淡い世界でどこまでも深く「俺がいなくなったら、伏黒はどうする?」
何でもないように虎杖がそう言うと、伏黒はフッと顔を上げた。
穏やかな優しい風が吹く、六月半ばのことだった。木漏れ日が差し込む、窓の大きな部屋。白い薄いカーテンが、開け放った窓から入り込む風に吹かれてぶわりと大きく揺れていた。
そんな中で二人、紺の四人掛けのソファーなんて見向きもしないで毛足の長いカーペットの上に陣取っている。胡坐をかいて座る虎杖の、固く筋肉のついた太ももにツンツンとした黒髪を乗せて寝転がっていた伏黒の、平和で穏やかだった至福のひと時に一筋の淡い影が落とされた。
昼に近い時間であったのと、冴えわたるようによく晴れた空のおかげでその部屋はいっぱいに光を取り込み、真っ白い壁と淡めの茶色いフローリングがそれを反射させてキラキラと輝いているように明るい。暑くなってきたからと、白い無地のTシャツにベージュのチノパン姿の虎杖はとても爽やかで暗い影など何一つないように見えた。青く茂った若い葉は段々と色を濃くしてきて、ゆらゆらと部屋の中に少しの日陰を作っている。キラキラと輝いているのは太陽の光ではなくむしろ虎杖の方だと勘違いしそうなほどに。
そんな梅雨の気配を未だ感じさせない爽やかな午前にぽつりと落ちた優しい声は、部屋の隅にじんわりと溶けていった。
相も変わらず優し気な顔をする虎杖の微笑みに、らしくないな。なんて頭の隅で思って伏黒はまた頭の位置を調整した。ちょうどいい位置を見つけると、そっと目を閉じて独り言のように呟く。
「別に構わない。どうせすぐに見つける」
それこそ何でもないことのように伏黒はそう言う。そして気持ちのいい風とあたたかな日差し、そして唯一心に留まることを許した愛しい体温を感じてゆったりと微睡へと落ちていく感覚に身を委ねた。少しだけ揺れた愛しい体温が、そっと己の頭を撫でるのが心地いい。
「ふ、どうやってだよ」
「どうにかしてだよ」
「なん、それ」
クスクスと笑う声に合わせて虎杖の体が微かに揺れ動く。それさえも虎杖が与えるものだと思うと悪くはないと思えるのだからどうにも笑えてしまった。
その、憎しみすら込めて微睡む意識の中で伏黒はそれでもはっきりとした声で恨み言のように、けれども愛をこめて言葉を贈った。
「もう俺はお前なしじゃ生きていけないんだ。そうした責任を、お前は取れよ」
「自分勝手だなぁ!」
そう言って大きくなる虎杖の声は笑いを含んでどこか甘く響く。
脳みその奥まで染み込むようなその柔らかな響きに伏黒の意識はますます溶けていく。自分がただ一人と定めた手が緩やかに緩やかに優しく頭を撫でる。その心地よさに世界はどんどんと遠くなっていった。
「じゃあ、必ず見つけてな。待ってるから」
意識の外に少年の時のままの声が響く。それに答えられるほど感覚は研がれていない。それでも声は聞こえているから、重い口を開くよりももっとずっと強い意志で手を伸ばした。それが皮膚の固くなった、伏黒よりも少しだけ大きな手に触れた瞬間にギュッと握られる。その固く少しだけ汗でしっとりとした手の感触に虎杖は幸せそうに笑った。
今後どんなに逃げようとも、きっと彼は自分を迎えに来てくれるのだろうとわかっていたから。