今年もよろしくお願いします 「悟は何をお願いしたの?」
「んー?ナイショ」
「えぇ」
参拝が終わり、列から離れると皆が待っていた。今日のメンバーは、硝子、歌姫、七海、灰原。あとから夜蛾も合流して、ご飯を食べに行くことになっている。
人混みに飲まれそうになる度に、傑に救出されながら、ようやくおみくじまで辿り着く。何も考えずに引くと、僕の手元には大吉と書かれた紙がやってくる。でも、隣では小さく呻く声が聞こえた。
「凶?去年も引いてなかった?」
「うーん…内容も良くないし、今年こそ死ぬのかもしれない」
「そう言って去年も生きれたでしょ。それにほら、縁談は良さそうじゃん。運命の相手が現れるかもって」
「運命の相手って、。私が誰かと結婚するイメージつく?」
「まっっっったく」
「ほら」
傑の様子を見るに、未だに決まった相手は居なそうだ。まぁでも不特定の誰かは居そうだし、週一は朝帰りしてるし。言わないだけで、居るんだろうな。
傑は口を尖らせながら、おみくじを木の枝に結んでいた。ポケットの中で手を握ると、深呼吸してから会話を続ける。
「聞いたことなかったけどさ、好きなタイプとかってあるの?」
「好きなタイプ?うーん…可愛い系とか?あ、でも、朝弱いから朝ごはん作ってくれる子がいいな。あと重すぎるのはちょっと」
「重いって?」
「知ってるでしょ?前に何度かストーカーされてたの。別にいいんだけど、任務とかまでついてこられると危ないし、呪術師って仕事もね。ある程度、理解ないと無理じゃない?」
「じゃあやっぱり呪術師?」
「そっちの方が楽だなぁとは思う。なんで?」
「んー?いや、気になっただけ」
確かに呪術師の仕事を説明するのは難しい。でも、だからと言って、収入源謎の奴も怪しく見える。あと呪具とか。御札とか。見つかった時に、変な宗教にハマってる奴と思われるのも分かる。
そうなると呪術師が楽な相手になるが、残念なことに変わり者ばかりだ。だからと言うべきか、昔からの呪術家系じゃない限り、結婚率は異常に低い。そして離婚率も高い。だからなんだって話ではあるんだけど、でも、第一関門突破だ。まだ諦める時じゃない。
人混みの中でようやく合流できると、ぽつぽつと出ている出店で買い食いを始める。その中でみたらし団子を見つけると、二つ買って隣に渡した。傑の観察を続けながら、タイミングを窺う。…コイツ、人の仕草とかはよく見てるけど、自分に向けられてる好意とかには気づかないタイプなんだよなぁ。僕が!こんなに!見てるのに。いつになったら気づくんだろう。なんやかんやアプローチを始めてから、半年は経つ気がする。
「ん?足りなかった?私のいる?」
ほら。気づかない。
僕だって呪術師だし、長年一緒にいるから互いのことも分かり切ってる。実家だって太いし、朝ごはん毎日作ってるし、どちらかと言えば可愛い系でしょ?それに、傑が重いと言ったら、ちゃんと嫌なことはやめる律儀さとか清純さとか持ってる。
大晦日に本当はちゃんと言いたかったのに、傑が早々にお酒で潰れてしまって、話すどころじゃなかった。でも、今日!一年の初め!この一年の関係性を変えるなら今!
貰った団子を食べながら見つめるも、困った顔をしながら口元を指で拭ってくる。その指が戻っていく前に、ぱくりと口に入れると更に困った顔をした。
「そんなにお腹すいてるのかい?」
「かあいいらろ」
「そんなことしなくても可愛いよ?」
「らぁ、おれえよくらい?」
「ん?」
「っは、…べつに…」
こんなに分かりやすく言ってるのに、伝わらないなんてある??僕が悪いのこれ。悪くなくない?これ。
むすぅっと頬を膨らませても、はいはい、と頭を撫でて宥めてくるだけだ。こんな鈍感野郎いる?いなくない?
今度はもっと分かりやすく言ってみようと、傑の手を掴んだ。そのまま恋人繋ぎに移行して、顔の前まで持っていく。もっと顔を近づけて、もっと目を見つめて。
「す、 、きなんだけど」
「悟は昔からお団子好きだよね。もう一本買う?」
「傑が!!!」
「私?私はもういいよ。君の食べっぷりを見てる方が楽しいし」
「傑が好きだって言ってんの!!!!!!!」
あまりの苛立ちに、思っていたよりも大声で叫んでしまう。ガヤガヤしていた周囲が急にシーンと静まり返って、視線がこっちに集中する。
「えっ、あっ、」
やらかした。大の大人が男に向かって好きって叫ぶとか。ただでさえ目立ってたのに。傑もぽかんとしたままだ。意味は伝わってる?答えは?こんな状態で放置しないで欲しい。
「なっ、…なぁんちゃって、、みたいな…」
傑からパッと手を離すと、直ぐにポケットにしまった。こんなふざけて言ったみたいな雰囲気にしてしまったら、もうやり直せない。失敗した。
足を自然に後ろに下げていくと、逃げ出す為に腰を捻らせる。これでしばらくどころか、一生告白できない。…うわ、泣ける。
咄嗟に逃げようとした手を引かれると、周りには聞こえないように耳打ちしてくる。
「私のこと好きって言った?」
「…言っ、てない。」
「本当に?」
「………」
手が熱い。顔が近い。寝坊したから香水の匂いじゃなくて、傑の匂い。声も、息遣いも、全部好き。安心する。ドキドキする。ずっと何度も、隣に居るのが俺だったら良いのにって思って。
「…俺は、男だから。オマエの好きにはなれない、から。いい。」
「………そう」
傑から手を離されると、はぁっと息を吐き出した。震える手で裾を直して、前髪を直して、背を向けて歩き出す。
これでいい。別に今の関係性を変えたいとか、そんなんじゃない。親友として一緒に居れるなら、それでいい。望みすぎて良いことなんてない。
ただ少し気持ちに区切りがついたような気がして、ぽっかりと穴が空いたような喪失感を覚える。付き合ったら、ずっと抱き着いてても文句いわれないかも。付き合ったら、もっと近づいても許してくれるかも。付き合ったら…
「…っ…」
「悟」
後ろから手を捕まえられると、流れるように腕の中に着地する。ぽんぽんと背中を叩かれて、自然と嗚咽のようなものが出てくる。隣から何か言われるが、そんなの耳に入らない。
「すぐる、っ…ぐる、…っき、すき、ごめ、…ごめん、」
「どうして謝るの?私は嬉しかったよ」
「いわなきゃよかった」
「そんなことないよ」
傑を、困らせている。宥めるだけ宥めて、俺の言葉に返事はない。長年一緒に居たからか、直ぐに見抜けてしまう。どうあっても、これ以上の関係性にはなれないと言い渡されているみたいだ。
傑の指先が耳に触れて抜けていくと、ゆっくりと腕から離された。嫌でも顔が見えて、目線を逸らす。傑の答えは、もう分かっていた。
「付き合っても、あまり今と変わらないと思うけど。それでもいいなら」
「え」
「だって、隣に居れば抱き着いてくるだろう?手も繋いでくるし、ベッドでも一緒に寝てる。…てっきり私が忘れてるだけで、告白されたのかと思ってた」
「ぁ」
そう考えると、傑が作業中に構って欲しくて距離を縮めたり、知らない女と話してるのを見たくなくて、勝手に連絡先消したりしたような気がする。半分おふざけ、半分本気ぐらいでやっていた行動が、全て付き合ってるカップルがやりそうな事だ。
急に今までの行動が恥ずかしくなってきて、傑の腕を引っ張って、また腕の間に逃げ込んだ。そういうところだよ、と言いたげな笑いに低くく唸って威嚇する。
「今年もよろしくね、悟」
そう言いながら、初めて頬に唇を当てられると、また顔が見れなくなる。自然に繋ぎにいけなくなった手が捕まって、ぐっと距離を縮められる。
今までやられてきたことをやり返すように、にやにやと意地悪に笑っている傑の背中を、拳で思い切り殴りつけた。