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    POIPOI 42

    History4 永幸CP
    台湾ワンドロ お題・キス

    キス 自分の、彼に対する感情が所謂恋だと気付いたのは、忘れもしないあの気怠い午後のことだった。
     ドアの隙間から見た、熱に浮かされて少し滲んだ視界の中で見た彼は酷く美しかった。柔らかな動きで男の服の上をすべる指。しかしそれは時折何かに引っ掛かる様にして動きを止める。少し伏せた睫毛が揺れる度、きらきらと光るのは、彼の瞳が潤んでいるからか。
     男が彼の腰に腕を回した瞬間、びくりとして顔を上げた彼の表情は不安そうで、それでいて何かを期待しているような甘さがある。男の指が仄かに朱が差した彼の頬に触れる度、彼の瞳が揺れる。そしてその指に愛おしそうに頬擦りをすると、さっきとは打って変わって、熱を孕んだ瞳で男を見つめた。そして薄く瞼を閉じると、ごく自然に……まるでパズルのピースが嵌まるかの様にぴったりと唇が合わさる。
     子供ながらに、彼らが何をしているのかぐらいは理解出来た。あれは、キスだ。ぴったりと合わさっていた唇が離れ、湿った舌が絡み合う。水音が部屋に響くのも構う事なく、舌が絡まり貪るように唇を合わせる。彼らの口付けに……いや美しく乱れる彼の姿に目が離せない。なんとも言えない背徳感に、見てはいけないと思えば思う程、彼の姿をもっと見たくて瞬きすら忘れてしまう。
    「は……ぁ」
     キスの合間から聞こえた彼の艶かしい声に思わずしゃがみ込むと、震える両手で耳を塞いだ。心臓の音が煩い。身体の奥から今まで感じた事がないような熱がじわりと滲み出てきて、今にも体から放出されてしまいそうだ。
     自分が見ていた事を彼に知られる訳にはいかない。何故かそう思い、這う様にしてその場を後にする。息が苦しい。はぁはぁと犬の様な激しい呼吸を抑えてなんとか自室に辿り着き、思い切り深呼吸をする。体が熱い。これは体調不良での熱さでは無い。やっとの思いで立ち上がるとベッドに横になった。身体中に広がっている熱は冷めそうにない。ギュッと目を閉じると彼の淫らに喘ぐ姿が脳裏に浮かぶ。
     ああ俺は……彼が好きなんだ。家族としてなんかじゃない。俺は彼を一人の人間として愛してる。

     うっすらと瞼を上げると、まだ薄暗い天井が映った。まだ夜明け前なのだろう。ヨンジエはゆっくりと寝返りをうつと部屋の冷気で冷えた枕に頬を寄せた。この冷たさが心地良いと言う事は、まだ熱は下がっていないのだろう。ヨンジエは額に手を当てると、はあ、と一つため息を吐いた。
     熱を出した夜に限って、たまに見る夢がある。それは、数年前、体調が悪くて学校を早退した時に自宅で見た、シンスーとその恋人がキスをしていた光景だ。あの光景は今でもヨンジエの心に深く、鮮明に記憶されている。何故なら、あの光景こそがヨンジエの、シンスーへの想いに名前を付けたものだったからだ。
     当然、家族としてもシンスーのことは愛している。シンスーこそが、行き場もなく暗雲たる世界でただ一つ自分の居場所になってくれた人だからだ。彼を家族として愛すれば愛する程、ヨンジエの中で小さな違和感が芽生えていた。自分はもっと違う方法で彼を愛するべきなのではないのだろうか。彼をもっと今以上に愛したいのに、どうすれば良いか分からない。そして、どうすれば良いか分からずにいた所に、偶然あの光景を見てしまった。すとん、ヨンジエの中で腑に落ちたものがあった。それはヨンジエの心にスッと溶け込み、今までの違和感が霧散したような爽快感さえあった。
     自分は彼を、恋人のように愛したいのだ。あの男のように、彼の熱い眼差しを受けて口付けをしたい。自分の想いに気づいてしまったらもう最後だった。シンスーを愛しく思う気持ちは年を重ねるにつれ大きくなっていった。かと言って、ヨンジエにはどうする事も出来ない。ヨンジエがどう想おうと、シンスーにとってはヨンジエはただの弟に過ぎないのだから。彼に想いを打ち明けたいと何度思おうとも、実行に移すことはない。想いを打ち明けたら、きっとシンスーは離れて行ってしまうだろう。いや、優しいシンスーの事だ、離れて行かないにしても、今まで通りの関係には戻れないだろう。シンスーと今まで通りの関係でいられなくなるなら、告げない方がいい。シンスーを失う事が、ヨンジエにとって死ぬよりも辛い事だからだ。
     ヨンジエは熱で火照った顔を両手で包む。瞼を軽く閉じると、先程見た夢の断片が映し出された。そして、あの男の代わりに、大学生になった今の自分を置いてみる。大学生だったシンスーを抱きしめて、彼の頬に優しく触れて、そして
     ヨンジエはゆっくりと瞼を上げた。何を想像しようと、自分の唇に彼のそれが触れる事はない。ヨンジエは堪らず、虚空に腕を伸ばした。

     シンスーは大学卒業と共に実家を出ている。元々両親はシンスーが家を出る事を反対していたので、両親に呼ばれて実家に帰ってくることはあるが、家族の行事ごと以外で自分から実家に顔を出すことは殆ど無い。きっとシンスーは自分の性質に後ろめたさがあるのだろう。それを何となく感じていたヨンジエだったが、ヨンジエはそれを見守るしかできない。
     疲れた目を擦りながら視線を移した先の時計の針は、もう深夜と言っていい時刻を指している。ヨンジエは課題のノートを閉じると、もう冷えてだいぶ経ったコーヒーを一口口に含んだ。明日の講義は昼からなので、少しぐらいは夜更かししても大丈夫とは言えど、睡魔はすぐそこに迫って来ている。寝る支度でもするか、と椅子から腰を上げた瞬間、玄関の鍵がガチャリと音を立てたのが聞こえた。当然、両親は既に就寝している。まさか泥棒か、と急いで玄関に行くと、そこにはシンスーの姿があった。突然の事に驚いたヨンジエは、どうしたの、こんな時間に? と問いかけるが、シンスーの反応は鈍い。この近くで飲んでて、自分の家に帰れなくなったから、とまったりとした口調で話すシンスーからは、はっきりとアルコールの香りがする。シンスーの様子から、相当飲んだだろう事が伺える。ヨンジエはシンスーのカバンを持つと、彼を抱えるようにして自室に向かった。
    「そんなに飲んで、何かあったの?」
     シンスーをゆっくりとベッドに腰掛けさせながら、ヨンジエが問う。シンスーは自分が酒が弱いことを知っている為、無茶な飲み方はしない。なので、こんなにふらふらになるまで飲む事は珍しい。きっと何かあったに違いない。
    「こんな時間に帰って来ちゃって、ほんとごめん」
     ただ飲み過ぎただけだから、と困ったように笑うシンスーの隣に座ると、そっと背中を撫でてやる。昔、彼が自分にしてくれていたように、優しく。何があったかなんて話してくれなくてもいい。自分といる事で、彼が負ったであろう傷が癒えるのならそれでいい。項垂れたように顔を伏せるシンスーの肩を抱くと、ぱた、と微かな音が聞こえた。そしてそれは幾度となく聞こえ、シンスーの太ももを濡らした。
    「……僕はもう……必要ないんだって」
     微かに聞こえた言葉に、シンスーを抱く腕に少し力を込めた。そして、静かにシンスーの言葉を待つ。
    「生涯愛するのは僕だけだって……何度も何度も言ってくれたのに」
    「俺は兄さんを生涯愛するよ」
     咄嗟に出た言葉に、後悔はない。シンスーの言葉に、怒りにも似た感情が湧いていたからだ。俺だったらシンスーを泣かせるなんて事はしない。だが、シンスーも、泣く程相手を心から愛していたのだろう。その事実もヨンジエをイラつかせる。
    「俺だったら、あなたをこんなに悲しませる事なんてしない。あなたをずっと愛して、あなたがずっと笑って幸せに過ごせるように、あなたの幸せだけを考えて生きる」
     まさに告白だ、と思った。自分の言った言葉を冷静に反芻すればする程、体温が上がるのが分かる。失恋の辛さに打ちひしがれているシンスーを目の当たりにして、言わずにはいられなかったのだ。どれだけ自分がシンスーを愛しているかを。未だ顔を伏せたままのシンスーの表情は見えない。暫くして、シンスーがゆっくりと顔を上げた。
    「永遠の愛なんてないんだよ、ヨンジエ。生涯一緒にいて、生涯愛するなんて幻想に過ぎない」
     違う、とシンスーの言葉に被せる様にして言う。シンスーの濡れた瞳が、不意に歪められた。
    「だったらなんで、みんな僕を置き去りにするの? 置き去りにする癖にどうして生涯なんて軽々しく言うの? ヨンジエだって恋人が出来たら僕の事なんてどうでも良くな……」
    「違うって言ってる!!」
     思わず声を荒げ、シンスーの両肩を思い切り掴んだ。最早怒りの感情しかない。これだけ愛していると伝えているのに何故伝わらない? 他の誰とも違う、自分の愛は永遠だ。あなたの為なら死んでもいいとさえ思うのに。
     驚いたように開かれたシンスーの瞳がヨンジエを映す。濡れた睫毛がキラキラと揺れている。ああ、とヨンジエは思った。まるであの時のようだ。薄く開かれた唇、火照ったように朱い頬。そしてあの時と違うのは、シンスーの瞳がしっかりと自分を映している事だ。
     キスしたい、とヨンジエは思った。唇を触れさせて、ぽってりと熱い舌を絡め合って、そうすればその舌先や唾液から、どれだけシンスーを愛しているかが伝わるに違いない。
     ヨンジエはゆっくりとシンスーの頬に指で触れた。シンスーが心なしかびくりと震えた気がする。シンスーの瞳の中のヨンジエが徐々に大きくなって行く。互いの吐息が触れた瞬間、ヨンジエは自分の頬で彼の頬に触れ、そしてそのまま抱きしめた。
    「その辺の奴らと一緒にしないで。俺の最愛の人は兄さんだ、それは何があっても変わらない。だから俺だけは信じて」
     うん、と小さく聞こえて、ヨンジエの背に腕が回された。そして確かめる様に背を撫で、ぎゅう、とヨンジエの服を掴む。
    「大好きだよ、ヨンジエ……君がいてくれて良かった」
     ありがとう、と言って嗚咽を漏らすシンスーに、俺も大好きだよ、と囁く。自分の好きと彼の好きは意味が違うことは分かっている。けれど、彼から好きだと言う言葉を聞く度、心が昂揚するのは止められない。今日はシンスーが泣き疲れて眠るまで、ずっとこうしていてあげよう。それで彼の傷が癒えるなら。
     ヨンジエはゆっくりとシンスーの髪を撫でる。そして確信した。シンスーを幸せに出来るのは自分しかいないし、シンスーの相手として一番相応しいのは自分だと。
     今までは、シンスーが幸せなのであれば、彼を幸せにする人間は自分じゃなくてもいいと思っていた。自分はただ、彼が幸せでさえあれば良い。しかし、それを他人に委ねると言う事が、どれだけ愚かな事かを思い知った。他人に委ねてしまったからこそ、愛するシンスーが傷ついて泣いている。自分であれば決してこんな思いをさせる事はない。
     何故この思いに至らなかったのかと過去の自分を呪いたくなるが、この思い自体が、覚悟がいるものだと言うのも事実である。シンスーを失うかも知れない。それでも、今はこの手でシンスーを幸せにしたいと言う気持ちの方が大きい。普通の恋愛よりも成就は困難だと言う事は重々承知だ。けれど、覚悟を決めて立ち向かわねば何も変わらない。自分は一生、シンスーしか愛せない自信がある。その自信だけでも困難に立ち向かう価値があると言うものだ。シンスーに想いを告げて、彼に受け入れて貰えるかは分からない。けれどきっと……確信がある訳では無いが、彼に想いを伝えることが最善なのではないかと思うのだ。
     いつの間にか、腕の中のシンスーは静かに寝息を立てている。ヨンジエは再度強くシンスーを抱き締めると、耳元で小さく囁いた。
    「愛してるよシンスー、俺がちゃんとあなたへの想いを告げられたら……その時は、どれだけあなたを愛してるか、キスで伝えさせて」
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