「僕は、人間です」
その一言ですべてが紐解けた。
ごめんなさい、許して、と。
言葉とともに、抑えきれない涙が溢れるのを、この舌が止めたとき、運命というものは決まっていたかもしれない。
拙く呼ぶ口を塞ぎ、震える指先を捕らえ。
思慕と憧れの区別も分からないままに、その心に喰らいつき、その肌に爪を立てた。
不安と快楽をその小さな体に飲み込み、ひとりにしないで、と背に爪立て、すがってきた。どこにも行かないと繰り返し答え、執着の証のような爪痕を数えては、満足のため息をこぼす。
もう、どこにも行けやしないのに。
夜明け前のいちばん暗い朝の底で、目を開く。
目覚めとともに手を伸ばし、傍らの熱を確かめるのが、すっかり習慣となってしまった。
濡れた肌が渇く間もなく、熱を絡ませ、何度も果てた体は、まだ深い眠りの中にいる。
やわらかくあたたかな肌。
鼻先をくすぐる髪からは昨夜の名残のように、汗のにおいがした。
先生、と。
甘く呼ぶ声が、耳に甦る。
声変わりを終え、低く落ち着いた声音。
たおやかな指先がカルエゴの頬を撫で、慈しむように輪郭をたどる。
「先生は、変わらないね」
どこかさみしげに、イルマは笑った。
「僕も悪魔だったらよかったな」
そうしたら、と続く言葉は、何だったのだろうか。
頬を寄せ、結ばれたくちびるを吸った。
「もし、お前が人間でなく、悪魔として生まれていたら……こうはならなかっただろうな」
「そっか、それは、やだな」
くちづけの合間に囁き、あとは言葉の代わりに舌を絡め合う。不安を溶かすように肌を重ね、最後は互いの血に狂った。
まどろみの淵にあるその体を抱き寄せ、囁く。
まさに、人の語る、悪魔のごとく。
甘く、ひそやかに。
「なりたいか?」
「え?」
「悪魔に、なりたいか?」
問いにイルマは目を潤ませた。
けれど、またたきひとつで笑みへと変え、なれるなら、と小さく呟く。
しなやかな腕が首に回った。
「魔王じゃなくていいから、悪魔になりたかったな」
そうしたら、ずっと一緒にいられた。
幼く、真っ直ぐな願いに、込み上げる笑いを堪え、きつく抱き締める。
悪魔になりたい───
人と悪魔。願いと代償。契約の基礎としては十分だ。
あとはそれをしっかりと結ぶだけ。
体の奥底、深く深く交わり、結び、互いに互いを縛り合う、血の契約。
精神も、魔力も、生命すら、強く強く結んでいく。
いずれ、境をなくし、融け合うだろう。
鈍いこれが気づいた頃には、手遅れだ。
泣くだろうか、笑うだろうか、存外、怒るかもしれない。
その日を思えば、喉が震えた。
「簡単に死ねると思うなよ」
もう、どこにも行かせはしない。