悪夢の終わり胸糞悪い夢を見る。
背中にはじっとりと汗をかいている。
額に汗で貼り付いた髪の毛を気怠げに掻き上げながらベッドから抜け出すとヒンヤリとした空気が肌に心地良い。
悪い夢を忘れようとタバコに火を付け煙をふーっと吐き出す。
──いつからだろうか、気づくと連続で同じ悪夢を見るようになった。
大切な奴らが死んでゆくのだ。自分だけを残して。
1日や2日ならば気にも止めぬようなくだらない夢。
はっきりと意識し始めてから数えてみると2週間はすでに同じような夢を見続けているのだ。
流石になにかがおかしいと気づいてはいるが原因に心当たりが全くと言っていい程ないのである。
日に日に眠るのが憂鬱になるくらいには嫌な夢だ。
人の死に立ち会うことは一般人よりは多いが流石に親しい奴らの顔が目の前で死んでゆくのを何度も見るのは良い気はしねえ。
舌打ちが静かな部屋に響き渡る。
よく眠れないものだからいつもよりも顔が怖いと舎弟もビビってるくらいだ。恐らく目の下の隈もすごいのだろう。
見るに見兼ねた銃兎が理鶯にチクりやがったせいでわけのわからねぇモンが混ぜられた茶を飲まされた。が、それでも悪夢を見ることには変わりなかった。
体調は最悪だというのに今日はあの一郎のいるイケブクロへ行かなければならない用事があるのだ。
こんな情けねぇ顔見せるわけに行かねえからさっさと片付けて帰らねえと。
短くなったタバコを灰皿へ押し付けていつものアロハへ腕を通し行きたくもねぇが家を出た。
「テメェら俺様から逃げられるとでも思ったかよ。残念だったなァ?ケジメはつけて貰わねえとならねンだわ。」
「あっ、碧棺左馬刻!?なんでここに…イケブクロなら来られねぇって…」
「ンだそりゃ。何処からそんな情報仕入れやがるんだか…。」
確かに、少し前だったならば可能な限りイケブクロには近寄らないようにしていた。が、あれだけ険悪になってしまっていた一郎とは形はどうあれ和解したのだ。ならばこの地を避けるなんて事、する意味なんてねえ。寝不足でさえなければアイツの顔見に行きてえくらいだっつーのに。
「俺様ァ眠てぇからよ。さっさと沈めや。」
眠ぃからってラップの腕前が鈍る訳じゃねえ。さっさとブチのめしてやった。が…
「あ?…っぅ………ヤベ…ぇ…」
視界がグラつく。ああ、ここんとこあんまり眠れない日々が続いていたし、夢見は最悪で。
体調が日に日に悪くなっている所に精神力の必要なヒプノシスマイクまで使ったらそりゃあこうなるか。
スタンドマイクに体重を掛けつつも移動し、何とか人から見えることのなさそうな路地の壁へもたれかかる。
少し休んだら早い所帰ろう。
そう思うも身体はプツリと操る糸が途切れたかのように座り込んだまま夢の世界へと誘われる。
「……は?左馬刻!?おい、どうした!?しっかりしろ!……!」
遠くで愛しいアイツの声がした気がした。
『左馬、刻…ゴホッ…』
やめろ……そいつだけは…!!!!
『俺達…カハッ……もっと……早く、色々話せば……』
なんでよりによってお前なんだ…
『俺が死んじまっても…ゲホゲホッ…アンタは…………左馬刻……さん……ゴプッ……生き………』
「ちろ………一郎!!あ…あああ!!やめろ!死ぬな!!う…うぅ…いちろ…っっいち……ああ…っ」
「左馬刻!オイ!左馬刻!!!起きろ!!俺は死んでねえ!!生きてっから!!!」
大分強めの力で揺さぶられなんとか覚醒する
「は………っ??ぁ…?い、ちろ…ぉ?」
「左馬刻?大丈夫かよ?相当魘されてたぞ」
心臓がドキドキと煩い。ふうふうと息も荒く嫌な汗もかいていて手も握りしめていたのか爪の痕が手のひらに残ってしまっている。
「なんでお前が……ここは…」
「依頼で外でたらお前がフラフラと路地に入っていくの見かけちまって…どうしたのかと駆け寄ったら急に倒れちまうから近くの俺ん家に担ぎ込んだんだが…魘されてたから起こした。大丈夫か…?」
「……悪ぃ、世話なったわ。もう帰る。」
これ以上ここで情けねぇ姿見せらんねえ。
そう思い寝かされていたベッドから身体を起こす。
「いや、すげえ顔色悪いぞ。もう少し休んでけばいい。仕事は調整したから俺もここに居るから。」
「いい。帰る…」
「良くねぇだろ。ほら、横んなれって!」
「おわっ…ヤメ……っ!!」
フラフラなのは確かなもんで、立ち上がろうとしていたのに引っ張られると踏ん張れずにまたベッドへ引き戻される。
「…っ一郎、テメェ…!」
「まーまー。ほら、横なれって。すげぇ顔だぞ。寝てけよ、な?」
「チッ………見られたくなかったっつの…」
「ん、なんか言ったか?」
「…………」
「どうしたんだよ。変な夢見たからか?眠れねえ?」
何故か一緒に横になって優しく耳元で話しかけてくる一郎。会いたかったが会いたくなかった。こんな弱った姿見せたくなかった。
お前の前ではカッコイイ俺で居たいのに。
「久しぶりに会うんだから。そっぽ向くなよ。なあ、こっち見て…。左馬刻、さん…」
取ってつけたようなさん付けで呼ばれ仕方なく一郎の方へ向き見つめ合う。クソっ……顔見てホッと安心するなんてダセェ。
「ンだよ…」
「久々に話すから嬉しくて。でも、なんか元気ねえから。…なんかあったのか?」
「………。何もねえ。」
「嘘吐くなよ。なー。俺にも言えねえ?」
この感じ…聞くまで問答が続くのではないか?
仕方なく話すことを心に決める。
「………………最近胸糞悪い夢しか見ねえんだ」
「ん……。そっか。それで寝不足?」
「絶対に…俺の……大事な奴らばっかよ…その、」
「死んじまう夢、ってか?」
「まあ……ンな感じだ…毎日…。」
「…それでさっきは、俺が?」
「………………」
思い出したくなくて言葉にするのをやめた。
もうこれ以上は話さないだろうと思ったのか。
いつもとは逆で、抱きしめられ子供をあやす様に背中をリズム良くトントンと叩かれる。
「怖くない、大丈夫大丈夫。俺がいるからな〜。」
「おい、一郎…何して…」
「あ、いや…弟たちも怖い夢見た!とかって時こうしてやったら良く眠ってたから…つい…」
「俺様ぁ子供じゃねーぞ。」
「はは、悪い、左馬刻…でも抱きつきてぇのは、子供扱いじゃねえよ。俺がしたいだけ。」
「さん、を…付けろや…………」
いつもは俺が甘やかす方なのに…クソッ
でも、太陽みたいな香りに包まれ優しくリズム良く叩かれると段々眠気がやってくる。
「悪い夢なんか俺がぶっ飛ばしてやるよ。左馬刻…さん。……おやすみ。」
微睡みの中、そう聞こえて来て安心して意識を手放した。
もう胸糞悪い夢を見ることは無かった。