路上の歌姫「んぁ?」
仕事の帰りだった。電車に揺られ家の最寄り駅で降り、改札口を通ってから直ぐに聞こえてきた音。回りは帰宅ラッシュの時間帯でザワついている・・・にも関わらず何故かその音だけはしっかりと耳に入ってきた。
「・・・歌?」
それはよく聞こえるけれど五月蝿くなく、疲れた体に染み渡るような心地いい歌だった。
(何処から聞こえるんや?)
辺りを見回すと、もう閉まった店の前にギターで弾き語りをする女性の姿。彼女がリズムを緩やかに取れば、それに合わせてゆらゆらと左右に揺れる腰まで伸びた艶のある黒髪。時に激しく、時に緩やかに、夜に合うような声で、明日を待つような優しい表情で。夜を照らす街灯の光は、ステージライトのように彼女を照らす。何の変哲もない、見慣れたはずの駅前が大きなステージに変わっていた。引き込まれる。ユラユラと揺れる髪の毛に誘われて少し近づけばフワフワとした気分になっていく。
1966