爪先を縫う「…なんかこう…。最近小次郎さ、変…じゃない?」
「変?」
「なんか、よそよそしい?みたいな?」
ベッドに横になりながらそう語りかけると、小次郎は少しだけ眉間をピクリと動かし目をそらすと、肩を竦める。まさか。と言いながら呆れたように笑って壁にもたれ掛かり、一息ついて瞼を閉じる。気のせいと言われれば、確かにそうかもしれないと思ってしまうのが人間の悲しい性だが、気のせいじゃないような気がするのは、はたして言ってしまっても良いのだろうか。
壁にもたれ掛かる彼をじっと見つめる。瞼は閉じたままだから表情はわからないけれど、腕を組む指先がちょっとだけ力んでいる感じだったり、少しだけ眉が潜められていたり、引き結んだ唇が不機嫌そうな感じに見えたり。どこか逃げ出したいような妙な緊張感がない混ぜになったかのような、不思議な様子。
打ち明けたいことが打ち明けられずにいるようにも見える。
「そういう主も」
「へ?」
「妙に緊張している」
「………気のせいじゃない?」
ドキリとしたが、へらりと笑って小次郎を見ると鋭い視線がぐさりと刺さり、別の意味でドキリと心臓が跳ねる。疑いの目、ではないがどこか訴えかけるような瞳は、見つめられると視線をそらしたくなってしまう。
フイッと顔をそらせば影が動いて見えなくなり、ベッドの脇に人が立つ気配。少しだけ見えた爪先に顔を上げるとすぐ近くに彼は立っていて、反射的に起き上がってベッドに腰かける。そのまましばらく沈黙が続くと居たたまれなくなって、わたしは座る位置をずらしてちょっとずつ彼から離れる。そうやってチマチマ離れると小次郎はチラリと一瞬こちらを見て、さっきまでわたしが座っていた辺りに腰を下ろす。
ぎしり、とベッドが軋む音に肩を竦め、視界の端で群青色の髪が揺れるのが見えた。
「そ、ういえば今日、種火狩りに行ってなかったね」
「そうさな」
「…」
「…」
ポツリと話しかけると、髪の毛に僅かに小次郎の指先が触れた気がして、ドキリと妙に胸が高鳴る。視線だけ動かして彼を見ると髪から指先が離れて、触れていた指先を見つめ手のひらをぎゅっと握りしめた。ふるふると僅かに首が横に振られた気がして、大丈夫?等と声をかける。
「…いや。問題ない」
「ならいいけど…」
そうやって話せばまたシン、と静まり返って膝の上に置いた手を自然と力強く握りしめてしまう。
また僅かに隣にいる小次郎から距離をとって、視線を全く違う方へ向ける。ぎし、と軋む音がして顔を上げると、握りしめた手に彼の指先が触れてするりと手の甲を撫でた。驚いてあからさまに一歩下がるとつい顔をあげてしまって、視線がガッチリとぶつかる。
すらりと通った鼻筋と形の整った薄い唇と、そこそこ長い群青色の睫毛に群青色の瞳。そのまま目があっていると、瞳がゆらりと揺れた気がして勢いよく立ち上がる。わたしのその様子に小次郎は少しだけ前のめりになっていた体勢を戻して、こちらを見上げて腕を組む。またぶつかった視線に目を泳がせれば、彼は目をそらしてまっすぐどこかを見つめだした。
まただ。またこの雰囲気だ。よそよそしいような、打ち明けたいことが打ち明けられずにどうすべきか悩んでいるみたいな、もどかしい雰囲気。あまりにもそわそわしすぎてるこの感じがなんとも言えず、居たたまれない。
「座らないのか」
「…えっ」
「…」
「……。…」
言われていそいそ再びベッドに腰かけるが、端っこに腰かけて小次郎と距離をとる。座らないのか、としか言われていないから問題ないはず。
少しだけ俯けば、次の瞬間すぐ傍でベッドが軋む音がして急いで顔を上げる。影がかかり長い前髪が視界を塞ぐように落ちてきて、近すぎる距離に思わず体が固まってしまった。
「何故そう距離をとる?」
「…ぁ、だって…」
「…」
「…ち、近すぎると、恥ずかしい じゃん?」
「…り」
「もっ、もう寝なきゃね!ホラ!遅いし!」
名前が呼ばれそうになった瞬間、わたしは勢いよく立ち上がって立て続けに言葉を並べじわじわ小次郎から離れる。彼の顔を見ないようにして一気にその場を離れようと足を踏み出した瞬間、グンッと勢いよく引っ張られ、ばふっと柔らかいものの上に倒れた。
反射的に閉じた瞼を開くと、小次郎は上半身だけ覆い被さるような体勢でわたしを見下ろしており、思わず目を見開く。驚きと恥ずかしさとで、はくはく口を動かせば指先がするりと頬に触れて、頭が真っ白になっていく。ぐるぐる頭が回って何も考えられずにいると影が離れて、彼は少しだけ頭を抱えているようにも見えた。
「こ…」
「手が滑った。すまん」
その悩ましげな言葉に呆れたようにため息が出そうになったけれど、おかげでわたしも腹が決まった。
上半身を起こして小次郎の着物を掴み、こちらをチラリと見たタイミングでわたしは彼のおでこにゴツン、と勢いよく頭突きをお見舞いする。ズキンズキン、とおでこが痛んで、石頭め!と叫べば、主も充分石頭だ、と彼は呟く。そのまま痛むところを撫でていれば、また影がかかって鼻筋に柔らかいものが触れたような気がして顔を上げる。思ったよりも近い彼の瞳と整った顔。ああ、と思って瞳を細めて、さっきのは唇が触れたんだなと理解するのに、そんなに時間はかからなかった。
「…」
「小次郎の瞳、綺麗だ」
「そうか」
「深い夜の色をしている」
そうやって話せばさらりと髪を一房掴まれて、僅かに小次郎の瞳が細くなる。ゆらりと揺れた光に髪を掴む手を引き寄せて、手のひらに軽く口付けをした。
なにか彼が反応する前に恥ずかしくなったわたしは手を離して距離を置くと、困ったように彼は視線をそらして、また一歩こちらに近付く。そのままじっと見つめていると、小次郎は呆れたように頭を横に振って、馬鹿だな、と呟いた。
「小次郎、」
「…」
「わたし、あと寝るだけなんだけど」
「…どういう意味で話している?」
「…」
「単なる添い寝の誘いか。それとも」
「好きなようにして良いよ」
「……。…」
言葉を遮るようにそう話して小次郎を見つめると、ちょっとだけ目を見開いた彼はまた困ったように瞼を伏せる。
視線を少し下げれば腕を組む指先に少しだけ力が込められていて、意を決してわたしは口を開いた。
「い、やじゃないし?」
「…」
「あ、でも優しくして欲しいなって…。わっ」
ボフッと柔らかい布団に倒されて、長い髪がさらりと首筋を撫でる。真っ白い天井と整った顔を見つめて足を少しだけ動かすと、衣擦れの音が耳に響いた。
「…あまり加減は分からないのだが」
「そこは、頑張って欲しい」
「…馬鹿なことを」
「ここ最近、ずーっと変だった」
「…」
「まさか、迷ってた?」
「さあ。どうだろうか」
小次郎はいつもみたいにフッ、と笑うと、指先でわたしの頬を撫でて瞳を見つめる。本当に綺麗な色だな、なんて思いながら僅かに足を立てると、また衣擦れの音が部屋に響く。おでこが触れて鼻が触れ合うと、わたしは瞳を細めてそのままゆっくりと瞼を閉じた。
さらり。髪がシーツで擦れる音が響いた。
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