新刊進捗 コーヒーの染みがしっかりと付いたシャツを脱ぎ捨てると、夏油は不貞腐れつつものこのこ付いてきたバカな親友の姿を振り返る。
「ほら、そんなところに立ってないで入っておいでよ」
いつも入り浸っている部屋と何ら変わらないと言うのに、落ち着かない様子で視線を右往左往させるその様子は明らかにこれからされることを意識しているのだろう。お邪魔しまーすなんて、普段なら絶対言わないことを口にしながら後ろ手にドアを締めるその姿にまた笑ってしまう。
緊張と期待を混ぜた青い瞳が窓から差し込む光を反射して輝く。それは以前テレビで見た沖縄のエメラルドグリーンを彷彿とさせる海の色を思わせて、純粋に綺麗だと感じた。
お互い朝食を食べたばかりで、昼から任務も入っている。昨日とは異なり、レースカーテン越しに部屋の中には朝日が満ちている。
「……悟」
名前を紡げば、ぴくりと肩を跳ねさせた五条が視線を下げたままこちらに歩いてくる。先程自分を揶揄っていた時の表情と全く異なる緊張した面持ちはやはり可愛らしくて、このまま眺めていたくなる。
「すぐ、」
おずおずと口を開いた五条の腰に手を回しながらゆっくりと体重をかけ、夏油は彼の体を自分のベッドに押し倒した。目を白黒させて自分を見上げる青い目を見つめながら、驚きすぎて声も出ないらしいその唇を貪る。
「はっ、ん……!?」
噛まないでくれよと視線で訴えつつ、逃げないように後頭部に手を回し、固定する。そして遠慮なく彼の口内へと侵入すると、奥の方で縮こまっている舌を絡め取った。ンンッ! と重なった唇の隙間からくぐもった声が漏れるが夏油はお構いなしに唾液を流し込み、尖らせた舌先で歯列をなぞる。
荒い息を零し、眉根を寄せる五条はしかし、抵抗らしい抵抗はせず必死に夏油を受け入れようとする。呼吸の仕方が分からないのか、苦しそうに胸を叩かれたので一度唇を離してやる。ゲホゲホッと大袈裟なくらい咳き込むその頬は熱を持ち、瞳には生理的な涙が浮かんでいる。それが零れ落ちるよりも前に再び夏油は唇を奪った。
シーツを握る手を優しく引き剥がし、代わりに自分の手を握らせる。きつく閉じた瞼も、そこから伝う雫も、額に浮かぶ汗も、赤らんだ頬も、何もかもが可愛らしい。
「ん、ッ!」
されるがままは癪に触ったのか、夏油の動きに合わせて辿々しく舌を絡めてくる。くちゅ、ちゅっ、と響く水音が増し、唇を重ね合わせたまま小さく微笑む。
慣れない行為をいきなりされても受け入れてくれる親友の姿に胸の奥が熱くなる。擽ったいその温もりに夏油は目を細めつつ、繋いだ手に少しばかり力を込めた。五条がキス中の呼吸方法をようやく理解してきた頃、夏油はそっと唇を離した。舌と舌とを繋ぐ銀糸。口の中に感じる唾液を自分のものと変わらないはずなのに、どこか甘く感じる。
口端の唾液を舌先でぺろりと舐め取りつつ、ベッドの上でぐったりとしている五条を見下ろす。
「初めてのディープキスの感想は?」
「オマエ、がっつきすぎ……。ケダモノじゃん……」
「それはつまり上手だったって意味で捉えていい感じ?」
朝の仕返しだとばかりに五条を揶揄えば、彼は長い溜息を吐き出して赤くなった顔を両手で覆う。羞恥心など持ち合わせていないのかと思っていたけれど、彼も照れる時はちゃんと照れるらしい。普段あまり見せてくれないその表情をもっと見たくて、絶対怒ると理解しながら両手首をそっと掴み引き剥がす。
「……最悪」
息を切らしながらどこか諦めたように体から力を抜く五条の姿に、ずくりと下半身が重くなるのが分かった。
冗談だろ、私。
午後から任務だって言ってるじゃないか。
そう思ったところでこの熱が収まってくれるわけでもない。
「すぐ、っ……」
緩く勃ち上がった熱の存在に気付いたらしい五条が目を丸くする。軽く腰を退く彼に逃げないでと訴えるように握った手に力を込め、どちらのものともつかない唾液で濡れた唇に噛み付く。反対の手で腰を抱き寄せればびくんッ! と五条の体が大きく跳ねた。
「あれ、悟もしかして……」
「うっさいバカ! 言うな!」
自分と同じようにズボンの布地を押し上げている熱の存在に気付いた夏油に対し、五条は抵抗するように足をばたつかせる。
「ちょっ、悟暴れないで。痛い痛い」
人の部屋にノックもせず我が物顔で入り込んできてはAV見ようぜ! なんて言ってくる男は、いざ自分がえっちなことをする立場になるといまいち耐性がないのか恥ずかしそうに顔を赤らめ眉根を寄せている。
本気で嫌がっているわけではない。
多分、これはただの照れ隠しと、どうすればいいのか分からず羞恥で暴れているだけだろう。
夏油は頭の片隅でそう冷静に思考しつつ、その一方でそんな珍しい表情を作る五条をその目に焼き付けるように見つめる。
もっと、もっと色んな表情を見せてほしい。
「悟」
「な、なに」
名前を呼んだだけでぴくりと肩を跳ねさせる。どれだけ警戒されてるんだという気持ちと、いくら悟でもいきなり親友からこんなことされたらそりゃ驚くかという気持ちが胸の奥で綯い交ぜになる。それでも、案外初な反応を示されて素直に喜ぶ自分がいた。
夏油は五条の手首を掴むと、そのまま自分の熱の形を確かめさせるように自らの股座を触れさせる。
「ぁ、」
小さな声が唇の隙間から零れ落ちていく。
「悟がえっちだから私も勃っちゃった」
「はっ、ぁ、えっ」
ぶわっ、と。面白いくらい真っ赤に彩られた頬はまるで林檎のようで思わず齧り付きたくなってしまう。ただでさえ陶器のように白い肌が自分の行動によって色を変えるその様に、夏油は楽しげに目を細める。
「……傑」
「うん?」
「傑は、俺のこと好き……、なんだよな」
「うん」
あの夏の日、田舎の風景を背に聞いた言葉をもう一度確かめるように五条は夏油を見つめる。それを悟ったのか、夏油も誤魔化すことなく穏やかな笑みを浮かべたままはっきりと自身の気持ちを口にした。
五条の薄い唇が何度か閉じたり開いたりを繰り返す。そして、右往左往していた青い瞳に少しばかりの不安と僅かな期待の色を滲ませて見上げてくる。
「傑はさ、俺とセックスしたいって思うの?」
白いシーツが敷かれた自分のベッドの上で、自分に押し倒されたままの状態でそう問うてくる五条に夏油は虚をつかれたように目を丸くした。思わず黙ってしまったからか、少しばかり居心地が悪そうに口をモゴモゴと動かし、視線を逸らすその姿はどこか小動物のように映って、自分よりも背の高い相手に思うことじゃないだろうと小さく笑ってしまう。
「私がしたいって言ったら、悟はさせてくれるの?」
熟れた林檎のような頬はどのくらいの熱を帯びているのだろうか。そっと五条の頬に触れれば、瞼を閉じた彼がまるで猫のように手のひらに擦り寄ってくる。その可愛らしい仕草に不覚にもどきりと心臓は音を立てる。
「私、悟の初めて、もっと欲しい」
「……いいよ」
「へ?」
「いいよ、あげる。傑が相手ならむしろ嬉しい」
へにゃっ、と小さな子供のようなあどけない笑顔を浮かべる五条の頬に手のひらを添えたまま、夏油は自らの唇を彼の口に押し当てた。もう片方の手は指を絡め、恋人つなぎをしたままベッドに縫い付けるように固定する。
触れるだけだなんて我慢できない。そう主張するように舌先でツンツンと唇を開けばゆっくりとそこが開かれていく。今まで何人かの女性とこうしてキスをしてきたけれど、親友とのキスが一番温かくて甘かった。
口内をゆっくり味わうように舌を動かせば、擽ったかったのか五条が唇を重ね合わせたまま口角を上げたのが分かった。離れる寸前にちゅうっと名残惜しげに唇を啄めば、また彼が小さく笑った。
「俺ら、両想いってことでいいんだよな?」
「……うん」
キスだけでは足りなくて、夏油は自分を見上げる五条の体をぎゅうっと抱き締めた。シャツ越しに感じる彼の体温が心地良くて自然と頬が緩んでしまう。恐る恐るといった様子で背中に回される五条の腕にふふっと小さく笑いながら、夏油はそっと彼の薄い瞼にひとつキスを落とした。
「悟とセックスしたいけど、今日はダメ」
「はっ!?」
本当に驚いたのか目をまん丸にする親友の姿に夏油もつられて目を見開きつつ、ごめんと眉尻を下げる。
「私たち昼から任務だろ? 初めては大事にしたいし、君に無理もさせたくない。大事にしたいんだ」
「へぇ、ふーん」
返事こそ素っ気なかったが、五条の頬はほんのり紅潮している。視線が合わないのも照れてしまった彼がわざと逃げるように顔を背けたからだ。
「……俺、傑に抱かれる側?」
「ダメ?」
「んー、まあいいや」
だって傑だし? とじゃれるように頬にキスをしてくる五条の顔にはどこか悪戯っ子のような笑みが浮かんでいた。男同士のセックスのやり方ちゃんと知ってるのかなぁ、と思いつつ、夏油はその言葉を言質にすべく敢えて自分から教えることはしない。
我ながら意地悪だとも思うけれど、五条を抱きたい気持ちは本心だ。
それに、抱かれる気など毛頭ない。
「すーぐる」
「ん、なに?」
「ちゅーして」
そう言って瞼を閉じ、唇を差し出してくる姿にとくんと心臓が大きな音を響かせる。夏油は胸の内に秘めていた想いが溢れ、自らの頬を彩っていくのに気付きつつ、そっと唇を重ね合わせた。時々鼻先も触れ合わせながら、何度も口角を変えて互いの唇を奪い合う。ほんの少し意地悪く、舌全体で口の中の粘膜をぐるりと舐めるように刺激してやれば瞼を閉じたまま面白いくらい肩を跳ねさせた。
ゆっくり解放してやれば、ほんの少し息を荒げた五条がとろんとした瞳でこちらを見上げてくる。本人にそのつもりは全くないのだろうが、正直そんじょそこらの女よりも男を煽る才能があるのではないかと思ってしまう。
「なあ、好きって言って」
首に回された腕に頭を引き寄せられたかと思えば、いつも浮かべる余裕そうな笑みを消した表情で乞うてくる。夏の空のように澄んだ青い瞳に吸い寄せられるように、夏油はちゅっと触れるだけのキスを落とす。てっきり唇にされると思っていたのだろうか、額に触れた唇の感触にほんの少し頬を膨らませる姿は可愛らしくてたまらず笑みが溢れてしまう。
「好きだよ」