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    自分用書きかけ倉庫。何の手直しもしていない、いつか書けたらいいなの健忘録。ぶつ切り。その他。

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    #お兄ちゃんワンドロ

    お題『吸血鬼』
    心持ち脹虎。
    吸血表現あり。
    生まれ変わり。
    吸血鬼だけど日本。あと、勝手に血の代用品捏造。
    心が広く、なんでも受け入れたるぜ!という頼もしい方のみお進みください。

    ここを使って投稿するの初めてなので何か不作法してたら申し訳ありません。

    芳しき血の香り 町外れと言うよりは、もはや森の入り口というような所に薔薇の花に囲まれた一軒の日本家屋があった。それは大層立派な屋敷で、広い平家に広大な庭まであるいつからそこにあるのかもわからないほど古い家だった。家の周りには生垣の代わりに真っ赤な無数の薔薇が、まるで侵入を拒むように密に植えられている。日本家屋と言ったら桜やら松やら椿やらそういったものの方が似合うのではないかとは思うものの、不思議としっくりとその場に馴染んでいた。
     そこにはその屋敷に見合うように旧華族だから武家だかの由緒正しき末裔が住んでいるとかで有名だったが、住人の姿を見た者は誰一人として居なかった。そんな曰く付き、みたいな立派で古い屋敷など好奇心旺盛な子供や若者には格好のアトラクションで。よくはないことだと分かってはいても不法侵入を果たす者はぽつりぽつりと後を絶たなかった。そうすると決まって行方不明になったり、運のいい者は帰ってきたりもしたものの記憶をなくしたりと不可解なことが起こるので次第に誰も近寄らなくなっていた。確か、帰って来られた者の共通点は家の長子ではない。とかであった気がするがあまり関係もなさそうだと、人々は無事とは言えなくとも怪我もなく戻って来た者の所以に首を傾げていたが。それでもいつしか長男長女は特に近寄ってはならないとその地域では伝え聞かされるようになった。
     しかし、人間とはほんに愚かなもので。数年、数十年も経つとそれも忘れてまた度胸試しだとそこを訪れるようになるのだが。そうして今日ここに訪れた者がまた一人。言い訳をしておくならば、この人物は度胸試しなどではなくこの地域に馴染みのない旅行者であったということ。そして道に迷ってこんな山に入るような森の縁までやって来てしまって、道を尋ねに来ただけの善良な一般人であっただけだということだ。
     訪れたのは一人の少年。くすんだ桜色の短い髪をふわふわツンツンとさせ、快活そうな琥珀色の小さな瞳を持った体格のいい少年だった。物怖じしない性格なのか、興味深げにきょろきょろと辺りを見回している。どうやら門の辺りでどう訪ねたらよいのかと考えあぐねているようだった。インターフォンもドアノックもないような古い日本家屋の訪問方法など、若い少年には分からない。ましてや立派な門まで建っている。これは別を探すしかないかと諦めかけたところでギィ、と軋んだ音を立てて目の前の門がひとりでに開いた。左右を確認して、少しだけできた隙間から覗き見ても誰もいない。けれどこのチャンスを逃したら次いつ民家に遭遇できるかわからない。何せ二時間近くも歩き通しで、やっと見つけた人の気配がある場所だったのだから。
     少年はごくりと一つ唾を飲み込むと思い切って門扉を押し開けた。最初に聞いた低く唸る音に反して、それは呆気なく静かに開いた。その奥に続くのは石畳で、見ると数百メートル先に小さく玄関が見える。少年は深呼吸すると開けた扉もそのままに歩き出した。その背を見送って、またその門は静かに重く閉ざされた。
    「すっげ……中までバラでいっぱい……」
     思わず声に出るのも致し方ない。歩道として整えられた石畳の両脇にも、真っ赤な大輪の薔薇が取り囲むように植えられていた。奥を眺めると庭園があり、大きな橋のかかった池や築山、石組に紛れてそこにも薔薇が咲いていた。言葉にするとちょっと異質だが、実際に見てみると非常に美しいと少年は感じていた。
     ゆっくりゆっくりと門から家へと続く道を眺めながら歩くと、やっと屋敷の入り口まで辿り着く。そこにあったのは格子のかかった引き戸で、少年はまた途方に暮れる。ええい、ここまで来たらと声を張り上げかけたところで、目の前の戸が音もなく開けられた。
     目を丸くして突然現れた家主に目を向けるとそれは若い男のようだった。しっとりと濡れたような黒髪は頭の上で二つに結えられ、前髪がぱらぱらと顔にかかっている。太く下がり気味の眉の下には少し垂れた隈の浮いた目があり、その間を通るスッと通った鼻筋には痣のような黒い線が一本横切っていた。肌は抜けるように青白く、薄い唇は紅を刷いたようにそこだけいやに鮮やかだった。深い紫紺の着物に袖を通し、帯で締められた腰はほっそりとしているが腕や首は太く鍛えられていることがわかった。じっと不躾に観察する少年に、家主はひたりと目を合わせた。
    「よく来たな。疲れだろう、中へ入れ」
     おもむろに開かれた唇から紡がれる低く響く声に少年はじんと腰が震える。あまりにいい声で腰が砕けるかと思って慌てて気合を入れ直した。
     そうしてやっと咀嚼し終えた言葉に何か返す前に、男は既に家の奥へと消えていた。いいのかと悩む間もなく見失いかける、やっと見つけた久々の人に考えることを放棄してお邪魔しますと一声小さくかけて敷居を上がった。
     視線の先で男は半身だけ振り返り、少年が後をついて来たのを確認するとフッと淡く微笑んで前を向いた。ひどく所作が美しい男だった。
     通されたのは床の間の他には横に長い形のいわゆる文机と呼ばれるようなものと小さな行燈があるだけの、居間というよりは個人の私室にしか見えない所だった。困惑して前に立つ男の顔を見上げるとにこりと微笑まれる。
    「ここを使うといい」
    「は?え、あの……」
    「どうせ行くあてはないんだろう?今から町を目指したところで日が暮れる前に着くのは難しい。今日はここに泊まれ」
     多少強引な物言いに思うところがない訳ではないが、言っていることはもっともで更には親切心からの言葉であろう。もごもごと口を揉みながら、お世話になりますと零せば満足げに頷かれた。少年はリュック一つの自分の荷物を部屋の隅に置くと改めて男と向かい合った。
    「俺は虎杖。お兄さんは?」
     何故だかふと、自分の名前は言ってはいけないという気になって名字だけを伝える。目の前の男は艶やかに笑うと少年の、虎杖の頬を撫でた。
    「お兄ちゃんと呼んでくれ」
    「は、あ……?」
     つい、と顎を撫でられると虎杖の肩が跳ねる。頬から流れた指が顎を撫で耳朶を揉むと、首筋をさらりと撫でられた。ぴくりぴくりと虎杖の背が痙攣する。キッと上を睨むと目を細めてうっそりと笑う、やけに色っぽい男が瞳に獣を宿らせて琥珀の瞳を見下ろしていた。
     ぞくりと身体が震えたところでその筋張った手が離される。ドッドッドッと五月蝿い心臓の音と、大量にかいた冷や汗で目を見開くと男の薄い唇が開く。
    「脹相、と」
    「……え?」
     低い声が耳に染み込む。
     掠れた声で疑問を浮かべるが、言葉の意味は理解せずとも何故だか耳に馴染む心地好い声だった。
    「脹相。俺の名前だ。知りたかったんだろう?」
     それともお兄ちゃんと呼んでくれるのか?そうクツクツと笑う脹相に虎杖は揶揄われたのだと呆然とする。
    「もう遅い。俺は飯の支度をしてくる。声を掛けるまで好きにするといい」
     言葉を失った虎杖の思考が戻る前に、その存外柔らかな桜色の髪をひと撫でして脹相は部屋を出て行った。
     ようやっと意識を取り戻した虎杖が怒りに震える頃にはもう姿はなくて、虎杖は八つ当たりのように乱暴に襖に手をかけかけたところで、立派な装飾の施されたそれに怖気付いてそっと優しく戸を閉めた。

     人の家で何をするも思いつかず、虎杖は部屋を出てからこの広い敷地を散歩することにした。家の中を勝手に見て回るのは流石に気が引けたから、来る時に見かけた庭の方へと出てみる。これぞ日本の庭園、というような造りの中であちらこちらで薔薇が咲き誇っている。種類は幾つかありそうだが全て血のように真っ赤な大輪ばかりであった。
    「何で薔薇なんだろうな」
     ふと、砂利を踏みしめて一輪の薔薇の首に手をかける。瑞々しい紅色が、ベルベットのような質感を持って手に伝わる。虎杖は花に詳しくはないがそれでもよく手入れされた綺麗な花だと思う。
    「ッて……」
     不用意に茎に触れてしまったから、その鋭い棘が指に刺さる。見ると人差し指の先にぷくりと血の玉が出来ていた。まるまると太っていくその赤に溜息をつくと、不意に背後から声がかかる。
    「怪我をしたのか」
    「うおっ?!」
     驚いて振り向くと、この家の主人である脹相が無感情な目で虎杖を見ていた。その視線の先にあるのは先程刺した指の先。限界まで膨れ上がった血の玉は、ついに重力に負けて指を這って流れていた。
     目を眇めてそれを見やると、脹相はがしりと怪我をした方の手首を握り引く。
    「先ずは手を洗え」
     ぎちりと痛いくらいに締められたそこからどくどくと心臓の鼓動を感じる。有無を言わせず引き入れられた水場で手を洗っていると、いつの間にか姿が見えなくなっていた脹相が消毒液と絆創膏、包帯を持って現れた。純日本風なこの家屋に白と青の消毒液や淡い茶色の絆創膏などの俗物が似合わなくて、何となく可笑しくなって笑いを堪えていると怪我をした右手をとられる。
    「ああ、血は大体流れたな……沁みるが我慢しろよ」
     プシュプシュッと雫が腕に垂れるまで豪快に消毒液をかけられるとガーゼで丁寧に拭われる。そうして大きめの絆創膏を貼られるとその上から包帯でぐるぐると巻かれた。
    「大袈裟な……」
    「この家で怪我をしたならば大袈裟に治療するくらいで丁度いい。後悔したくなければ取るなよ」
     真面目な顔で淡々と、目線も合わせず張はそう言うと巻終わりをテープで留められる。ぎっしり巻かれたそれは窮屈なくらいにしっかりと巻かれていた。
    「ありがとう」
    「ああ。頼むからこの家では怪我をしないよう気をつけてくれ」
     先程から感じる、意識に登らないくらいの違和感を残す言い回し。なんだかやけに拘るな、そう思って顔を上げると青白い肌をもっと真っ白にして脹相が虚な目をしていた。注意して見ると息も荒いように感じる。
    「おい、大丈夫かよ?」
    「問題ない。夕飯の支度ができたからついて来てくれ」
     肌に触れようと伸ばした手を避けられる。拒絶されたのに何故だか無性に驚いて胸が軋んだ。二言三言くらいしか話していない相手に何を、と思いつつも不自然なほど痛む胸を宥めながら宙ぶらりんの伸ばしかけた右手を下ろして虎杖も足を踏み出した。

    「ごちそうさまでした」
    「お粗末様。風呂も沸かしてあるからな、ゆっくり疲れをとるといい」
     晩御飯は豆腐とわかめの味噌汁に肉じゃが。エビと野菜の天ぷらに白菜ときゅうりの漬物とだし巻き卵。ひじきの煮物に大盛りの白米というラインナップで、どれも非常に美味であった。食事を作ってもらった上に泊めてもらう身の上だから後片付けくらいはやらせてくれと言う虎杖に、ここの台所は使うに少々説明が要るからなと断られて今は風呂へと促されている。
     すっかり湯気の立つ温かい湯が張られたそれはいわゆる檜風呂と呼ばれるものなのだろうか、柔らかで豊かな木の香りのする贅沢な風呂だった。
    「こういうのって、手入れ大変そうだよなぁ」
     ぽかぽかと冷えた身体が温められて、ぼんやり溶けた声が浴室に響く。ちゃぷりと湯船の湯を掬うと脹相に厳重に巻かれた包帯が目に入った。
    「ほんと、おーげさな」
     そのまま風呂に入ったからすっかり水分を吸って濡れたそれは独特の感覚を残していた。
     壊れ物を扱うかのごとく優しく手当てされたあの時を思い出して悠仁はそっと息を吐いた。思い返せば脹相の手は少し震えていたように感じる。薔薇の棘が刺さったあの時、脹相の鋭く尖った目は流れる赤を一心に見つめていた。もしかしたら血が苦手なのかもしれない。それなのに手当てまでさせてしまって悪いことをしたなと口元まで湯の中に沈む。そもそも大切に育てられているであろうあの見事な薔薇の花に勝手に触れたのもいけなかった。風呂から上がったら改めて謝ろう。そう決めるとザバリと一気に浴槽から立ち上がる。
     戸を開けて脱衣所に出ると藍色の浴衣が一枚、籐籠の中に用意してあった。どうやらこれを着ろということらしい。いつの間にここまで来ていたのか、何から何まで申し訳ないなと浴衣に袖を通す。サラリと手触りのいいそれは虎杖の身体によく馴染み、丈も丁度良いようであった。
     一緒に置いてあった白いタオルで適当に髪を拭くと、首に掛けたまま食事をとった居間へと向かう。顔を出すとちゃぶ台の上に緑茶が用意してあった。
    「上がったか。湯呑みは流しに置いておいてくれたらそれでいい」
    「あ、ちょ、脹相は?」
     台所から顔を出した脹相はそのまま虎杖の横を通り過ぎていく。
     ちらり、と流し見られるとそのまま背を向けられた。
    「風呂。その後はやることがあるから俺のことは気にせずに先に寝ろ」
     後は一瞥もくれることなく虎杖が先程通った道を逆戻って行った。
     残された虎杖は呆然と立ちすくむと、その高い背が闇に溶けるのを黙って見送る。白熱灯のぼんやりとしたオレンジがかった明かりと、温い緑色の水面がゆらりと揺れて家の主人を失った部屋でしばらく放心した少年の影が揺れていた。

     その後いくらか脹相の帰りを待っていた虎杖だったが、月が煌々と輝きおそらくは日付が変わって数時間、というところでようやく諦めて与えられた部屋へと戻った。
     薄い布団が敷かれたそこにどかりと腰を下ろす。行燈には火が灯っていて、部屋の隅を幾ばくか照らしてはいるものの全体的には闇の気配が濃い。薄闇の中疲れの滲む息を吐いたところで後ろについた手がピリリと痛む。見ると力を込めたせいで傷口が開いたようだった。
     風呂に入ってからそのままだったそれは未だしっとりと濡れていて、じっと眺めると端を留めてあるテープを引っ掻く。頭の隅で取るなよ、と言った脹相の声が響いたがどうにも濡れたそれが気持ち悪い。新しく血も滲んでいるし、確かリュックに絆創膏くらいはあったからと厚く巻かれた包帯の端を外した。くるくると包帯を取ってゆくとじわりと血の気配が濃くなる。結構深く刺してしまっていたのだな、と巻き取った包帯を無造作に畳に置いて絆創膏までも剥がしてしまう。
     つ、と一筋血が流れ落ちた。布団に血が付く前にと咥えようとした指を誰かの手に掬われる。
    「俺は、後悔したくなければ外すなと確かに言ったはずだな?」
     驚いて顔を上げると目の前に脹相がしゃがみ込んでいた。バッと襖を見ると半分ほど開かれている。足音も襖を開ける音も、近寄ってくる気配すらもなかった。もう一度顔を脹相に向けると薄い唇を大きく開いた脹相の、暗く赤い口内が覗いていた。その中では左右に鋭い牙が二本、行燈の鈍い灯りを反射してギラリと光っていた。そのまま指の先を口に含まれる。
    「ッ」
     ジュッじゅるるッ。
     力任せに指の先を吸われる。搾り取るように血を啜られると、脹相の白い肌が紅く高揚していくのが淡い光の中でもわかった。
     うっとりと熱をもって潤んでいく脹相の瞳。そのあまりの艶っぽさに一瞬痛みも忘れて魅入る虎杖の指を咎めるように脹相の牙が緩く刺した。
    「俺はお前を傷つけたくない」
    「ッあ、は……っ」
    「けれどお前は悪戯に俺を刺激して……本当にいけない子だ」
     カシ、カシ、とつるりと硬質な牙が虎杖の薄い指の皮膚を押し窪ませる。舐め取られた血はもう虎杖の体外に流れてはいない。それでも弄ぶかのように指の先を含んだまま、脹相は緩くその爪を噛んだ。
     たった、それだけのこと。
     それだけのことなのにお互いの息は上がっていた。
     ガジ、ガジ。指から手のひらへと標的を変えた脹相が濡れた吐息を吐いて虎杖に問いかける。
    「どうして言いつけを守らず包帯を外したんだ?あんなに甘い血の匂いを撒き散らされたら、二度は我慢できない」
     プツ。
     皮膚を破る感覚がして脹相の牙が虎杖の中へと沈む。
    「ぃあっ」
     牙のようなそれなりに大きさのあるものが突き刺さるのは、棘が刺さるのとは比にならない衝撃がある。なのに何故かふわふわとした心地がして、意識が霞んで気持ち良くなってくる。フッフッと息が荒くなってくると脹相は流れた血を美味そうに飲み込んでいた。
    「嗚呼、嗚呼……二度と弟を傷つけるつもりなどなかったというのに」
     ゴクリゴクリと喉が上下する。その度に脹相の声も甘く、熱く、濃くなっていった。
     言い訳するように紡がれた言葉が気になって視線を上げると、深く暗い黒色だったはずの瞳が紅く紅く煌めいていた。
    「すまない。すまない、悠仁……」
    「な、で……おれの、なま、え……」
     教えてないはずの自分の名前が脹相の口から出て驚く。
     しかし、ジュルルッ!と一際激しく血を啜られると虎杖の頭は熱く霞んで意識が溶けていった。
     くたりと己の腕の中で力をなくした弟の身体を大事そうに抱えると、ぷつりと新たに首筋に噛み付いた。ゴクリゴクリと喉を通る甘く芳しい血の味。唯一己を潤せる甘美な弟の血。一世紀半は耐えた飢えに逆らう術は脹相にはなく、その渇きを満たすため夢中になって舌に馴染む血の味を貪った。



     ひとしきり久しぶりの血の味を愉しむと、ふと我に返って脹相は自分の手の中で少し冷えた弟の身体を見詰める。ザッと血の気が引いて、慌てて包帯を呼び寄せると垂れた血に一度ゴクリと喉を鳴らす。ぶんぶんと左右に首を振って、優しくその血を拭うと丁寧に包帯を巻いていく。薔薇の棘が刺さった右の人差し指。堪らず噛んだ右手の腹。そして欲望に任せて深く差し込んだ首筋に。ひとつひとつ傷口を悪化させないよう優しく処置していく。
     こんなはずではなかった。確かに悠仁がこの家を訪ねてきたと知った時は歓喜したし、なんとかここへ引き留めようととも思っていた。それでもゆっくりゆっくり信頼関係を築いてから……そう思っていたのに。
     庭に咲く薔薇に埋もれて血を流す悠仁に、己の衝動を抑えるのに精一杯だった。流れる甘い甘い芳醇な血の匂い。流れる鮮やかな鮮血。目に毒とはこのことで、真っ先に処置して忠告までしたのに。そう思ってはみても傷つけたのは脹相自身だ。そっと表面をなそるだけ傷口へと触れる。
     脹相が生まれたのは数百年も前の話で、両親ともに人間であったのは間違いない。生まれた時からたいそう出来がよく、名のある名家に生まれていたから後継として期待されていた。しかし、脹相自身には何の興味もない話でもある。そして物心ついた頃からこの吸血衝動には覚えがあり、けれども他人の血など悍ましくて口にする気にもなれなかったからひたすら耐えるより他に方法がない。そうして幼いながらに自分の異常性に気がついていた脹相は親にも誰にもこのことを話すことはなく、表面上は何の問題もなく過ごしていた。
     そうしていつしか一人二人と弟が出来て、その頃には長年耐え続けたその衝動にも限界が訪れる。そんな脹相の異変に気付いたのは体が弱く滅多に会えない母親でも、顔も知らない父親でも使用人でもなく、紛れもなく愛する弟達であった。日に日に顔色の悪くなる兄を健気に心配する弟の姿に自分の状態を吐露するのにそう時間はかからなかった。なにしろ脹相もその頃は幼かったから、一人で抱えるには荷が勝ちすぎていた。
     誰にも話せず一人どうしようもない衝動に苛まれていた脹相には言葉にするだけでも随分と心が救われた。その一件があってからますます脹相の弟愛に拍車がかかることになる。それからというもの弟達はあれやこれやと策を弄してくれた。何か食べ物で代替えになるようなものがないか探したり、動物の血を試してみたり。残念ながら代わりになる食べ物は見つからなかったし、動物の血も生臭くて飲めたものではなかった。落胆する可愛い弟達に、自分のためにそこまで考えてくれる弟が持てて幸せだと語る脹相は本当に満たされていた。このどうしようもない衝動がいつか人に牙を剥いた時、その時は弟達に迷惑がかかる前に一人ひっそり姿を消そう。そう脹相が思いを固めたある日、事件が起きた。
     走って転んだ血塗の膝から鮮やかな血が流れ出たのだ。派手に擦りむいた膝小僧に心配の声をかけるその刹那、脹相の意識は流れる赤に染まっていた。異常に喉が渇く。これまでも抱えてきた渇き。だがそれとは比べものにならないほどの強烈な衝動だった。今までも人の血が流れるところを見たことはある。それでもこんな、芳しいと感じたことはなかった。目を見開き固まる脹相に弟の声がかかる。ハッと意識を取り戻すが身体は汗でびっしょりと濡れ、眉は吊り上がり血管は浮いていた。尋常じゃない兄の様子に驚く弟に、歪な笑みで大丈夫だと語って脹相はふらりと膝をついた。
     そこでふと、血塗が気づく。「兄者、俺の血舐めてみるかぁ」と。信じられないと言うように目を見張る兄に弟は笑う。そして手で痛々しく流れる血を掬い取ると血色の悪い唇にその赤を押しつけた。コクリ。無意識のうちに舐めたそれが喉を通る。途端感じたのはいつもの吐き気ではなく、美味なるものへの歓喜だった。だがそれは同時に脹相の心を苦しめる。大事な弟を喰いものにする自分など赦しがたかった。それまで感じていた吸血衝動が引いていくのと同時に絶望が身を浸した。
     それから自分たちの血を飲めばいいと言う弟達に、脹相は否と言って頑と譲らなかった。お互いがお互いを思うからこそ言い合いは激しさを増し、口論になることもしばしばあった。特に弟を愛する脹相が、その苦しむ姿を隠せないほど辛そうなのを何度も何度も見てきた弟達。そのもどかしさは筆舌に尽くしがたく、行き場をなくした感情は涙となって爆発した。それを申し訳なさそうに青い顔で眺めて、流れた透明な雫を舐めとったのが次の転機であった。
     それまで身体を蝕んでいた吸血衝動が再び落ち着いたのだ。ピタリと固まった脹相に二人の弟達も不思議そうに顔を見合わせた。遠慮がちに呼びかけると、吸血衝動が落ち着いたのだとぽつりと口から零れ落ちた。驚きに目を見開く弟達は手を叩いて喜んだ。あんなに探していた血液の代替え品に、まさか涙が該当するなどとは。そんなことがあってから弟達は自力で涙を出せるように鍛えた。血塗はついぞ最後まで取得できなかったが、壊相は数ヶ月の猛特訓の末に自在に涙を流せるようになっていた。兄弟の変化に敏感なのは脹相だけではなく、兄の体調が限界を迎える前に壊相は気づいてその澄んだ涙を脹相のために流してくれた。旧家の次男三男の扱いは長男に比べるべくもなく軽んじられるものであったが、脹相に取っては他の何よりも大事な存在であった。その地位を守るべく弟達も努力して、脹相を両腕となって支えた。
     脹相が成人する頃になってからやっと末っ子が生まれ、その産後の肥立が悪く母親は息を引き取った。家の中で唯一愛を注いでくれた母の存在を失うと、それを補うように歳の離れた弟を兄達はたいそう可愛がった。
     そして、その頃からだろう。脹相の時が、刻むのを止めたのは。男盛りの一番美しい姿のまま、脹相の身体は成長するのも衰えるのもやめてしまった。脹相以外の兄弟は他の人間と同じ時を刻み、脹相を残して空へと旅立っていった。天寿を全うする弟を見送るたび、誇らしくもその心は疲弊していった。壊相が亡くなると脹相のために涙を流して渇きを潤してくれるものは居なくなり、その衝動はどんどんと煮詰められていった。末の弟は壊相のように器用にはなれず、それでも持って生まれたお人好しの性格と思い切りの良さから脹相に無理矢理にでも自分の血を与えることに成功していた。それも末の弟の寿命が尽きるまで。
     誰でもいいから、俺たちと同じくらい大事な人を作ってくれと言い残してその愛する最後の弟も静かにその生涯を終えた。その言葉に答えられる力は脹相にはなく、必死に取り繕った笑みは止まった鼓動を確認してすぐに慟哭へと変わった。
     それから数百年。弟の最後の願いを叶えようと、大事な者を作ろうと努力したこともあった。愛を紡ぎ、その渇きを潤せる者を探そうとして、やはり弟以外に己を満たせる者は居ないと思い知った。己に愛を囁く女の涙を口にしても、優しく友になろうと声をかける男の血を含もうとも、猛烈な吐き気に襲われ全て吐き出してしまった。己の能力なのかなんなのか、人を魅了する色香と記憶を改竄する力。酩酊したように人を騙す能力が誰に教わるでもなく使えたから大きな事件には至らなかったが、渇きは酷くなる一方であった。興味も失せた己の一族はとっくにその形を失っていたが、弟達と暮らした屋敷だけは残し自分と相性の良かった薔薇の花を屋敷中に植えた。不思議と薔薇の匂いを嗅ぐと吸血衝動がいくぶんか落ち着いたから、人と距離を置きひっそりと一人で暮らしていた。
     そしてそのうち永く同じ時を過ごした薔薇は、その性質を変え意思を持つようになっていた。広大な敷地にある立派な日本家屋。それを面白がって荒らす侵入者は薔薇達がその身を養分へと変えるようになったのだ。主人の分まで血を蓄えるようにその色は赤く紅く染まっていき、いつしか屋敷全体を覆う門番の役割も担うようになる。勝手に人の家に上がるような不作法ものがどうなろうと脹相には興味はなかったが、気紛れに顔を見せた時に兄や姉を呼ぶ下の兄弟であろう者は記憶を消して返してやったりもした。
     そんなことを繰り返して百年と少し。見知った気配を感じた時は衝撃に打ち震えた。家の前まで訪れ、すぐ側まで弟が近付いていると知った時は何としてでも引き入れようと必死だった。愛おしい愛おしい、末の弟。生まれ変わってまたこの兄に逢いに来てくれた。
    「ああ、もう絶対に手放さないからな」
     この上なく丁重にその唇に触れる。ふっくらとした少しだけカサついた感触が指を通して伝わる。知らず笑みが零れた。
     もうここまできたら手段なんて選ぶ必要もない。このままこの愛しい気配が詰まったこの檻に閉じ込めてしまおう。
    「楽しみだな、悠仁……」
     その瞳は暗く深く、黒に近い玄の色に染まっていた。
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    ここを使って投稿するの初めてなので何か不作法してたら申し訳ありません。
    芳しき血の香り 町外れと言うよりは、もはや森の入り口というような所に薔薇の花に囲まれた一軒の日本家屋があった。それは大層立派な屋敷で、広い平家に広大な庭まであるいつからそこにあるのかもわからないほど古い家だった。家の周りには生垣の代わりに真っ赤な無数の薔薇が、まるで侵入を拒むように密に植えられている。日本家屋と言ったら桜やら松やら椿やらそういったものの方が似合うのではないかとは思うものの、不思議としっくりとその場に馴染んでいた。
     そこにはその屋敷に見合うように旧華族だから武家だかの由緒正しき末裔が住んでいるとかで有名だったが、住人の姿を見た者は誰一人として居なかった。そんな曰く付き、みたいな立派で古い屋敷など好奇心旺盛な子供や若者には格好のアトラクションで。よくはないことだと分かってはいても不法侵入を果たす者はぽつりぽつりと後を絶たなかった。そうすると決まって行方不明になったり、運のいい者は帰ってきたりもしたものの記憶をなくしたりと不可解なことが起こるので次第に誰も近寄らなくなっていた。確か、帰って来られた者の共通点は家の長子ではない。とかであった気がするがあまり関係もなさそうだと、人々は無事とは言えなくとも怪我もなく戻って来た者の所以に首を傾げていたが。それでもいつしか長男長女は特に近寄ってはならないとその地域では伝え聞かされるようになった。
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