白い肌はパンみたいにふかふかしてそうで、汗は蜂蜜の味でもしそうだ。
触りたいな、という願望は知らないうちに口から出て、訂正する前にいいですよ、とあっさり受け入れられてしまった。
いいの、ほんとうに、いいの───!?
かちゃかちゃと耳障りな音がする。枷に当てた手が、そわそわと動いているからだ。
その音をどう思ったか、イルマが伸び上がり、枷を外す。いいことをしたとばかりの笑みに、ありがとう、と返す声は上ずっていた。
「い、いくよ!」
「はい、どうぞ」
ほんとうにいくよ、どうぞ、今度こそいくよ、どうぞ、と繰り返し。
どうにかこうにか、丸い頬に添うように手のひらを近づけたら、向こうから頬を擦り寄せてきた。
触っても、怒られない。怖がらない。嫌がらない。
許されるのが不思議で不思議で、たまらなくて、汗がだらだらと流れて止まらない。
ふしぎと興味を駆り立てる子だと思う。人間とは皆そうなのだろうか。
そんな臆病な逃げ道は、こちらを見上げる青い瞳に打ち砕かれる。
くるんと巻いたくせっけも、好奇心の強そうな瞳も、のびやかな手足も、種族が同じだからというだけで持てるものではない。
手が震えそうになり、いちど手を膝に置いた。気付かれないよう、深く長い息を吐く。
「僕も触っていいですか?」
「いや、それはちょっと、マズイかも」
「ええー」
いつもなら不満そうな声も、まあまあとかわせるのに、この時ばかりはほんとうに困って困って、羽が抜け落ちてしまいそうだった。
イルマの手がバラムの腕に触れた。
しっとりとしたこぶりな手だ。こどもの手。
楕円形の爪が、ビーズのように並んでいる。
それが手袋の内側にするすると入り込む。
びっくりするくらいくすぐったい。
「そんなふわふわ触られるとくすぐったいよ」
「先生の手も、くすぐったいよ」
おあいこだと目を細める。
ああ、なんてかわいいのだろう。
ゆっくりと卵を持つように抱き上げ、膝に乗せた。脈拍正常。手足に力も入ってない。
あたたかい。きもちいい。くすぐったい。
溢れる声はとてもすなおで、自然と手が動く。
その肌はパンよりもずっとやわらかくて、あたたかくて、しなやかだ。他に例えるものが見つからない。
長い時間をかけて、指で探った。
まぶたの薄いやわさも、くるぶしの形も、肋骨の凹凸も、すべて覚えようとした。弱いところも強いところも、すべて確かめた。
笑い声が消えていく。
とと、とと、とと、とうさぎが跳ねるような速い鼓動。呼吸も早い。
気付けば、自分だけでなく、イルマも薄く汗をかいている。顎下から滴りそうな汗を舌先で受け止めた。汗は当然しょっぱい。生きてる生き物の味がする。
───採取したいと言ったら嫌がるかな。だめかな。
舌を転がし考えていると、ちろりと鼻先を舐められた。
びっくりして見返せば、
「おかえし」
と、リスみたいに歯を見せて笑った。
小さな歯。前歯は少し大きくて、行儀よく並んでる。奥も見てみたい。
掴んだ脆い顎は、少し力を入れれば簡単に砕けてしまいそうだ。そろそろと覗き込む。少し驚いたように、イルマが顎を引いた。
「あ、ごめん」
痛かった?
聞こうとして、ちいさな耳が赤いことに気がついた。手で身を隠そうとするから、思わず掴んでしまった。
ぱち、ぱち、と音が鳴りそうなくらい、忙しない瞬き。それが、ゆっくり、ゆっくり、止まった。
指を入れたら、傷つくかもしれないから。
そんな打算がまだ頭にある。
そうでもしないと、魂をひっくり返されてしまいそうだった。
幼くて小さな舌は絡めても絡めてもつるつると逃げてしまう。
生き物の最ももろくて、弱い部分に、僕は今ふれている。けっして、そまつにしてはいない。いたぶってるわけじゃあない。なのに、なぜこんなにも不安になるのだろう。
頭の芯が熱いのに、背筋がひやひやする。
傷つくんじゃあないだろうか。壊れるんじゃあないだろうか。
ぐらぐら、ふつふつ、地獄の釜のようにゆだるゆだる。
いきおいのままに触れたくちびるは、嘘みたいに静かに離れた。
イルマは胸を上下させ、乱れた呼吸を整えている。
何か、何か、言わなくては。
彼が、口を開く前に。
何か、何か、何か、何か。
「こんな簡単に許しちゃだめだよ……!」
小さく、少年は笑った。
「だいじょうぶ、先生だけだよ」
先生だけだから。
穏やかに告げられる。
泣き出す一歩前のような、砕けてしまいそうな笑み。
許される理由が分かると、頭の中が瞬時に沸騰した。
どうにかしてしまいそうで、今までよりずっと怖くて、しばらく触れそうになかった。