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    人間界if鍋島さんと平尾さん。

     一瞬、誰だか分からなかった。
     振り返る動きに合わせ、ゆるく束ねられた赤い髪が肩から滑り落ちる。
    「平尾さん!」
     頭に浮かんだ名前が、となりから発せられた。
    「入間様」
     そのひとはやわらかな、笑みを浮かべた。それだけで、硬質な印象が一変する。
    「こんにちは、奇遇ですね。お仕事ですか?」
    「はい、今インタビューをさせていただいたところで」
     そこまで言って、佐藤はこちらを振り向いた。 
    「あ、すみません、鍋島さん。こちらは平尾さん、去場社長の秘書です」
     そう、にこやかに紹介をする。余計なことを。思ったが、無視するわけにもいかない。
    「はじめ……」
    「ええ、知ってます」
     こちらの挨拶を遮るように、彼女は言った。
    「久しぶりですね、啓護くん」
    「お知り合いなんですか?」
    「ええ、同じ学校だったもので」
    「そうなんですか!」
     佐藤は好奇心に目を輝かせた。
     余計なことを、と睨めつけると、ぱちりと正面から視線が合った。が、平尾はそれをするりと交わし、佐藤へと笑みを向けた。
    「去場様がさみしがっていましたよ、週末にでも顔を出してください」
     言葉遣いはともかく、年の離れた姉のような話し方に、佐藤も幼く見える顔で頷いた。
    「すみません、お邪魔して。それでは失礼します」
    「いえ……」
     目を伏せ、一歩下がる。
     ゆっくりと彼女は一歩踏み出した。距離が最も近づき、離れるその一瞬、
    「また連絡しますから。番号、変わってませんね?」
     するりと肌を撫でるような囁きを残し、彼女は歩いていった。
     今すぐ、拒否するべきだ。沈黙は肯定。なのに、舌も足も動かない。
     真っ直ぐに歩く後ろ姿を、黙って見送るしかなかった。


     においのないひとだった。
     姿勢が良く、短く刈られた髪は女らしさを損なうどころか、繊細な造作を強調し、ふしぎな魅力を醸し出していた。同じ制服の群れの中でも、はっと目を引く存在。
     番長だ━━━━と誰かが言った。古めかしく厳しい名称は、うつくしく媚びない女生徒へのやっかみかと思ったが、実態を知れば、それ以上もそれ以下もない、まさにぴったりな呼び名だった。
     まさか、また会うことになるとは。
    「最ッ悪だ……」
     顔を覆い、吐き捨てた。
     振り回された過去が瞼の裏を巡りだし、うっそりと目を開ける。
     いっそ壊してしまおうか。
     手の中のスマホに力を込めた瞬間、厭うように震えだした。
     頭を占めたのは、諦めか。
     息を吐き、指を滑らせる。
    「……啓護くん?」
     電話越しの声は、鼓膜に甘く滲んだ。
     こうして電話で話すのは、はじめてだろうか。いや、一度や二度はあったはずだ。昔はいつも一緒にいた。わざわざ連絡しなくてもいいくらい、いつも隣に。
    「聞こえてますか?」
    「聞こえてますよ、何の用ですか」
    「用がないとかけてはいけませんか?」
    「用がないならかけてこないでください」
     不機嫌な返答に、軽やかな笑い声が返ってきた。
    「残念ながら、用はあります。今から飲みに行くので、付き合ってください。場所は……」
    「は? あんた、なにを言って……」
    「時間はまあ適当に、準備でき次第でいいですよ」
     それじゃあ、と通話はそこで途絶えた。
     暗くなる画面を睨めつけるが、なにか答えるはずもなく。ただ、耳の奥に彼女の声が溶け切らず、残っていた。
     

     呼びつけられた店で、彼女はひとり座っていた。
     さびしげな風情も、待ち人を待つ落ち着かない気配もなく、ゆったりと毛づくろいでもするように。
     こちらに気づくと、先輩は小さく手を振った。
    「思ったより早かったですね」
     微笑みながら、メニューが差し出される。
     ワインと煮込みを選び、当然のように、ふたり分け合う。
    「恋人はいますか?」
    「言う必要がありますか?」
    「一応、マナーとして」
    「……いたら来ませんよ」
    「それはよかった」
    「あんたはいるんですか?」
    「気になりますか?」
    「マナーとして聞いてるんです」
    「いませんね。誰か紹介してくださいよ」
     にこりともせず、彼女は言った。薄っすらと血色の良くなった頬を眺め、
    「……どんな男がタイプですか?」
     できるだけ、淡々と返す。
    「後々あれは嫌だ、これは駄目だと言われたくないので。それと、楽団員は勘弁してくださいよ。揉めたら迷惑だ」
     速る心臓につられ、つい口早になってしまう。アルコールの回りまで早くなるようだ。
     ふうん、と平らな声が返った。ちり、と首裏に痛みが走る。怯みことなく見返せば、先輩は目を細めて笑っていた。
    「じゃあ、君にします。君がいい」
    「は?」
     凪いだ水面のような瞳に、呆けた顔の自分が映っている。
    「私より背が高くて、余計な詮索はしなくて、適度に忙しく、気心もしれているし、私の理想にぴったりです」
     物件の条件を上げるかのように、指折り数える。自分勝手もいいところだ。
    「どちらも仕事が優先。面倒なことは言いませんよ」
    「今、とても、面倒なことになってるんですが……」
    「照れずともいいのに」
    「照れとらんわ!」
    「し……声が大きいですよ?」
     人差し指がくちびるにそっと添えられた。噛みついてやろうか。思ったが、それすらも楽しそうに眺める猫のような目に、奥歯を噛み締めるに留まった。先輩は満足そうに目を細め、指を離した。ゆれる尻尾が見えるようだ。
     逃げるように会計を済ませ、店を出た。肩が触れ合い、夜は冷えますね、と先輩は小さく呟いた。
    「一緒に寝ましょうか、昔みたいに」
    「からかわないでくださいよ」
    「からかってませんよ」
     やわらかく、先輩は笑った。
    「かわいがってるんです」
     同じでは?
     思ったが、口にはしなかった。
    「それに、君とするのがいちばん楽しかった」
    「場所を選んで発言してください」
    「じゃあ、ふさわしい場所に行きましょうか」
    「だから、からかわないでください」
     胸の中で騒ぐものを抑えるため、静かに答える。
     重なる肩のぬくもり。歩みは迷いのを乗せて遅くなる。見下ろす先の、伏せられたまつげが、微笑んでいるように見えた。触れたい、と思った。
     ふ、と先輩が足を止めた。すみません、と一歩、二歩、離れ、鞄からスマホを取り出す。
     去場、と名前が聞こえた。彼女の上司であり養い親。伸ばしかけた腕が、だらりと落ちた。
    「すみません、今日は帰ります」
     通話が終わると同時に彼女は言った。
     とってつけたように、また今度、と聞こえたが返事はしなかった。振り返ることなく、遠ざかる背中をただ見つめる。
     予想はしていた。
     このひとにとって、家族がいちばん、あとは全部それ以外だからだ。
     昔も、今も、変わらず。
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