寒いから抱きしめてほしい。そう言われたから俺は彼女を抱きしめただけ。誰に言い訳するのやら、そんな言葉を今まで何回思い浮かべて来ただろう。
だけどその日は違っていた。彼女は泣きながら、俺に身を寄せ囁いた。抱いてほしい、と。愛している、と。
俺は、俺の口からは、何も言えなかった。言ったら最後、認めてしまうことになる。言い訳が効かなくなる。だから俺は何も返さぬまま彼女と、レナと体を重ねた。
それが、彼女との最後の記憶。俺の最期の思い出。
崖の下は波が強く打ち付けている。ここから落ちて、尖った岩肌にぶつかって当たりどころが悪ければ即死、そうでなくとも溺死は免れないだろう。
「ごめん」
口にした謝罪はレナにもパウロにも向けていない、世界への謝罪。俺が生まれてしまったことへの後悔。
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