もっと見せて萌葱色「カイチョーお願い!ボクと一緒に今度の休みの日、洋服を買うのに付き合って!」
生徒会室へ嵐のようにやって来た鹿毛で白いアッシュが入った髪を持つ小柄のウマ娘ことトウカイテイオーが両手を合わせて懇願する。
「テイオー!扉を開ける前にノックをしろと何度も言ってるだろ。それに会長は絶対安静の身なんだ。」
品行方正、容姿端麗、学業優秀の3つを兼ね備えた副会長のエアグルーヴが一喝する。
「構わないよ、エアグルーヴ。首尾一貫した方針で臨めたから直近3ヶ月は急ぎの仕事はないからね。それに、トレーニングが出来ないからと 仕事に嘔心瀝血しすぎている、たまには悠悠閑適するべきだとトレーナー君に こないだ叱られてしまって。彼にまた迷惑至極な思いをさせる訳にもいかないから、喜んで同行するよ。」
生徒会室の1番奥の椅子に座るトレセン学園の現会長、シンボリルドルフはエアグルーヴを宥める。その左手首には包帯が巻かれている。
「やった〜!カイチョーと2人で出かけるのって、久しぶりだ〜こないだのカラオケ以来だよね〜!」
「そうだな。あの時はテイオーから『助けて』と連絡が来て吃驚仰天したよ。君が無事安穏で本当に良かった。」
「あっはは〜…。どうしてもカイチョーに会いたくて〜嘘言っちゃってごめんね?」
「テイオーッ!会長に嘘を言うなど、この たわけ者!会長も会長です!テイオーに甘過ぎます!」
まるでお転婆な娘と 娘に甘い父親そして2人を咎める母親のような構図である。
約束の日。2人は広いショッピングモールに来ていた。
「目星がついている物があるのかい?」
「実は会長に、大人っぽい服をボクにコーディネートして貰いたいんだ!」
「大人っぽい服?」
「今日だってカイチョーの私服は大人っぽいじゃん!ボクもそういう服を着てみたいな〜って思って。」
白緑色のストレートパンツと青色のスカーフベルトはショルダーバックと同じ差し色で、深緑色のカーディガンの下に黒レースのインナー、そしてナイロール型の黒色の眼鏡。全体的に寒色系のカラーで纏めた私服のシンボリルドルフをトウカイテイオーは下から舐めるように見る。
「マヤノに、しょっちゅう『テイオーちゃんはまだまだコドモだよね〜』って からかわれる し、トレーナーなんかヒドイんだよ?『出かける前にハンカチティッシュは持ったの?』とか毎日、耳にタコができるくらい小言を言ってくるの!」
悔しいっ!とトウカイテイオーは地団駄を踏む。シンボリルドルフは、ふふっと笑うと、ふと思い出した。
「小娘なんて当たり前だ。まだ高校生だろルナは。」
すまないな、手が勝手に。と慌ててくしゃくしゃシンボリルドルフの頭を掻き回していたトレーナーの手が引っ込まれた。思い返せばアレは自分を子供扱いしていた。確実に、そして今も。
「だからボクの普段とは雰囲気が違う大人な洋服を着て、1番綺麗なウマ娘ねってトレーナーに言わせたーい!」
ね?いいでしょ?と上目遣いで見上げる様は可憐で、もし彼女の女性トレーナーがいたら『私の愛馬が!』と叫んだだろう。
「断る理由がないよ、テイオー。その代わりと言っては何だが、私の買い物にも付き合ってはくれないか?『断る理由がない、予定を』!…ふふふふ…。」
「もちろn…!えっ……。」
「う〜ん。まだ怪我が治り切っていない身体には、このメニューは無理をさせてしまう。完治が7ヶ月か…。」
トレーナー室の部屋中の隅から隅までウマ娘の怪我についての資料で散らばっていて、足場さえない。もう何日寝ていないのか忘れた。ルドルフは怪我をしてから毎日夜遅くまで生徒会の仕事をしているらしく、コンディションが寝不足気味である。彼女いわく『今の私に出来ることなら、これくらい何でもないさ。』らしい。基本的に彼女は自分の弱さを他者に見せがらない。だから、彼女が自身の幼名を教えてくれた事は素直に嬉しい。こないだの事故、また夏合宿の時もそうだったが悲鳴が聞こえると誰よりも早く駆けつける。本人の威圧感で周りは畏敬の念を抱くが、本当はとても優しいのだ。
「私にとって幸福なこと、ね。」
こないだのルドルフの言葉を復唱する。白状をしよう、俺はシンボリルドルフに惚れている。彼女と初めて会ったあの日からきっと。彼女は、あの『皇帝』シンボリルドルフで自分の担当ウマ娘だ。そして大人びているが、まだ彼女は学生だ。世間も俺自身も絶対に許さない。
「小娘なんて当たり前だ。まだ高校生だろルナは。」
その言葉は俺自身に言い聞かせていた。彼女はこの先、俺なんかより、もっと頼りになる人と一緒になるんだ。そこで笑っていてくれさえすれば、それでいい。だけど。
「トレーナー君。」
気付くと目前いっぱいに凛とした声と思い人の顔があった。
「うぉっ!る、ルナ…いきなり現れてビックリしたぞ…。いつ入ってきたんだ?」
俺はバッと思わず席を立った。
「ノックをしても返事がないので一朝之患して今入ってきたんだが、隈が酷いぞ君。ちゃんと寝ているのか?」
「そういうことか。大丈夫だよ、それよりも今日は確かトウカイテイオーと遊びに行ってきたみたいだけど、随分と引き上げるのが早いな。休日なのに制服にわざわざ着替えてきたのか?」
「君の大丈夫は一帆順風ではないことの方が多い。私のために君が一意奮闘しているのに、私だけ おちおちしていられないだろう。あと、学内は制服で登校するという校則だからね。」
全く…と呟くシンボリルドルフはトレーナー室にあるソファに腰をかけ、俺も彼女と対面するような形で座る。大丈夫が大丈夫じゃないのはルナもだろと思いつつ 彼女の右手に持っている小さな白い紙袋が気になった。
「ん?これかい?君に似合うと思ってね。」
そう言うと紙袋から出して、緑色のリボンで十字掛けされた箱を渡された。
「開けてごらん。」
そう急かされて丁寧にリボンを解くと小さな深緑色の石が入ったネックレスだった。
「これってもしかして天然石…?」
「残念だけど違うよ。シンセティックストーンと言われる物だよ。天然石とほぼ同じで人工的に作られた合成石だ。工業用のカッターや医療機関で使われるメスなどでも、この石を加工して利用されている。人の為、ウマ娘の為にシンセティックストーンは、なくてはならない存在なんだよ。」
天然石とは違う淀みが全くない人工石の輝きも私は好きだよ、と語るルナ。
「ありがとう、でも、なんで急に…?」
「君は私が学生だから、君の担当ウマ娘だからと気にしすぎて本末転倒しているのではないか。」
いつの間にか移動したのかルナは俺の隣にいる。それにしても。
「距離が近すぎではないデスカ。」
「ネックレスを付けてあげようかなと。」
お互いの鼻先がぶつかりそうなくらい近い。
自分で付けられるからとか、普通ネックレス付けようとするのって後ろからじゃないの?とか、そこまで近付く必要ある?とか、良い匂いがする、唇が柔らかそうだなとか色々言いたい事と思うところがあるが。
「包帯が取れかかっているから手を貸して。」
怪我をしていない方の右手を絡めて、壊れ物を扱うかのようにそっと引き寄せた。
「金具が引っかかって解けたみたいだな。」
そう言いながら慣れた手つきで包帯を巻く。
「もうこれで解けないはずだよ。」
パッと彼女の顔を見ると
「……。」
真っ赤になって俯いていた。
「えっと…ルナ…?」
何だかイケナイものを見てしまっている気がして俺まで顔が熱い。普段の彼女が絶対見せないような表情が見れてもっと見ていたいという気持ちも鬩ぎ合っている。いつもは凛々しくて格好いいと周りから評価されている彼女が、今は誰が見ても可愛いと口を揃えて言うだろう。
「何でもないよ、トレーナー君。目的の物も渡せたし私はこれで失礼する。」
早口でそう言うと自分の寮へと走早に駆けて行った。去って行ったルナの後ろ姿を見送ったあと、結局彼女の手では付けられなかったシンプルなデザインのネックレスを自分で付けて呟く。
「そういえばルナの勝負服も緑色だった、よな。」
緑色を基調とした私服を彼女は今日着ていた事を俺は知らなかった。