日に触れることを知らない背中がこちらに向けられていた。
鏡越しに目が合う。バスタオル一枚纏っただけの無防備な姿で、イルマが目細め、笑った。
「ちょうどよかった、上がったところなんで、次、どうぞ……」
振り返る前に、湯上がりの体を後ろ抱き締めた。立ち上る香りは甘く誘い、許しを得る前に首筋にくちづけずにはいられない。
「えっ、あっ、……もう?」
「もう十分待ったと思うが?」
囁やけば、分かりやすく狼狽えた。
「すぐに行く、待っていてくれ」
頬にかかる髪を耳にかけてやり、耳殻にやわく歯を立てる。
イルマは腕の中でびくりと跳ね、震えるように頷くと、着替えを抱えて飛び出していった。
角で足でもぶつけたが、ぎゃ、と悲鳴が響く。いつまで経っても落ち着きがない。
「いかんな」
緩んだ口元を手で覆う。
らしくもなく舞い上がっている。
冗談めかして誤魔化したものの、イルマの反応から、こちらの熱は伝わってるに違いない。
手早く風呂を済ませ、向かった寝室は静かだった。物音ひとつしない。見れば、広い寝台の端っこが、ふわりと膨らんでいる。
まさかと思いながら近付けば、そのまさか、だ。
「この状況で寝るか、こいつは」
呆れをすとんと吐き出し、寝台に腰を下ろす。
枕に片頬を埋め、繰り返される静かな呼吸。カルエゴが座った振動で髪が頬を滑り落ちたが、動く気配は、ない。
警戒心の見えない無防備な姿に、妙にあたたかな気持ちになってしまい、頬にかかる髪を避けてやる。
顎の線をなぞり、くちびるに添わせる。そこは湯の熱を残し、花のごとく色づいている。
「起きたら止めるが、どうする?」
「……………………寝てます」
「起きてるではないか」
「あいた」
抓まれ、赤くなった鼻を押さえながら、イルマは体を起こし、小さく座った。膝の上に指が揃えられる。
「ごめんなさい、緊張しちゃって、どんな顔で待てばいいか分からなくて」
膝の上の手を取り、繋いだ。
やさしく握り返され、目と目が合う。
おいで、と引き寄せた体は素直に腕の中に滑り込んだ。肌に染みる体温に目を閉じる。
なぜだか、十四の───いや、もっと、もっと幼い頃の少年を抱きしめている心地だった。
「カルエゴ先生……」
そ、と下から伸びた手が、頬に触れた。親指でくすぐるように撫でられる。
腕の力を抜くと、イルマは首を伸ばし、カルエゴも顔を伏せた。