㣺 昔、ぼくがまだ幼かった頃。夏のとても暑い日だった。
子どもの頃のことはもうほとんど覚えていないけれど、その出来事だけは今も不思議なほど色鮮やかに覚えている。おかげで毎年毎年夏が来る度、その時の暑さと眩しさと、冷たくて柔らかいバリトンと、微かに紛れた甘酸っぱさを思い出す。
たしかエンジュの大規模な夏祭りはとっくに過ぎて、南と東での花火大会も終わっていたと思うから、たぶんその日はお盆の時期だったのだ。その時期ならば周りの大人たちは何かと忙しそうにしていたし、仲がよかったまいこさんたちもそれぞれ働いていたり帰省したりしていたから、その日ぼくはひとりだった、という理由としても辻褄が合う。とにかくひとりになった幼いぼくはなにを思い立ったのか、スリバチ山に単身修行に行ってみることにしたのである。ひとりといってもゴースたちもいたし、普段の修行でもそうだったから、場所が多少遠くなろうと別にどうってことはなかった。
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