月夜の邂逅これは、正史の中にあった物語ではない。
枝分かれを起こした運命のうちの一つ、世界が選択しなかった道であり、微睡む世界が見たあり得ざる『もしも』である。
月の下の国、の名を持つこの国には、世にも美しく、人柄穏やかな皇子がいた。
名を、高長恭。
母の姓名もわからぬ身の上の三男ながらも優秀で、戦の腕も立つ、まさに童話の中に現れる理想のような出で立ちは、王からすらも認められ、そして疎まれた。
寓話の中の英雄がその実もっとも苦しめられるのは、幾千幾万の戦いよりも、ひとつの無理解であろう。
父であり王である男は、何に対しても怖がりな男であった。
それは息子たちに対してであれ、妻たちに対してであれそうで、いつでもなにかに怯えて背を丸めている、そんな風情の、王には到底不向きな男。
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