『ハロー。ナイストゥーミートユーマイブラザー』 目の前に広がる異形たち。
ドラキュラにミイラ。カボチャ頭に狼男。オバケに魔女と猫又に半魚人。のっぺらぼうにゾンビから、果ては何かアニメかゲームのキャラクターまで。
雑多に蠢く有象無象の、その何体が本当に異種族なのか。そんなもの、本当は人間以外はとうに気がついている。
その中でも半呪霊なんて珍しい俺のことなど、人間はおろか人外だって誰も気にも止めていない。
雑踏の中をぶつからずに歩けるようになって久しいが、それでも触れてないのに感じるこの熱気にはいささか感慨深いものがあった。
目の前を横切るオレンジや紫、赤に黄色と色とりどりに着飾った人間たちの楽し気な笑い声がそこかしこから聞こえる。
こんな奇怪な催しがなされるようになったのは、果てはいつのことだったのだろうか。子供のためのお祭りのようなものだったように思うのに、結局は金と時間に余裕のある大人たちのイベントへと変転している。……まぁ、本来込められた意味や意義などには目をつむるとして、だ。
踏まれそうになる足を避けて、逆に当たりそうになる肩を躱して目的もなく進む。雪崩れるような人混みがそこに在った。
一度崩壊した未来もあったこの土地を何食わぬ顔で歩く俺の存在は、いっそ許されざるものだというのに目にとめるものは未だ誰一人としていなかった。その中を悠々と泳ぐように歩くのはどこか背徳的な後ろめたさがある。
トン、トン、トンと軽い足取りで大きな交差点を抜けると、迷惑そうに顔を歪める人をしりめにくるりと一回転する。
すると目の前に広がるのは、見知らぬ人の群れと素知らぬ顔をした人外たちの姿だった。
ザ、と一面見渡して、そして自分が期待していたことを知る。
希望を抱くことすらおこがましいというのに、懲りないなと苦笑してふと前に向き直ろうとしたその時。視界の端に掠める白と、ひらひらと棚引く印象的な紫の着物のような布。そんなものが目に入った。
バッと一気に向き直って、気が付けば走り出していた。
いつの間にか自分も呪物になっていた。
呪いとなって一人眠るのは、寂しがり屋の自分にはつらかったが同時にひどく安心した。
ヒトデナシの自分にはお似合いの結末のように思えたから。ただ、ちゃんと終われなかったことだけが心残りだった。
そして、そんな自分が目覚めたのは、何の因果かあいつらの弟の体でだった。
なんて業が深いのだろう。どこまで踏み躙ればいいのだろう。
二度と見ることはないと思っていた光に照らされながら、俺は深く絶望していた。
正気を取り戻したとき、どうしてか俺は一人だった。
誰が俺を目覚めさせたのかも、なぜそれを実行するに至ったのかもわからない。
ただ、自分で死ぬことも、人と溶け合って生きることもできずに世界を揺らめくように存在する中。この日、十月三十一日だけは引き寄せられるように人の多いこの地にやってきていた。
幻影のように見える死都。それがこの世界のものとは別の世界だとしても、それを引き起こしたのが自分であるならば同じであった。いくつも枝分かれする記憶のすべてが俺にあった。
死ねばループする。いや、ループとはまた違うのかもしれない。終わった俺の記憶が、この俺に蓄積されていくだけ……。
記憶を保ったまま、同じ過ちをして、何度も何度も間違って。抗っても抗っても結末はそう違ったものにならなくて。それをただ見守っているだけしかできなかった。もはやこんな俺は、正気ではないのだろう。
いつしかやり直しを諦めた俺は、なんでかこんな存在になっていて。あの最悪の日は訪れなかったけれど、それでも俺の罪は消えないんだなってそう諦めて過ごすようになった。
そんな自分が諦めきれなかったたったひとつ。そのたったひとつが目の前で手招きしている。
間違いだとしても、罠だとしても、のらない手はなかった。
「ちょ、ッう!」
声の出し方を忘れた喉はひりついて音になんかなりやしない。それでも張り上げて出した声は、喧騒の中に消えていく。
もう、求めたものはひとつも見えなかった。
血塗れのナースや、やけにリアルな腐乱死体。やたら露出の多いネコ娘にバニーガール。無邪気な笑顔のキョンシーに、ピクトグラムを模した全身タイツなんかをかき分けて走る。
もう、長いことこんな風に必死に走ることもなくなっていた。
すぐに上がる息に、久方ぶりに感じた喉の鉄くさい味。そんなものすら懐かしむ間もなく駆け抜けて、もう見失った位置にしか手がかりなんかなくて。
込み上げそうになったものを唾と一緒に飲み込んで、ハァハァ息を荒げて。しかめっ面でこちらを睨む人々を気にする余裕なんてなかった。
ただただ、呼吸がしづらかった。
「、う、そう……」
掠れた声は我ながら情けなくて聞こえなかった。
「悠仁」
「!」
グイッと右手が掴まれた。
咄嗟に顔を上げると、初めて見るのに見慣れてしまった真っ白い顔と二つのウニ頭。鼻を横切る線が、どろりと溶け出しているような気がした。
ああ、ああ……!
なんて、罪深い。
「脹相!」
初めて触れた知っている体温は思ったよりも熱くて、俺はそのままその胸へと飛び込んだ。
異形たちの群れの中、誰よりも異質な俺たちは人間に揉まれながら初めての再会に浸っていた。