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    m_nc47

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    https://poipiku.com/3049945/5681198.htmlの続きです

    最悪軸たいみつ② 目を覚ます。目の前で、自分の腕の中で、三ツ谷がぬくもりをたたえて眠っている。それだけで、大寿にとって朝はこれ以上なく美しく穏やかに色づいた。音を立てずにベッドを抜け出し、急な私用で仕事を休む旨を秘書に電話で伝える。今日予定していたスケジュールは延期もしくは部下だけで済ませるよう、指示も事細かに出した。大寿に付いて長い優秀な秘書は余計な詮索や過度な気遣いをすることなくそれを聞き入れ、何かあればいつでも連絡をと言い残し終話した。
     ふたり分のコーヒーを淹れて寝室に戻り、ベッドサイドのテーブルにマグカップを並べる。こもった空気を換気しようとカーテンと窓を開けると、外には初冬の澄んだ青空が広がっていた。幹線道路を車が行き交う音だけが遠く、静かに響く。部屋が明るくなり、温度は下がったが、三ツ谷は大寿の大きなかけ布団とベッドに埋もれるようにして眠り込んだままだ。昨夜の激しさを思い返せば当然だった。

     換気を終えて窓を閉め、大寿はマグカップを片手にベッドに腰かける。それから、コーヒーが底をつくまでただ、未だこれが現実だと信じられずに三ツ谷の寝顔をじっと見つめていた。

    「……起きたか」

     我に返った大寿が2杯目のコーヒーを求め、冷めてしまった三ツ谷の分も淹れ直してキッチンに行って戻ってくると、タイミング良く三ツ谷のまぶたがゆっくりと震えた。そこから現れた、この世のどんなものより愛おしいひとみに密かに息を詰めた大寿は、緩慢な動作で上半身を起こす恋人に優しいキスを贈る。

    「……おはよ、大寿くん」

     とろけるようにほほえんだ三ツ谷の声がせつなく枯れていた。大寿は思わずその喉仏に指を這わせる。

    「……ベッド、きれいにしてくれてありがとう」
    「おまえのことも丸洗いした」

     言い方、と、三ツ谷が眉を下げて笑う。

    「……ドライヤーしてくれたときのことだけ、ちょっと覚えてる」

     大寿の宣言通り明け方まで続いたセックスの果てに気絶した三ツ谷を風呂に入れ、目も当てられない惨状になったベッドを美しく整えたのは他の誰でもない大寿だった。その逞しい腕に抱かれて清潔なベッドで眠りにつくまで、三ツ谷はうつらうつらと意識をさまよわせ、幼子のように泣きながら、ずっと大寿を呼んでいた。

    「……つらいだろ。もう少し寝るか?」
    「ううん。大丈夫。……大寿くん仕事は?」
    「休んだ。今日はゆっくりしていけ。用事があるなら別だが」

     用事、という言葉に目を見開いた三ツ谷が「オレのスマホどこ?」と大寿を見上げる。それを見越してヘッドボードに置いておいた彼のスマートフォンを手渡してやった。三ツ谷の着衣を洗濯機に放り込む前にボトムスのポケットから救出したものだ。

    「オレが気付いた限りでは鳴ってなかったぞ」「……うん。良かった、急な連絡も来てねーワ」

     お言葉に甘えて夜までいようかな、と、三ツ谷がいたずらっぽく笑う。7年という空白は実は夢だったのではないかと疑いたくなるくらい、自然で、あの頃と変わらない物言い。まだ10代のうちに、さよならさえ言わず忽然と姿を消してしまった男にはまるで思えなかった。

     背もたれに寄りかかった三ツ谷の背にクッションを入れてやり、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを手渡す。「ブラックで良いだろ」大寿の問いかけに、三ツ谷は静かに首を縦に振った。

    「……痩せたか」

     窓の向こうの空があまりに澄んでいて、コーヒーの深い香りがたおやかにふたりを包み込んだおかげだろうか。大寿と三ツ谷は昨晩とは別人のように、冷静かつ丁寧に言葉を紡ぐことができた。あるいは、激情は日が沈んでいるうちにすべて出しきってしまったからかもしれない。夜という概念ごと、何もかもを粉々にして連れ去ってしまいそうな台風が過ぎていったあとの朝。それと同じ感覚がする。

    「……うん。反社もなかなかストレスフルだよ」
    「だろうな」

     三ツ谷が冗談めかして眉を下げる。昨晩ひどく泣いたせいで、目許は赤く、まぶたもいつもより重い。

    「……オレと暮らすか」
    「そうしたいけど、できない。大寿くんをオレの問題に巻き込むのは嫌だから」

     三ツ谷が首を横に振り、それに合わせて少し短い黒髪がパサパサと揺れた。変わらないな、と大寿は声に出さずに呟く。できないこと、やりたくないことは臆さずはっきりと否定する。三ツ谷のそういう竹を割ったような性格が、大寿が彼を恋しく思う理由のひとつだ。しかし、同時に、今の東京卍會は三ツ谷に"問題"と表現されるチームになってしまったのかと、胸が締め付けられるような思いがした。

    「……東卍はあまり良くねぇらしいな」
    「そうだね。……良くはないね。……何を持って"良い""悪い"とするのかにもよるけど……」

     三ツ谷が幹部をつとめる反社会的勢力─────巨悪化した東京卍會の近況など、東京の繁華街で飲食店を経営する大寿の立場であれば自然と耳に入ってくる。弟の八戒や、公にはしていないが元恋人である三ツ谷がその組織に属しており、過去に東京卍會と因縁も持った立場として、どんな好条件を提示されても東京卍會のシマではビジネスをしないことが大寿なりのけじめだった。

    「今のところ八戒は無事だから安心してよ」

     三ツ谷が甘くほほえむ。それは僥倖だな。大寿も頬を緩めた。でも、という言葉を飲み込んで、大寿は三ツ谷を抱き寄せた。

    「おまえも無事で良かった」

     三ツ谷がはっと息をのんだのが分かる。しばしの沈黙のあと、三ツ谷も大寿の背にマグカップを持たない左手を回した。

    「……ごめんね大寿くん。急にいなくなったりして」
    「……また会えたから許してやる」

     三ツ谷の失踪の理由を聞くことなど無粋だった。いつもなら待ち合わせの10分前には到着しているような男が食事の約束をすっぽかし、電話もメールも繋がらず、不審に思い見に行った通い慣れた古いアパートももぬけの殻になっていた7年前の秋の、あの心臓が冷えるような感覚を今でもありありと思い出すことができる。東京卍會が絡んだ、死人が出た大規模抗争─────あの関東事変よりももっとずっと悪意に塗れた、もう少年ではなくなった大人たちが拳だけでない武器を振るって戦った抗争がテレビやインターネットのトップニュースになり、東京卍會の名が恐怖や嫌悪の感情とともに一般の人々にも広く知れ渡るようになったのはその数日後のことだ。柚葉から八戒の安否を知らないかという連絡が来たのもほとんど同じタイミングだった。大寿は呆然としながらもどこか腑に落ちるような思いで報道番組に見入り、読み上げられた死者の名に弟と三ツ谷の響きがないことに心の底から安堵の息をついたのだ。

    「……ルナとマナにも会ってやってよ。もう一緒には住んでないけど、ちゃんと会ってるし、目の届くところに置いてるから……」
    「元気か、アイツら」
    「うん、もう全然変わらず。いっちょまえに彼氏とか作りやがってさ〜……。……救われるんだ、本当に」

     ルナは19歳、マナは16歳になっているはずだ。尋ねれば、ルナはこの春私立大学の文系学部に進学し、マナもルナが通った全日制高校に姉と入れ違うような形で無事入学したという。ルナの進学先として名門大学の名前が出たので少し驚く。ルナの学力ではなく、三ツ谷の家の経済事情の面でだ。しかし、三ツ谷の今の立場を思えば納得もいく。
     最後に会ったルナはまだ小学生だったが、将来は高校を出て働くか、学費の安い国公立大学に奨学金で通うのだと大寿に教えてくれた。これ以上お兄ちゃんの負担になりたくないと。あの頃のルナは─────もしかしたら今もまだ、東京卍會がどこに向かっているのか知らないから、そんな風にいじらしく笑える。

    「この道を選んで失くしたものの方が多いけどさ。ちゃんと手に入れたものもあるよ。それが金。……汚ねぇ金」

     三ツ谷は大寿の心中を読みとったかのようにそうこぼし、どこか乾いた笑い声をもらした。

    「……入学祝いが必要だな」
    「ハハ、ありがとう。喜ぶよ、ふたりともめちゃくちゃ」

     もう大寿くんに会えるだけでお祝いに匹敵すると思うけどね、と、三ツ谷が目を細める。再び重ねたキスはコーヒーの味がした。

    「……腹減ったな」
    「オレ、誰かさんのせいで腰死んだから大寿くんが何か作ってよ」

     三ツ谷が幼子のようにひとみをきらめかせる。軽口をとがめるつもりで左の頬をぎゅうっとつまむと、三ツ谷は心底おかしそうに高く明るい笑い声をこぼした。

    *

     その日、再び夜がくるまでに、大寿と三ツ谷はこれからの約束を3つ取り決めた。

    ・互いへの連絡は電話のみとすること。なお、発信の際は出来るだけ足がつかないよう、私物ではなく公衆電話などの公共施設を使用すること。
    ・毎週第三木曜日の夜は一緒に美術館に行き、そのあとの寝食もともにすること。
    ・第三木曜日の都合がつかない場合は、翌週に振り替えること。

     三ツ谷が自分の電話番号といくつかのセーフハウス、そして彼の母と妹が暮らす家の住所を書き残して帰って行くと、日も沈んだ室内はいくらか寂しさをにおわせた。この家をこんなに広いと思ったのは初めてだった。三ツ谷はこうやっていつも大寿の世界を作り変えていく。

     明日の仕事の予定を頭に入れようと、大寿は手帳を開いた。次の第三木曜日は12月15日だ。2016年ももう終わろうとしている。太字で示された"15"を囲む丸印は、さきほど日程を相談した際に三ツ谷がつけたものだった。デザインや裁縫を好む三ツ谷は筆づかいも見かけによらず端麗だ。本人は妹たちに字や絵を教えるために練習したのだと言い張るが。

     その美しい曲線をゆっくりと指でなぞる。明朝、出社一番に、秘書とスケジュールの相談をしなければならなかった。
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     商談の内容もたいしたものではなかった。ベンチャー企業に求めるべきものではないかもしれないが、あまりにも知見がない、リスク管理が足りない、度胸もない。つまるところ、このオレと新しい商売を始めたいなどという見上げた根性を持った奴ではなく、オレの威を借りて商売をさせてもらおうという狐みたいな男だったわけだ。五分ほど会話したところでこいつとの食事の時間が無駄なものに終わることがよく分かったが、だからと言って即刻商談の場を立ち去るほどは礼儀を捨てちゃいない。こうやってきちんと丁寧に食事をして、それなりの会話をする。しかしそうは言ってももう我慢の限界なので、連れてきた秘書に目配せをしてから「失礼」と断りを入れて立ち上がった。
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