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    POIPOI 42

    History4 永幸CP
    台湾ワンドロ お題・電話

    電話 秋めいた少し肌寒い風を感じ、ヨンジエは軽くシャツの合わせを閉じる。深夜と言ってもいいこの時間、外を歩く人間はヨンジエ以外見当たらない。暗い夜道を照らすのは、等間隔に立てられた頼りない電灯の光と、手元にある仄かな携帯の光だけだ。    
     明日も早いからもう寝るね、と言うメッセージに、おやすみ、と返すと、ヨンジエはそのままカバンの中に携帯を仕舞った。夜道が一層暗くなる。ヨンジエは軽くため息を吐くと、疲れた身体を引き摺るようにして歩き出す。
     もう何日シンスーに会っていないだろうか。ここ数週間、シンスーは仕事が立て込んでいて、朝早くに家を出、帰宅時間は日によってまちまちだ。ヨンジエも、研究室の研究成果を纏める為に深夜まで大学にいる。
     一緒の家に住んでいるのだから少しぐらいは会いそうなものだが、何の悪戯か全くタイミングが合わず、互いの顔を見ないまま数日経つ。一緒に暮らし始めてから今まで、一日も会わない事がなかった為、たった数日でも、数年会っていないような錯覚に陥ってしまう。
     直ぐ近くにシンスーはいるのに、会えないもどかしさ。自分が帰るまで起きて待ってて、と言いたい気持ちもあるが、シンスーの仕事の邪魔になってはいけないと言う思いの方が大きく、自分の気持ちにストップをかける。シンスーの仕事が落ち着けば、自分の研究が落ち着けば、ゆっくりと会う事が出来るはずだ。一緒に住む以前の状態より、何百倍もマシじゃないか。そうヨンジエは自分に言い聞かせるしかできない。そう納得しないと、きっとシンスーを困らせてしまう。

     誰も起こさぬように、とゆっくりと自宅のドアを開けると、真っ暗な闇がヨンジエを迎える。両親も、シンスーももう眠ってしまったのだろう、室内は物音ひとつせず、静まりかえっている。
     ゆっくりと自室に向かう道すがら、シンスーの部屋のドアが目に入った。このドアを開けたら、シンスーがいる。大好きな、大好きな俺のシンスー。ふと、ドアノブに指を掛ける。シンスーの寝顔だけでも見てみようか。ドアノブに掛かった指に力を込めようとした刹那、ヨンジエはゆっくりとドアノブから指を離した。きっと、ドアを開けてしまったらシンスーの寝顔を見るだけでは終わらなくなってしまう。ヨンジエは一度大きく深呼吸すると、静かに自室に入った。
     ベッドに大の字に横たわると、手足が鉛の様に重い。いつもなら疲れから直ぐに睡魔が襲ってくるのだが、今日は睡魔の到来が遅いようだ。暫く目を閉じていたが、何となく寝付けず、ベッドに放り投げていた携帯を手に取った。画面をアクティブにすると、そこには恥ずかしそうに笑うシンスーの姿がある。以前デートをした時に、待ち受けにするから写真を撮らせて、と言って撮ったものだ。シンスーは、待ち受けにすると言われたら余計に緊張する、と言ってはにかんだ笑顔を見せてくれた。その笑顔が愛らし過ぎて、この写真はヨンジエのお気に入りの一枚だ。
     シンスーのこの笑顔を見ていると、思わず頬が緩むのがわかる。それと同時に、今せめてシンスーの声だけでも聞きたい、と言う気持ちが募ってどうしようもなくなる。
     一か八か、メッセージを送ってみようか。気付かれないならそれでいい。明日、昼休みにでも電話すればいいのだから。
     ヨンジエはメッセージフォームを開くと、ただいま、とだけ打って送信した。もう夜がふけてだいぶ経つ。シンスーからの返信はないだろう。そう思って携帯を手放した瞬間、メッセージを受信した音が聞こえた。慌ててメッセージを開くと、おかえり、とシンスーからの返信が届いている。そして、今日はなんだか寝付きが悪くて、と続けてメッセージが届いた。ヨンジエはメッセージを閉じると、通話ボタンを押す。一回、二回……とコール音が響き、そして愛しい人の声が聞こえた。
     おかえり、ヨンジエ、と自分の名を呼ぶ声に、一気に愛しさが込み上げる。漸く、ただいま、とだけ言うと、ふっとシンスーが微笑むのが分かる。
    「今日も遅かったね、研究の具合はどう?」
    「うん、後もう少しで終わりそうだよ、シンスーの仕事はまだ忙しい?」
    「……そうだね、やっと取れた案件だから、まだ暫くは忙しいよ」
     他愛もない会話が続く。どちらとも、会いたい、と言うような言葉は出てこない。きっと会ってしまったら、会うだけでは済まないと言う事が互いに分かっているからだ。両親と共に住んでいるこの家では、恋人同士の様な触れ合いは禁止されている。漸く二人の仲を認めてくれた両親だ、それぐらいの約束は守ってあげたい。その思いが二人にあるからこそ、会いたい、とは言えないのだ。
     例え数歩歩けば会える距離にいたとしても。
    「シンスー、今日はあなたの声を聞きながら眠りたい」
     いい? と聞くと、いいよ、とシンスーが優しく囁く。ヨンジエにはこれが精一杯だった。例え会えなくても、彼の声を聞きながら目を閉じれば、すぐ側に彼を感じる事ができる。
     じゃあ、とシンスーが柔らかく囁く。
    「僕に会ったら、先ず何をしたい?」
    「……キス、したい。そして抱きしめたい。シンスーは?」
    「僕は……君のほっぺを触りたいかな、そしてほっぺにキスする」
    「え、俺の唇にはキスしてくれないの?」
    「キスは君がしてくれるんでしょ?」
     ふふ、と微かに笑う声が聞こえて、ねぇ、と少し吐息混じりの声でシンスーが言う。
    「会いたいよ、ヨンジエ。君に凄く会いたい」
     それはヨンジエとて同じ思いだ。けれど、言ってしまうと、自分の気持ちを抑える事ができなくなるだろう。ヨンジエの葛藤が無言の時間として表れる。
    「……ねえ、君は僕に会いたくないの?」
    「あ、会いたいに決まってる……!! いつもいつもあなたの事ばかり考えてる。会いたくて、苦し……くて……」
     思わず語尾が震え、ヨンジエは片手で両眼を押さえた。言葉に出してしまったら、泣いてしまいそうだったからだ。言わないでおこうと思ったのに、言ってしまった。シンスーに会いたい思いが止めどなく溢れ続ける。ヨンジエは堪らず、ベッドから身体を起こし、ドアに向かって立ち上がろうとした刹那、ヨンジエの部屋のドアが静かに開いた。
    「……シンスー」
     暗闇から覗いた顔は、今一番会いたい人だ。シンスーはゆっくりとヨンジエに近づくと、しーっ、とヨンジエの唇に人差し指を当てた。
    「どうしたの? 泣いてるの?」
     ヨンジエの頬にシンスーの指が触れる。そして、薄っすらと流れていた涙を拭う様に口付ける。
    「これは、寂しくて泣いちゃった弟へのお兄ちゃんからの慰めのキス」
     そう言って悪戯っぽく笑うと、お兄ちゃんにお礼は? と自らの唇に指を当てた。ヨンジエはシンスーの腰を引き寄せると、ゆっくりと口付けた。それは触れるだけの様な、とても軽いものだ。そしてそのままシンスーを抱きしめる。
    「シンスー、会いたかった、大好き」
     子供のような拙い言葉しか出てこない。それ程シンスーに会えた喜びがヨンジエを支配している。
    「僕も……凄く会いたかったよ」
     ひとしきり抱き合った後、シンスーがゆっくりとヨンジエをベッドに押し倒した。両親との約束があるのに、何が始まるのかと一瞬混乱したヨンジエだったが、シンスーは何もすることは無く、そのままヨンジエの横に横たわり、彼の身体を抱きしめた。
    「お兄ちゃんがさっき怖い夢を見たから、弟に添い寝をして貰ってるんだよ」
     上目遣いで甘えたように言うシンスーの額に、軽くキスを落とす。
     ああ、きっと免罪符なのだ。自分と触れ合う為の。だから自分も、いつもとは違う愛で、彼を包んであげよう。
    「ねぇヨンジエ……ギュッてして」
     砂糖菓子のような甘い声でシンスーが囁く。
     ヨンジエは彼の身体に腕を回すと、ゆっくりと抱き締めた。シンスーは満足そうに鼻を鳴らすと、大好きだよ、とヨンジエの胸の中で呟く。
     シンスーの言葉の何もかもが甘い。まるで彼自身が綿飴で出来ているようだ。今日はやけに甘えるね、とシンスーの髪にキスを落とすと、僕も寂しかったから、と困ったようにシンスーが微笑む。ヨンジエは堪らずシンスーを再度抱きしめると、おやすみ、と囁いた。
     シンスーの温かな体温と彼の呼吸で、ヨンジエにも睡魔が訪れる。この幸せな状況をもっと味わっていたかったが、思いとは裏腹にだんだんと瞼が下がっていく。
     そして、明日両親にこの状況をどう説明しようかと考える内に、ヨンジエの意識は睡眠の波に飲まれて行った。
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