Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    kawane_y

    @kawane_y

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    kawane_y

    ☆quiet follow

    ゆたまき。すけべではないけどずっとべろちゅしているので一応格納しました。

    #ゆたまき
    teakettle

    キスの不文律 テンプルに添えられた指が、透明なプラスチック越しの視界をクリアに変えていく。
     自分以外の他者にそれを委ねる心許なさは、二度目で消えた。代わりに芽生えた逃げ出したくなるほどの羞恥心も、もう両の手では数えきれない数を重ねた今はない。
     けれどテンプルをそっと持ち上げられて耳と鼻からわずかな重みが消えるそのとき、どうしても「今からすること」を強く意識してしまう。次に何が起こるのかを覚えてしまった真希の身体は、期待するように胸を高鳴らせてしまうのだ。
    「──っ」
     抜き去られたテンプルの代わりに耳の後ろを撫でる指と、遠ざかったレンズの代わりに近づいてくる瞳。青みがかったその色に反して、真希を真っ直ぐに捕らえた憂太の瞳はひどく熱い。けれど受け止める真希の瞳もまた、きっと彼と同じ熱に浮かされているのだろう。
     この行動の先に必ず訪れるものを知りながら、瞼を伏せて従順に顎を上向かせてしまうのも、薄くひらいた唇も。憂太と同じものを欲しているからに他ならないのだから。
     必然、差し出した唇の隙間を熱い舌先がすり抜けてくる。それを待っていた、と言わんばかりに真希はきゅっと唇を結んで憂太の舌に小さく吸い付いた。
     ──憂太が真希の眼鏡を外すのは、深い口づけの前触れ。
     触れるだけのキスで満足できていた頃はお互い、眼鏡を外すという発想がなかった。けれど互いの境界が溶け合うような口づけを欲したとき、もっと、もっとと求め合う心に歯止めをかけようとするかのように、真希の眼鏡がカチャ、と憂太の鼻先で音を立てたのだ。その瞬間、ハッと現実に引き戻されたふたりの間にはどうにも気恥ずかしい空気が流れ、「……仕切り直そっか」と言って憂太が真希の眼鏡を外したのが始まりだった。
     それ以降、憂太が真希の眼鏡を外すのは深いキスがしたいという意思表示に、真希がそれを許して目を閉じれば諾の返答という不文律が生まれた。いつからか憂太の指が眼鏡を外す際、すり、と耳の後ろを撫でていくようになったことも含めて、それはふたりの間で無言のうちに成立するやりとりとなっていた。
     
     ――そう思っていた。
     だから真希は今、憂太の熱っぽい瞳に見つめられても、その顔が近づいてくることに気づいても。これから降ってくるキスは触れるだけのものだと知っていたからこそ、唇に笑みすら刻んで瞳を閉じたのに。
    「……んぅ!?」
     油断しきっていた唇を割って押し入ってきた熱に、真希はびくりと肩を震わせた。閉じた瞼と憂太の腕を掴んだ手に、反射的にギュッと力が籠る。
     なんの心構えもないままに与えられた深い口づけへの焦りは、真希の身体からすぐに余裕を奪ってしまった。絡みついてくる憂太の舌先に舌裏を撫で上げられたかと思えばチュッとやわく唇で吸いつかれ、それだけで舌先から脳へ胸へ、甘い痺れが伝播して熱を帯びてしまう。
     気がつけば真希の全身はすっかり憂太から与えられるキスの熱さに酔っていた。自らその熱を欲して憂太の舌を追いかけてしまうほどに。知らず憂太の頭を両腕で抱き寄せてしまうほどに。
     そうして長い長いキスがほどけると、は、と乱れた吐息が銀糸の上で溶け合った。熱い吐息を交わらせながら見つめ合えば、再びふたつの唇はごく自然に距離を縮めていく。
     チュッ、とちいさく音を立てて戯れるように触れ合う。どちらともなくそんなキスを繰り返しているうちに、真希は再び油断してしまっていたのかもしれない。
     だからだろう。前触れなく真希の唇を舐め、あわいを突く憂太の舌の感触に肩を跳ね上げてしまったのは。
    「ッ、憂太」
    「……なぁに?真希さん」
     胸板を押して無理矢理に距離を取ったのに、憂太は気分を害するどころか上機嫌そうに真希の名を呼ぶのだから悔しくもなる。だからだ、真希の顔がこんなに熱いのは。言い聞かせながら唇をへの字に曲げて、真希はキッと憂太を睨みつけた。
    「そういうのは事前に言え」
    「そういうのって……えっ?でも今までだって、事前に言ってないよね?」
    「は?じゃあオマエ、あれは」
    「あれって?」
    「っ」
     首を傾げる憂太は、真希の言わんとするところが本気でわからないようだ。そこでやっと、真希も気づいた。今までふたりの間の不文律だと思っていたものは、真希が一方的に意識していただけだったのだと。
     つまり、自分ばかりが憂太の仕草ひとつひとつに身構えて、彼の無意識に意味を見出してはソワソワとしていたのだ。今から憂太と深いキスを交わすのだと勝手に期待に胸を高鳴らせ、その瞬間を待ちわびるかのように自ら薄く開いた唇を差し出す真希の姿はもしや、憂太には真希から深いキスをねだっているように見えていたのではなかろうか。突き付けられたその事実に、耐え難い羞恥が頭のてっぺんまで突き抜けた。わなわなと唇を震わせるも、真希は憂太の問いに答えることはおろか、ごまかしの言葉さえ紡げなかった。
    「~っ、とにかく!事前に言え!」
     熱い頬を隠すこともできないままに、真希はなんとかそれだけ絞り出した。しかし真希に睨まれた憂太はといえば、今しがた恋人からキスを拒まれた男には到底見えないほどに目尻も眉尻もふにゃふにゃに垂れ下がった笑みで、元気よく手を挙げてみせるのだ。
    「はい!真希さんともっと深いキスがしたいです」
    「なっ……!!」
     なに言ってんだ、と言ったはずの唇はもつれて空回り、ろくに音を発せなかった。そればかりか顔はどんどん熱くなるばかりで、真希はついに憂太から顔ごと目を逸らした。
     くやしい。不意を突かれても正面から許可を求められても、どうしたって鼓動を跳ね上げてしまうこの心臓が恨めしい。ましてや初めてのキスでも何でもなく、それどころかこの身体はキス以上のことだってとっくに知っている。なのに、まるで付き合いたての頃のように初心な反応をしてしまったことが更に真希の羞恥心を煽った。
    「やっぱ言うな!」
     顔を背けたままに言い放つと、憂太がうーん、と唸る声が耳に届く。
    「じゃあどうやってお伺いを立てたらいい?」
     いつも通りにしろ、と答えようとしてから、真希は苦虫を噛み潰したように顔を歪めて唇を引き結んだ。そもそも憂太の認識での「いつも通り」は、真希にとっての先の不意打ちなのだ。その上、裸眼で呪霊を捉えられるようになった今の真希は眼鏡をかけていない。どちらにとってももはや「いつも通り」は通用しない。
     ならば新たな共通認識が必要だろう。そう考えた矢先、真希の頬でチュッと小さなリップ音が弾けた。
    「……深いキスは断られちゃったから」
     えへへ、と照れ笑いをのせた頬を人差し指で掻く憂太を視界に捉えた、その瞬間。真希は今しがたまでの羞恥も思考もすべてを忘れて彼の襟首へと手を伸ばしていた。
    「するぞ」
    「え?」
     湧き上がった衝動のままに引っ掴んだ襟首を引き寄せて、真希は問いの声を発した形に開いたままの憂太の唇に己のそれを押し付けた。そのまま舌先で口内へと押し入れば、それまで驚くばかりだった憂太は一転、真希の舌を絡め取り、角度を変えながら食むように唇を押し付けてくる。
     真希の衝動のキスに火を点された憂太の衝動が、唇から脳へ胸へ、熱く伝播しては真希の情炎を呼び覚ましていく。束の間離れては捕われ、離れては追いかけて。呼吸さえも奪い合うように、ふたりは夢中で唇を交わらせた。
     そんなめくるめくキスの最中、不意に真希の頬から耳へと輪郭を辿るように撫で上げていく憂太の指を肌で感じた。ん、と吐息を鼻に逃がした声が小さく漏れると、絡み合っていた舌と唇はゆっくりとほどかれて離れてしまう。
     ふたつの唇の間に落ちる弾んだ吐息は、こんなにも熱く湿っているというのに。離れた憂太の顔を不服げに睨み上げた真希はしかし、次の瞬間ぴくりと身を揺らした。
     憂太の指が、真希の耳の後ろをすり、と撫でたのだ。もう外す眼鏡もないのに、まるで今まで眼鏡を外してきたときそのものの手つきで。
     ――そして、唐突に気づく。
    (そういや、いつもこうやって触ってくるときはキスだけで終わらなかったな)
     深いキスの伺いを立てる仕草の一環だと思っていたそれは、正しくはそのキスの先までもをねだる仕草だったのだ。その意図を察して、真希はふっと笑みに唇をゆるめた。そうして再び瞼を伏せながら顔を上向かせてやれば、求めた熱はやや性急に真希の唇へと降ってくる。
     
     ――それは今度こそ、無言のうちに成立するふたりの不文律だった。



    (夜の不文律)
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💘☺👏👏👏❤💞💴💘💴☺☺💘❤💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works