑に名残惜しさだけを残して離れていった。
    「虎杖悠仁っす! よろしくおねしゃす!」
     ヒマワリのようにニカリと歯を見せて笑う悠仁には、隣の恵が難しい顔をするような悩みなど何もないように思えた。しかし、恵が悟をたずねてまでも相談したいことがあるというのだから、その内容は必死なものであることは間違いない。アルファはプライドが高い生き物だ。だいたいのことは自分一人で出来るため、他人に頼るということを知らない。それを曲げてまで助けを求めるのだから、恵ではどうにも出来ないこと――力のある大人の出番なのだろう。
    「虎杖は……最近、肉親を亡くして……」
     うながされた恵が話し始めた内容は、傑の胸の内を怒りで燃え上がらせた。幼い頃の傑と似たようなことが悠仁に起こったのだ。いや、それよりもよほど酷い。両親を早くに亡くした悠仁はたったひとりの親族である祖父に今日まで育てられたのだという。その祖父も悠仁が中学校を卒業した頃から長く入院することになり、とうとう家に帰ることなく病院で死亡してしまった。天涯孤独になった悠仁に手を差しのべる親戚は――後を絶たなかったという。
    「俺、ガキの頃から運動だけはよく出来て……五十メートル走も三秒だし、ふざけて砲丸投げしたら日本記録だったりして」
    「それはすごいね」
    「だからなんかな、周りがアルファだって言うんだよね」
     アルファは生まれつき周囲から秀でた才能を持っている。持ち得る能力は様々なものだ。見目の麗しさ、処理能力の高さ、絵画の才能、肉体のポテンシャル。一部だけの者も、すべてを持ち得る者も、すべて等しくアルファである。話しを聞くだけで、悠仁の身体能力はアルファ特有のものであると分かった。
    「……じいちゃん死んで、まだ検査結果も出てねえのに」
     ぐっと黙り込んだ悠仁の顔に影が差す。十五の少年が受けるにはおぞましい経験を彼はしたに違いなかった。アルファに群がる有象無象。欲にまみれたベータの猫なで声。優秀なアルファと番になろうとするオメガすら、悠仁に手を伸ばしたのではないか。身を焼くような憤怒に、傑はおのれの太ももにのせた拳を強く握り込んだ。格上のアルファの感情の揺れは周囲に影響を与える。ハッとして顔を向ける恵の目に隠し切れない怯えが浮かんでいた。威嚇をするつもりはなかった。悠仁は自分に起こったことがフラッシュバックしているのか、顔を伏せたままだ。彼を怯えさせなかったことに、ほっとして、傑はゆっくりと手に込めた力を抜いていく。
    「……このまま、虎杖をひとりにしてたらどうなるか分からない。こいつは善人だから、名前も顔も知らない『親戚』を助けようとしてるんです」
    「ッ、でも、俺が出来ることなら……」
    「だめだよ、それは君のすることじゃない」
    「ッ……!」
     弾かれるように悠仁が顔をあげた。琥珀色のひとみが呆然と夏油を見つめる。
     アルファのプレッシャーを受けるのは初めてなのか、目をそらすことが出来ない様子だった。
     咄嗟にしてしまった行動に傑自身戸惑っている。後先も考えずに他人を強制することは初めてだった。だが、悠仁が他の誰かに損なわれることを、傑は許せなかった。
     アルファが、ベータやオメガに消費される世界は間違っている。それは常々傑が感じていることだ。
     力のあるものが弱者を守る。なるほど、道理である。世界は常に平等ではない。例えば悟のボランティアはその不平等を少しでも均すためのものだろう。だが、彼とて万人に救いの手を差しのべているわけではない。おのれの力で這い上がろうとするものだけが救いを受けることが出来るのだ。そして、救いとは善意の施しではない。
     揺れるひとみに、再び告げた。ことさら優しく、言い聞かせるように。
    「君が、そんなことをする必要はないんだ」
    「で、でも、爺ちゃんの遺言で、人を助けろ、って……」
    「今、目の前でオメガが発情期をむかえて、アルファの君に項を噛んでくれと助けを求めてきたら、どうする?」
    「そ、それは……」
     十五の子どもにするには酷な問いかけだ。悠仁の隣に座る恵にも緊張が走る。アルファと診断され、周囲にアルファの多い彼は、傑から漏れ出る微量のプレッシャーに気付いているのだろう。気付いていたとしてもこの狭い室内で避けられるわけもない。自分よりも圧倒的に強い存在からの圧を前に、額に滲む汗を拭うことも出来ない。背筋を伸ばしているのが精一杯という様子だった。
     悠仁は傑の強い視線を受けきれずに、再び顔を伏せた。
    「……で、今、虎杖君はどうしてるの」
    「ひとまず俺の家に」
    「そう……」
     自分の顎を掴む。考え込むような声は年若いアルファたちに向けるポーズだった。
     どうにも先ほどから苛立ちがおさまらない。アルファの悠仁がサルの食い物にされようとしている現状の怒りがずっと尾を引いているのかと思っていたが、どうやら違うようだった。恵だ。彼が悠仁のことを話す。それがトリガーになっている。悠仁を認めた瞬間からずっと傑は恵が少年の隣に立っていることが気に入らないのだった。
     切れ長の目が悄然としている子どもの姿を映す。
     同い年のはずだが、悠仁の肉体は恵よりも完成して見えた。身体能力に優れたアルファの、同年代よりもずっと逞しい体だ。ピンクブラウンの髪は刈り上げられた部分が黒い。そこへ指を這わせたい衝動に駆られた。短い刈上げ部分は触れるとさぞかし心地よいだろう。耳たぶを指で挟んで厚みを確かめたかった。軟骨を歯で噛んでこりこりとした感触を楽しみたい。耳の下から首へ太い血管が走っている。白シャツで見えない部分が気になって仕方なかった。鎖骨の窪みは彼の体にどんな影を落としているだろうか。ボタンを外して、肩を、二の腕の隆起を、手のひらで辿りたい。良質な筋肉はやわらかいと聞く。彼の胸はどうだろうか。腹は? 腰は? 太ももは? 性器は?
     隠されたところを暴かれたら、この子は、どんな顔を見せてくれるだろう。
     ごくりと傑は唾を飲み込んだ。男の性的趣向に定まったものはなかった。定まった相手もいない。だが肌を合わせたのは全員アルファであった。そして、傑は自分の優位を譲ったことがない。アルファを屈服させ、支配する。最高に興奮する瞬間だ。
     目の前に座るアルファをじっと見る。幼いアルファ。検査結果が出るまでは正しくアルファとは呼べないだろう。完成した肉体を持っていながら、未成熟なアルファ。
     途端、口内にじゅわりと唾液があふれた。アルファとして、雄として、傑は反応し始めていた。ここまで惹かれるアルファは他にいなかった。いつもは隠れている犬歯が男の口の中でその存在をあきらかにする。噛みたい。若い肌に牙をたてて、蹂躙したくてたまらない。そんな激しい衝動が、自分の中にあったのかと驚く。ただマウントを取るだけでは足りない。少年のすべてを塗り替えてしまいたい。何を戸惑うことがあるだろう。自分は少年よりも格上のアルファで、そして悠仁は傑のものだと本能が叫んでいる。
     くら、と視界がぶれた気がして傑はさっとこめかみをおさえた。
     それがふたりには、男がひどく悩んでいるように見えて不安を誘ったのだろう。いくらアルファといえども経験の浅い彼らの周囲に当惑の波が広がる。
     傑は安心させるためにうすく微笑みながら、くちびるを開いた。犬歯が見えないようにそっと手で隠すことも忘れない。
     ここに、恵の約束通り悟がいたら、どういう指示を出しただろう。傍若無人なようで善性に針が傾いている親友のことだから、悪いようにはしない。しばらく悠仁を、彼が援助している子どもたちを住まわせている寮で生活させて、その間に必要な手続きをすませる。
     今から傑が行うこともだいたい同じようなことだ。
     ただ、場所が違うだけだ。目的が違うだけだ。下心がないだけだ。
    「……ねえ、虎杖君、ほとぼりが冷めるまで、私のところで暮らすというのはどうだろう」
    「えっ」
    「ッ、それ、は……!」
     大きな目を瞬かせた悠仁よりも過剰な反応を見せたのは恵だった。彼はアルファとしての自覚が先んずる分、その生態にも詳しい。自分のことでもあるからだ。――アルファがプライベートな空間に、他のアルファを招くことはない。テリトリー意識が強いからだ。異物が入り込むことをアルファの本能は拒絶する。それなのに、傑はいとも簡単に許可する言葉を吐いた。
     異常に気付いたのは恵だけだった。困ったように眉を下げて、首を振る。
    「そんな……初めて会ったばかりなのに、そこまでしてもらえねえよ……」
    「でも、いつまでも伏黒君のところにはいられないって思ってるだろう?」
     悠仁はアルファとしての自覚が薄いのだろう。おのれのテリトリーに入られることに不快感があるように、逆も同じだ。他人のテリトリーに入ることをアルファは避ける傾向がある。周りに同じアルファがいなければ、おのれのことだというのに、本能のざわめきを気のせいで流してしまうのだ。
     恵が否定の声を発する前に傑は二の句を放った。今まで悠仁を観察していて、短い間に分かったことがある。
    「ほら、私を助けると思って」
    「俺が、夏油さんの何を助けるの?」
    「そうだなあ……。虎杖君、家事は得意?」
    「爺ちゃんと二人暮らしだったから……。簡単なことなら、まあ」
    「じゃあ、それをお願いしよう」
    「え、今決めたん? っていうか、そんなことでいいの?」
    「私が君のかわりに問題を解決する。君はそのお礼に、私のために家事をする。ほら、助け合ってる。ウィンウィンってやつだよ」
    「そう……なんかな……?」
     言葉は弱々しいが、ここまでくれば頷くのにそう時はかからない。
     悠仁の様子を見て、恵の目が悔しそうに歪む。傑は内心でそれをせせら笑った。最初に彼の善性を教えたのはお前だというのに、今頃失敗を悟ったところでもう遅い。
     留飲を下げたアルファは、機嫌よく頷いた。こういえば、悠仁が傑の提案を断らないと分かっていたからだ。
    「遠慮することはないさ。手続きが終わるまでの短い間だから」
     そう、ほんの少しの間だ。傑が悠仁を支配し、蹂躙し、満足して手放してしまうまで。ほんの一瞬。傑は一度満足すれば、それまで。二度目を望んだことも、許したことはない。
    「ね?」
     未成熟なアルファの手を取る。悠仁の手は相変わらずあたたかかった。ずっと触れていたくなる温度だった。
     それも一度支配すれば、きっと冷める。傑は、いよいよ我慢ならずに飛び出てきたおのれの犬歯をなだめるように舐めながら、いっときで終わることを少しだけ残念に思った。
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    DONEα食いαの傑とα?の悠仁くんの話です。
    初めて書いたオメガバなので、あたたかく見守るような気持ちで読んでいただけると幸いです。
    αの庇護欲とか攻撃性を拡大解釈している部分があります。
    α食いのα傑とα?の悠仁くんの話 この世界には男女の性に加えて、アルファとベータ、オメガの三つの第二性がある。つまり合計六つの性があるのだ。第二性は見た目では判断しにくい、とされている。確かにその人が子宮を持つオメガであるかどうか人類の大半を占めるベータには分からない。しかしアルファは違う。天は二物を与えずという慣用句を鼻で笑うがごとく、生まれつきの多才なのだ。ゆえに本人の自覚も早く、十代半ばに受ける検査を待たずにアルファとしての言動を身に着けるものが大半であった。すなわち、能力に裏付けされた自信。おのれが世界のヒエラルキーのトップであるというある種の傲慢さ。
     ――夏油傑もそういったアルファのうちのひとりであった。
     男は自分がアルファであるという自覚を十全に持っていた。幼い頃から優れた頭脳を持ち、端正な顔立ちで、衆目を集め目立つ存在であったゆえに、周囲と自分の差をうんざりするほどに分かっていた。凡庸な周りに、自分というアルファがどう映るのか。ベータもオメガも、アルファを同じ人間として見ないのだ。アルファはアルファという枠に当てはめて見る。
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