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    レンタル彼氏13。再会……!

    レンタル彼氏13『魏無羨はもう在籍しておりません』
     次の予約を取ろうと店に電話をしたら、オーナーの声がそんなことを紡ぐものだから、私は「は?」と滅多に出さない間抜けな声を上げてしまった。
    「どういうことですか?」
    『そのままの意味です』
     とにかくもう魏無羨は在籍しておりませんので、ご予約は他のキャストをご指名下さいと云われて、今回はやめておきますと通話を切った。
     もう在籍していない、とはどういうことなのだろう。
     魏嬰の性格を鑑みるに、客——あくまで私は魏嬰の時間を買う客だ——に何の一言も告げずに姿を消すような人間ではないと思う。殊、大口の客には尚更。
     何かやむを得ない事情が急遽あったのだろうか。
     当たり前だが店を介しての付き合いしかなかったから、魏嬰の連絡先は知らない。
     店側もあのような素っ気のない対応だったから、連絡先など教えてくれる筈がないだろう。つまりは本人に直接会って事の次第を問うのは不可能だ。
     まさか魏嬰との関係がこんな風に終わるとは露程にも思っていなかった。
     まるで頭から鉛をかけられたように頭から足の爪先までが重たくなる。
    「魏嬰……」
     会えないと判ると余計に会いたくなった。
     どうにかして魏嬰と会う手段はないだろうか?
     とはいえ。幾らどう考えてみても、答えなど出やしなかった。
    「忘機、最近元気がないようだね?」
     魏嬰と会えなくなって一ヶ月程。オフの時間が重なって兄と食事をすることになった際にそんなことを云われた。
    「そんなことは、」
     ないです、と続けたら、そうかなと兄はにこやかに首を少しだけ傾けた。
    「少し前まで、忘機はとても楽しそうに見えたけれど」
     特に旅行の時なんかは、と付け足されて舌先を噛む。
     魏嬰と旅行に行った際、車の鍵を渡したのは実は兄へ、だった。
     丁度オフだったし、自分も車を使いたかったからついでに代行役を務めようと買って出てくれたのだ。
    「何か憂い事でもあるのかい……?」
    「……いえ」
     特に何もないです。ただ仕事で疲れているだけなのかも知れません。
     ほんの少しの事実を混じえた嘘を、この兄が見透かさない筈はなかったけれど。兄は「そうか。くれぐれも無理はしないように」とその場を流してくれた。
     魏嬰に会えなくなってすっかり気落ちしてしまった私。
     無論仕事はしっかりとこなしたが、プライベートの時間になるとスイッチが切れて憂いが胸中を満たす。
     何故急に消息を断ったのか。そんな疑問しか浮かんでこない。
    「……魏嬰」
     名前を呟いたところで彼が現れる筈もないのに。
     会いたい。会って、あの悪戯っぽい花咲く笑顔を見て、彼が確かに存在しているのを見て安堵したい。
     例えこの焦がれる想いを伝えられなくとも。
     ただただ、純粋に彼に会いたい。
     魏嬰と出会ってもう一年以上が経つ。キャストと客という関係ではあれど、この短くない時間で依られた縁は決して細くはないと思うのだ。
     ふらり、ソファに倒れ込むよう腰を落として天井を仰ぐ。
     網膜に灼き付いたあの笑顔は、もう見ることが出来ないのだろうか。
     いつだってどこか寂しさを感じていたこの胸裡に空いた小さな穴を埋めてくれたのが魏嬰だった。
     彼と居れば、幼い頃から感じていたそこはかとない虚しさはナリを潜めてくれて。
     大事な人だった。大袈裟に云えば、私を極普通の人間として生かせてくれる光のようだった。
    「藍湛」
     そう私の名を呼ぶ軽やかな声が鼓膜の内側に張り付いていて離れない。
     こんなにも彼のことを想っているのに。
     何の前触れもなかった別離はただひたすら私の憂いを色濃くしていくばかりだった。
     同時に、こんなにも魏嬰に執着していた自分に驚きを隠せないでもいる。
     人付き合いには比較的ドライな人間だと自分で思っているが、魏嬰に対してだけはどうにも勝手が違う。
     首に掛けたガラス細工のペンダントは仕事中以外着けたまま。
     それを握り締めた拳を額に当てる。
    「せめて、もう一度だけでも会いたい……」
     もう会えない理由があるのなら、それが何かを知りたかった。
     一ヶ月後。撮影の準備をしているところにスタッフが控えめに顔を覗かせた。
    「藍忘機さん、」
    「何か?」
    「さっき外で藍忘機さん宛に手紙を受け取って……」
     一応変なものが入ってないか事前に確認させてもらったんですけど、大丈夫そうなのでお渡しします。
     水色の封筒を渡されて、中の便箋を広げる。
     ノートを千切ったような紙には簡潔な一文。
    『いつでも良い。朝、いつもの喫茶店』
    「キャップを深く被っていたから顔はちゃんと見えなかったんですけど、そこそこ背の高い青年でした」
     渡せば判ると云ってすぐに走っていってしまったんですけど……と続けるスタッフの声の最後の方は殆ど右から左に流れて行った。
     朝、いつもの喫茶店。
     思い当たる節はひとつしかない。
     途端に鼓動が逸った。
     午前中に予定が空いているのはいつだったか。
     頭の中のスケジュール帳を捲り、早くても三日後になってしまうことに思わず歯噛みする。
    「……ありがとう」
     手紙を届けてくれたスタッフに礼を告げて、私は穏やかならぬ内心を必死に隠し『藍忘機』としての仕事を無機質にこなした。
     そうして三日後の朝。私は『いつも』仕事前に寄っていた喫茶店に足を運んだ。
     ターミナル駅から少し歩いた場所にある、あの個人経営の喫茶店だ。
     開店から十五分後に重たい木製の扉を開けたら、マスターが一度瞬いてからにこりと笑って奥の席を指差した。
    「いつもので良いかい?」
     問い掛けに、はいとおざなりな返事をして店内の奥の席に大股で歩み寄る。
     キャップを目深に被ったその人を見下ろしながら、そっと名前を呼ぶ。
    「魏嬰……」
     小さな声はそれでもちゃんと相手の鼓膜を打ったようで、相手はキャップのツバに手を掛けると、さっとキャップを取り払った。
    「藍湛」
     私の名前をそう呼ぶのは魏嬰一人しか居ない。
     露わになった顔は確かに魏嬰その人で、私の胸中は複雑な色でぐちゃぐちゃになった。
    「……突然居なくなったから、」
     心配した、と続けたら、魏嬰は眉尻を下げて鼻先を人差し指で軽く撫でた。
    「悪い……」
    「どうして」
    「んー……単純に、クビになった」
     肩を竦めて苦笑する魏嬰はバツの悪そうな顔。
    「クビに……?」
    「そう」
    「どうして……」
     何があったんだ、と訊くより先に、ハッとする。
    「私の所為、か?」
     旅行に連れ出したことがバレてしまったのだろうか。
    「藍湛の所為じゃない。俺がヘマっただけ」
     うっかり他のキャストに口を滑らせたらそのまま告げ口されて、はい終わり、ってね。
     アイスカフェオレのストローを咥えて、魏嬰は淡い自嘲を滲ませた。
    「ほら、俺まあまあ古参だし。影響力ないっていったら嘘になるからさ。他のキャストが真似をしたらどうするんだって散々怒られてアッサリ切られた」
     カラン、とグラスの中で氷を鳴らす魏嬰。
     取り敢えず座ったら? と促され、魏嬰の正面に腰を落とす。
     運ばれてきたコーヒーに手を付けないまま、私は視線を斜め下に落とした。
    「殆ど私の所為と変わらない」
    「俺が口を滑らせなかったら問題なかっただけだ」
     苦笑しながら、魏嬰はグラスをテーブルに置いてカラカラとストローでグラスの中身を掻き回す。
    「藍湛にだけは、ちゃんと最後の挨拶しておきたくて……」
    「私に、だけ?」
    「そう。藍湛には、凄い世話になったから」
     どの客と居るよりも藍湛と一緒に居た時間が楽しかったからさ、と続ける魏嬰。
    「……商売文句じゃないぞ?」
     だってもう俺キャストじゃないし、と悪戯めかして笑う魏嬰に、何を云ったら良いのか判らなくなった。
     ただ、しかしこれだけは伝えておかなければ、と思った。
    「……会いたかった」
     ゆるりと視線を持ち上げて魏嬰の双眸を覗けば、彼は眉尻を下げたまま、それは光栄だと笑った。
    「……笑い事ではない」
    「……藍湛、もしかして俺に会えなくて寂しかった?」
     小首を傾げられ、呻くように頷く。
    「そっか……」
     ストローで遊ぶのをやめ、魏嬰が小さく笑う。
    「俺も」
    「魏嬰も……?」
    「俺も、藍湛に会えなくて寂しかった」
     何でだろうな。他の客には「悪いことしたなぁ」くらいにしか思わないのに、藍湛には突然居なくなったことを直接会って謝らなきゃって思った。
     両手を組んで、私の方へ腕を張る魏嬰は、パッと両手を解くと私に向かって手を握ったり開いたりした。
    「藍湛、手、貸して」
     云われるがまま、両手を差し出す。
     するとその手に絡まってきた魏嬰の指。
    「うーん……」
    「魏嬰?」
    「何だろ……」
    「何が?」
    「藍湛の手、触ってると落ち着くんだ」
     そっと解けていく指を名残惜しく思いながら、唇を舐める。
    「多分、俺、藍湛に云いたいことがある」
    「多分……?」
    「あぁ……。少し、自信がないから、多分……」
    「それは、」
     今聞いて大丈夫なものなのか。そう言外に匂わせて更に双眸の奥を覗いたら、魏嬰は僅かに視線を外してから、また私を見据えた。
    「藍湛、今日何時まで」
    「予定では、二十一時」
    「明日は?」
    「昼からだ」
     私の短い答えに、じゃあさ、と魏嬰が一言分唇を空回りさせる。
    「じゃあ今日、終わったら俺の家……来てくれないか?」
     住所はこれ、と薄手のジャケットの胸ポケットから紙切れを出してきた魏嬰。
    「どれだけ遅くなっても良い。来てくれるまで待ってる」
     そんな誘いを私が断れる筈もなく。
     住所の書かれた紙切れを受け取り、私は「判った」と頷いた。
    「なるべく早く行けるようにする」
     そう云えば、魏嬰は「急がなくて大丈夫だから」とはにかんだ。
    「藍湛、時間は?」
     大丈夫か、と問われ腕時計を見れば、タイムリミットは近い。
     内心舌を打ちながら、コーヒーに手を付けることなく私は立ち上がった。
    「……また後で」
     魏嬰を見下ろしながら呟けば、彼もまた「後で」と手を振った。
     もう慣れきった習性で魏嬰の分まで勘定を済ませ店を出る。
     魏嬰がわざわざ自宅にまで招いて私に云いたいこと、とは一体何なのだろう。
     いっそ仕事を放り出してしまいたい気持ちに駆られたが、プロのモデル『藍忘機』として、そのような勝手を働くことは出来なかった。
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