Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    kuduchan

    @kuduchan

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 18

    kuduchan

    ☆quiet follow

    14巻時空のはっかいの話 はちみつはちみたいな描写はあるっちゃあるけど本題ではない。

    八戒には兄が二人いる。一人は血の繋がった兄、柴大寿。もう一人は血の繋がらない兄貴分、三ツ谷隆だ。
    両親が不在の家で、兄はこの家の長だった。母と離婚した父が三人の子どもを引き取った後、具体的にどこで何をしているか、幼い頃は良くわかってはいなかった。周囲より頭一つ抜け出たマンションは、子供だけで住むには、とても広かった。良くも悪くも、金に不自由はしなかった。金が全てではないということを早々に知れたのは、良かったと言えるだろう。しかも立派な兄がいて、美しく優しい姉がいる。けれど、どんなに人から羨まれようが、八戒は家が嫌いで嫌いで仕方なかった。何が、と問われれば、答えは一つ。兄、大寿が恐ろしかった。
    大寿はトイレの電気をつけっぱなしだとか、門限を数分破ったとか、買い物に抜けがあったとか、些細なことで手を上げた。同学年と比較して、大寿は明らかに身体的に恵まれていた。小学生の頃から中学生と間違われるほどに。しかし、そんなことお構いなしに、手加減せず殴った。顔や体から、痣が消えたことはなかった。そして殴ってから、オレはお前らに期待しているから強くあたるのだと言って、頭を撫でる。その手は、今さっきまで暴力をふるっていたものとは、どこか違う。だから長いこと、我慢できたのかもしれない。加えて姉の柚葉が身を挺して八戒を守ってくれたので、かろうじて家族が分裂せずに済んでいた。
    しかしそれも細く頼りない糸で繋がっていただけで、切れてしまった。もう何年も八戒は大寿に会っていない。柚葉から飲食店のオーナーをしていると聞いたが、会いに行かなかったし、会いにも来なかった。半径十数キロで暮らしているのに、人の多い東京の街で偶然に巡り合う可能性など、肉親であっても、かなり低い。
    いつの間にか、もう一人の兄である三ツ谷といた時間の方が、長くなった。
    三ツ谷の家は八戒の家とは正反対だ。三ツ谷の家は母子家庭で、鉄の階段が錆びた、頼りないアパートに四人で住んでいた。深夜だが母きちんと帰ってくるし、兄の三ツ谷は幼い妹たちの世話を当たり前のようにこなしていた。三ツ谷は初対面だった八戒さえ、まるで古くからの知人のように家にあげ、食事を出した。子どもだけの騒がしい食卓のしょっぱい味噌汁の味は、八戒の記憶にずっと残っていた。

    中学二年のクリスマスを、一生忘れはしないだろう。八戒は実の兄を殺そうとした。東卍の仲間を巻き込む気はなかったので、辞めてから実行するはずだったが、優しい仲間たちのおかげで、誰も死なずに済んだ。もし三ツ谷、マイキー、ドラケン、千冬、そしてタケミチがいなければ、八戒か大寿のどちらかは死んでいたに違いない。
    互いに殺意を向け合ったその日から、柴家はバラバラになった。大寿は家を出て、柚葉と八戒は家に残った。望んでいた「普通」が、ようやく手に入った。
    今思えばたったの三歳、年の離れた長男が親の代わりをしようというのに、無理があったのだ。とにかく苦しかったに違いない。兄も、姉も、八戒自身も。兄は八戒の復讐に泣いて怒っていた。兄の涙を見たのは、あの時が最初で最後だ。
    血の繋がった家族というものは、ときに人生の呪縛になる。離れた方が、幸せに生きられるという道もある。たまに兄を思う時、大抵は苦しい記憶に阻まれ、それ以上考えられなくなったが、今では何をしているのだろうと思うことさえある。一緒にいた当時は恐怖と嫌悪だけだったが、大人になると、そう思える余裕が出てくる。いつかまた、兄に会ったとき、おそらく一緒に暮らそうとはならないはずだ。大寿も柚葉も八戒も、自分の決めた人生を歩んでいる。
    結局八戒が選んだのは、東京卍會の一員として、三ツ谷と生きる道だった。

    八戒が入った頃の東卍は、今と比べ物にならないほど小さかった。五人の創設メンバーと、その創設メンバーたちが連れてきた数名が、とくに理由もなく集まっているという感じだった。三ツ谷率いる弐番隊副隊長という肩書を、総長のマイキーから与えられ、三ツ谷とペアのように扱われることが増えた。いくら一緒にいても、三ツ谷が仲間に手を上げることも、怒鳴り散らすこともなかった。いつも落ち着いていて、苛立っているところさえ、ほとんど見たことがなかった。八戒が家で殴られ怪我をしていくと、三ツ谷は何も言わずに手当てをしてくれた。いつだって実の妹と同じように、他人のはずの八戒に接してくれた。甘えさせてくれる三ツ谷の隣は、おそらく誰にとっても居心地が良いものだろう。それにずるずると寄りかかり、次第に自宅と三ツ谷の家での生活の割合が変わっていった。
    三ツ谷の妹であるルナとマナは、最初こそ他人行儀であったが、それほど長くかからず、八戒をもう一人の兄のように慕い始めた。二人が高校生になるころには、三ツ谷と八戒の仲の良さが、単なる友情ではないことに気付いたかもしれない。それでも二人とも何も変わらず、八戒と家族のように接し続けてくれた。柚葉も、八戒の選択を見守ってくれた。恵まれていた。これがあの夜もたらされたクリスマスプレゼントなら、もうこれ以上望むものはない。
    「愛しているぞ、八戒」
    折に触れて大寿はそう言った。兄は、強く正しい。三ツ谷に出会うまで、愛というものを、暴力で受け止めることしか知らなかった。これが受け止めるべき愛と呼ばれるものなら、要らないとさえ思っていた。でも今ならわかる。愛は苦しいときもあるが、それだけではないことが。
    ずっと、この幸せな時間が続くことを願っていた。どんどんあらぬ方向に向かう東京卍會から、目をそむけながら。東卍がどうあろうが、三ツ谷と一緒に居られれば、三ツ谷について行ければ、それでよかった。それがささやかな願いなのか、身に余る願いなのか、どちらとも判別はつかない。八戒の幸福の傍らで、新生東京卍會が、少なくはない人数の人生を狂わせたことは確かなのだ。

    ドラケンとパーちんが、立て続けに殺された。容疑者は別の人物とされていたが、首謀者はおそらくイザナと稀咲だろうということが、経験上分かる。創設メンバーの中でも、最もマイキーに近いと思っていたドラケンが殺されたのだから、三ツ谷が逃れられるという確証などどこにも無かった。
    三ツ谷は二人の死を悲しみはしたが、怯える様子はなかった。賢い三ツ谷なら、被害が自分にも及ぶ可能性は十分に視野に入れているはずだ。近いうちにそうなることを受け入れてしまっている、という雰囲気で、八戒の方が焦った。隣にいた十数年、どれだけ三ツ谷に甘えてきたのかわからない。八戒がこれまでの恩を返すなら、今がその時だった。恩というより、純粋に三ツ谷には生きていて欲しかった。三ツ谷が死ぬなんて、八戒は受け入れられない。願わくば、自分より一秒でも長生きして欲しい。ルナとマナの結婚式のドレスをデザインしたい、作りたいと言っていた。三段構えのおとぎ話に出てくるような巨大なウエディングケーキだって、三ツ谷なら作れるかもしれない。そこに八戒も参列し、二人の妹の新たな門出を見送りたい、そう話していた。気配はないが、柚葉が結婚するなら兄である大寿は来るだろうか、と話したこともあった。家族も同然、八戒にとってはむしろ家族よりも近しい人間が三ツ谷だ。いくつもいくつも、数えきれないほど、思い出せないほど、実現していない未来がある。
    初めて喧嘩をした。八戒が苛立ち、三ツ谷がそれをなだめるだけだったから、喧嘩と言えるかは微妙だ。三ツ谷がマイキーに命を預けると言ったことも、その時に初めて知った。
    「タケミっちが東卍抜けるとき、マイキーは引き止めたがって、オレとドラケンはタケミっちの好きにさせたかった。マイキーがタケミっちのこと大好きだったのは知ってるけど、オレらも大好きだった。気持ちは同じなのに、上手くいかねぇもんだよな。だから、オレらはマイキーと約束したんだ。オレらの命を預けるから、タケミっちを自由にしてくれって。三人しか知らない。誰にも言う気はなかったんだ」
    告白を受け、兄を殺そうと思った時以来、泣きじゃくった。タケミっちに恩があるのは、八戒も同じだ。むしろあのクリスマスの夜に報いなければいけないのは、三ツ谷ではなく八戒の方だ。三ツ谷は八戒を守ろうとして、あの場に現れただけなのだから。
    「タカちゃんは、ルナもマナも、オレも置いていくの?」
    責めているのか縋ってるのか、混ざった声を出せば「男に二言はない」と静かに笑った。小柄ながら、どこまでも器の大きな男だ。八戒はふいに、実の兄に殴られたことを思い出した。三ツ谷とは真逆の、どこまでも自分の願望を押し付ける男だった。しかし大寿の元で鍛え上げられていたら、まだましだったかもしれない。苦しみぬいても、三ツ谷を救えるほど強くなれたかもしれない。もうおぼろげになった記憶だが、兄の手の平は温かかった。良い思い出ではないが、確かに兄にも、愛はあったのだろう。あれが単なる暴力ではなく愛であったなら、むしろ苦しくなる。どこまでも不器用な愛だった。

    マイキーが変わってしまったのは、イザナが原因だ。家族という言葉を盾にして、他を介入させようとしない。閉鎖的な関係は、かつての大寿が暴君として君臨していた柴家に似ている。三ツ谷や大寿のように、マイキーの兄には、愛があるのだろうか。マイキーはこれで良いのだろうか。家や血縁という呪縛から解いてくれたマイキーを、今度は八戒が解く手伝いができるのではないか。
    マイキーからイザナを引き離し、正気に戻す。
    それが唯一、東卍を正常化させる方法に思えた。事は一刻を争う。作戦を考えている余裕などなかった。話しあえばわかるかもしれない、というより、八戒ではマイキーにもイザナにも、力で敵うわけがない。あの二人の肉体的な力に加え、今では東卍という巨大な組織のトップとしての社会的な地位さえある。普通に考えれば、八戒が何をしようと彼らを止めることはできない。意見しようとすることは、文字通り、捨て身だった。
    あのクリスマス、マイキーは大寿率いる黒龍を壊滅させたが、一番のヒーローはタケミチだった。大寿に何度殴られても立ち上がる姿に、八戒は勇気をもらった。勝ち目のない戦でも、戦わなければならないときがある。

    意を決し、数年ぶりにマイキーに直接電話をした。緊張しながらもボタンを押すと、確かにマイキーが出た。
    「八戒か?」
    どうやら番号を消されてはいなかったらしい。
    「少し、話したいことがあります。今からでも、会えませんか」
    言い終わって、ゴクリと唾をのむ。少しの沈黙が、とてつもなく長く感じられる。
    「……うん。じゃあ場所は、」
    マイキーは場所を指定すると、電話を切った。
    指定された郊外の工場に車を走らせた。もう使われていないのか、一帯から人の気配もしない。マイキーの姿を捜し、工場内に入る。心を決めたはずなのに、脚が重い。行き止まりの部屋に辿り着いたとき、後ろから聞き覚えのある笑い声が聞こえた。振り返ると銃を持った鶴蝶が、じっと八戒を見つめていた。そしてその後ろには、案の定イザナがいる。
    「マイキー君は」
    「その部屋で待ってるよ」
    イザナがすっと人差し指を上げながら、鶴蝶の横をすり抜け、八戒の目の前に来る。
    「何話しに来たんだよ。オレが聞いてやるよ」
    小首をかしげると、花札を模した大きなピアスが不気味に鳴った。八戒が答えなければ、容赦なく顔に拳を入れた。足元をふらつかせると、間髪入れず脇腹に蹴りが入った。固いコンクリートに頬が触れる。
    「なぁ、オレが聞いてんだよ。殺されてぇの?」
    イザナは暴力を何とも思っていない。生きていく過程で、当然にそこにある行為なのだ。懐かしく、思い出したくない理不尽な暴力。骨の折れる音が先か、悲鳴が先か、抵抗できなくなるまで暴行を続けると、イザナは尋ねた。
    「今死ぬか、マイキーに殺されるか、選ばせてやるよ」
    この男たちと話に来たのではない。マイキーのいる部屋の方を見ると「へぇ」とイザナは嫌味に笑った。
    鶴蝶が扉を開ける。そこには本物のマイキーがいた。扉の外で何が起こっているのか、聞こえていなかったわけがない。冷たい目で、床に転がる八戒を見下ろしていた。
    「処分しといて」
    イザナはそう言うと、マイキーを抱きしめ、先に鶴蝶と出ていった。
    「どうして来た?」
    床や壁に液体をまきながら、マイキーが尋ねる。痛みのおかげで、意識ははっきりとしていた。
    「タカちゃんは、殺さないよね。……殺さないって言ってくれよ」
    「……必要があれば、殺す」
    「どうして」
    「どうしてだろう。理由は、イザナが知ってる」
    ペットボトルに入った液体が、全て床にまかれた。マイキーの手から離れたボトルが、コロンと軽い音を立てる。敵意は感じないが、味方というわけでもない。まるで色のない透明な声だった。マイキーの手から、火の点いた新聞が放られる。瞬く間に、部屋は赤く染まった。その灯が、マイキーの冷たさを際立たせた。
    「来ない方が良かったのに」
    「無駄だとしても会いたかった。会って話がしたかった」
    マイキーは八戒にはさほど執着がないのは分かっている。マイキーが特別大事にしていたのは、創設メンバーだ。クリスマスの夜も、三ツ谷が関わっていなければ、見捨てられていたかもしれない。それでもあの日マイキーはタケミチと共に、苦しみから八戒を、兄を、姉を、救ってくれたのだ。まさに救世主だった。
    「マイキー君、最後にまたタケミっちと、みんなで騒ぎたかったな」
    幾度となく東卍を窮地から救った花垣武道は、今どこに居るのだろう。一般人になって、この狭い東京の中で暮らしているのか、はたまた八戒が行ったことのない遠い場所にいるのか。三ツ谷とドラケンが彼を解放した後、その行方を誰も知らない。人形のように固まった表情で、マイキーはここで死ぬ運命にある八戒を眺めていた。マイキーとイザナの中には、八戒と大寿と同じように、同じ血が流れているのだろうか。目の前の男が、三ツ谷たちを救うため「メリークリスマス」と言いながら教会に入ってきた人物と本当に同じなのかと疑う。ここまで非情になるに十分な時間が、マイキーの中で流れたのだとすれば、八戒は随分と能天気に過ごしてしまったのかもしれない。

    『アーメン』
    低音の祈りが、どこからか聞こえた。おそらくは、頭の片隅にある長いこと触れることのなかった記憶だ。
    焼かれる中で、八戒が思い出したのはクリスマスの夜に見た、真っ白な雪だった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    kuduchan

    DONEどこか遠い場所フィリピンでマイキーが死んだ時、イザナは荒れ狂った。その訃報を流したテレビに向かって、目の前にあったスマートフォンを投げつけ、画面が割れた。亀裂は画面に影を落とし、音だけはなんの異常もなく、不気味に流れていた。
    「なんでそんなとこにいるんだよ」
    フィリピンはイザナの父の故郷らしい。そしてイザナにも、その血が流れている。浅黒い肌と銀色の髪は、フィリピン人というよりは、どこか別の土地、人種の血も混じっているように見える。イザナの故郷も、両親の顔も、彼にまつわるルーツを本人はおろか、誰も知らない。
    「誰だよ、どこのどいつが殺したんだよ。鶴蝶、テメェ調べてこい」
    ヒステリックな怒号が飛ぶ。しかし鶴蝶は慣れたもので、狼狽えることなく部下たちに電話で指示を出した。おそらく数日で調べ上がるだろう。その間、イザナは殺意を込めた言葉を繰り返していた。
    「テメェがマイキーを見張ってなかったせいだってわかってんだろうな」
    「悪かっ」イザナの拳が鶴蝶の頬を捉える。手加減のない怒りがこもっていた。
    「テメェみたいな役立たずだけじゃ不安だろ。稀咲にも伝えとけ」
    吐き捨てるように言って、イザナは頭をかかえた。この場 5231

    recommended works