にらめっこ遊び(2/2)「リンクは…やっぱりズルいですよね」
二度目の口付けを終えて、名残惜しそうに離れていく恋人に向かって、ゼルダは言った。
「どうして?」
首を傾けて至近距離で問いかけてくる整った顔に、ゼルダは思わず俯いてしまって、ポツリと答える。
「だって…にらめっこに勝ったのは私なのに。リンクがしたい事ばかりしてます」
キスをされた事自体に不服はないのだろうが。それでもやはり何となく腑に落ちない、といった表情をするゼルダに、リンクはふと笑って聞いた。
「じゃあ…にらめっこに勝ったらゼルダは、何がしたかったの?」
「えっと……」
改めて聞かれて、言葉に詰まってしまう。
本当は、お腹を抱えて大声で笑うリンクの姿が見てみたかったのだ。だから、にらめっこに勝ったらどうしたい、という願いは特にはない。
だけど、お腹を抱えて大声で笑うリンクを見る、という願いは結局は叶えられなかったのだから、ここはリンクの質問にのった振りをして、お願い事を言ってみてもいいのかもしれない。
「えっと、その、」
一度リンクと合わさった視線を、また外して。ゼルダはちょっと、躊躇いがちに口を開いた。
「ぎゅっと……してほしいです」
「ん、……」
提案された可愛らしいお願いに、リンクは1つ頷きを返すと、おもむろに両手を広げた。
自分で言った事なのに、開かれた腕の中に飛び込むのは何だか恥ずかしくて。ゼルダはそっと、差し出された胸の上に頭を預ける。
意外と厚くて固い胸板の感触と、リンクの鼓動をそこに感じたと同時に。力強い腕が肩と腰に回された。
与えられるリンクの温もりと、トクトクと規則正しく打つリンクの鼓動。少し息を吸い込むと、よく知った、太陽によく干された草木のような、リンクの匂い。
その全てが、ゼルダの心を癒し、安心させ。最初感じた恥ずかしさはいつの間にかどこかへ消え失せ、あまりの心地よさに、ゼルダはそっと瞳を閉じた。
すると、肩を抱いていたリンクの大きな手のひらが、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
そうしてしばらく、リンクの腕の中でこの上ない幸せを噛み締め、それを心の中で反芻していると。
リンクがポツリと言った。
「……次は?」
「え…?」
夢見心地の中にいたゼルダは突然話しかけられたので、思わず聞き返して顔を上げる。
上げた先のとても近い場所に、リンクの澄んだ青い瞳があった。
「次は、どうしたい…?」
「えぇ…っ」
まさか次を求められるとは思っていなかったので、特に何も考えていなかったゼルダは悩んでしまった。
まだ、お願い事を言ってみてもいいのだろうか…?
今の状態でも十分幸せだけれど、まだリンクに求めても、いいの…?
「え…っと、さっきみたいな、キス…たくさんして、ほしいです……」
「……うん」
リンクは、キスをくれた。
啄むような、優しい、柔らかなキス。
何度も、何度も。
いつもリンクから求められる時のような、深くて、蕩かされるようなキスじゃ、ないのに。
何度も、何度も、繰り返されていくうちに、段々と手から、足から、力が抜けていくようで。
熱い視線で捉え、力強い腕を絡め、溢れる想いを囁かれ、すぐに何も考えられなくなってしまういつものリンクの愛し方も好きだけど。
こうして徐々に、手指の端の方からゆっくりと。気付かぬうちに体の内部へと。甘く痺れ蕩けさせられゆくのも、とても心地よいと感じてしまう。
「ふ…ぁ、リン…ク」
力が抜けてきている事に気付いているのだろう。回された両腕は、先程より力強く、しっかりとゼルダを支えてくれていて。
愛しい人の腕の中で、温もりを感じ、求めるままに愛情を惜しみ無く与えられる。
これ以上の幸せなんて、この世のどこにもきっとない。
「ゼルダ…、次は……?」
「え…っ」
そう思っていたのに。リンクに更に次を求められて、びっくりしてしまう。
これ以上の幸せなんて、ある…?
そもそもの始まりは、にらめっこをして、リンクの大笑いした姿が見たいという、ささやかな願いだったのに。
こんなに与えられて、いいのだろうか。
そう思って見つめたリンクの瞳は。きっと今の自分がリンクに向けているのと同じ。甘美な幸福に酔いしれた、蕩けた色をしていた。
「ゼルダは…もっといっぱい触れたくないの…?俺は…ゼルダに、もっと触れたい」
「……っ」
いつもの、リンクの瞳。
熱く、甘く愛を囁く。私だけを映してくれる、青の瞳。
この人の澄みわたった空の瞳が、焦がれるほどの炎をその奥に宿す事を、私だけが知っている。
「わたしも…リンクにもっと、触れたい…です」
私の思いを聞くと、リンクはとても幸せそうに微笑んだ。
言葉として表さずとも、リンクは私の心の内に秘めたる気持ちを分かってくれる。でも、敢えてそれを伝えれば、リンクがとても嬉しそうな顔をしてくれる事も知っているから。
だから、少し恥ずかしいけれど、私は勇気を出して声に出す。
「仰せのままに、我が姫君」
軽く、そこに重みなど感じないといわんばかりに。
リンクは私をひょいと横抱きにして。階段を登る。
チュ…チュ…ッと、軽いリップ音が2階の端から響く。
その度に、ん…ん…、と可愛くくぐもった声と、薄暗い部屋でも白く浮かび上がる肌に、紅い華が咲く。
「ん、ん…リンク待っ、て…ッ」
あまりにも身体中にいっぱいキスが降ってくるものだから、ゼルダはくすぐったくて、身を捩りながらリンクに訴える。
でも、リンクが止めてはくれるような気配は全く感じられない。
「ヤダ、ゼルダにもっといっぱい触れたいし、まだ全然足りない」
「えぇえ……」
まるで子供のような我が儘を突然言ってくるこの人に、一体どうしたのかしら…と、思わず呆れ顔で答えてしまうと。
「ゼルダも、俺に触れたいって言ってくれたよね?だからいっぱい、触れていいよ」
「えぇ…ッ」
今度は突然の提案に驚いてしまう。
触れてもいいよと言われても…一体どこに?
そう思いながらも、彼の首に腕を伸ばし、大きな背中に手を回す。
そうすると、体と体がぴったりとくっついて。リンクの固くてがっしりとした体躯がより一層分かる。
リンクのこの、意外と太くて逞しい腕や首が好きだ。
広くて、厚い胸板や背中も。
この傷だらけの体全てで、彼はいつも私を隙間なく包み込み、そしてどんなものからも護ってくれる。
いっぱい触れていいよと言われたから、大好きな彼の肌を思う存分撫でていたら、ちょっと体を離されて、なぜだかむず痒い顔をされた。
「そんなに触られると、何だか色々反応しちゃうんだけど…」
一体どっちなのだ。
触っていいのか。それとも触られると困るのか。
また呆れ顔になってしまいそうになりながらも、ふとした疑問を思い出し、リンクに問いかけてみた。
「そう言えば、リンクはどうして表情を全然変えてくれなかったのですか?」
「え?」
一体なんの事?とばかりに、リンクは瞬きを繰り返す。
そんな白々しい態度の恋人の鼻を、軽く摘まんだ。
「だって私ばっかり、変な顔を見られて…私もリンクの色んな顔とか、いっぱい笑うところとか、見たかったです」
あぁ…と、リンクは呟いた。
そうだ。本当はリンクがお腹を抱えて笑う姿を見たかったのに。もっと言えば、同じようにリンクも色んな顔に挑戦してくれて、私も大声で笑ったりしたかった。
別に、にらめっこに勝ちたかったわけじゃ、なかったのだ。
「じゃあ…にらめっこの続き、する?」
「え……?」
そう言われて見上げたリンクは、ニッ…と笑っていた。
ドキリとする。
こういう顔をした時のリンクは、とても良くない事を考えているというのを、もう短くはなくなった付き合いで知ってしまっていたから。
違うんです!そうじゃなくって…私は、ただ!
と必死に弁明しようとしても、時はすでに遅すぎたようで。
「待って!リンク!続きって、どういう……きゃんッ」
話の途中で、ガバッとリンクがまた上から降ってきて。
その後は…
恥ずかしさに顔を真っ赤に染めたり。
涙をポロポロと流しながら、リンクの名前をいっぱい呼んだり。
様々な顔をさせられ、リンクはその度に幸せそうに笑ってくれたけれど。
リンクの熱にずっと浮かされ続けたゼルダには。
残念ながら、その表情をじっくりと味わう余裕はなかった。