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    レンタル彼氏11。旅行編終わり!

    レンタル彼氏11「俺さ、人を好きになるってことがよく判らなくて」
    「…………」
    「いや、人間は好きなんだ。でも、そういう好きじゃなくて」
     恋心? 愛? 誰かを絶対に手放したくない、独占したい、って。そういう「好き」っていう感情が判らなくてさ。
     元々友達が。この仕事してて、客と良い仲になって、付き合うことになったって明かされた時。あぁ、この仕事してみたら「誰かを好きになる」っていうことが判るのかな、なんて思ってさ。それで始めたんだ、と。魏嬰はずっと秘めてきたのであろう内心を静かに吐露し始めた。
    「あぁ、俺この人好きかも、って。そう思ったことも何度かあったよ。でもそれって結局、所謂恋心とかじゃなくて、ただ人間として好きだなってところで止まっちゃうもので」
     この人が居なくなったら困る。それは、自分の客が居なくなるのが困るっていう感覚しかなかった。
     何年この仕事してても、やっぱり「誰かを特別好きになる」っていうのが判らなくて。何だか俺、変なのかな、とか。そういう風に思ったこともあった。
     ほら、今無性愛とかもたまに聞くじゃん? そういうのなのかな、って。それならそれで、そういう性質なんだろうなって割り切ることも出来たんだろうけど、何だか諦め付かなくて。
     誰かを好きになってみたい。
     そう思うっていうのはやっぱり無性愛とはちょっと違うんだろうなって感じがするんだよ。
     好かれて、付き合いたいな、だなんて云われてもただの冗談にしか思えないし。そもそも付き合うって何だ、って感じだし。
     仲を深めたいんだったら、友達で充分だろ? とか。そういう考えになる。
     客が云う付き合いたいって云うのは、その隣に性愛がくっ付いてるんだってことは判った。
     ただ、その性愛が「愛してる」とかそういう感情の証拠なのか? っていうのは疑問。別に「特別好き」じゃなくたって男なんかヤりたい時はヤれるだろうし。何か、捌け口みたいになるのは嫌だ。逆に大切にされていない気がする。
     じゃあ何を以て「人を好きだ」と思えるのか。感じられるのか。もう堂々巡りで。結局何年経っても答えは出てない。
     喋っている間、魏嬰の眼差しはずっと夜の闇の奥にあった。
    「藍湛はさ、」
     誰かを「好き」になったことある?
     誰かに「執着」したこと、ある?
     ゆっくりとこちらを向いた視線を受け止めながら、私はゆるりと二度瞬いてからそっと頷いた。
    「……そっか」
     それってどういう感覚?
     問いを重ねられ、視線を斜め下に落とす。
    「他の誰よりも、相手の心の中を占めていたい」
    「独占欲?」
    「あぁ」
    「他には?」
    「自分がされていることを、他の誰かにもしているのかと思うと気分が良くない」
    「嫉妬?」
    「恐らく」
    「あとは?」
    「会えない時間がもどかしい」
     自分だけを見て欲しくて、胸の奥がぎゅっとして。他の誰かには触れられたくなくても、好きな相手には触れたいし、触れられたいと思う。
     淡々と答える私に、魏嬰は少しだけ首に角度を付けながらただジッと私を見詰めてきた。
    「もし、自分だけを見てくれて。触れて、触れられて。それが叶ったら、藍湛は幸せ?」
    「……きっと」
    「それが、人を好きになるってことなのか?」
    「そう、なのだろう」
    「じゃあさ、」
     誰かを好きになって、それが報われたら幸せだと感じるのが恋とか愛とか、そういうやつなのか?
     そう云いながら曲げた首の角度を深くする魏嬰。
    「恋焦がれ、その想いが報われた先に愛情が募るのだと……」
     私はそう思っている、と続けたら、魏嬰は肘と膝を離して籐椅子の背凭れにだらしなく背を預けて天井を見上げた。
    「そういうものなのか」
    「私の場合は、だが」
    「ふぅん……」
     天井を見上げたまま、膝の上で手遊びを始める魏嬰。
     何かを思案しているような様を、私はただ静かに見守った。
    「——そうしたら、俺は……」
    「魏嬰は……?」
    「んー……まだ、判らないな」
    「人を好きになる、ということが?」
    「ん……あぁ」
     頷く彼に、そう急がなくても良いのでは、と返す。
    「そういう感情は考えて知るというよりも、いつの間にか自然と感じるものだ」
     私がそうだった。
     私も今まで誰かを特別好きになることはなかった。
     モデルになって黄色い声を浴びるようになってからは尚更だ。
     誰かに心を焦がすという感覚を知ったのは魏嬰と出会ってからだ。
     私の魏嬰に対する想いは、遅い初恋のようなものだろう。
    「急いで知ろうとしなくても良い感情だ」
     自然と。本当に、湧き上がるようにその想いはこの胸を潤したのだ。
     無理に誰かを好きになろうとしなくても良いだろう。それは逆に自分を苦しめるだけのような気がする。
    「判らない、けど、少し判った……気がする」
    「……そうか」
    「……有難う」
    「私は、何もしていない」
    「いや、今まで誰も教えてくれなかったことを教えてくれた」
     だから、有難う。そう繰り返されて、私の胸の奥は密かに軋んだ。彼への想いはきっと報われないのだろうなと知って。
    「あ、もう日付変わってる」
     壁時計をちらりと見た魏嬰の視線を追って私も時計を見る。
     短針を上にして、時計の針は縦一直線になっていた。
    「そろそろ寝るか……?」
    「……そうだな」
    「藍湛は奥で寝なよ。俺、座敷で寝るから」
    「魏嬰こそ奥で寝ると良い。私が座敷で寝る」
    「……キリがない譲り合いになりそうだな」
     それまでの神妙さを吹き飛ばすように魏嬰なカラカラと笑い、じゃあさ、と魏嬰が鼻先を軽く人差し指で撫でた。
    「お互いなるべく端っこに寄って奥で寝るか」
     不毛な遣り取りをしているよりずっと良いだろう? という提案に、私は肩を竦めて同意した。
     灯りを常夜灯だけにして、お互い寝所の端と端に出来る限り布団を寄せる。ごそごそと布団の中に潜り込んで、魏嬰はおやすみ、と私に投げてからこちらに背を向けた。
    「おやすみ、魏嬰」
     連なった寝際の挨拶は、どちらともなくなんとはなし湿り気を帯びていたような気がした。
     その晩、私は何となく気持ちが落ち着かなくて中々寝入れなかった。
     結局何を思考するでもなく明け方近くまで起きていた私は、ほんの少し微睡んだだけで目を覚ました。
     魏嬰はまだ布団の中でこちらに背を向けながら小山を作っていた。
     そろりと布団を抜け出して、目を覚まそうと風呂に浸かった。
     夢のような二泊三日の旅だったな、と思う。
     こんな幸せな時間はもう人生のうちにどれだけあるか判らない。もしかしたら最初で最後かも知れない。
     膝を抱えて顔が水面に沈むのも構わず膝頭に額を当てる。
     昨夜の話を聞いて、改めて思った。我ながら人間付き合いが不器用な私よりも、実は魏嬰の方が不器用なのではないかと思ったら、愛おしくて、守りたくて仕方がなくなった。
    「……やはり、すきだ」
     湯の中で、私は顔を覆った。
     朝風呂から出ると、魏嬰が座敷に転がっていた。
    「魏嬰」
    「あ、藍湛。おはよう」
    「おはよう」
     挨拶を返したら、魏嬰はのろりと立ち上がって、俺も最後に朝風呂してこよう、と私の横をすり抜けて行った。
     魏嬰が出てくるまで、私は茶を淹れてそれをゆっくりと啜った。
     窓の外に見える景色は相変わらず綺麗だ。
     綺麗過ぎて、目に痛い程。
     湯上りの魏嬰は大きな欠伸をしながら私の向かいに座ったから、無言で茶を淹れてやった。
    「有難う」
     それをぐいと飲み干して、魏嬰はぱたんと後ろに倒れて仰向けに寝そべった。
    「あーあ、早かった」
    「……そうだな」
    「楽しかった」
    「私もだ」
    「藍湛、ホント、ありがと」
    「……こちらこそ」
     私の我儘に付き合ってくれて楽しかったと付け加えたら、魏嬰はふへへとふやけた声で笑った。
    「あーあ、このまま藍湛と逃避行したい気分」
     無邪気な台詞が嬉しいやら切ないやら。
    「魏嬰、もしまた機会があったら……」
     その先に続けようとした言葉は仲居が朝食を運んでくる音で遮られた。
     帰りは予定通り旅館からの送迎バスに乗って駅まで行き、特別列車に乗り込んだ。
     少しでも二人きりの時間を取りたくて、個室とは云い難いがやや周囲とは遮られたボックス席の切符を用意していた私は、指定の席に魏嬰と斜めに向かい合って座った。
     列車が走り出してから三十分程してからだろうか。
     窓辺に肘を付いていた魏嬰が車窓の向こうから視線を私に向けて、にこりと微笑んだ。
    「藍湛」
     ぽんぽん、と自分の隣を叩く魏嬰。
    「何だ?」
    「折角だから隣に来いよ」
    「…………」
    「……嫌か?」
     嫌な訳がない。ふるふると首を左右に振り、私は静かに魏嬰の隣に座り直した。
     すぐ傍に感じる布越しの体温が心地好い。
     それから暫く他愛のない話をしていたら、私の意識はいつの間にかホワイトアウトしていた。
     とんとん、と肩を叩かれて薄らと瞼を持ち上げる。側頭に硬い感触。視界は殆ど九十度まがっている。
     三秒そのまま固まってから、私は勢いよく頭を上げた。
    「済まないっ」
     魏嬰の肩を枕に寝てしまっていたのだと気が付いて慌てる。
    「大丈夫大丈夫。別に不都合なかったし」
     夜寝れなかったのか? 淡い心配に、あぁまぁと言葉を濁しながら内心で頭を抱える。
    「藍湛の寝顔、可愛かったぞ」
     色濃い揶揄にかぁっと顔が熱くなる。
    「……忘れてくれ」
    「無理な話だな」
     もうすっかり目に灼き付いたとまだ揶揄を残す魏嬰に、私はとんだ失態を……と舌先を噛む。
    「もうすぐ着くみたいだ」
    「……あぁ」
    「また現実に戻るのかー」
     嫌だなぁと魏嬰は大袈裟に肩を竦めた。
    「藍湛、また会いに来てくれるか?」
     そんなものは愚問だ。
    「当然だ……」
     呻くように云ったら、魏嬰は肩を揺らして、待ってるから、と私の足を爪先で小突いた。
     ターミナル駅で別れる瞬間は酷く名残惜しかった。
     後ろ髪を引かれる思いで「じゃあ」とお互い別の路線への階段を上り、零れたのは大きな溜息。
    「好きが判らない、か……」
     魏嬰がそれを知るのは一体いつ、誰になのだろう。
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