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    レンタル彼氏、ヤキモチ藍湛!

    レンタル彼氏5 梅雨前線が空を覆うようになって、雨が降ったり止んだりと不安定な天気の日が続いた。
     こんな憂鬱な天気の日は魏嬰の笑顔で心の中だけでも晴れやかにしたいと思ったある日。
     翌週の朝を狙ってサイトのスケジュール表を見たら、魏嬰のスケジュールは一週間赤色で塗り潰されていた。
     その赤色初日前日の夜は二十時から空きになっており、自分も朝早くから昼過ぎまで——少なくとも夕方までには終わるであろう——仕事だったから、殆ど条件反射で予約を入れた。
     繁華街の駅改札で待ち合わせ、彼の腹具合を問う。夕飯はもう食べたから、という答えに、じゃあと向かったのはコンクリートが打ちっぱなしの退廃的なバー。
     自分は完全な下戸で、今までバーなどという場所とはまったくの無縁だったが、酒好きの魏嬰と共に時間を過ごすようになってからはあちこちのバーを検索しては訪れるようになっていた。
     今日訪れたバーは魏嬰も気に入りのバーだ。
     何でも珍しい酒が揃っているらしい。私にはよく判らないが。
     辛口のジンジャーエールを舐めながら、魏嬰に来週の予定の赤色の意味を問う。
    「あぁ、あれね。一週間貸し切りってこと」
     何でもないことのように云う魏嬰に、寝泊まりはどうするのかと問いを重ねたら、ちゃんと帰るよと魏嬰。
    「あくまで朝から晩まで一緒に過ごすってだけ」
    「しかし万が一ということは……」
     心配を過ぎらせたら、魏嬰は肩を竦めて苦笑した。
    「ないない。って云うか、あったらNG客にするから」
    「そう、なのか?」
    「そう。いや、キャストそれぞれだけど、俺はNGにする。前に痛い目見そうになったからさ」
     その痛い目、というのは聞かずとも何となく察することが出来た。
     出来たが、魏嬰はあっけらかんと事の真意を明かした。
    「こんな仕事しておいて信憑性ないかも知れないけど、別に俺ゲイじゃないし。そもそも合意がない行為なんて犯罪だろう? 密室に閉じ込められた時はヤバいなって思ったし、大体ウチの店はそういうことまでする店じゃない」
     ま、枕やりたい奴はやってるみたいだけどな。
     肩を竦めたまま苦笑する魏嬰に、そうかとだけ呟く。
     密室に二人きりというシチュエーションは好ましくないということが判っただけでも収穫だ。
    「まぁ、お陰様で? 裏掲示板では一時期叩かれてたみたいだけど。それも一瞬で終わったな」
    「裏掲示板?」
     首を傾げたら、そうそうと魏嬰が頷く。
    「こういう時間を売る店って大体隠し掲示板みたいなのがあるんだよ。女の子だと風俗とかソープとかが特に多い」
     どの子が良い悪いとか、そういう評判が主になってる掲示板。
     それを参考にして指名を考える客も少なくないらしいよとまるで他人事のように喋る魏嬰は、珍しい酒が好きだと云う癖に私でも知っているようなメジャーなカクテル、マティーニのオリーブを齧った。
     一週間も貸し切るなんてことも出来るのか……。
     それは良いことを聞いた。
     聞いた、とて。丸一週間も休みが取れる現状ではない私。
     最速でスケジュール調整をしても、向こう二ヶ月は無理な話だ。
     まぁ、仕事の前後の時間を気にしなくても良いことにはなるのだろうが、どうせ長時間貸し切れるのであれば、四六時中傍に居たいというのが本音。
     ここ最近では週に一度以上魏嬰の顔を見ている私だから、一週間まるっと会えないのかと思ったら憂鬱が心に暗雲を垂れ込ませた。
     とは云っても私はあくまで魏嬰の客の中の一人。
     システム利用料に箔を付ける、などと云っても店のルールは変えられないだろう。それでは公平性が失われてしまう。
    「……少なくとも、楽しい時間が過ごせると良いな」
     小さく吐き出した言葉は嫌味ったらしくならなかっただろうか。
     翌週中頃。昼からの仕事で駅からスタジオへと移動する最中、人組のカップルを正面にした。女の方は隣に並ぶ男より頭半分背が高い。
     等身も高くモデル並みの体型。
    「でさぁー、」
     すれ違い様に鼓膜が拾った声に、ハッとする。
     それは聞き間違えようもない、魏嬰の声だったからだ。
     思わず振り返って女の方の肩に手を置く。
    「魏嬰?」
     足を止め、振り返ったカップルの女の方を見詰めて眼差しで問うたら、背の高い女は緩いウェーブの掛かった髪の毛を揺らしながらほんのり目を眇めた。
     グロスで艶やかな口許にそっと人差し指。
    「知り合いか?」
     やや神経質そうな、ぴっしりとしたスーツ姿の男が女に問い掛けると、女は軽く首を左右に振った。
    「人違いじゃないかな? ねぇ、お兄さん?」
     ちょこんと首を傾けるその仕草は確かに魏嬰がよくやる仕草。
    「他の客とのデート中に声を掛けるな」
     と視線で訴えられて、私は静かに女の——魏嬰の肩から手を退けた。
    「……済まない、云う通り人違いをした」
    「世の中にはそっくりな人が三人は居るって云うしね」
     くすくすと笑って女の格好をした魏嬰が私に向かって軽く手を振る。
    「バイバイ、お兄さん」
     さ、行こう。男の背中に手を添え背を向けて行ってしまう魏嬰に思わず歯噛みする。
     魏嬰が他の男を客にしているのは仕方がないと頭では判っていても、実際出会すとなると無性に苛立った。
     自分も所詮は他の客と同列に扱われているのだと暗に云われたような気がして。
    「楽しかった」
     だなんて別れ際に放たれる一言と、咲かせられる笑顔は誰に対しても振る舞われるサービスなのだと思ったら嫉妬が胸の奥で渦巻いた。
     魏嬰が貸し切られた直後、私はすぐに彼の時間を買い取った。
     普段のラフなメンズ服に身を包んだ魏嬰はいつもの喫茶店で珍しくパンケーキを頬張っていた。
    「ここのパンケーキ、たまに無性に食べたくなるんだよな」
     藍湛もひと口食べるか? と差し向けられたパンケーキの刺さったフォークを瞬きで振り落として、先日ばったり出会した際のことを口にする。
    「いやー、アレはびっくりしたな!」
     まさかあんな所で藍湛と鉢合わせるとは思いもよらなかったと笑う魏嬰に対して私は不機嫌顔。
    「何で女装なんか、」
    「えー、客の要望で」
    「そんなことまでするのか」
    「そりゃあまぁ、不可能だとか絶対嫌なことではない限り?」
     ある程度の要望には応えるよと云う魏嬰は私が纏う不機嫌に気付かない振りをした。
    「……もし私が女装して欲しいと云ったら……」
    「するよ?」
     けれど、と魏嬰が笑う。
    「でも藍湛別に俺が女装しても大して面白くもないだろう?」
    「…………」
    「俺は最大限求められたことに応じるだけ。藍湛は俺の女装に興味なんてなさそうじゃないか」
     他の客と張り合うなんて時間の無駄だよと続け様に笑われて、私は舌先を噛んだ。
     確かに張り合っても仕方がない。けれども魏嬰が他の客にされたことは自分との思い出で上書きしたいという気持ちも拭い切れはしなかった。
     確かに魏嬰の女装に興味はないが、似たようなことはしたかった。
     その後三十分程話をして別れた私たち。電車の中で車窓の向こうに流れゆくビル群を見ながら私は一計を案じた。
     来週末は午前中で仕事が終わる日がある。その日夜まで魏嬰を貸し切ろう、と。
     私はサイトの予約フォームから魏嬰の空き時間の予約を取った。
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