さいごに愛を「最期は銃で……なんて冗談さ。あんたにそんなことはさせねえよ」
自分のような――若かった自分と目の前の彼女では明らかに精神的な差があるとはいえ――あんな思いはしてほしくない。彼女への置き土産がそんなものではたまらない。
そう思ったところで、自分にとっての彼女の存在がどれほどのもので 彼女にとっての自分も同等のものだろう、なんて無意識に考えていた自分に苦笑する。
ずいぶん絆されたもんだと改めて思い知り、けれどそれは不快ではなく、そのことにまた苦笑がもれる。
「なあマリー」
名前を呼べば、なんだ、と簡素な返答。手入れした白い髪も左右で色の違う瞳も整った顔立ちもその簡素な返事をした声も、嗚呼やはり――
「きれいだな」
呟くと同時にその髪に触れる。抵抗なんてこれっぽっちもしない。寄せられた信頼もずいぶんなものだ。その信頼を、自分に残された時間をじゅうぶんに理解して、これっきりだと、彼女を抱き寄せた。そう、このたった一度きりだ。
「あんたの側にいられて良かったよ」
悪くない人生だった、と言葉が零れる。彼女には、最期くらい、すこしくらいは正直になったっていいだろう。
「今ここにいるのがあんたで良かった、恵まれた最期だ」
抱きしめたままに言葉を重ねる。母もこんな思いだったのだろうか、いとおしい人と別れる時というのは。
恋情なんかでは決してない。けれどただの雇用主だというには、この感情はあまりに大きく、重く、温度を帯びていた。親愛でもなく、信用や信頼の言葉でも足りない。
ただ、いとおしかった。
「マリー、あいしてた。きっと」
腕をほどき、見つめた彼女の表情も、やはりうつくしく、いとおしかった。