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    レンタル彼氏10。旅行編後半戦……の途中まで。

    レンタル彼氏10 風呂から出てきた魏嬰は私服に着替えて座布団を枕に座敷に寝転んだ。
    「魏嬰。寝るなら布団に、」
    「駄目。今布団入ったらまた爆睡する」
     今日一日をフイにしたくないと付け足して、魏嬰は右肩を下にして体を丸めた。まるで胎児のような格好だ。
    「藍湛も風呂浸かってきたらどうだ? 絶景の朝風呂、気持ち良かったぞ」
     ちらりと横目に私を見上げる魏嬰は、ふふと笑って緩やかに目を閉じた。
     布団でなくとも寝る気ではいるのか。
     多少の呆れを感じつつ、それでもそれが魏嬰らしいと思い、私も魏嬰に倣って朝から温泉に浸かった。
     湯の中に煩悩を溶かしきってから座敷へ戻ると、魏嬰は大きな欠伸をしながら起き上がっていた。
    「寝るんじゃなかったのか」
    「いや、ガチ寝しそうになったから」
     それは避けたくて、と、また大きな欠伸をする魏嬰。
    「けれどもまだ陽は昇ったばかりだ」
     少しくらい寝たって問題はないだろうと卓越しに魏嬰の向かいへ腰を落とせば、魏嬰は四つん這いで私の傍へぐるりと回ってきたかと思えば、ガバッと私のひざの上に倒れ込んできた。
    「藍忘機の膝枕ー」
     こんなの俺しか味わえないよな。
     へへと嬉しそうな魏嬰に、内心は穏やかならず。
     彼の中では普通のスキンシップなのだとしたらそれはそれで複雑ではあるし、何より湯に溶かしてきた煩悩がまたぶり返しそうだった。
    「魏嬰、邪魔だ」
     辛うじて色のない声で声を落としたら、これくらい良いじゃないかと見上げられる。
     良くない。ちっとも良くない。
     それでも邪険に扱えないのは惚れた弱みか。
    「魏嬰」
     また諌めるように名前を呼んだら、魏嬰は「はいはい」と詰まらなさそうな声を上げながら腕を張って起き上がった。
    「ちぇ、折角藍湛の膝枕が堪能出来ると思ったのに」
    「私の膝は枕ではない」
     平静を取り繕って返せば、ケチ、と魏嬰はわざとらしく唇を尖らせた。
    「なぁ藍湛、早く起きたし散歩でも行かないか?」
     すぐに気を取り直したようそんな提案をしてくる魏嬰。それなら大歓迎だ。
     構わないと諾意を示せば、魏嬰は軽やかに立ち上がって「じゃ行こ」と私の腕を引いた。
     旅館の敷地外へ出なくても、情緒豊かな景色は堪能出来た。
     眼下に見える緑と青のコントラストは時期的にやや色褪せて見えなくもないが、そんな隙間を縫ったオフシーズンだからこそ取れた宿でもある。これがもう少し彩りを増やしたらまた観光客で賑わい過ぎるだろう。
     それに、本館と別邸を繋ぐ廊下から見られる庭園の枯山水は見事なものだった。昨日は碌々見てしなかったが、改めて見ると、細やかな手入れがされているのだということがよく判った。
     敷地内でも楽しめた景色だが、魏嬰は外へ行こうと私の袖を引く。
     望まれるがまま下足場で外出用に並べられているサンダルを履いて外に躍り出た。
     早朝だからか、周囲に人の気配はない。
     隣を歩く魏嬰の手が私の肘から下をいやらしくなく滑ってきて、そっと手を握られた。
    「魏、」
    「良いだろ?」
     きゅ、と人差し指から小指までを纏めて握られてしまえば否とも云えず、私は魏嬰の好きにさせることにした。
     こんなスキンシップが彼にとっては『普通のこと』なのだとしたら、些か複雑な気持ちになったが。
     握った手を軽く前後に揺らしながら、魏嬰は小さく口笛を鳴らしている。
    「機嫌が良さそうだな」
     思わず零れた声に、魏嬰は私の顔を見て、何を今更といった様子で目を丸くした。
    「あの売れっ子モデル藍忘機と! まさか旅行に来れるなんて! 一体誰が予想出来た?」
     ましてや自分がずっと憧れてきていたモデルと一緒に居るんだぞ? しかも二人きりで。こんな状況で不機嫌になる奴が居たら、その贅沢な性根を叩きのめしてやる以外の選択肢がない、と彼は冗談めかしつつ空いた手を胸の高さで握ったり開いたりした。
     昼よりももっと澄んだ朝の空気は肺を清々しく綺麗にしてくれるようで心地が好い。
     私にしか許されていない(らしい)こんな機会を私だって不機嫌には過ごしたくなく、軽く頭を振ってから、私は今日これからの予定を如何に楽しむかの思考にシフトさせた。
     そう長くない散歩を終えて、私たちは旅館に戻った。
     解かれた手が少しだけ寂しい。
     昨晩の夕飯に引けを取らない豪華な朝食を堪能してから、さぁ行こう行こうと意気揚々観光に乗り気な魏嬰に背中を押され、車へと乗り込んだ。
     まずは朝から賑わいを見せる非常にメジャーな岩山をロープウェイで登って行く。
     上半身より上がガラス窓になっているゴンドラの中で、魏嬰は小さな子供のように目を輝かせながら小さくなっていく地上と大きくせり上がってくる岩肌を交互に眺めていた。
     ロープウェイを降りた瞬間、鼻腔を強く刺激してきた匂いに思わず眉を顰める。
    「うーわ、硫黄の匂い凄いなー」
     鼻先で手をぱたぱたさせる魏嬰に大きく頷く。
    「こんなにも濃いものなのか……」
     少し息苦しい……とぼやくように云えば、違いないと魏嬰は肩を揺らした。
    「でもこれも体験体験。体験したことはきっといつか何かの役に立つ」
     それは魏嬰のモットーらしかった。どんなことでも、体験したことに無駄なことなどひとつもない、と、以前に云っていたことがある。
     魏嬰が『レンタル彼氏』などという職を生業にしているのもそういう理由があるのかも知れない。
    「さっ、ここに来たらやっぱりたまごだよな!」
     硫黄の温泉で茹でたたまごの殻は黒くなる、らしいそれがこの観光地の名物だ。
    「あっ、らんじ……藍兄ちゃん、あそこで売ってる!」
     その呼び方はやめろ、と云いかけて留まったのは、それが魏嬰の私に対する配慮だと気付いたからだ。
     この、観光客が多く声量も大きめにしなければならない場所で藍忘機呼びは完全にアウトであるし、藍湛、でも判る人には判る。その点、藍姓はそこまで珍しいものではないから魏嬰は敢えてその呼び方を選択したのだろう。
     呼ばれ慣れないそれはややくすぐったさを感じるが、魏嬰の配慮だと思えば寧ろ甘美な響きにも変わる気さえする。
    「魏嬰、あんまりはしゃぐな」
     転ぶぞ、と云ったそばから「うぉ、」と岩盤に爪先を引っ掛けた魏嬰の腕を引いて転ぶのを防いでやる。
    「あぁ、有難う藍兄ちゃん」
     よくもまぁ呼び慣れない呼称がするりと出てくるものだ。これは商売柄流石と云うべきなのだろうか。
    「岩肌とキスは痛そうだから助かった」
    「気を付けろ」
    「そうする」
     トン、と足場を確かにしてから、魏嬰は改めて屋台を指差した。
    「ほら、あそこ」
    「本当だな」
     行こう、と今度は私が腕を引かれた。
    「幾つ?」
     噂通り真っ黒になったたまごを覗きながら、魏嬰が私に視線をくれる。ひとつ、と返せば、じゃあみっつくださいと魏嬰。
    「ふたつも食べる気か」
    「ふたつくらい、どうってことないだろう?」
     タンパク質、タンパク質と繰り返す魏嬰にコレステロールが、などと云うのは止した。興が削がれてしまう気がしたからだ。
     たまごみっつ分の代金を払って屋台を離れる。
     岩を削って造られた椅子に腰を掛けて色の黒い殻を剥く。
     殻の中は真っ白な普通のゆで卵。
     齧ってみても普通のゆで卵だった。質の良いたまごを使っているのか、味は美味しかったが。
    「美味いっ」
    「美味いな」
    「やっぱふたつにしておいて良かった」
     ふんふんとふたつ目のたまごの殻を剥く魏嬰は三工程くらいで黒を白に変えてしまうのだから、器用なものだなと感心してしまった。
     ぺろりと最後のひと口を食べ終えた魏嬰は、折角だから眺望台まで登ろうとまた私の腕を引いた。
     でこぼこと岩が荒削りされている階段を上がること暫し。
     眺望台からの景色は旅行雑誌などで見るものより遥かに美しいものだった。カラリと天気が良く、空気が澄んでいるからというのもあるだろう。
     水彩絵の具を広げたような水色に薄く棚引く白い雲。少し視線を下げれば灰白色の岩肌、そしてその下に広がる緑。更に下方には色違いの屋根が点々と咲く花のように景色を彩っている。
    「絶景ー」
     目の上に手で庇を作る魏嬰は感嘆の声を上げて左右に百八十度首を回していた。
    「登ってくるのちょっと疲れたけど、登って来て良かったな」
     なぁ? と同意を求められ、首を縦に振る。
     こんな景色はこの先いつ見られるか判らない。そんな景色を魏嬰と二人で見れたことは私の中で上位を争う最高の思い出になるだろう。
     どのくらいか、絶景を眺めながら風に当たっていた私たちは、どちらともなくゆるりと視線を交え、魏嬰がにこりと笑った。
    「そろそろ次行くか!」
     ひと所で悠長にしていたらこの先の予定が狂ってしまうとばかりに魏嬰は踵を返してタンタンと石畳を蹴り降りて行き、また私もその背を追った。
     次に向かったのは寄木細工の美術展だった。展示と販売、それに制作体験が出来る場所。
     寄木細工というと、仕掛け箱が有名かも知れないが、展示場は天井一面が様々な柄の寄木細工の文様で埋められていた。
     その数からして寄木細工とひと口に云っても、柄の組み合わせの数は相当なものなのだと知れた。
     一枚板だけのものではなく、棚や、厨子……ずし、と読むらしい扉付きの収納や、箪笥、また寄木細工で拵えられた七福神や雛人形などもあり、その歴史と多様性を垣間見ることが出来た。展示品を隅々まで興味深そうに眺める魏嬰の目は、ここを訪れたいと云うだけあって真剣だった。
     制作体験は予約が必要で、私たちが旅行を決めた時点ではもう予約がいっぱいになっていたから、それは諦めて販売店をうろつき、揃いのコースターと仕掛け箱を購入した。
    「いやー、凄かった! 伝統工芸品なんて一緒に見てくれる機会も、人もそうそう居ないから面白かった!」
    「魏嬰が伝統工芸品に興味があるというのは少々意外だったな」
    「あー、それね。云われるやつ。だからあんまり云わないようにしてる。お堅い趣味の人間だと思われて弾かれるの嫌だから」
     くすくすと苦笑する魏嬰は、手の中で仕掛け箱を転がした。
     そんな魏嬰が次の行き先に選んだのはこれまた意外な神社だった。
     国内でも屈指のパワースポットだと云われているらしいそこの幾つかある鳥居のひとつは、湖の上に立っていた。魏嬰の目的はその鳥居を自分の目で直に見ることだったらしい。
    「何か、マイナスイオン出てそう」
     私はそんなものを信じるタイプではないが、魏嬰のその言葉を否定はしなかった。
     折角来たのだからとお参りをして、魏嬰曰くのマイナスイオンを浴びてからまた車に乗り込んだ。
     昼食は質の良い自然薯を使った麦とろ飯が有名な店に寄る。
     メインの麦飯ととろろの他に、肉の西京焼きや、地魚の干物が膳に揃えられていた。
    「はぁー……目にも舌にも贅沢な一日だなー」
     ご馳走様、と箸を置いた魏嬰が手を合わせながら軽く会釈をする。
    「まだ予定はあるのだろう?」
     のんびりした空気を漂わせる魏嬰の顔を覗けば、
    「そうそう、そうだ。次に行こう」
     と、魏嬰は忙しなく立ち上がった。
     次に向かったのはガラス美術館。魏嬰の興味は幅広いなと良い意味で思わず唸る。
    「うわー、すげぇー……」
     美術館の中は人の数の割に口数は少なく、魏嬰の声も密やかだった。
    「こういうの、作れたら良いな……」
     ガラス細工のアクセサリーをケース越しに見る魏嬰の肩をトントンと叩く。
    「うん?」
    「あっちでワークショップが行われているようだ」
    「え、そんな情報知らないけど」
    「大々的に宣伝していないだけなのかも知れない」
    「丁度良い時間あるかな……」
    「確認だけでも」
    「あぁ、もしタイミング合いそうだったら……」
     体験したいという言葉が出てくる前に、構わないと先回りする。
     肩を並べて立て看板に書かれている時間を確認する。
    「あ、三十分後」
    「飛び入りで出来るのだろうか」
    「俺、聞いてくる」
     ひょこっと大股で館内を歩みフロントのような場所へ魏嬰が話をしに行く。
     二、三言葉を交わしたらしい魏嬰はくるりと私を振り返って右手でオーケーマークを作って見せた。
     それを見て私も魏嬰の元へ歩み寄れば、二歩こちらに歩んで来た魏嬰が至極嬉しそうに歯を見せて笑った。
    「最後のふた枠だってさ」
    「それは幸運だな」
    「寄木出来なかったから、カナリ楽しみ」
     ふふ、と笑う魏嬰の目の輝きは少年のようだった。
     ガラス細工のワークショップでは、ガラス七宝でアクセサリーを作るものだった。所要時間は一時間程。そんなに早く出来るものなのかと少し驚いた。
     魏嬰は黒と赤のラインを入れたクールなデザイン。
     私は私で爽やかに僅かに色の違う水色の曲線を二本引いた。
     ペンダントにしたそれの出来上がりは中々悪くなく、魏嬰は天井の明かりにそれを透かしながらご満悦といった様子だった。
    「なぁ、藍湛?」
     小声で耳打ちされて、何かと小首を傾げる。
    「これ、交換しないか?」
    「交換?」
    「そ。思い出に」
     あー、あの時こんなことしたなぁ、って思い出せるようにってさ。
     悪戯っぽくそう云う魏嬰に、私は刹那思案してから魏嬰の手に自分が作ったペンダントを握らせた。
    「大事にする」
     私同様、自分の作った物を握らせてくる魏嬰の表情は無邪気。
    「私も」
     大事にしない訳がなかった。
     私から物を贈ることはあっても、魏嬰から何かを貰うというのは初めての経験だったからだ。
     こんな経験は私だけが体験していることだと良いと痛切に願った。
    「失くさないように旅行の最中は着けとこ」
     嬉しそうにペンダントを首に掛ける魏嬰に倣って、私も貰ったペンダントを首に掛けた。
    「藍湛、まだ時間ある?」
    「もう一ヶ所くらいなら」
    「じゃあ、最後は滝を見に行こう」
     またマイナスイオンを浴びるぞー、などと云う魏嬰が最早愛おしい。
     ハンドルを握って向かったのは、近辺に二ヶ所ある内の片方の滝だった。
     細い糸を幾筋も垂らしているような滝は、落ち始めた夕陽で橙色を弾いていた。
     ザアザアと煩く水面を叩く音はしかし不思議と心地好い。
     魏嬰が云うマイナスイオン、もあながち的外れではないのかも知れない。
     少しずつ濃くなる橙色を静かに眺めながら、魏嬰は何を考えているのだろう。横目に見る魏嬰の表情は何かを考え込んでいるような表情だった。
     そんな私の視線に気付いたのか、くるりと首を回してにこっと微笑んだ。
    「綺麗だな」
    「あぁ」
    「藍湛、」
    「何だ?」
    「有難う」
    「何を急に」
    「何となく。云いたくなって」
    「……そうか」
     ふわっと微笑む笑顔はどこか儚く見えて、無意識に伸びた手が魏嬰の頬に触れてしまった。
     その触れ合いに驚いたような顔をした魏嬰を見て、ハッとし慌てて手を引く。
    「わ、るい……」
    「いや、別に……大丈夫、だけど」
     藍湛からこんな風に触れてくるなんて思わなかったから、ちょっとびっくりしたと魏嬰はほんのりはにかみ、
    「そろそろ宿に戻ろうか」
     くるっと反転した魏嬰の手が私の袖を軽く摘んだ。
     宿に戻り、昨日同様——しかし並ぶ料理は殆ど被ってはいなかった。
     そのことに感動を見せながら、魏嬰はにこにこと舌鼓を打っていた。
     豪華な食事に満足した魏嬰は「風呂に入ってくる」といそいそ風呂場に消えて行く。忙しい奴だな、と思うけれども、そんなところが魏嬰らしいとも思った。焦がれている理由にはそういう点も含まれる。
     そう。表には決して出してはいないが、私は魏嬰のことをただ好ましいと思っているだけではないのだ。叶うことなら独り占めしてしまいたいと、そう思うのは恋心……を超えた何か違う感情なのではないかと思う。
     それが何か、なのかは今の私には理解し難いもので、両手にその感情を持て余しているのだが。
    魏嬰が風呂に入っている間に、私は一度外に出て車の代行を頼んだ。明日は送迎バスで列車の始点まで行けば良い。
     魏嬰と入れ違いに風呂に浸かった私が浴室から出ると、魏嬰は細く開けた窓から入る風に濡れた髪の毛を揺らしながらテラスで酒を呷っていた。
    「魏嬰」
    「あ、お帰り」
     本当にここの風呂最高だよな。夜景も……そんなに見えないけど、灯台の灯りが綺麗だ。
     饒舌なのは酒を飲んでいるから、という理由ではないだろう。彼は特段酒に強い。
     座っても? 短く問えば勿論と返ってきた笑顔。
     涼やかな風は昨夜よりどこかよそよそしく感じるのは何故なのだろう。
    「……藍湛、」
    「何だ?」
    「うーん……」
    「魏嬰?」
    「……藍湛はさ、」
    「私が?」
     珍しく歯切れの悪い魏嬰に訝しげな視線を投げれば、魏嬰は「んー……」と天井を仰いでから膝に肘をついて、片頬を手で包んだ。
    「藍湛は、俺がこういう仕事してる理由、気にならないのか?」
    「理由……?」
     それは人それぞれあるのでは、と返せば、魏嬰はハハッと肩を揺らした。
    「藍湛らしいや」
    「そうか?」
    「うん。今までの客は皆訊いてきたから」
    「…………」
    「だって体売ってるようなもんじゃん?」
     本番がないだけでさ。
     まるで自嘲するような声音に胸の奥がぎゅっとしたのはどうしてだろう。
    「その先を狙う男は少なくなかったよ」
     そういう客はトコトンNGにしてきたけどさ。
     また笑う魏嬰の表情には、笑っている癖にどこか薄らと陰が射しているような気がした。
    「魏嬰……」
    「ん……」
    「訊いて欲しいのか?」
    「……どうだろう」
     訊いて欲しいのかな……。
     頬杖をついたまま、魏嬰は視線を夜闇の向こうに流した。
     暫く無言が続き、さわ、と葉擦れの音が鼓膜に大きく響く。
    「……藍湛」
     静けさを切り裂いたのは魏嬰の方。
    「俺、さ……」
     ぽつり、零れたらしくない弱々しさ。
    「藍湛になら、話しても良いかもな……」
     他の人には喋ったことないけど。
     藍湛になら、話しても良い……いや、訊いて欲しいのかな。きっと。
     消え入るような声で呟いた魏嬰は視線を私に戻し、眉尻を下げた。
    「私が聞いても良いのなら……」
     幾らでも、どんな話でも聞く。
     生真面目に返したら、魏嬰は目を細めて「俺さ、」と静かに喋り始めた。
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    😭😭😭❤💴☺💴💴❤❤💖😭👏👏😍💞
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