リンクが嫉妬するお話リンクとゼルダは悩んでいた。
ハテノの村で共に暮らすようになってから1年と数ヶ月。
ゼルダを大切に思うあまり、思いが通じあってからもなかなかその先へは進む事ができなかったリンクも、無事心も体もゼルダと繋がる事ができた。
気持ちを直接相手に伝えるだけではなく、体を重ねる事でも愛してるを表現する事ができる喜び。
ここにきてようやく2人は、究極の愛情表現を知る事ができたのだ。
しかし、彼らに待ち受ける試練はここからであった。
2人の間での秘密の夜が増えていく毎に。
ふとしたタイミングに、その時の情景を思い出してしまうようになったのだ。
だから村を一緒に歩く時は相変わらず手を繋いでいるし、距離感がかなりバグっている時もあったりするリンクとゼルダだが。
ひょんな事でバチッと目が合ってしまったりすると、途端に顔を真っ赤にしてお互い俯いたり、目を反らしてしまうような事が多々あり。村の人達の間では相変わらず、「友達以上恋人未満の同居人」であると認識されていた。
だから今日も、畑仕事の手伝いに出たっきりなかなか帰ってこないリンクを心配して迎えに出たゼルダが。
リンクが村の若い女の人に言い寄られているその現場を、目撃する羽目になったのだ。
遠目にリンクと女の人の姿とを確認したゼルダは、すぐに近くにあった木の陰に隠れた。
そしてまたそっと少しだけ木の幹から顔を出し、リンク達の様子を伺う。
女の人は大胆にもリンクの片腕に自らの腕を絡ませ、しきりにリンクに話しかけ、どこかへ引っ張っていこうとしている。
デートか何かに、誘っているのだろうか。
リンクもかなり困った顔をしているが、強く言って断る事もできず、どうしたものかと途方に暮れているようだ。
自分以外の女の人がリンクにベタベタと触っているのにゼルダは何だかモヤモヤとした気持ちになったが、しかしながら自分達は2人との間柄を公に告げ知らせた仲ではない。
お互いの間で心も体も繋がっていると思っているだけで、夫婦でもなければ、婚約もしていない。
ゼルダはリンクを独占できるという正当な権利を、何も持ってはいない。
つまりは、リンクに言い寄る女性からリンクを奪い返せる理由が、ない。
そんな事を考えていたら、リンクと女の人とのやり取りをこれ以上見ている事ができなくなってしまって。ゼルダは隠れていた木から飛び出し、その場から走り去った。
ただこんな風にこそこそと隠れているるだけで、何もできない自分自身が…虚しい。
走って、走って、息が切れるまで走って。
ゼルダはようやく足を止めた。
何が、ダメなのだろう。
リンクは私を好きだと言ってくれて、体の隅々まで愛してくれた。
最初はリンクが自分と同じ思いであった事を知れて、ただそれだけで嬉しくて。幸せだった。
そして心がリンクでいっぱいに満たされたら、もっともっと彼に近付きたいと思ってしまって。
そして今は誰にも、たった一時でさえ、リンクを渡したくないとさえ、思っている。
どこまで、私は欲張りになれるのだろう。
求めれば求めるだけ、もっともっと欲しくなっていってしまって。
胸が、苦しくて。
目から涙が1つ、ポロリとこぼれ落ちた。
「おや…どうしました?」
不意に掛けられた声に、はっと顔を上げる。
誰かがいるなんて、全然気付かなくて。こんな姿を他の人に見せてしまうのが恥ずかしくて、慌てて目を擦る。
そこには、ここ最近にハテノ村に越してきたばかりの男性が1人立っていた。
「泣いていらっしゃるのですか?何か悩み事がおありでしたら、僕が聞きしましょうか?」
そう、彼は。引っ越してきてからまだ日が浅くて、村の人達全てとはまだ馴染めていないけれど。
なぜだかゼルダにだけはこうやって、しょっちゅう声をかけてくる人なのだ。
「いいえ、大丈夫です。今から、家に帰るところですから」
いつものようにやんわりと断ろうとするが、あちらもいつものように、そこで簡単には引き下がってくれなかった。
「そうですか。しかし心配です、僕が家まで送りましょう」
「いえ…あの、本当に、大丈夫ですから…」
困った顔をしながらも、しかし強く言い返す事はできず、しどろもどろになりながら答えていると。
その人は、まぁまぁ遠慮なさらなくていいですから、と言ってゼルダの腕を掴み、家の方向へ引っ張って行こうとした。
「あの、ちょっと…ッ」
困ります…!と言おうとしたところで。ゼルダの腕を拐って行こうとする手を、さらにゼルダの後ろからガシリと掴む手が現れた。
「結構です。俺が、家まで一緒に行きますから」
聞き慣れた声に、驚いて後ろを振り返る。
そこには、リンクがいた。
木の向こう側で、女性に言い寄られていたはずの、リンクが。
「なので、その手を離していただけますか?」
言葉遣いはとても丁寧だったが、目がそれに伴っていなかった。
リンクは眼光鋭く目の前の男を睨めつけ。何なら掴み上げたその人の手を、そのまま握り潰してしまいそうな勢いだった。
リンクの握力が強すぎたのか、男の人は即座にゼルダの腕から手を離したので、リンクも彼から手を離す。
しかしリンクの態度にはだいぶ腹が立ったらしく、離されたばかりの手を痛そうに振りながら、噛みつくような勢いで抗議してきた。
「なんなんだ君は…!君はこの人の何だって言うんで、こんな失礼な事をしてくるんだ!?」
君は、この人の何なのか。
男の言葉に、チクリとゼルダの心に小さな針が刺さる。
私は、リンクの何なのだろう。
恋人?同居人??それとも……
「将来を共にと、誓い合った人です」
え……
リンクの顔を、見る。
な…ッ、と男の方も思わず息を飲むが、真っ直ぐで真摯な眼差しを向けられて、二の句が継げないようだった。
将来を、共に…
本当にリンクとそうなる事ができたらいいと、ずっと思っている。けれどリンクの口から、確かな言葉を聞けるなんて思ってもみなかった。
しばらく、それぞれを見つめ合ったまま誰も言葉を発する事なく、数秒の沈黙が続く。
しかしやがてその静寂を破る声がまた背後から聞こえたのだ。
「ちょっとリンクさん、お話の途中で突然どこかへ行くなんて、ヒドイわ」
振り向けば、先ほどリンクに言い寄っていた女性がそこに立っていた。
どうやらリンクは、彼女との会話を途中で切り上げて、こちらにやって来たらしい。
目の前には、リンクとゼルダが怒らせてしまった男の人と。後ろにも、リンクに怒っているようである女の人。
怒っている人と怒っている人に挟まれて、ゼルダはどうしたらいいのか分からなくなってしまい。リンクと、男性と、女性を交互に見比べる事しかできなかった。
なのにリンクはそんな2人の事など全く気にもかけないで、ゼルダの腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。
「行きましょう」
「えっ!リ、リンク!?」
どちらの話も終わってはいないのに、リンクはゼルダを連れてその場を立ち去った。
後ろで彼らが何かを喚いているのが聞こえるのに、全くの無視だ。
(リンク…怒ってる、の?)
そんなにも、女の人がしつこかったのだろうか?
例えどんなに邪険な扱いを受けたとしても、これほどまでに人に対して冷たい態度を取ったりはしない人なのに。
しかし、振り返る事なくズンズンと先へと進んで行くリンクにゼルダは何も言えずただ黙ってついていくしかなかった。
お互い何も喋らないまま、家にたどり着く。
リンクが玄関の扉を開けて先に中に入ったから、ゼルダもその後に続いた。
家の中に入って、玄関の扉を閉めて。リンクはそのまま家の奥の方へと向かうのかと思ったのだが。
しかしリンクは玄関口に立ち尽くしたまま、動こうとはしなかった。
どうしたのだろう…?と思い、声を掛けようかどうか迷っていたところで。リンクがクルリとこちら側を振り返った。
「リン……」
名前の最後の方は、耳のすぐ側で聞こえた、トン…ッという音と重なってかき消えた。
横を向くと、リンクの腕がすぐそこにある。
音は、リンクが扉に両手をついたものだったのだと理解すると同時に、扉を背に、リンクの両腕の間に閉じ込められてしまったのだと知った。
「リンク…?一体、どうしたのですか……?」
先ほどからなんだか、不可解な行動が多い。
ゼルダは色々と心配になってしまって、リンクの顔を見た。
見て、ゼルダは固まってしまう。
リンクの顔が、ぶつかってしまうほどすぐそこにあったからだ。
「リ、リンク!?」
近すぎる距離にゼルダは焦るが、リンクは全く動じた様子は見せない。むしろ、さらに距離を詰めてこようとしている風にも見える。
なぜ、なぜリンクがこんな行動に出るのか、ゼルダには理由は分からない。だが、今リンクはゼルダにキスをしようとしているのだという事は、何となくだが理解できた。
だからまた、思いっきり顔を横に背けて。ゼルダは力一杯リンクの体を押して抵抗した。
「ダ、ダメですリンク!!」
だって、さっきの2人が、話はまだ終わっていないと家のすぐそこまで追いかけて来ているかもしれないのだ。
だから、こんな…こんな所でキスなんて、したら。
「そ、外に聞こえてしまうかもしれません…!///」
そんなのは恥ずかしすぎるからと、必死になって訴えたのに。
手の平で押し返したリンクの唇からは、信じられない言葉がこぼれ落ちた。
「いいのではないでしょうか…聞こえてしまっても」
「え……っ!?」
リンクらしからぬ返答に、ゼルダは我が耳を疑った。
しかし見上げた先のリンクの燃える青の瞳は、まるで捨てられた仔犬のようで。
苦しそうに。絞り出すように。
こんな思いをするくらいなら……、聞かせてしまえばいい、と。
呟いたリンクの顔は、ゼルダと重なっていって。
ゼルダには、見る事ができなかった。