一刀接待迷宮 王都パルテダの冒険者ギルドではまことしやかに囁かれてる噂がある。
年に一度、確定で迷宮がバグる日がある、と。
リゼルは目の前に広がる光景に一種の感動さえ覚えていた。
砂塵を巻き上げ何人をも拒むように荒れ狂う風にリゼルは乱れる髪を抑え、目を眇めつつようやく認めた暴風の中心には大口を開け威嚇の咆哮を上げる深緑の竜がいた。
以前に会敵した地底竜とは比べ物にもならない圧倒的な魔力の奔流。巨大な翼がはためくたびに深い深い緑の体躯が煌めくのは溢れ出る魔力のせいだろう。
このボス部屋に入った時から肌がちりちりと痛むのは魔力中毒の症状だ。
これ程の竜がまさか迷宮に存在したなんて。
「今年は緑竜か」
リゼルの感動を余所にどこか弾むような声音が頭上から聞こえてたまらずリゼルは黒衣の男を見上げた。
長剣を引き抜き、すでに臨戦態勢に入っている男の口元には笑みすら浮かんでいて強敵を前にしてひどく楽しそうである。
「今年は、って前にも出たんですか?」
「言ったろ、確定で迷宮がバグるって」
その噂はギルドで聞いた。そしてリゼルは噂の真偽を確かめたくてジルに同行したわけなのだが。
年に一度、確定で迷宮がバグる日がある。
曰く、迷宮のランクに関係なくその日は出現する魔物の強さが跳ね上がる。
曰く、バグるのは確定ではあるが対象の迷宮はランダムである。
曰く、その日というのが今日、つまり2月3日である。
そこまで聞いて導き出される答えはひとつしかないのだが、他の誰もが気付かないのはジルがあまりにも他人に興味がなくかつ自身についてもほぼ無頓着なせいだろう。
「前は火竜だった」
「そんなこともなしに言わないでください」
ボスの情報がなかったのは恐らく浅層で引き返す冒険者が多かったからに他ならない。当たり前のように最下層のボス部屋まで行くのはこの男ぐらいだ。
曰く、ジルは今のところバグ遭遇率100%らしく、おかげで答え合わせの最後のピースが嵌まった気がした。
「そろそろ行くぞ」
「どうぞ楽しんで」
2月3日。その日付が意味するものは恐らくは本人も忘れているだろうジルの誕生日。
この竜が、迷宮からの誕生日プレゼントだと言ったら果たしてこの男はどんな顔をするだろうか。突拍子もないと言えばそれはそうだが、そこはもう迷宮だから仕方ないのである。
「動くなよ」
はい、と微笑みを返しリゼルは緑竜へと駆け出した黒衣の背中を見送った。
年に一度、確定で迷宮がバグる日。
それはジルの誕生日にジルが入った迷宮で起きる、迷宮からのちょっとした接待のようなものだった。
ただ惜しむらくは竜の素材は旨いものの、ボスの宝箱ドロップが毎回記念フィギュアだと男は眉間の皺を深くして不満げに零すのである。