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    黄金⭐︎まくわうり

    過去作品置き場

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    POIPOI 42

    BBS PatPran

    エイプリルフール やってしまった、とパットは手に持った携帯を見つめる。何の音もしない携帯は、ぼう、と淡い光を放ち、待ち受け画面の中のパーンは、にっこりとこちらに微笑みかけている。パットは携帯を見つめたまま、力無くどさりとベッドに腰を下ろした。
     ……どうしてこうなった、と自問自答するも、あんな事を言った自分が悪いという結論にしかならない。思わず、あー! と言う雄叫びにも似た声を上げ、ベッドの上で暴れまくる。叩きつけた枕からは羽毛か飛び出し、あたり一面羽毛だらけになった所で、放心した様に座り込んだ。そして、床に落ちた携帯を拾い、一縷の望みを託して再度コールボタンを押す。が、携帯からはコール音どころか、無慈悲なアナウンスしか聞こえない。
    「出てくれよ、頼むから……」
     声に出すと余計に情けなくなって、じわりと滲む視界に、パットは鼻を啜った。

     大学を卒業してから、パットとパーンは国境を超えた遠距離恋愛を続けている。パットは家業を継ぎ、パーンはシンガポールのデザイン事務所に勤めている。何故シンガポールの会社なのか、と揉めた事もあったが、結局本人の夢を優先する形になった。パーンの為とは言え、全く不満がなくなったかと言えば嘘になる。離れる事によって自分と彼の間に心の距離が生まれないだろうか。けれど、いざ離れてみたら、意外と繋がれていることが実感できた。無料通話アプリにSNS……距離は離れていようとも、お互いを身近に感じることができるものは沢山ある。毎晩の彼とのビデオ通話もそうだ。最早毎日の日課になっている。
     パーン専用に設定してある着信音が鳴り、パットは読みかけの本を机に置いた。そして、慣れた手つきでカメラをオンにすると、ネクタイを外しただけのパーンが映る。いつも通話は仕事の終わりが遅い方に合わせている為、パーンは先ほど帰宅したのだろう。時計の針を見ると、そろそろ今日が終わる時刻だ。ただいま、と言うパーンの表情は、若干の疲れが滲んでいる。あんまり無理するなよ、と声を掛けると、うん、と目尻を下げた。
    「プロジェクトが佳境だから、無理しなきゃいけない時期なんだよ」
     にしても疲れた……と言う声と共に、プシュと言う音が聞こえ、画面のパーンがビールを呷る。近くに居たら一緒に飲んでやるのになぁと言うパットに、パーンが微笑む。
    「こうやってお前の顔見ながらビール飲めるだけでいいよ」
    「はっ! 欲のないこった! もっと甘えて良いんだぜ?」
     控えめなパーンの言葉を煽るようにパットが言うと、パーンはビールの缶を置き、画面に近付くように頬杖をついた。アルコールが入って少し潤んだような瞳が画面の中からパットを見つめる。ビールで湿った唇が鈍く艶めき、隙間から覗く赤い舌が扇情的だ。パットは思わずごくりと唾を飲み込んだ。自分の恋人は、知ってか知らずか、時折もの凄く艶かしい表情をするのだ。
    「本当は、お前を思いっきり抱いて、どっちがどっちか分からなくなるぐらいドロドロになって、お前に包まれたい」
     そう言って微笑むパーンの瞳から、僅かな獰猛さが覗いていた事に気が付かないパットではない。彼の唇が言葉を紡ぐ度、彼の唇の感覚を思い出し、思わずぶるりと震えた。
    「……それでも良いけど、今のお前にはきっと癒しが必要だ。俺が優しく抱いてやるよ。昼も夜も関係なくずっと抱いてやるから、余計なこと考えずに、俺の事だけ考えてりゃ良い」
     パットの言葉に、パーンはゆっくりと瞬きをすると、そうだな、と言った。
    「もの凄く、お前に触れたいよ、パット」
     少しだけ懇願する様に言うパーンに、俺も、と相槌を打ってしまうと、きっと自分も彼に触れたい気持ちが止まらなくなってしまう。パットはわざと片眉を上げると、お前、俺の事大好きじゃん、と笑う。
    「……画面の中のお前に欲情するぐらいには、好きかもな」
     素直じゃねえな、とパットが返すと、ゆっくりとパーンの指が画面に近づき、パットの頬を撫ぜるように動く。彼に触れられたのはいつだっただろうか。いつだったとしても、彼の指の感触は思い出せる。パットは自分の頬に触れているであろう彼の指に手を添えるようにすると、自分も彼の頬に触れようと指を伸ばす。慈しむように指を動かすと、パーンが嬉しそうに目を細めた。実際に触れていなくても、心で、記憶で触れ合える。リアルに会えていた時よりも、彼との繋がりを感じるのは何故だろう。益々愛しく感じるのは何故だろう。
     暫く自分の頬に触れるようなパットの指を見ていたパーンだったが、ふと何かに気付いたように小さく声を上げた。
    「パット、お前指輪どうした?」
     パーンに言われ、パットは自らの薬指を見た。いつも肌身離さず付けている、パーンとのペアリング。離れていてもいつも一緒だ、と言う証に二人で購入したものだ。あ、とパットは思った。いつもは何があっても付けっぱなしにしているのだが、今日は洗車をした為、傷を付けてはいけない、と外していたのだ。ちらりとサイドテーブルを見ると、きらりと光るそれがある。そして何気なく、その視線の先のカレンダーに目が止まった。今日から四月だ。
     ……ああそうだ、今日は四月一日じゃないか。
     パットの中で、むくむくと悪戯心が湧いてくる。元来悪戯好きなパットである。こんな美味しいシチュエーションを逃す手はない。パットは微かにほくそ笑むと、真剣な眼差しでパーンを見つめた。そしていつになく神妙な顔付きになって、パーン、お前に謝んなきゃいけない、と唇に湿りをくれる。
    「指輪……なんだけど、今日洗車した時にどうも失くしたみたいで……」
     ごめん、と謝るパットに、パーンは言葉を失くしたように呆然としている。そんなパーンの様子を見て、思わず口角が上がってしまうのを必死に抑える。ここで笑ってしまったら計画が台無しだ。もう少しパーンの様子を楽しんでからネタばらしをしよう。
     暫くの沈黙の後、十分にパーンの様子を楽しんだパットは、そろそろネタばらしをしようと、今日は何日だ? と問いかけながら席を立つ。サイドテーブルに置いてある指輪をはめて、エイプリルフールの嘘でした! で計画は終了だ。指輪を取ろうとした瞬間、何で……と携帯から微かに声が聞こえた。
    「パット……何で……? お前にとってこの揃いの指輪って、そんな程度の物なのか?」
     パーンの、悲しみと怒りが混ざったような声に、思わず振り返り、いやこれは、と言葉を繋げようとするが、パーンの言葉に遮られてしまう。
    「俺は、お前と離れている間、お前だと思って大切にしてきた。お前は違うのか? 俺の思いとお前の思いは……違うものなのか?」
    「いやちょっと待て、そう言うんじゃなくて」
     慌ててカメラの前に戻るも、悲しそうなパーンの表情が一瞬見えたかと思うと、ぶつりと言う音と共に、カメラがオフになった。
     今度はパットが呆然とする番だった。何が起こったのか理解が追い付かず、ただ、待ち受け画面に戻ってしまった携帯を見つめる。パーンといつものように会話していた筈なのに、むしろいつもより甘い雰囲気だったのに、何故こうなった?自分はただ、悪戯心でエイプリルフールの冗談を言っただけなのに。
     パットはすぐさま携帯を手に取ると、再びパーンにコールする。パーンは誤解したままだ。自分だって、指輪はパーンだと思ってちゃんと大切にしているし、大切な揃いの指輪を失くすなんて有り得ない。あの言葉は嘘なのだと早くパーンに伝えなければ。世界一愛している恋人を悲しませるような事をするはずがないと、誤解を解かなければ。
     暫くしてコール音が聞こえた。一回、二回……とコール音が鳴る度に気持ちが焦る。早く出てくれ、と思えば思う程コール音が続く。永遠にも思えたコール音が途切れ、パーン! と電話口に叫ぶも、コール音が途切れたのは、彼が電話を取った訳ではなかった。聞こえてきたのは、電話に出られない事を告げる無機質なアナウンスだ。パットは震える指で再度コールする。しかし、再びコール音が鳴ることはなかった。

     パーンが電話に出てくれない。自分が言った下らない冗談のせいでパーンを悲しませ、怒らせた。パットはふと時計を見る。明日朝一でシンガポールに行こうか。電話に出てくれないのなら、会って誤解を解くしかない。こんな馬鹿げたことが切っ掛けで別れるなんて考えたくもないし、あってはならない事だ。そう思って航空券を手配しようとした途端、明日は朝から大事な商談がある事を思い出し、思わずベッドに倒れ込んだ。白い羽毛がふわりと舞う。
    「パーン……こんなにもお前を愛してるのに、失くす訳なんてないだろぉ……」
     目の前に翳した指には綺麗に手入れされた指輪が光る。パットは力なく腕を下ろした。

     それは完全にお前が悪いだろ、とまさに予想通りの答えを聞かされ、パットはがくりと項垂れた。あの指輪の件はどう考えても自分が悪いとしか思えないし、他人に話したとて、それは一切変わらなかった。とは言え、自分が悪いと分かっているからこそ、早急にこの問題を解決しなければならない。まずは、どうにかパーンと話をしなければ。
    「電話に出てくれないんなら、メールでもなんでも送りゃあいいじゃん」
     からん、と氷の音を立てて、コーンがグラスの酒を飲み干す。店に入って1時間も経っていないのに、ボトルの酒はもう半分を切っている。
     ……こいつ、人の奢りだと思って、と独りごちるとパットも自分のグラスに酒を注いだ。そして携帯を取り出すと、画面を開き、コーンの目の前に翳した。
    「送ってるに決まってるだろ!! ほら見てみろよ、メールもラインも朝からずっと送り続けてるのに、既読すら付かない」
     そう言うと、グラスの酒を一気に呷った。度数の高い酒なのに、一向に酔う気配はない。パットは再びグラスに酒を注ぐと、そこでだ、と軽く身を乗り出した。
     本当は直ぐにでもシンガポールに行ってパーンに謝りたかったパットだが、大事な商談を反故にする訳には行かない。商談の合間に携帯を確認するも、パーンは当然電話にも出てくれないし、メールやラインも見てくれている気配はない。途方に暮れたパットが思い付いたのが、共通の友人に連絡を取ってもらって、自分の話を聞いてもらう、と言う事だった。仕事が終わるなりすぐさま共通の友人であるコーンを呼び出して、今に至る。
     コーンは、何でお前らの痴話喧嘩に……と面倒臭そうな様子だったが、奢りだと聞いている酒や料理をちらりと見ると、一つ溜息を吐いて携帯を取り出した。彼がダイヤルする様子を、パットは固唾を飲んで見守っている。コーンからの電話なら、きっと取ってくれるはずだ。取ってくれた瞬間に、コーンから携帯を奪って話せばいい。パットが策を練る中、コーンが携帯を耳に当てる。
    「よぉ、パーン」
     コーンの声が聞こえ、パットは咄嗟にコーンから携帯を奪おうとするが、コーンに手で制された。パーンが何か話しているようで、コーンは軽く相槌をうっている。
    「パーン! 昨日のあれは嘘だ、ちゃんと大切に持ってるからゆる」
    「うるせえ」
     一向に電話を代わってくれないコーンに居ても立っても居られず叫ぶと、コーンがパットの頭を叩いた。一瞬怯んだパットだったが、再度叫ぼうとした所で、コーンに手で口を塞がれた。そうこうしている内に、コーンが携帯の画面をタップし、漸くパットの口元から手が離れる。パットは、携帯を手に持ったまま座り直すコーンを見て唖然とした。どう見てもコーンはパーンとの通話を切っている。自分がパーンと話す為に電話させたのに、パットに代わる事なく通話が終了している。パットはこの状況が飲み込めず額に手を当てて腰を下ろすが、すぐさま立ち上がり、おい、とコーンに詰め寄った。
    「おいおいおい! 何電話切ってんだよお前俺の言う事聞いてたか? お前がパーンと喋ってどうすんだよパーンと喋りたいのは俺だって言ったよなお前も分かったって言ったよなもしかして俺の言う事りか」
     コーンの行動が理解できないパットは、一気に捲し立てるが、コーンは首を振ってパットを制した。そして、一旦落ち着け、とパーンの肩を押すと席に座らせる。
    「お前の悪いとこだぞ、それ。一旦冷静になって考えてみろ、俺が電話してすぐお前に代わったとしても、今まで無視を決め込んでるパーンが素直にお前の話を聞いてくれると思うか? 折角俺が仲介に入ってやってんだから、あっちの話も聞くのが筋ってもんだろ」
     パットは思わず、むぐぐ、と唸った。いつになくコーンの言い分は的を得ている。確かに、すぐに電話を代ったとしても今の状態ではすぐさま切られるのがオチだろう。それよりは、今パーンがこの状況についてどう思っているかを知る事が重要だ。
     パットは残り少なくなったボトルの酒をコーンのグラスに注いでやる。コーンは満足そうに頷くとちびりと酒を舐めた。
    「まず、パーンはお前の事すっげー怒ってる。暫くは声も聞きたく無いそうだ。それに、会いに来るなんてもっての外だと」
     何億分かの確率でパーンの機嫌が直っている事に一縷の望みをかけていたパットだったが、見事に予想が外れ……と言うか当初の予想通りの結果に落胆のため息をついた。それに、明日は休日だ。パーンに会いに行こうかと思っていたパットの行動も見事に読まれている。流石親友で恋人と言った所か。
     ……だったら俺はどうすりゃ良いんだ、とため息混じりに机に突っ伏す。万策は尽きてしまった。最早どうすれば解決するのか見当すらつかない。思わず頭を掻きむしるパットの耳元で、からからと氷が鳴った。
    「お前はどうもしなくていい、寧ろ何もするな。パーンの気持ちが落ち着くまでじっと待ってろ」
     コーンの言葉に顔を上げたパットに、唯一お前に出来ることは、と空のグラスを差し出す。
    「酒飲んで一旦忘れる事だな」
     パットはボトルの酒を全部グラスに注ぐと、それを一気に飲み干した。そしてすぐさま次のボトルを注文する。コーンの言うように、今行動を起こす事は逆効果になりかねない。パーンの気持ちが落ち着いてから、ゆっくりと誤解を解くしかない。パーンは一度怒ると話を聞いてくれない頑固者だったと言うことを今更ながらに思い出し、パットは軽く目を瞑る。今は焦る気持ちを抑えて待つしかない。これは下らない嘘でパーンを傷つけた罰だ。パットは新しいボトルの封を開けると、なみなみと酒を注いだ。揺れる透明な液体がじわりと滲み、それを飲み干そうとグラスに手を伸ばした。
     どれぐらい酒を飲んだだろうか。テーブルには数本の空き瓶が転がっている。朦朧とする意識の中で記憶に残っているのは、かなりの酒を飲み、半分泣きそうになりながらパーンの事を話していた事と、いつの間にか肩を貸されながらタクシーを待っていた事だ。そして別れ際にコーンが何故かニヤニヤとしていた事もうっすらと憶えているが、彼が何故そんな表情をしていたのか、疑問に思う事すらできないまま、パットはベッドに倒れ込み、意識を手放した。

     パットは、パーンの事を一日たりとも考えない日はない。離れる時間が長くなる程、パットの心は無意識にパーンを求める。夢で会いたい、なんて安いドラマのセリフだと思っていたが、会えない日が続く程、パットはそれを真剣に願うようになった。そして今となっては、その気持ちに拍車がかかる。どんな夢でもいい。パーンに会いたい。そして彼に謝って、どれだけ自分が愛してるかを伝えたい。夢で会えたとて、本物の彼に想いが通じる訳ではないのは分かっているが、夢の中でさえもパットは謝りたいのだ。どんな形でも謝罪したい。例えそれがパーンに届かない、自己満足であったとしても。
     パット、と聞き慣れた声が聞こえた様な気がして、パットは重い瞼をゆっくりと上げる。焦点が合わない視界で捉えたのは、ぼんやりとした輪郭だ。けれどその輪郭は知っている。パットはゆっくりと腕を上げると、その輪郭をなぞる様に指を動かした。ああ、これはパーンだ、と理解するのに時間はかからなかった。しかし、実際パットの部屋にパーンがいる訳はない。ああこれは夢だな、とぼんやりとパットは思う。常々夢でもいいから会いたいと思っていたが、漸く現れてくれた。
     パットは自分に覆い被さるようにしているパーンの首筋に両手をやると、ゆっくりと引き寄せ、彼の頬から唇へと己が唇を這わせる。彼の柔らかい頬や潤いのある唇がリアルに感じられるのは、彼の感触を全て覚えているからだ。夢であっても、全部思い出せる。彼の好きな場所を愛撫してやる時の反応でさえも。そして、これはきっと自分の願望なのだろう、パーンならこうやって自分を愛撫してくれるだろうと言う行動もありありと思い出せている。パットはパーンの愛撫に思わず、ああ、と声を出すと、そのままパーンを抱きしめた。
    「パーン、俺のパーン……下らない嘘で傷付けてごめん、俺にはお前しかいないんだ、お前を本当に愛してる。だから……頼むから俺の話を聞いてくれ、ちゃんと謝らせてくれ」
     こんな事ですれ違うなんて嫌だ……と口にしたとたん、パットの頬に熱い雫が伝う。それは堰を切ったように止めどなく流れ、パットはパーンを抱きしめたまま嗚咽を上げた。
     パット、と再び声が聞こえ、抱きしめた腕の力を抜くと、そこには先程よりもよりクリアなパーンの相貌が映る。そして、慈しむように破顔すると、ちょっとやり過ぎたか、と呟きが聞こえた。
    「パット、こっちこそごめん、俺も悪戯が過ぎた」
     パーンはそう言ってパットの涙を唇で拭い、そしてそのままパットの唇の形を確認するように唇付けた。そのあまりにもリアルな感覚に、パットは少しづつ混乱する。これは自分の夢の中の出来事なのではなかったか。パーンは今シンガポールにいて、自分の部屋になんている訳がない。パットは恐る恐る指を伸ばすと、パーンの頬を手のひらで包む。ちゃんと感触がある。これはもしかしたら夢ではないかも知れない。でも、どうして……?
    「パット、これは夢じゃないよ、俺は今お前の部屋にいる」
     しっかりと聞こえたパーンの言葉に、パットは思わず跳ね起きて、瞬きをも忘れたかのように目の前にいるパーンを見つめた。まだ酒の残る頭では、この状況が理解できない。何も理解できていないパットの様子を見兼ねたのだろう、パーンがパットの頬に手を伸ばした。
    「俺はなんにも怒ってないし、お前が指輪を失くしてない事も、あれがエイプリルフールの嘘だって事も分かってたよ」
     パーンの言葉に、パットは益々混乱する。分かってた? 何を? パーンは自分のついた嘘に怒ってたんじゃないのか? 色んな疑問が浮かんでくるが、それは全く解決出来ぬままだ。
    「お前の下らない嘘にちょっとイラッときたから、本気にしてる振りしただけだよ、お前の嘘に便乗して、俺も嘘ついたって訳」
     エイプリルフールだったから、と笑うパーンに、漸く思考が追い付いたパットは、怒りとも安堵ともつかない気持ちが溢れ、そのまま倒れるようにパーンに身体を預けた。
    「じゃあ、なにか? お前は全部分かってて、怒ってるって嘘ついて、俺を無視してたって事?」
     パットはそこまで言って、昨日のコーンの表情を思い出した。そうか、あいつパーンと口裏合わせてやがった!
     パットは身体を起こすと、そのまま仰向けに倒れ、両手で顔を覆った。思わず乾いた笑いが出る。そしてそれは徐々に小さくなり、はぁ、と微かなため息に変わった。
    「俺が最初に嘘ついたのは悪いと思うけどさ……それにしても、ただでさえ会えないのに、俺の連絡無視するとか酷くねぇ? 俺がどれだけ焦って、どれだけ後悔して、どれだけ……」
     思わず涙声になってしまうのを隠そうと枕に顔を埋めようとするが、やんわりとした手つきで身体を返され、そして、顔を覆っていた両手をゆっくりと外される。少し滲んだ視界にパーンが映った。
    「嘘だとは言え、不安にさせてごめん。それに、週末にこっちに帰ってくる予定だったから、ネタばらし兼ねて驚かせようと思ってた」
     ほんとごめん、と言うパーンの言葉に、パットは小さく、俺もごめん、と言った。元はと言えば、自分が付いた嘘から始まった話だ。自分がこんな嘘をつかなければ起きなかった事なのだ。パットはパーンの背に腕を回すと、思い切り抱きしめる。パットの耳元でくすりと小さく笑う音がした。
    「パット、ずっと会いたかった。愛してるよ。世界で一番お前が好きだ」
     耳に掛かる言葉がくすぐったいのは、彼の吐息のせいか、または甘い言葉のせいか。パットはそのままパーンの肩口に顔を埋めた。
    「なあ、そんなに不安になって、泣いてしまう程俺の事好き?」
     パーンの唇が微かに耳に触れた。パットは思わず馬鹿野郎、と呟く。心なしか頬が熱い。そしてパーンの肩を押すと、そのままパーンに覆い被さった。
    「この馬鹿野郎! 俺を泣かせやがって!」
     そう言うと、まさに殴り掛かるように唇を合わせる。まんまと騙されたと言う若干の悔しさから、パーンの唇に噛み付くように荒々しくキスをするが、だんだんと安堵感が広がり、互いに慈しむようなキスに変わっていく。互いの吐息が混ざり合って、最早どちらの声か分からない程に溶け合う。吐息の合間から、熱に浮かされたような声で、なぁ、とパーンが囁く。
    「……さっきの質問に答えてない」
     なぁ、とせがむ様に耳たぶを噛まれ、パットは堪らず小さく声をあげる。そして、顔を埋める様にしてパーンを抱き締めると、好き、と微かに呟いた。
    「好きだよ、大好きだ。お前がいないと泣いてしまうくらい好きだよ」
     パーンが自分の前から消えてしまったら、きっと生きてはいけないだろう。連絡が途絶えただけでこんなにも苦しかったのに。
     良く出来ました、と言う声が聞こえ、パットの視界がぐるりと回った。そして次に見えたのは、優しく微笑みながらも、身体の奥から湧き出る熱を持て余したようなパーンの瞳。そして衣服のはだけた彼の肢体。パットはゆっくりと滑らかな肌に指を這わせた。彼の熱が指から流れ込んで来る。ずくりとパットの中で熱が蠢く音がした。刹那、我慢できない、と切羽詰まったような呟きと共に、パットの視界が塞がれた。
    「なぁ……疲れてる俺を、優しく抱いてくれるんだろ?」
     パーンの囁きに、パットはキスで答える。これからきっと、抱いて抱かれて、一日が過ぎていくのだろう。そんな爛れた休日も悪くない。暫く会えない日が続くのだから。会えない日々も彼の温もりを思い出せるよう、全てを記憶するのだ。
    「俺にも……お前を頂戴」
     徐々に開放されていく熱に身を委ねながら、パットは快楽の波に飲まれて行くのだった。
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