夏の夜の話「きもだめしなんて、なんで何もないところに怖がるために行くんだよ。意味なくない?」
「それは本質をわかってない! 本当に怖いところに行くかよ。これは怖がりに行くんじゃなくて、気になる人と一緒に怖がるふりをしながら合法的にくっつくために行くんだよ」
「それ、夏じゃなくてもいいだろ」「あ、気がついた?」
街中で買物中に聞こえてきた何気ない通りすがりの会話に、ルークはふと足を止めた。
きもだめし、合法的に気になる人とくっつける、それは……画期的なのでは。
そのきもだめしという行事がルークにはなじみがなく、聞いたことはあるけれどもまだ参加したことはなかった。聞くところによると、何やら危険な場所へ夜中にわざわざ出かけて恐怖にぞっとする寒気をこの暑い夏に感じて納涼する行事らしい。聞いただけでは何でわざわざ危ないところに行くんだろうと思っていたが、そうか、これはイベントなのだから危険だったら誰もやらないだろう。怖いかもしれない、というお約束なのだ。
そして、一緒に行ったその人と怖い! と抱きつくのがお約束なのだと、ルークは今知ったのである。
「それでアッシュ、毎日暑いだろ。なんか暑い夏の夜にはきもだめしに行くのが今流行ってるんだって」
日も暮れて、アッシュの部屋に乗り込んだルークは、アッシュが何を言っているんだという顔をしているのを知っていて知らないふりで話をする。それはまあまあいつものことなのでアッシュは出て行けとは言わなくなった。
ただ、大体話半分で聞いていることが多い。今日だってそうだ。
「……そうか、行くならちゃんとガイでも連れて行け。夜中は危ないからな。ちゃんと剣も持って行けよ」
流れでちゃんとアッシュを誘ったつもりだったのに、アッシュは出かけてこいみたいな返事で全くきもだめしなんかに興味が無いとでも言わんばかりの態度で。確かにルークだって話を聞くまではきもだめしに全く興味なんて無かった。アッシュはきもだめしが怖いだけのイベントではないと知っていて冷たい態度なのか、ルークにアッシュと合法的にくっつきたいという下心がある以上聞きにくくて困る。けれどアッシュとそんなイベントでくっついてみたい。
「アッシュ誘ってるんだけど」
「どうせ森の中に入ってぐるっと回って帰ってくるみたいな奴なんだろ。夜の森なんていくらでも入ったし、俺らにとってこの辺の魔物なんて怖くもないだろ。何か未発見の洞窟でもあったのか?」
確かに、ルークやアッシュにとっては夜の外の世界だなんてそれほど珍しいものでもなく、夜中に森の中を突っ切ったりとか野営をしたりもしたから、そう言う意味では怖い物でも何でも無い。けれど、きもだめしは魔物退治ではないはずだ。あそこのほこらに何か不思議な音がするとか、湖に人影があるとか、見つかったら追いかけてくるとか……魔物のせいが大半ではないか……そう思うと確かに一般人には怖いけれども、ルークたちには怖くないかも。
そう思うと、アッシュにはきっと夢という物が足りないのだ。みんなが楽しんでいる物を理屈で潰されてはたまらない。アッシュにやる気になってもらうにはどうすれば……ルークは思った。
「きもだめしは探検じゃないだろ……あ、もしかしてアッシュ、お化けが怖くてごまかしてるとか?」
「お化けなんているわけ無いだろ。どうせ何かの魔物か気のせいだ」
そんなに否定しなくてもいいのに、ただのイベントだと思って楽しめないのはきっと損だと思う。いや、ルークの下心が伝わっていて、回避されそうになっているのかもしれない。それは困る。せっかくのアッシュとのイベントをなんとか成功させたい。
「そうなんだ、じゃあ怖くないんだったら俺と一緒に肝試しいこうぜ」
「そんなに行きたいのか?」
行きたい、とじっと見つめればアッシュはしかたないとばかりに小さくため息をついて、ルークを見返した。
「じゃあ今から行くぞ」
「え? ……え?」
バチカルのまだ王城に近いエリアにもあまり人の立ち入らない森がある。市街地からも離れているから建物もなく、けれど街の中なので魔物はいない。奥には何かの石碑が建っていたり、忘れられたような墓地のあとがあったり、確かにルークが想像するきもだめしの立地には間違いない場所だった。
ただし。
「ここ、うちの敷地じゃん」
「一緒に来てやったんだからこのくらいで我慢しろ。本当に怖いところにでも行きたかったのか?」
「本当に怖いって……」
そう言いながら真面目な顔をしているのでアッシュが冗談を言っているのか本気なのか分かりかねる。
それにしてもだ。どうしてアッシュはルークが想定しているような場所を知っていて連れてきたのか。ルークが肝試しに行きたいと言ったのは本当に今日思いついたことで、今までそんな会話をした事なんて無かった。それなのに。
分からなくてアッシュを見れば何か少しだけ、楽しそうな表情に見えるような。
「お前は何が怖いと思う?」
こわいもの……きもだめしと言われたってきっと何も怖くなんてないとルークも思っていた。ルークだってお化けなんて信じていない。きっと人なんて音素の欠片になって消えてしまう物なのだから。レプリカなんて特に何も残せない。存在なんてそんなものだ。
「怖いもの……明日の課題ができてなくてアッシュに怒られるかも……とか」
「それなのに肝試しに行きたいとか言い出したのか」
「あ、今ヒヤッとした!」
きもだめしってこういうことだったっけ、と思いながらルークは恐る恐るアッシュの顔を伺って……やはり何か楽しそうだ。
「俺はお前がいつ何を言い出すのか怖いときがある」
それは申し訳ない、とルークは思ったが性格なので多分これからもアッシュをヒヤヒヤさせるだろう。けれどアッシュはそれを怒ってはいないようだった。やはり何か、楽しんでいるような。
「それで今日は何で肝試しに行きたいとか言い始めたんだ?」
ここまで付き合ってやったんだから答えろとの圧がかかる。
「夏の風物詩だって聞いたから」
「俺と行きたいんだろ」
「……俺はいつだってアッシュと一緒にどこでも行きたいし」
アッシュと合法的にくっつきたいなんて言えないからごまかしたけれども、かなり本音しかない。
やっぱり変なことなんて考えるのではなかった。まあ、ルークがおかしな事を考えているのは今日だけでもないのだけれども。
森の中を歩きながら、ぽつりぽつりとアッシュと話をしながら、きもだめしとはほど遠いただの夜の散歩をしているようではないか。けれども、こんな時間もルークにとっては新鮮で。少しは怖がればいいのかと問えばいいぞと言われるだけで、アッシュに馬鹿なことを考えるなと釘を刺されているような気さえしてきた。
きっとそのつもりなのだろう。きもだめしなんて、子供のようなことを言うなと。
いいじゃないか。子供のようなことでも、ルークはしたことなんて無かったのだから。
もう開き直って、何かにびっくりした体でアッシュに抱きついてやろうか、そう思っていたときふと目の前の森が開けて。
「海、ここからもみえるんだな」
月明かりを反射してキラキラと光る海と城下の街の明かりが暗い森を抜けたルークの瞳に反射してまぶしい。
「ここから降りたら下の道に出て、裏から街へ降りれるんだが」
「……使ったことあるのか? こんな所?」
降りたら、と簡単に言ったが崖のような物である。けれどアッシュが何も言わないと言うことは使ったのだろう。何時だろうか、子供の時か何時か、また教えてくれるだろうか。ここに連れてきたと言うことはここがアッシュが怖いと思った記憶なのかもしれなかった。
しばらくその景色をルークは眺めて、隣を見ればアッシュもじっとまぶしい光を見つめていた。
アッシュとこの時間を過ごせただけで、何かルークは満足してしまって。
「帰ろうか」
何か理由を付けてアッシュを振り回そうなんて余計なことを考えるのはやめようと思った。
「きもだめしとやらはもういいのか」
「なんか俺の目的達した気がしたから」
でも抱きつけてないよなと思ったけれども、それもどちらかと言えばいつでもできるような、今だってできるな。
そう思って、ルークは思いきってアッシュの腕を掴んでごまかすように笑った。
「きもだめしって夜の散歩みたいなもんだよなって思ったら、これでいいかって」
掴んだ腕は邪魔だと振り払われるかなと思ったけれども、今のところそんな様子が全くなくて。
アッシュ? と見上げるように確認すれば、やっぱりアッシュは何か楽しそうな表情で。
「別に理由なんて付けなくてもいつだって付き合ってやるんだが、次の理由は何だ」
はじめから全部ばれていたルークとルークで遊ぶアッシュの話