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    SINKAIKURAGESAN

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    SINKAIKURAGESAN

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    作業進捗監視用

    化物竈食 午後五時半、駆け足で学校を裏門から出る。
     誰にも見つからないように路地裏の角を右、右、左、右の順番に曲がる。
     駄菓子屋「ぎんなん」の看板猫の銀ばぁちゃんに挨拶。
     柊神社の鳥居の前で目をつぶって、時計回りに一回転。
     そのまままっすぐ目を閉じたまま、いち、に、さん。と前に進んで、眼を開く。
     黄昏時、あっちとこっちが繋がる時間、僕はこの時間に、この道を通ることにしている。

     そんな話を、昔、誰かから聞いた気がする。

     鸚邇(おうに)商店街。とある地方にはそういう名前の商店街があった。しかし、何処にあるのか、どんな店があるのかといった情報は広まっておらず、仮に知っていたとしても話す人はいないだろう。これは廃れるべき話だ。誰もが忘れようとした話。けれども、どの時代にも、こっそりこの話は伝えられている。なんでって、そりゃ……
    「君みたいに、覚えてない誰かから話を聞いちゃって覚えてる人がいるから!」
    「うわっ」
     ネットの掲示板が開かれたスマホ片手に突っ立っていると背後から唐突に声をかけられる。驚いた表紙にスマホは地面に落ちて慌てて拾い上げるとヒビは入っておらず、スマホカバーが少し傷ついただけだった。
    「かっ、加賀智さん……」
    「ニヒヒ、なんだいなんだい君ぃ、まだ鸚邇商店街に行くの諦めてなかったのかい?」
    「まあ、そりゃ……」
     声をかけてきたのは加賀智ミコト。春夏秋冬いつでも学ランを着ているがれっきとした女子生徒で、うちのクラスで一番の変わり者。黒くて長い前髪のせいで目が見えず、けれどその声色とにっこりと口角が上がった口から見えるギザ歯から、楽しそうだなと言うのが見て取れる。
    「私が言うのもなんだけど、君も変わり者だよねぇ。あんな場所に行きたがるなんて」
    「……本当に、君には言われたくない」
     他に何か傷はないかを確認して、ズボンの尻ポケットに突っ込む。目の前の彼女は少し大きい学ランの袖で口元を隠しながらくすくすと笑う。
    「えっと、これで何回目だっけ?その調子だったら行けた回数はゼロみたいだけど」
    「……これで十回目。一年に一度、チャレンジしてるけど」
    「んはは、毎日開くっていうのに大変そうだねぇ。しかも五歳からなんてさ!」
    「あんまり行く場所でもないっていうのはわかってるから、誕生日にだけ行くようにしてるんだよ。と、いうか。俺はこの話あんたにした覚えないんだけど」
    「奇遇だねぇ。私もされた覚えないよ!」
     いつの日か誰かに聞いた噂通りに道を進んだとしても、俺は一度も鸚邇商店街に行くことが出来ていない。何がダメなんだと思いながらも、良くない方向に失敗した時に取り返しのつかないことになるのが恐ろしくて、今日もまた間違っているとわかっていながらももしかしてなんて思いながら進もうとしていた。
    「ところでさ、なんで鸚邇商店街に行きたいの?」
    「…………興味が、あるから」
    「へぇ?興味があるんだ。あの場所に」
    「なんだよ、悪いか」
    「いんやぁ?悪くないよ!むしろ良い!」
     からからと笑うその姿に不信感しか覚えないがそれでも彼女がこの場にいて、俺の目的を知っていることは確かで。彼女は全て理解しているぞと言わんばかりの顔をして、俺の頬を両の手で挟んで
    「ね、連れてってあげよっか」
    なんて言う。
    「そもそもねぇ、君の信じてた進み方は少し違うんだよ。実に愚か。間違ってるとわかっていながらそのまま進もうとする君の気が知れないね!ふふ、さて。時間も無いし、問答無用だ。進みながら説明するよ!」
     そういうやいなや、彼女は俺の腕を掴んで走り出す。予想以上に彼女の方が足が速くて、俺は余裕をもってついていくことが出来るように走ることに意識しているせいで制止することも出来ないまま。されるがままに走る。
    「さてさて、アオイ君。私は一度しか言わないからよく聞いててね」
     人通りが無い薄暗い路地裏を、二人分の足音が響く。
    「絶対条件は誰にも見つからないこと。まっすぐ走って六番目。そこの角を右に曲がって、次を右、また右、また右に」
    「そしたら元の場所に戻るだろ」
    「ところがどっこい。合ってるんだよねぇ、これで!」
     曲がり角を右に四回。元の場所に戻ってきてから、彼女はまっすぐに走り始める。そのうち見えてきたのは駄菓子屋「ぎんなん」。ここら辺の学生だったら誰でも知ってる、おばあさんがやってる駄菓子屋で、看板猫の銀ばあさんが今日もクッションでごろ寝しているはずだと思っていたがそこには何もおらず、銀杏柄のクッションがあるだけで。
    「声かけないのか」
    「誰にも見つかっちゃいけないのにかい?」
    「猫も対象なのか」
    「ふふ、その通りだよ」
     そんな会話をしながら俺たちは止まることなく走り続ける。しかし、変だ。この時間はそこそこに人通りが多いはずで、今までだってそうだったから俺は失敗してきたというのにどこも静かで、人の気配どころか何かが生きている気配でさえしない。まるで世界から人が消えて俺と彼女だけになってしまったかのように錯覚してしまう。
    「さて、ここまで来たら」
    「柊神社の前で時計回りに一回転。……ここも違うのか?」
    「いやぁ?ここは正解だよ。ほらほら、早く回ってくれないかい?私も時間が惜しいんだから」
    「はぁ…………」
     目を閉じて、慣れた動作でぐるりと回る。視界は、人気のない神社前の住宅街も、石造りの鳥居も写しはしないがこのあたりかと回るのを止めると、そのまま腕を引かれる。彼女だろうか、それにしては手が大きいような……。そんなことを感じながら、引かれるがままに足を前に進める。
    「目、開けていいぞ。アオイ君!」
    「ッ」
     目を開けると、そこに柊神社の風景は無く。何処までも遠くまで続いていそうな一本道。その端を昭和を思わせるような、それにしては色鮮やかな店が挟んでいる。あたりを見渡していると、その様子が愉快だと言わんばかりに加賀智ミコトはにやついた笑みを浮かべる。
    「ようこそ、古今東西人を愛して人に嫌われた化物たちが集う、鸚邇商店街へ!」
     と声高々に謳った。肉屋、八百屋、古書店に、花屋と見覚えのある店は多いが、店主がそれぞれ二足歩行の豚、蟷螂、ブリキのロボット、身体は人間で頭部が向日葵。その誰もが人間大の大きさで、客も人間離れした存在ではあるが、皆が皆、まるで自分が人間だと思っているかのように、お金を渡し、商品を受け取りなんていうやり取りをしている。
    「ここが、鸚邇商店街……」
    「君の悲願が達成された気分はどうだい?私と一緒で清々しいと思うんだけど」
    「俺は…………いや、そうだな。嬉しいよ」
    「ふふん、そうだろうそうだろう。連れて来た甲斐があるよ!」
     まるで幼稚園に来てはしゃぐ子供のように嬉しそうな彼女はそのまま俺の袖を引っ張ってどこかに行こうとする。
    「さ、行こうアオイ君!」
    「行くって、何処に……」
    「ん?私の行きたいところだよ!私は君に付き合ったんだ。次は私に付き合ってくれてもいいだろ?」
     当たり前だろう。そう言いたげな彼女は今度は俺の手を取らず待ちきれない様子で走り出す。こんなところで一人になってたまるか。そんな執念で、俺は何とか達成した高揚感と己の目的を一度振り払って後を追う。好奇心と敵意とが入り混じったちくちくとした視線を感じながら商店街を駆け抜ける。向かった先は路地裏。少し入り組んだ先にあったのはどうやら居酒屋らしく、擦りガラスが嵌められた縦格子の扉にかけられた暖簾には【居酒屋 酔いどれ瓢箪】と書かれていた。
    「こんにちは~!」
    「は、え、ちょっと待てよ!」
    「なにさ、私の目的地はここだよ?」
    「俺たちまだ中学生だぞ。入っていいのか?」
    「君は頭が固いなぁ……人外達の町に人間の法律があると思ったら大間違いだし、何も私は酒を飲みに来たわけじゃない。ほら、君も入った入った!」
     くるりと俺の背後に周った彼女はそのまま背中を押して店へと入る。店内はどうやらカウンター席が主なようで、座卓は店の隅に二つほど。それでも追いやられているという印象は無く、こぢんまりとしてはいるがむしろそれが落ち着いていていい雰囲気だ。カウンターの奥の棚にはこれでもかと言うほどずらりと酒の瓶が並ぶ。酒に詳しくない自分でも名前を聞いたことがあるようなものから、聞いたことのないもの。おそらく、鸚邇商店街にしかないものもあり、まだ飲めないものではあるが見ているだけで楽しい。
    「はいはい、いらっしゃい」
     店の奥の方から出てきたのは臙脂色の着流しを着た男性。年齢は五十代ほどだろうか。黒柿色をした髪色の男は緋色をした目でこちらを見てきた。そして、俺と加賀智を数度見比べて呆れたような笑みを浮かべる。
    「嬢ちゃんが誰かを連れてここに来るなんてな」
    「おや、意外だったかい?」
    「そりゃぁな。青春ってやつか?」
    「あはは!私と彼が?ふふ、そうだったら面白いね」
     けらけらと笑う加賀智さんは慣れた手つきでカウンター席に座り、おそらく店主であろう着流しの男に目線でお前も座れと促されて自分も座る。
    「えっと……はじめまして。布袋アオイです」
    「お、こりゃどうも。居酒屋酔いどれ瓢箪店主の信楽津々楽だ。客には信楽と呼ばれてるから、布袋の坊主もそこらへんで好きに呼んでくれ」
    「は、はい。よろしくお願いします……」
    「おう、どうやら長い付き合いになりそうだしな」
     一瞬、信楽と名乗った彼の瞳は加賀智さんの方を見て、そして戻ってくる。
    「……それで、加賀智さんの連れて来たかったのは」
    「ミコト」
    「は?」
     卓上に置かれたお品書きを手に取って眺めながら彼女はそう口を開く。
    「加賀智さんって硬い呼び方好きじゃないからさ、下の名前で呼んでよ。出来れば呼び捨てがいいぞ」
    「はぁ……それで、ミコト……は、どうしてここに来たんだ?何回も来てるっぽいけど……」
    「目的?そう言えばちゃんと話してなかったよね」
     お品書きから目をあげた彼女はいつもの、お願いします。と人差し指を立てながら言った。
    「いつもの?」
    「そ、いつもの。」
    「メニューに書いてないの、出さないんだけどよ」
     全く、なんて言葉を溢しながら信楽さんは本来は飴色のウイスキーが注がれるはずであろう背の低いグラスに丸い氷を入れる。その手つき一つ一つが慣れていて、そうは思っていないのだろうけどまるで一種のパフォーマンスのようだ。見惚れているうちに彼はもう一つ湯呑を用意し、何かを注いでいる。ちょうどカウンターの向こうだから隠れて見えないのだが、ここまであわただしかった俺の心を落ち着けるようないい香りがする。
    「はいよ。布袋の坊主には一先ず」
     コトリと軽い音を出して、俺の目の前に湯呑が。そして、ミコトの前にグラスが置かれる。湯呑の中は通常の緑茶らしいのだが、ミコトの方は薄い黄金色の飲み物。炭酸なのか、小さな泡がぱちぱちと音を立てて爆ぜる。
    「えっと、俺。金……」
    「いい、いい。商店街に来たのは自分の意思だが、この店に来たのは加賀智の嬢ちゃんが連れてきたからだろ?ならお代はそっちが払うつもりだろうさ。そうだろ?」
    「もちろんだよ。このくらい奢らせてくれ」
     同い年のはずなのに、ミコトの発言はまるで大人の用で、今まであまり会話したことなかった彼女の見たことない一面に驚いてしまったのがなぜか恥ずかしく、湯呑を両手で持ち一口、緑茶を飲む。
    「甘い……」
     砂糖のような甘さではなく、高級なお茶の甘みと言うのだろうか。温かさと仄かな甘み。そしてお茶特有のものではあるが苦ではないどころかこれが美味しいんだと言いたくなるようなうま味。居酒屋に入ったのは初めてなのだが、こういったお茶も美味しいのかと驚きの方向を変える。
    「それ、俺が選んでるんです。美味しいでしょう?」
     一つ、声が増えた。ぱっと顔をあげると、信楽さんの隣に彼よりも少しだけ身長が高い青年がこちらをじっと見ていた。黒髪に白いメッシュ。彼も人外なのだろうか、と、いうか誰なのだろうか。
    「おかえり、理一」
    「ただいま戻りました、津々楽さん」
     この店に来てからにこにことしっぱなしだった信楽さんの表情がより一層柔らかくなる。理一と呼ばれた青年もふわりと微笑んで、ただの店主と従業員と言うわけではなさそうだなとなんとなく思っているとミコトがくいと袖を引っ張ってきた。
    「烏丸理一、信楽のおやっさんの……なんていうの。パートナー?」
     はぁ、なるほど。最近は同性同士のパートナーと言うのも少なくないというか周りに受け入れられてきたところはあるし、そもそもこの二人は人外だ。人間の社会にあわせることなく好きな人を好きだと言っているのだろう。二人の間にどういった経緯があったのかは知らないが、纏わせるほの甘い空気が二人の仲の良さを物語る。
    「……ここって、自由な場所だな」
    「お、早速わかって来たかな?人間から見る、ここの良さ」
     カラン、とグラスを揺らしながらミコトは笑う。爆ぜて消える泡がまるで笑う彼女の心の内を表現するかのようにパチパチと鳴った。
    「君って、鸚邇商店街についてなんて聞いてる?」
    「なんてって……人外達が人間の真似して暮らしている商店街って」
    「それだけじゃないんだよ。ここは自由な場所だ。それこそ、私たちが普段過ごしている場所とは段違いの自由度。皆が皆やりたいことをやって許される場所。しかも治安は維持されている。安全で幸福って言うとディストピアじみてるかもしれないけどそんなことはない。ここはきっと、世界のどこよりも本当の幸せがわかる場所だよ」
     薄い黄金色が彼女の喉を通る。ぷはっと息を吐き出した彼女は君もわかってくれると思ったと言いたげな表情でにこにことしながらグラスをまわす。
    「人間たちからしたら自由かもしれませんけど、俺達としては人間の方が自由ですよ」
    「あは、そんなことは無いよ。自由だったらもっと私は呼吸がしやすいはずだ」
    「貴女はいつもそれですよね……」
     どうやら、彼女は予想以上に何度もここに来ているらしく、こんな話も繰り返されてきたのだろう。
    「なぁ、ミコト」
    「ん?どうしたんだい?」
    「俺は美味しい緑茶を淹れてもらったんだが、そっちは何を飲んでるんだ?ただの炭酸ジュース……ではないだろ」
    「まーそうだね。梅シロップの炭酸割ではあるけども……」
     グラスの中の飲み物は、揺らめくたびに虹色の粒が現れては消えるのだ。飾るだけでも相当なものになる。
    「そいつぁ九尾梅で作ったシロップだな。知り合いの狐が持ってくるやつで、中々手に入るものじゃねぇ」
    「九尾、狐……」
    「向こうがこれを仕入れてくれるから、こっちはお礼に甘く炊いたお揚げさんを渡してるのさ」
     なんともファンタジーなやりとりである。

     


    飯を食う話
    よくある定食だけど使われている材料が化け物


    化物を食うと化物竈食と言う行為になり化け物になる

    ミコトは化け物になりたい。人間でいるのが嫌だ

     温かなおでんでお腹がいっぱいになったあたりで目の前に追加の小皿が置かれる。
    「……桃?」
    「そ、桃源郷の黄金桃。桃って言うのは、魔を祓うからな。」
    「えっと……?」
    「お前さん、黄泉竈食って知ってるか?」
     チリン、と耳元で鈴の音がした気がした。深紅色の瞳がまっすぐこちらを見ている。
    「……死後の世界のものを食べると、自分も死人になる。という話でしたっけ」
    「まあそのくらいの情報があればいいか。」

    その人にとっての「病」を祓うための梅
    魔を祓うための桃



    「こんちはー!お店やってる?」
     ガラリと扉を開けて入ってきたのは上半身が人間。下半身がクラゲ。何処か僧のような服装の髪が長い中性的な存在。その目は、加賀智と同じように長い前髪で見えなかった。
    「お、久しぶりだなぁ」
    「いや~、流石にお腹空いちゃって!ん?えー珍しいねここに人間がいるの!何?新鮮なおつまみ?」
    「違うよ、彼は私の友人だ。間違っても食べないでおくれよ?海葬提灯」
     反論しようと口を開くが、その前に加賀智が声をかける。そっか~、とあからさまに残念そうにした海葬提灯と呼ばれた存在は、そのまま俺のすぐ左側の椅子に座る。
    「初めまして人間クン!僕は海葬提灯。人間をあの世に送り届ける~……あれかな、人間からしたら怪異になるのかな。あ、おっちゃん日本酒ちょーだい!熱燗で!」
    「みそう、ぢょうちん……?」
     なんだか、自由な人。いや、怪異だな。そんなことを思いながら俺はその名前を口に出す。オカルト関係は多分他の人よりも詳しく知っているんじゃないかと思っていたが、その名前を聞いても思いつくどころか似た名前も出てこない。
    「お、僕のことが知りたい?いいだろういいだろう、語ってあげよう!とある漁村の風習に【海葬】と呼ばれるものがある。死んだ者を提灯のような丸い籠に入れ、海に流す。すると、そこに住まう化け物が使者を黄泉路に送り届ける。すると、迷わずに黄泉路へ一直線。地獄に堕ちることも無く、天国に行ける!そんな話がある。僕はその話に出てくる化物だ。【海葬の際に現れる、青い炎の提灯を持った化物】それが僕!海葬提灯ってわけ!」
    「じゃあ、貴方は」
    「伝承から生まれた化物だよ。まあ、半分くらいしか本物に出来ていないわけだけど」
     出された日本酒を手酌でお猪口に注いで一度に呷るとくはぁっと息を吐き出す。酒を美味そうに呑むとはこういうことだろうか。
    「どうしても海は冷えるから、こうして温かいものでも飲んでなきゃやってられないよ!」
    「人間じゃなくても、そういうのってあるんですね」
    「ん?まぁそうだね。そも僕は言われていないところは人間みたいなものだからね」
    「どういう、ことですか」
    「なんて説明しようね。信楽のおやっさんや僕は経緯は違えど根本は人間の想いで作られた存在だから、『この存在はきっとこういう生き物なんだ』って決められたこと以外は人間の潜在意識のような場所で人間と一緒になってる。狸の置物が何を食べるかなんて考えたことはあるかい?」
    「いや、ないです」
     視線は自然と信楽さんの方に向く。現在店には俺とミコト、海葬提灯以外に客はおらず、彼は慣れた手つきで食材を切っていく。視線に気付いた彼は顔をあげて、口を開いた。
    「言われてないなら、決められてないのと同じでな。そのおかげでおっさんは料理も出来るし飯を食うことも出来る。」


    「いいものだと思うんだけどねぇ、人間って!」
    「そうかな?異と確定した存在を集団で排除する、醜い生き物だと思うけど」
    「アハ!この商店街でそんなこと思ってるのは君だけだと思うよ。鬼灯!」
    「鬼灯?」
    「ん~?鬼灯、君何処まで話したんだい?」
    「私が人間でいたくないってところ」
    「序盤じゃん!お通し程度しか話してない!」
     人間を肯定する怪異と、人間を否定する人間の間は居心地が悪い。けれど逃げられそうとも思えず、緑茶を飲むことしか出来ないでいると目の前に深皿が一つ置かれる。黄金と呼ぶにふさわしい汁に浸されたのは白い湯気を舞わせる大根や卵、はんぺん、蒟蒻。……おでんだった。顔をあげるとどこか哀れむような顔をした信楽さんがにこりと微笑むだけ。そんな顔するんだったら助けてくれと言いたくもなるが、俺の想いをくみ取ったのは、理一さんだった。
    「この二人、顔を合わせるとそういう話ばかりしているんですよ。諦めた方がいいですよ」
    「そういうこった。せっかく来たんだ。お代は両隣の二人から貰うから、おっさんのおでん食ってってくれよ。一番の得意料理で、こいつの好物!」
    「津々楽さんの料理はどれも美味しいですが、おでんは特に。食べて損はないですよ。むしろ食べない方が損だ」
    「ったく、嬉しいことばかり言いやがって!」
     両隣で軽い言い合い。目の前では惚気。凄い状態だ。一周回って楽しくなってきた。空気で酔うという言葉があるなとふと思い出す。つまり今、自分はそういう状態なのか。



    「兎にも角にも、私は、人間でいたくない。人間のまま死ぬくらいなら、化け物になりたいのさ」
     そう語る彼女はぱちんと手を合わせて、御馳走様と言った。
    「さて、帰ろう。アオイ」




     隠された右目は、真っ赤に色付いた鬼灯の実のようだった。
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