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    わんらい「ピクニック」

     鳥の歌が聞きたい。
     大きな瞳でこちらを見つめながら、それこそ、小鳥のように囀った。
     大勢で行っては鳥は歌わない。
     ふたりだけで。
     月夜に歌う鳥の歌を探しに行こうと、少年は言う。
     食いしんぼの王様のために、たくさんの食料を詰めた籠を、また泣かすんじゃありませんよ、と執事の小言付きで受け取り。
     闇の中にも輝く銀の櫂を用意して、夜の海に漕ぎ出した。


     船が海底にぶつからないところで止め、ゆっくりと王を抱き上げた。
     浅い海の中を歩き、白い砂浜へと下ろす。夢見心地で揺られていたのだろう。魔王は小さくよろめいた。
     用意していた敷布を広げ、籠を置く。
     パンにチーズ、焼いた肉に果物、ワインと焼菓子。宴に用意されていたのであろう、随分と豪華なものだった。
     魔法のように出てきたご馳走を、これまた魔法のように胃の中に隠してしまう。
     その食べっぷりを見ているだけで胃の底が重みを増すため、月明かりに照らされた青い髪を、ただ眺めていた。
    「それで、例の鳥とやらはいつ出てくるんだ」
    「さあ」
    「さあ?」
     語尾の跳ねた声に、イルマはにこりと笑った。
    「あまり早く見つけたら、つまらないじゃあないですか」
     ゆっくり待ちましょう、とどこか芝居がかった口調で言うと、こちらの肩にもたれかかってきた。
    「酔っているのか」
    「はい」
     明瞭な声が返る。
    「眠いなら眠ればいい」
     微かに頭が揺れた。
     いつもなら、頬にあたる髪をかきやるように撫でてやるが、小さな蟠りが腕を重くする。
     些細な諍いだった。
     理由も忘れた。
     鳥の話も、仲直りの口実に過ぎないと分かっていた。
     ───さて、どうしたものか。
     考えあぐねていると、イルマが細く長い息を吐いた。
    「きれいな方でしたね」
     小さな呟きは、何を指すものか、意味は分かるが、誰のことが分からなかった。つまりはその程度のこと、だのに、イルマは今にも倒れそうな顔色で、まつげを震わせる。
    「やさしくて、物静かで、頭も良くて、ピアノも上手で、ふたりで話してるの見てたら、物語みたいだった」
     だから、あそこから連れ出したかった、と懺悔は続く。
    「拗ねてる自分が本当に子どもだって、馬鹿みたいだって思って、無節操で騒がしくて、こんなんじゃ駄目だって分かってるのに」
     支離滅裂な言葉が、感情がばらばらと散らばっていく。
     馬鹿馬鹿しい。見当違いもいいところだ。
     呆れながらも、止めてやらねばと思うのに、浮かぶ言葉はさらなる舌禍を招きそうで、沈黙を重ねるばかり。
    「ごめんなさい、嘘ついて、連れ出して。あ、これ、おいしいワインみたいなので、お詫びに飲んでください、それと、」
    「粛に」
     ぴたりとイルマは口を閉ざした。
     波すら息を潜める。
     まったく、と重いため息の音が、よく通った。
    「お前といると、騒がしくてたまらない」
     ここが、と掴んだ右手を己の胸に押し当てる。
     手のひらを打つ力強い鼓動が、伝わらないはずがない。頬どころか耳までするすると赤く染まっていく。
    「先生、僕……」
    「静かに、と言っただろう」
     耳の縁をくちびるでなぞり、牙を立てた。
     小さく体を震わせ、名を呼ぶように息を漏らす。
    「こういうときは、月のせいにでもするものだ」
     大きな目に、肩越しに輝く銀の星が瞬いて見えた。それがまぶたの奥に閉じ込められる。
     たったひとつのよすがのように、左胸に当てられた手は、離れようとしない。
    「……すまなかった」
     吐息の合間に呟けば、慌てて開こうとする口を黙って塞いだ。
     零れる声は甘くかすれ、意味ある言葉は互いの名前だけに変わっていく。
     敷布をずり上がり、髪が砂にまみれても。
     爪先を冷たい波に洗われても。
     微かな歌声は、夜明けまで途切れることはなかった。
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