誰も知らないいつものように山と積まれた本の合間で仕事に没頭する黒い恋人の部屋で見つけたものは、謎を秘めた古文書でなければ歴史を感じる遺物でもない、ふわふわゆるゆるとしたおよそ緊張感のない代物であった。
「……なんだこれ」
床を埋めつくそうとする紙束を拾い上げ立ち上がったテリオンは、丁度自分の目線と同じ高さの棚に鎮座している物体と目が合ってしまった。金刺繍の入った黒いローブを着て、特徴的な跳ね上がった前髪、艶感のある糸で縫い込まれた青い瞳。どこかで見たような特徴を揃えた人形は、前回この部屋に入った時には無かったものだ。
「ああ、それかい?なかなか良く出来ているだろう」
机から顔を上げたサイラスの答えはおよそテリオンが望んだ内容ではなかった。さらにすまないがそこの資料は動かさないでおいて欲しいんだ、と付け加えられてしまって渋々紙束を元の場所に戻す。
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