青空を抱く「誕生日?」
聞き間違いかと思って口にして、あまりに懐かしい響きに眉をひそめた。
仙人は不老不死だ。もういつ生まれたのか覚えているような者の方がめずらしい。そのため誕生日などという概念もいつの間にか消え失せていて、誰に言われたわけでもなくそういうものだと理解していた。
「そうだよ~。普賢の誕生日会をやるんだよ。十二仙主催でね」
「暇人か……?」
同期が選出された時点で身近になりすぎた集団ではあるが、それでも地位としてはトップクラスであることは間違いない。間違いないはず、なのだが、ここまで脳天気な会合を企画されてはその考えも疑わざるをえない。
「集団がまとまるには親睦も大切だからね~」
「親睦……」
そもそも、これだけ個性的なメンツで協調性など取れるものなのか?
そんな自分の思考を読み取ったのか、太乙はかわいた笑いをうかべて肩をたたいてきた。
「酒を飲み交わせば親睦は深まるものだよ太公望」
「飲みの場が欲しいだけではないか」
「そうとも言うね」
「否定せんのかい」
ろくでもない仙人たちだった。
「まあまあ。でも僕らが君たちと仲良くなりたいのは本当だからさ。あまり気負わずに来てよ」
「いや、わしは……」
「誕生日プレゼントは必須だからね。わかってると思うけど~」
じゃーねー、と去る時は早い。あっという間に見えなくなった。
「なんなんだ……」
……まあ。普賢とは、あやつが十二仙に選ばれてからゆっくり会えてないし。まあ、まあ……良いか。
「プレゼント……か」
普賢は何が欲しいだろうか。
元々欲がないやつだ。いや、欲がないというか……欲がわかりにくいやつだ、普賢は。
いつも笑っているようなやつだし、怒ったこと……は……まあ、あるが。それでも自分のために怒るというよりは全て人のためだった気がする。食事睡眠を忘れて書物に没頭している時に頭から水をぶっかけられるとか。あったような。加減を知らんのか? 真夏だったから良かったものの。真冬だったらどうしていたんだろう。それ以降は(普賢の前では)気をつけることにしたから、知らない。
そう、その癖書物の知識を自分より得ていたことがあった。一体いつ読んでいるんだと問い詰めたら「望ちゃんが原始天尊様に怒られてる時間かな」とか、ぬかしおったな、あやつ。
(……だんだん腹たってきたな)
結局、考えても普賢に贈りたいものなど浮かばなかった。浮かばなければ仕方ないと思う。仕方なく適当に用意したものなど、なくてもいい。いっそ自分も行かなくて良いのでは、と思ったのだが、
「はーい、迎えに来たよ」
「暇人め……」
太乙は抜け目なかった。
「原始天尊様にも見つかったことない穴場なのに、って思ってるだろ」
「わしの行き先を追っておったのか?」
「まっさか~そんなめんどくさいことしないよ。さっき探知機付けといただけ」
「技術を無駄遣いするでないわ!」
大声で突っ込んだりしている内に宴会会場には着いてしまった。十二仙主催、というだけあってなのかなんだか知らないが、参加者は多い。多い、どころか……。
「わしの知る限りの崑崙山に在籍している仙道がおる気がするのだが、気のせいか?」
「いるんじゃない? そりゃ。普賢のお祝いだからね」
「どういう意味だ?」
太乙が「知らないの?」という驚きを含んだ瞬きをする。
「普賢って人気者だよ。ここじゃ。誰にでも分け隔てなく優しいし、面倒みもいいからね。そもそも君の同期の中できみの近くにいたのだって、きみのことを気にしてだろう」
「気にされるようなことをした覚えはないが」
「ふーん、自分のことは自分じゃわかんないもんだよね~」
「いっちいち癪に障るのう」
「じゃ」
もう少し文句をぶつけてやろうという矢先、太乙が右手を上げて去ろうとした。見ると向こうで道徳らが手招いている。あそこに混ざるつもりらしい。
「おい待て。なぜわしを置いていこうとする!?」
「頼まれたのはここまでだもの。あとはちゃーんと誕生日祝いをしてあげること」
今度こそじゃあね、とスキップスキップみたいな本当に苛立つ背中を見せる、この男。転んで頭打たないか、などと適当な呪詛を舌の上で転がしていると、
「望ちゃん、来てくれたんだ」
うわ、と思った。呪詛を吐いていたので声にはならなかったが。
振り返って顔を見て「思ったより久しぶりにこの顔を見た」と思った。声もだが。会わない間はなんとも思わなかったのに、こうして向き合うとよくこれだけ長い間。前は寝ても覚めても隣にいたような気がするのに。とまで考えて、
(いやいやいや……そこまで近くにはおらんかった、はずだ)
「ねぇ。向こうの方行かない? 静かなとこ」
「おぬし、一応今回の主役なのでは?」
他人事ながらあきれる。が、普賢の態度は変わらずあっけらかんとしたものだった。
「そんなのみんなお酒を飲む口実に決まってるでしょ」
おぬしが言うんかい。とつっこむ隙を逃した。普賢が自分の手を取って歩き始めたから。
そういえば初めて会った時もこうやって手を繋いだ気がする。「ここから逃げちゃおうか」などと囁いて、あの笑顔で、なんてことなく堂々と歩き出したのだ、こやつは。
そう、太乙の言っていたことの違和感はこれだ。普賢はけして良い子ではない。
(良い子がこんな人気もなく昼寝に適した隠れ家みたいな場所、誰にも知られず把握していられるものか)
芝生の上にごろりと転がる姿は、自分の知ってる普賢真人そのものだった。
「望ちゃん、思い出し笑いは助平のすることだよ」
「うるさい」
自分の声を、久しぶりに聞いた。
こんな何も考えてない声を。
「望ちゃん」
普賢が両手を広げてみせた。空を抱きしめるポーズ。
「あれ。まだ?」
「まだ、とは」
「誕生日プレゼントだよ」
欲がないと思っていたのは間違いだったらしい。まさかここまで来てねだられるとは。
「わしが会いに来ただけで十分では?」
「それは太乙に頼んだプレゼントだよ」
なんつーこと頼んでおるのだ。しかし納得もした。そうでなければ太乙が自分のところにわざわざ来るわけが無い。
「望ちゃんからのプレゼント、楽しみにしてたのになぁ」
「……今からでもできることがあれば、聞いてやらんこともない」
そんなものがあるとも思えなかったが。何か欲しいものがあるならば、やりたい。という気持ちも本当だった。
「じゃあ、言ってみてもいいかな」
「わしにできること、だぞ」
「うん。キスして」
さぁっと風が通り抜けていった。青い色の風が。涼やかで、鋭く、光る。
そんなキスをした。
「……」
「何か言わんかい」
「うん。そうだね。ごめん……」
空を抱きしめていた手が、今は自身の顔を覆っている。その隙間から、美味しそうな赤色が見えた。
「照れるんかい。自分で言うたのだぞ」
「うーん、まさかしてくれると思ってなかったからさぁ」
手を外して、あはは、と笑ったその笑顔は自分しか知らない種類のそれだった。
手放さないと決めた。その時。
(おしまい)