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    没・落書き・進捗・R-18

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    跡入跡 バレンタイン

     きっかけは、季節の行事の話を道行く人々が話をしていたのを、耳に入れたことだった。
     一年に一度の特別な日、バレンタイン。跡部景吾にとっては一大イベントとなるそれが、そろそろ迫ってきているのか、と気がつく。毎年のことではあるが、大量に送られるチョコレートを捌き、運搬するために今年も手配をしなければならないな、と頭の中で算段を立て始めたところで、ふと一つの考えが頭をよぎった。
     ……アイツは、こういうイベントが、好きなのではないか。
     跡部の頭に思い浮かんだのは、合宿所で出会った一人の高校生。柔らかな金髪を揺らし、跡部を目に留めるや否や飛んでくる、得体の知れないよく分からないアイツ。
     あの人は確か、甘い菓子が好きだった。合宿所でも選手村でも、クッキーやらシュークリームやらに目を輝かせて頬張っていた。
     神出鬼没で、いつの間にやら隣に居て、話しかけてきたあの人のことだ。突然やってきて、チョコレートを押し付けにくるかも知れない。そこまで考えたところで、跡部ははたと気づく。
    「……」
     甘いものが好きなのだから、渡す方より受け取る方が嬉しいだろうし、もしかすると期待をしているのではないか? 渡すべき……なのか? 俺様が?
     跡部は眉間に皺を寄せ、考える。やるというならやるで、最高の一品を用意してやりたい。そしてあの鬱陶しい仮面のような笑みを浮かべるアイツの、普段見ない表情を引き摺り出してやるのだ。



    ***



     今日の入江奏多は機嫌が良かった。世はバレンタイン。こんなに素晴らしい日はない。
     バレンタインに向けて発売される、様々なチョコレートをどれにしようかと考える時間も至福の時だし、もちろんチョコレートを口にするのだって幸せだ。
     そしてそれ以上に、バレンタインには人の様々な感情の動きを観察することができる。これが入江にとってはめっぽう楽しい時間であった。ソワソワと落ち着かないクラスメイト達を眺めるのは、入江にとって興味深く、とても楽しい。
     上機嫌で帰路に着いていた入江は、違和感のあるものを目にしてはたと立ち止まる。一時期は毎日のように目にしていた彼を、入江が見間違うはずはなかった。
    「……跡部くん?」
     ポツリと入江が呟くのと同時に、跡部がフッとこちらを向き、視線がばちりと合う。じっと目を細めてこちらを伺った跡部は、入江であると確信を得たのだろう、自信のある足取りでずんずんと入江の元へと足を進めた。
     入江はそんな跡部の様子を呆気に取られて見つめる。跡部を見ているのは入江だけではなかった。道行く皆がちらちらと視線を跡部に向けている。跡部はこの辺りでは見慣れない学生服で佇んでいたし、何より彼は美しく、オーラがある。そんな彼が自分の元へ真っ直ぐに向かってくるのを、入江は間抜けな顔で眺めていた。
    「……やる」
     そして目の前にきた跡部が、その手にしていた紙袋をずいと入江の方に突き出した。入江はぱちくりと目を瞬かせながら、ゆっくりとその紙袋へと視線を落とす。
    「……へ?」
    「バレンタインだ。アンタ、こういうの、好きだろ」
     入江は今度こそ驚いた。バレンタイン? じゃあこれって、チョコレート?
    「えっ……えっ!? くれるの? 本当に?」
     入江はおっかなびっくりその紙袋を受け取った。随分と大きなそれを覗き込むと、中には色とりどりのラッピングをされたプレゼント達が詰まっているようだった。
    「こんなにいっぱい……いいの? これ全部?」
    「あぁ」
    「……わぁ〜……」
     入江はきらきらと目を輝かせる。跡部の選んだものだ、きっとどれもいいものに違いない。彼の選ぶものは間違いないのだ。紙袋を胸に抱くと、入江はにっこりと微笑んだ。
    「ありがとう、嬉しいよ! まさかキミから貰えるなんて思わなかったから驚いちゃった」
    「……そうか」
    「わざわざこのために来てくれたの? ありがと」
     もしや、この子はお世話になった人たちにこうして配り歩いているのだろうかと入江は考える。もしくは、この近くに本命の用事があるとか? だってそうでもなきゃ、わざわざこんな遠いところまで彼がくる理由が無い。
     合宿が終わって以来の、久しぶりに目にした跡部の姿は眩かった。今日はやはり素晴らしい日だ、こんなサプライズがあるなんて! 入江は満足げにしていたが、ふと跡部がどこかそわそわとした様子であることに気づく。
     不思議そうに入江が見つめていると、跡部もその視線に気がついたらしい。痺れを切らしたように、跡部は顔を顰めて口を開いた。
    「……無いのかよ」
    「え? 何が?」
    「……アンタからは無いのかよ」
     入江はしばし硬直した。跡部の言わんとすることを理解して、背を冷や汗が伝う。
     もちろん、入江はそんなもの用意していなかった。
     待て待て、と入江は考える。跡部くんとボクって、バレンタインにチョコレートを交換するような仲だっけ? この様子だとボクが当然用意しているのを期待していたみたいだけれど、氷帝にはそういった風習でもあるのだろうか。越知に詳しく聞いておけばよかったなぁ。
     跡部のためのチョコレートどころか、入江は誰かに渡すチョコレートなどひとつも用意していなかった。自分の分は買ったけれど。
    「無いのか」
     落胆した様子の声が落ちてくる。恐る恐る表情を伺うと、随分としょんぼりとした顔をしているものだから、入江は慌てた。
    「ごめん、ええっと、今から買いに行く?」
    「……いや、いい」
    「待って待って! えーっと……そうだな、今からうちに来ない? 作ってあげる! 出来たては特別美味しいよ。どう?」
     入江が必死になる必要などなかったが、合宿所でどれだけ負けようがついぞ見せることのなかった沈んだ表情を見せられてしまえば、平常心ではいられなかった。
     跡部は少し呆気に取られたような顔をしてから、しばらくして、こくりと頷いた。どこか好奇心を覗かせる顔を見て、入江は安堵する。
    「材料買いに行かなきゃ……付き合ってくれる?」
    「あぁ、いいぜ」
    「……あれ、跡部くん、キミそもそもどうやってここまで来たの? 門限いつ?」
    「子供扱いすんな!」

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