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    わんらい「黒」
    🍲🐬♀練習。

    「いるみち、水玉は? お花は?」
    「鬼教師には白よ、白のレース。籠絡してやればいいわ!」
    「ピンクがかわいいんじゃないかしら~」
     何の話か。
     恥を忍んで言えば、下着の話である。
     卒業後も続く、清い、清いお付き合いから、どうやって踏み出せばいいのか。
     ふとこぼした悩みに、友人から返る百通り以上の答え。
     破裂しそうな頭を抱え、一つを選んだはおとといのこと。
     数ヶ月ぶりのお泊まりに、準備は万端だ。
     しかし、僕は大事なことを忘れていた。
     見せなくては、見てもらわなくては、この作戦は意味がない。
     一緒にお風呂に入ればいいんじゃないかしら?
     甘いあまい綿菓子のような声を思い出し、頬が熱くなる。
     姐さん、それはハードルが高すぎます。


    「今日は静かだな」
     コーヒーの香りとともに漂った声に、僕はびくりと飛び上がった。
     カップを手に、先生は僕の隣りに座る。大きなソファで、寄り添うような距離。くすぐったい気持ちで、差し出されたカップを受け取った。
    「疲れたか?」
    「い、いえ……ちょっと、考え事を」
    「また、良からぬことを考えてるんじゃあないだろうな」
    「ま、まさか〜!」
     鋭い!
     やましい思いしかない胸をまるめ、俯く。
    「先生とふたりきり、ひさしぶりなので、緊張してるんです……」
     これは、ほんとう。嘘じゃない。
     あたたかいカップをお守りのようにぎゅっと握りしめていると、ふ、とため息とも笑いともとれる吐息が落ちてきた。
    「別に取って喰いやしないつもりだが」 
     どことなく歯切れの悪い言い方に、僕はぱっと顔を上げた。
     目が合う、と思いきや、先生はあさっての方向を向いている。拍子抜けしながらも、視線をさまよわせれば、先生の耳の先が赤い。見間違えじゃない。たしかに、赤い。
    「カ! カルエゴ先生!」
     ええい、ままよ! とその胸に飛び込む。
     予想外の衝撃だろうに、その体はびくりともしなかった。
    「先生、あの、僕……、見てほしいものが……」
    「粛に」
     背に腕が回る。
     衣類越しにも伝わる、自分とは異なる肌の熱さに、頭の芯が痺れるようだ。体から力が抜ける。
     何かに導かれるように顔を上げると、同じように先生は下を向いた。くちびるが合わさり、離れる。
    「いいか?」
     なにが、なんて聞かない。頷き、その首に腕を回した。


     抱き上げられ、寝台に運ばれる。
     大切に、たいせつに、そっと降ろすのに、長い腕が檻のように顔の横に置かれた。
     まだ残る、ベッドヘッドの灯りを見やれば、長い指が心得たように消す。とぷん、とベッドが暗闇に沈んだ。
     鼻先を擦り寄せ、ゆっくりとくちびるを合わせる。
     一度、二度、繰り返し重ね、同時に息をついた。
     もっと、してほしいな、と薄闇へ目を凝らせば、微かにほほえむ気配がした。
     長い腕が僕を抱え込む。くちびるが覆われる。大きな手が髪を撫で、耳をくすぐられて、かわいい、と言われてる気がした。
     酸素不足で頭がくらくらする。足に絡むシーツの冷たさが心地良い。
    「あ……」
     くちづけながら、素肌に先生の手が触れた。
     体の輪郭をなぞる指はどこまでもやさしく、心地いいのに、なぜだか落ち着かない気持ちにさせた。肌の下で何かが目覚め、騒ごうとしている。
     哀しくもないのに涙が滲む。
     宥めるように、額にくちづけがひとつ、落ちた。
    「怖いか?」
    「すこし……」
     素直に告げる。
    「大丈夫だ。傷つけるようなことはしない」
     誠実なその言葉が、微かに緊張をはらんでいて。
     もしかしたら、先生も拒絶されることを怖がっているのではと、鈍い僕はようやく気づいた。
    「手を……」
    「うん?」
    「手を、繋いでもらってたら、大丈夫な気がします……」
     するりと指先が絡み、握られた。
     冷たい手は、いつの間にか僕の体温が移っていて、同じ温度になっている。たまらない気持ちになって、指先に力を込めた。


     下着のホックが外され、はっと思い出す。
     このままでは見てもらえないではないか。
    「せ、先生……!」
     待って、と絞り出した声はとても小さい。
     それでも彼は手を止めた。
     暗闇に薄らと浮かぶ輪郭を見つめるも、その表情はうかがえない。
     どうしよう。
     電気を点ける?
     点けて、それで、見てくださいと言う?
     むり。むりだ。
     うろたえていると、大きな手がやさしく背を撫でた。
    「どうした?」
     耳を湿らせる吐息に、頭の中が掻き乱される。
     どうしよう。どうしよう。
     同じ言葉ばかりが頭を巡る。
    「お、お腹空きませんか?」
    「さっき、食べたところだろう」
    「喉は……」
    「水ならここに」
    「お風呂がまだ……」
    「あとで一緒に入るか?」
     笑みを含む甘い声に、焦りが加速する。
    「あとじゃ遅いんです! 脱いじゃったら、見てもらえない!」
    「何を見ればいいんだ?」
     問い返され、自身の失敗に気づく。
     口をつぐむが、もう遅い。
     からかうように、額と額がぶつけられた。
     鼻先が触れるほどの近く。
     紫の瞳の視線の強さに、全身が炙られたかのように熱を持った。胸が、ひりひり、する。
    「え……、あの、先生、もしかして、見えて……?」
    「ああ、心配せずとも、ちゃんと見えている」
     小さく笑う気配が、黒い影から伝わった。鋭い目が、真っ直ぐにこちらに向けられているのが、わかる。
    「赤い頬も、慌てる姿も、恥じらう様子も、白い肌に映える、この黒い下着も、すべて」
     迷いなく頬を撫でる指が、首を伝い、肩を覆うように、肩紐を落とした。
    「見えてるなら、早く言ってください!!」
     胸の奥から、ぶわりと込み上げるままに、叫んだ。
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