宝石、石ころ、原石「すごいわねぇ。まさかマスターの部屋がこんな部屋になるなんて」
「でも気軽にお茶会できていいよね」
にこにこ話しかけてメイヴちゃんを椅子に腰かけるように促すと、彼女はムッとしてわたしを睨む。何かいけない事でもしただろうかと少し焦れば、彼女はすぐに呆れたように小さくため息をついた。
「?」
「あのねぇ…この私をお茶会に誘ったのよ?椅子を引いて座らせるとか、何か気の利いたエスコートは出来ないの?」
「あ、そっか…ごめん」
へにゃりと気の抜けた顔で笑うと彼女はサラサラと桜色の髪の毛を手で後ろに流して、その笑顔に免じて許してあげる。なんて…彼女が本当は優しいことを、わたしは知っている。なんだかんだいつもこうやってすぐ許してくれるから。
「はい。どうぞ」
「ありがとう。愛しいマスターさん」
腰かけて話す声もそのあとの衣服や身だしなみを整える指先も、メイヴちゃんは所作の一つ一つがとても色っぽい。でもいやらしい下品さはなくて…どこか上品ささえ垣間見える。まだ子どもっぽいところがあるわたしにとって、そんな彼女の所作には少し憧れを抱いている。
「それで、何を飲ませてくれるのかしら」
「紅茶!」
「紅茶?」
「うん。レモンかアールグレイかなんだけど…どっちがいい?」
「…。ねぇマスター、ちょっとゲームをしましょう?」
「え?」
「もしマスターが私の飲みたい紅茶を言い当てられたら…マスターのして欲しいことを一つだけしてあげる」
「…」
「でも外したら一日私のいうことを聞くこと。…いい?」
唐突なゲームにでも、と言葉を紡ぎかけるも彼女は聞く耳もたず。じゃあ当ててみて?とテーブルに頬杖をついて、蠱惑的に微笑む。こうなってしまうとわたしが何を言っても意味がないので…とりあえず。当てる方向で、このゲームに参加した方がよさそう…?
「えっと…じゃあ…」
「どっちかしら?」
「……レモン…?」
「レモン?本当に?」
「……うん」
「…。じゃあそれでいいわ。淹れてちょうだい」
「えっ?」
予想と違う回答に首をかしげると彼女は早くしてと頬を膨らませて、言われるがまま慌ててレモンの紅茶を淹れて彼女の目の前に差し出す。さっきのゲームとは何だったのか。よく分からないまま自分の分も淹れていると紅茶を啜る音がして、一息ついて美味しいわね。と囁く声が聞こえた。
「…メイヴちゃん、あの…」
「さっきのは冗談よ。私がそう簡単に、戦闘以外で貴女のいうことを聞くわけないでしょう?」
「…い、言われてみれば…」
「本当、騙されやすくて可愛いわね。マスターったら」
くすくすと笑う声はからかいながら凛とした声を響かせ、ゆっくりと紅茶を啜る口許につい目がいく。メイヴちゃんの唇はいつもケアしているからなのか、瑞々しくてぷるんとしていて…薄いピンク色に色づいている。紅茶で濡れてもどこか色っぽく、伏せたまつ毛も長くてきれいで…同じ性別のわたしでもうっとりと見とれてしまう。
「…」
「見とれても何もあげないわよ」
「…メイヴちゃんは可愛いなぁって思って」
「当たり前よ。でも…マスターも十分可愛いわよ。私の次くらいに」
「…そ、そうかなぁ」
メイヴちゃんの言う可愛いは、よく分からない。さっきみたいに騙されやすくて可愛いのか、それとも容姿のことも含めて可愛いのか。はたまたちっぽけな存在で可愛いのか。はっきりと言ってくれないからいつも分からない。
…でも、褒められたのは嬉しいので素直に笑って頬を掻く。
「メイヴちゃんにそう言ってもらえると自信つくかも」
「自信なかったの?」
「…ちょっとだけ」
なんせ周りのサーヴァントは、みんなキラキラしているから。わたしなんてあの中にいたらきっと宝石の中に転がる不純物…石ころぐらいなものだろう。そういう人たちに長く囲まれていると…自然と自信を無くしていってしまうものなのだ。
「ふぅん…でも、宝石よりも石ころの方がいい人もいるんじゃない?私にはよくわからないけれど」
「本当にそんな人がいたら、きっと相当な物好きなんだろうね」
「ええ。そう思うわ。…でも、マスターは石ころと言うよりは原石ね」
「原石?」
「磨けば光る。…でも、どう磨いてどう輝かせてくれるのかは…貴女に興味を持った人次第」
「…メイヴちゃんも、その興味を持った人に入る?」
ぽつり。つい言葉が出る。聞かない方が良かったのかもしれないけど…聞いてしまった。今こうして一緒にお茶を飲んで、何かと気にかけてくれる彼女も。わたしに興味を持って磨いてくれているのだろうかと。
「私は恋多き女よ。貴女にばかり構って磨いてあげてる暇はないの」
「…そうだよね」
「だから、喜びなさい。貴女を磨いてあげているのは…ここにいる全員なんだから」
「全員?」
「ええ。つまり、どんな風にも貴女は輝けるってこと。…今だってこうして忙しい私が、わざわざ時間を割いて一緒にお茶を飲んで…丁寧に磨いてあげているでしょう?」
本当はもっと感謝して欲しいぐらい。と話す声は、怒っているというよりはどこか楽しそうに弾み、カップをカツン とソーサーに置く音が響く。彼女はごちそう様。と言うと立ち上がってこちらを見向きもせずに部屋を出ていき、たった一人。ぽつんと部屋に残される。
「原石……」
今まで石ころだと思っていたのに、メイヴちゃんのあの一言でひょいと簡単に気持ちがもち上がる。…だって、磨けば光る だなんて。今まさにキラキラと輝いている彼女に言われた言葉だと思うと…この上ないほどの、すごい誉め言葉じゃない?
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