僕の嫌いな“ ”な話" "が嫌いだった。
ボーダーに入って自分の耳がSEと診断される前、自分の耳が人よりよく聞こえることすら知らなかった時。
聞こえる音聞こえる声になんでも首を突っ込んだ。「ゲコゲコって聞こえるよ!」「○○くんがこう言ってたんだ!」
幼児期の無邪気さも相まってぼくはただの好奇心旺盛の子供だとしか思われていなかったと思う。
「もー、またどこかで隠れて聞いてたの?」
ぼくが離れた場所から聞いた親の会話を親に話すと、そう言われるのはもはやお決まりのようだった。
でもね。
隠れてないんだ。
遠くでシーソーで遊んでただけだよ。
あまりに声が大きいから聞こえただけなのに、どうして隠れて聞いてたって言われるのか分からなかった。
だけどその時のぼくはそれが普通で人より耳がいいなんて自覚はないし、親もそれに気づかなかったから。だれも教えてくれなかったから。
ぼくはこのまま自我が芽生え始める小学校へと上がった。
幼稚園より人の声がたくさんして騒がしかった。
でも、それ以上にたくさんの子とお友達になれるのがとても嬉しくてぼくはついにやってしまったんだ。
「あっ!それ○◇も持ってるって言ってたよね!」
「....えっ!?」
驚くのも無理はない。ぼくはそこにいなかった。一人廊下を歩いていて、聞こえたんだ。楽しそうで混ざりたかったけど用があったから混ざれなかった。だから今度この話になった時に仲間に入れてもらえるように覚えてたんだ。ニコニコと子供のぼくが笑う一方で相手は少し不気味なものを見るような目をしていた。
「どうしたの?」
「いや、別に」
だんだん、距離を置かれ始める。
盗み聞きしてるとか覚だとか。後で知ったけど覚は人の心を読める妖怪らしい。
それでも。
誰も。
ぼくの耳が特別いいことは教えてくれなかった。
やがて小学校中学年になる頃にはぼくは友達と呼べる存在を失っていた。
だって。
知らなかったんだ。教室でこそこそいない人のよくないところを話したら悪口だなんて、ぼくには丸聞こえなのに。本人にそのことを話したら、喧嘩になって先生に呼び出された。
「菊地原くん、人を悪く言うのは良くないし。
まして盗み聞くなんて泥棒みたいな真似やめなさい。」
どうして本当のことを言っただけで怒られるの?どうして普通に教室にいるだけなのに。どうしてただ聞いてただけなのに。普通に生きてるだけなのに。
その後流石に不審に思った親が病院に連れて行ったことによりぼくの耳がいいことは発覚する。
もうその頃にはぼくの性格はひねくれていて、人を信じるには時がすでに遅かった。
人が増え、だんだん騒がしくなった隊室。寝るには少し騒がして菊地原は仕方なく目を覚ます。
「あっ、起こしちゃった?」
「あまりにもうるさくて寝れないよ。」
いつも通り憎まれ口をたたく。
久しぶりに昔の夢を見た。あの無邪気の頃の自分はもう帰ってないから喪失感をほんのちょっとだけ感じてしまう。あと苛立ちも。
「菊地原、起きたなら戦闘訓練するから準備しろ。」
風間さんの言葉を「はいはい」と軽く流し枕にしていた毛布を片付ける。歌川もやっていた課題を片付け始めていた。どうやらぼくが起きるまでみんな待っていたらしい。
仮想訓練室での戦闘訓練。
1対1を相手を変えて何度も繰り返す。
スコーピオンとスコーピオンのぶつかり合い。
シールドは使わない。単純な技術だけが求められる。風間さんはやはり強くてわずかな傷からトリオン漏れが止まらない。
モールクローで風間さんの右足を地面に杭付けしてから右手のスコーピオンで首を狙う。
柔軟性を持って風間さんは後ろにのけぞり、空いている左足でぼくの腰を蹴る。衝撃で地面を転がっていく。体勢を持ち直す頃には風間さんも同じく体勢を立て直していた。
あそこから蹴るだなんて恐ろしい体幹だ。思わず蹴られた腰を押さえるとトリオンが漏れていて、ハッと風間さんの足を見るとスコーピオンを纏っていた。
足スコーピオン。攻撃に走りすぎて相手の反撃を怠った。
『トリオン漏出甚大。
菊地原ダウン。』
「次、歌川。」
ぼくと交代で歌川が風間さんと戦う。
仮想訓練室の隅で体育座りをする。
側から見ても歌川と風間さんだと風間さんの方が技術は優れている。
それでも歌川はリーチの長い手足を使って小柄な風間さんを追い詰めていく。
風間さんがスコーピオンを投擲して、歌川はそれをスコーピオンで受けず最低限の動作で避ける。空いた両手で心臓を狙う。
風間さんはスコーピオン一つでいなしてもう片方で片腕を切り落とす。たまらず歌川は大きく下がった。
それを見逃す風間さんではない。低姿勢のまま突進。図体の大きい歌川だと俯角は取りづらい。風間さんの背に浅くスコーピオンを刺したがその頃には歌川の心臓にスコーピオンが刺さっていた。
『トリオン供給機関破損、歌川ダウン。』
次はぼくと歌川だ。
この訓練は全方向からの対応速度、咄嗟の判断力全てをデータにとって今後の連携に活かしている。要するに手を抜いたらその分今後の作戦に支障が出る。
だからこそ、真面目にやらないといけない。
歌川とぼくとでは戦闘力はほぼ互角。
いつもどちらに勝利が転ぶかわからない。
だけど今日は全部ぼくの負けだ。一勝もしてない。それが余計腹にたって力が空振る。
また負けた。スコーピオンがぼくの首を跳ね飛ばした。
『トリオン伝達系切断、菊地原ダウン。』
「クソ!!」
思わず悪態が溢れる。そんな目で見るなよ。
なんでそんな心配そうな目をしている。ぼくに勝ち越してるんだから嬉しそうな顔すればいいじゃん。眉間に皺が寄る。下唇をバレないように浅く弱く噛んだ。
「菊地原、今日はもう上がれ。」
「まだ、いけます。」
「集中してない奴がいても邪魔なだけだ。」
風間さんの深い血のような目でじっと見つめられる。何もかも見透かしてしまうような視線が嫌でぼくは顔を逸らした。
気がついたら仮想訓練室を飛び出していた。
自分の心臓がうるさい。
全部全部" "のせいだ。
ズズッともはや氷と僅かな液体だけになったジュースをすする。
騒がしいブースを横目に一人ぼくは不貞腐れる。頭の中がむしゃくしゃてるのはわかるけどどうすればいいのかわからない。
あぁ腹立たしい。
「おっ!?菊地原じゃん!?
一人!?暇!?暇!?」
南沢。
相変わらず騒がしくて耳が痛い。こうやって黙っている間も向こうはずっと言葉を投げかけてくる。
「個人ランク戦やんない!?おれ今暇なの!」
「うっさいなぁ、一人でやってなよ。」
「えっ、ランク戦は一人じゃできないよ?バカなの?」
イラッ。憎まれ口を叩いた自覚はあるが、こう真面目に返されると余計苛つく。
「で、やる?やらない?」
純粋なエメラルドのように輝く瞳。さぞ何もかも幸せそうに見えてるんだろうな。壊してやろうか。
「.....やる。」
「えっ!?まじ!?嘘!?」
「なに、やりたくないの?」
「いや、菊地原が乗るの珍しいから!!!
てっきり断られると思ってた!!」
今からでも断ってやろうかとジュースのカップを握りつぶす。
南沢はあっ!といいこと思いついたというようにさらに顔を輝かせる。
視界の奥にいた笹森と半崎を半ば強引に引っ張ってきた。
「どうせなら2対2で!」
突然連れてこられた二人は目をパチクリとさせ状況を飲み込めなかったが菊地原がめんどくさそうに断片的に話すと納得したようだ。
笹森と半崎と南沢と菊地原、攻撃手3人に狙撃手が1人。どう見ても2対2でやるにはバランスが悪い。どうせなら条件は同じにしたい。
その思いは皆あったようですぐには話が進まない。
黄色い歓声を耳が捉えた。
ちょうどブースの入り口。赤い隊服が目立つ。嵐山隊、広報部隊ゆえに多忙だ。佐鳥と時枝がいるが安安と誘えたものではない。
「ん?佐鳥に時枝いるじゃん!!誘ってくる!」
まぁ、南沢にとっては知ったことではないが。
またも強引に2人を誘拐してきた南沢。
これで狙撃手2人、万能手1人、攻撃手3人。先程よりかはバランスがいい。
チーム決めは
佐鳥、南沢、笹森
半崎、時枝、菊地原
となった。
相手に不足はない。
未だムカムカする胸を押さえて目の前の戦いに集中する。
ポイント移動なし、オペレーターもいない。
ただの娯楽だ。だけど、絶対に負けたくなかった。
『転送開始』
ステージは普遍的なA。かって知ったるステージだ。レーダーから2人消える。佐鳥と半崎だ。オペレーターの指示なしで射線が遮られるルートを選ぶのは少しめんどくさい。
『意外と転送された場所近いけど連携する?』
時枝から抑揚のない声で尋ねられる。
『1人で戦った方が楽だからいらない。』
『あっそう。』
慣れてない連携は逆に足を引っ張る。そう時枝もわかっているため一応便宜上聞いてあっさりと引き下がった。
位置もわからない狙撃手は置いといてまずは攻撃手を削る。
レーダーで近い相手を探り、一直線に進む。チームのランク戦と違いこれは作戦も何もないただ1人でも生き残った方が勝つ単純な力押しだ。
次の角を曲がったら...。
キキィーッと急ブレーキ。わりかし広い大通り。レーダー上に丸い点があるのにそこには誰もいない。
「カメレオン...笹森か。」
別に向こうもこっちが姿を現すまでは時枝かぼくかわからないから奇襲用にカメレオンを発動するのは悪くない。
だが、そのまま攻撃してくるのはただの悪手だ。カメレオンで見えなくてもぼくには視える攻撃だし。
5時の方向。力強く地を蹴る音からジャンプしての上からの攻撃だと考えられる。
向きを変えてシールドで向かい撃つ。
「無駄にトリオン消費してバカじゃないの?」
「そっちこそ、得意のカメレオン使わないの?」
孤月とスコーピオンがぶつかり合う。
スコーピオン二刀流と孤月一本ではこちらの方が圧倒的に攻撃の密度が高い。
手から徐々に切り落としてやる。
笹森の手持ち無沙汰になっていた左腕を肘から先切り落とす。
さらに右!!
っと危ない。旋空孤月だ。後ろに飛んで数十メートル距離を取る。
近くで発動してもあまり意味がないのにバカだなぁ。
バンッ!!
発砲音が響く。
狙撃!しまったいつのまにか射線に入ってた。
空中で体を捻りなんとか急所は免れる。
右腕と、左肘を持っていかれた。
『時枝、佐鳥取りに行ってよ。』
『ごめん、今忙しい。』
通信に乗って銃撃の音がする。
『うげぇ、最悪。』
亡くなった腕の代わりにスコーピオンを生やす。なくなってもはやせばいいからスコーピオンは便利だ。
受太刀をするにはスコーピオンは耐久値が低すぎるので避けながら近づく。低空で一回転してその反動で笹森を蹴り飛ばす。腕から足にスコーピオンを移動させて深々と切りつけた。
再び向かってきた笹森の孤月をスコーピオンでいなして、かわす。
速さでは絶対に負けない、技術でも、攻撃でも、トリオンでも負けない。
なのに。
倒せない。
「あっ」
ずるり。足を取られた。瓦礫によって足が滑っていく。体の重心が下に下に下がっていく。笹森の孤月が心臓に向かってくる。避けきれない。
ならば。スコーピオンで先に。伸ばした手は結局何にも触れず、ぼくは緊急脱出した。
ボフッと緊急脱出用のベッドに落ちる。
「負けた?笹森に?ぼくが?」
心臓に剣が刺さった感触。今は塞がっているが確かに穴が空いていた。
それよりも負けたことが信じられなかった。
ぼくはA級だ。風間隊だ。笹森より強くて。
ぼくは"SE"があって。
むすっとしたままぼくは呟く。
「もう一回。」
結局あの後ぼくのチームは笹森と南沢を倒したが佐鳥にやられて負けた。
次は油断しない。瓦礫にも躓かない。実力通りの結果にするのだ。
他の5人は仕方ないなと笑って再戦がスタートした。
「もう一回!」
口の中の空気が増していく。
「もう一回!!」
まるでハムスターのように頬はふっくらし始めた。
「もう一回!!!!」
ぼくの声がブースに響く。
一番ぼくがうるさかった。
「おっ!?何なんか賑わってんなぁ。」
「太刀川さん。防衛任務終わり?」
漆黒のロングコートをきた太刀川が腕を組んで見物していた米屋に声をかける。
巨大スクリーンには時枝の姿。
それを見ようとワラワラと人が集まっている。
「なんか16歳でランク戦やってるみたいなんですよ。えーと、半崎、とっきー、菊地原vs南沢、佐鳥、笹森で。」
「ふーん。」
じっと太刀川はスクリーンを見つめる。
ちょうど菊地原と南沢の戦闘だ。
それを見て一言。
「つまんないな。」
「えっ?」
そのまま太刀川はその場を去ってしまう。
訳もわからず米屋は取り残される。
だけど、
「まぁ、痛々しいよな。」
画面の菊地原はどこか必死で見ていられなかった。
ボフッ。何度目かのベイルアウト。あの後ぼくのチームは数回勝ったがぼくは全部緊急脱出した。倒せたのだって半崎の援護ありの一度だけ。
「あぁ、最悪。」
思わず目を瞑る。全然勝てない。なんでだよ。
他の5人はぼくの機嫌を伺って何も言わない。
「もう一か」「そこまでだ菊地原。」
「風間さん。」
ベッドに未だ横たわっている菊地原は風間に必然的に見下ろされることになる。
視界の隅に歌川と三上先輩。
「何?訓練終わったんですか?
別に同い年で遊んでるだけなんでほっといてください。」
文字通り体ごと風間さんに背を向ける。何も言われたくないとばかりに耳も塞いだ。完全に拒否モードである。
その様子を見て風間は一度だけため息をついて
「歌川、運べ。」
と言った。
生身のぼくを歌川はトリオン体でひょいっと軽く持ち上げてしまう。抵抗しても無駄なので大人しく脇に抱えられる。
風間→歌川(菊地原)→三上の順番で部屋を退室していく。
「ご迷惑おかけしました〜。」
と最後に三上先輩が一言。
迷惑かけてないし、誘ってきたのあっちだしと内心思ったがなんとなく口をつぐんだ。
歌川に抱え連れてこられた隊室。
ソファに座らされて完璧にお説教される雰囲気である。歌川も三上先輩も止めてくれそうな気配ではない。
大人しく怒られるしかない。
「菊地原、俺は上がれと言った。
なんでチーム戦をしてるんだ。」
「別にいいじゃないですか。上がった後の私的な時間をどう使っても。」
いつもの心地よい心音ではなく怒りによって少しビートの早い鼓動を打つ音。
それがぼくには怖くて素直になれない。
この音がするといつもぼくは怒られた。
血のように紅い風間さんの瞳が僕を見つめていた。
「...今日はずっと調子が悪そうだな。
大丈夫か。」
「大丈夫です。」
「菊地原!!」
「本当に!!なんでもないんですって!!」
自分でもよくわからないのに人に説明できるわけがない。あの夢を見てからずっと心が頭がぐちゃぐちゃで嫌になる。
なんで、誰も教えてくれなかったの。
なんで、人と違うとダメなの。
なんで、本当のことを言ったら怒られるの。
なんで、ぼくを見てくれないの。
こんな"SE"がなければぼくは普通に生きられた?歌川みたいにみんなから頼られていい子になれた?こんな意地悪な性格にならなかった?
でも、どうせ"SE"がなければぼくはきっと風間隊に入れてなかった。これがあったからスカウトされたんだ。"SE"がないぼくなんて風間さんは見向きもしない。だから役に立たないといけないのに。自分より技術が劣ってるやつに負けちゃいけないのに。勝たないといけないのに。
「ねぇ、風間さん。
もしぼくに"SE"がなかったら、風間隊にスカウトしてた?」
つい考えていたことが口に出た。ずっと恐れていて聞いたことがなかった。1000文字の感想文を書けだとか、ネイバーを倒すよりずっと簡単なのに今まで絶対に聞けなかった。
「してないな。」
こう言われるのが怖かったから。
いや、わかってた。だって"SE"がないぼくはただの皮肉屋で、あぁ、でも今よりはちょっと性格はマシかも。風間さんみたいな人望があって強い人は誰でもスカウトし放題だろう。
わざわざぼくを選ぶ理由がない。
わかってたけどやっぱり、直接言われると凹むなぁ。
「歌川は?ぼくが違う隊だったら友達になってた?」
「えっ?うーん....なってたんじゃないか?
どうせ同じクラスだろうし、まぁ、今みたいな関係性じゃないと思うけど。」
確かに宇佐美先輩からスカウトされた歌川は風間隊にいるだろうし、なんでもないぼくとはクラスメイト止まりだ。
「きっと、今みたいに菊地原に対してお世話を焼くんじゃなくて。
顔を合わせたら話して、違う隊だけど一緒にボーダーで戦って、ライバルみたいなそんな関係になれてたらいいな。
今はなんか保護者みたいな感じだし。
ってこれじゃ、こうあって欲しいって言う願望か。」
「なに?自分で言うのもなんだけどこんなめんどくさい性格のやつとよく友達になれるね?」
「まぁ、確かに性格はめんどくさいけど。
菊地原は嘘は言わないだろ。
オレはそういうとこ結構好きだぞ。」
えっ、ちょっと待っていきなりそんなこと言わないでよ。耳に熱が集まっていくのを感じる。
好きだなんて滅多に言われないから。髪の毛で隠れていてよかったそうじゃなかったら恥ずかしくて死んでいたかもしれない。
歌川に続いて、風間さんも口を開く。
「さっきの質問だがもしお前に"SE"がなかったら俺からスカウトはしない。だが、きっと宇佐美が見つけてきてスカウトするだろうな。
努力家で、負けず嫌いで、だけどちゃんと状況が読める。戦闘員として申し分ない。
お前は"SE" がなくてもきっと風間隊だ。」
やめて、やめてよ。ぼくは"SE"しかないから頑張らないといけないのに。
「菊地原くんはいつも意地悪言うけど、夜、暗い時は送ってくれるし、ちゃんと後輩にもアドバイスしたり優しいよね。」
三上先輩までそんなことを言ってくる。
もう顔まで赤いんじゃないか。そう思ってしまうレベルで恥ずかしい。クッションに顔を埋めて物理的に顔を隠す。恥ずかしい、恥ずかしい。よく面と向かってこんなこと言えるよね。
「菊地原もしかして泣いてる?」
「泣いてない!!!」
やっと心のもやが晴れた。ぼくはずっと羨ましかったんだ。"SE"がないのに人から認められて信頼されてる彼らが。だから踏み躙りたかった。ぼくの方が優れてる、ねぇぼくを褒めて。子供のぼくがそう叫んでいる。"SE"がないと価値がないと思ってたから、SEを持ってない歌川に勝ちたかった。笹森に勝ちたかった。南沢に。佐鳥に。
でも本当に褒めて欲しかったのは"SE"を持っていなかったぼくで、もし"SE"がなくてもぼくに価値があるって知りたかった。
人から負の感情を向けられた子供の頃。
やっと認めてもらえた思春期。
それでも、その認めるにぼくは入ってない気がして。嫌だった。
「なんだ意外といいとこあるじゃんぼく。」
思わず口から笑みが漏れる。
「意外とも何も、最初から菊地原はいいとこたくさんあるぞ?」
風間さんに言われてまた笑ってしまう。
まだ7時前、今から訓練を再開しても遅くはない。きっとさっきよりいいデータが取れる。そんな自信が沸々と湧いてくる。
「訓練しません?今なら歌川をボコボコにできる気がします。」
少しドヤ顔をした菊地原に歌川はおいおい、どの口が言うんだとほっぺを引っ張る。
三上先輩は早々と準備に移動し、残った3人も仮想訓練室へ向かう。
風間さんの背を二人で追いかける形で歩く。
ふと風間さんが言葉を漏らした。
「そういえば、菊地原。お前はSEにコンプレックスがあるようだが、別に気にしなくてもいいと思うぞ。何もSEがあるから強くないといけないとか、そう言う義務もないしな。所詮ただの個性だ。」
そうなんでもないように言うのだ。
個人総合ランク3位の、SEの持ってない、風間さんから口からその言葉を聞くとより一層深みを増した。
所詮ただの個性。
たかが個性だ。
僕には未来も見えないし、睡眠記憶もないし、人の感情もわからないけど、人より少し耳がいい。
防御が厚いところはわかるし、音で人が近づいてくることもわかる。
それでも僕は他の人と何も変わらない。
たった一つ"SE"があるだけだ。
そのSEが僕に、醜い呪いをかけていた。
子供の僕がなんで?と問いかけてくる。
なんで教えてくれなかったの?となんでのけ者にするの?と。
でも今はもう優しい人たちに囲まれてるよ。
だからさ、もう夢に出てこないでよね。
さようなら、僕の劣等感。