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    ぱっちゃん

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    ぱっちゃん

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    #第五人格
    fifthPersonality
    #イラゲキ

    22 サブリエ 【イラゲキ】「明日はダメなの」
    「ええー、そうなの?」
    「残念」
     ごめんね、と眉を下げたエマの回答は予想通りで、やっぱりな、という気持ちを強くした。
     口々に続く落胆の声に、麦藁帽の下から苦笑が覗く。――じゃあいつにする? ――明後日は?
     テーブル向こうの賑やかなやり取りを眺めながら、自分の頭の中を整理した。やっぱり、そう。確かにやっぱり、ではあるのだけど、その理由はちっともわからない。
     もはやアイスティーになり変わってしまったホットティーを口に含んで、首を捻る。姦しい女子三人のやりとりを眺めたまま、眉を顰めて頬杖をついた。

    ***

     エマが中庭で開催する夜のティーパーティを、心待ちにしているメンバーは意外と多い。
     閉鎖空間、終わらない狂ったゲーム。気付かぬうちに重なるストレスに、甘いものと美味しい紅茶、綺麗な花が、あまりにも簡単に寄り添うからだと、そう思ってる。
     縁に砂糖が付いたまるいクッキー、山盛り積まれたキツネ色の焼き菓子に、名前も知らないカラフルなケーキ。
     当のエマ本人が『エミリーさえ来てくれれば』みたいな顔をしているのを横目で眺めながら、徐々に参加者の増えるそれを遠巻きに眺めた。
     皆勤賞に近いエミリーとヘレナ、そこまでではないがよく顔を出すデミとフィオナに、気まぐれに姿を見せるツェレにウィラ。
     デミほどではないが、ウィラよりは顔を出す。それが自分の出席率だ。正確に言えば、エマが焼いたスコーンがある時だけ参加してる。あれには抗えない。

     月に2回程、皆のストレスと疲労、そこにエマの育てる中庭の花の見頃を考慮して、開催日は決まる。
     とはいえ、回数をこなせばこなすだけ何となくの開催日時はおよそぼんやりと定まる。月初めと月終わりの水曜。大きなイベントがなければ、基本はその日。
     だが、それをエマが時々断るようになった。その日はダメ。都合が悪い。違う日にしよう。時々訪れる謎の変更文句に、不平や疑問をぶつけるものはいない。その日で無くてはいけない理由など無いから、当たり前だ。
     --じゃあいつにする? あっさりと変更は決まって、何事もなく日時をずらしたティーパーティは開催される。誰も気になどしない、ささやかな日常の1ページ。でもそれが何となく気になった。気になってしまった。不定期に開催される定期的な断りの事情。それが、指先に刺さったままの小さな棘みたいに。

    「明日じゃ、駄目だったの?」 
     結局今回も一日の延期が決定した。フィオナとデミが食堂を後にしたのを見計らってエマを振り返る。テーブルに頬杖をついた彼女は、こてりと首を傾げて柔らかく笑った。
    「うん、駄目なの」
    「どうして?」
    「ひみつ」
     まるい響きで零れた一言には、それだけで押し黙る力がある。ツェレが持つ妖艶さや、デミが持つ快活さ。ヘレナが持つ儚さとも違う、エマにしかない何か。
    「明日って満月だよね。エマが断る日、いつもそう」
     気になっていた共通点を指摘すれば、エマが頬杖を外して目を丸めた。
    「それに、断る理由はエマの事情じゃないよね。言い方がいつも他人事めいてるもん。でしょ?」
    「すっごい。トレイシー、名探偵みたい」
     エマの衣装着る? 世界一有名な顧問探偵を模したドレスを示唆しながら、揶揄いが浮く。不機嫌を貼り付けた視線を投げれば、冗談なの、とエマは眉を下げた。
    「トレイシーの言う通り。満月の夜、中庭には先客が居るの。だからお茶会は延期」
    「じゃあ、フィオナにもデミにもそう説明すればいいじゃん」
    「駄目よ。そしたら、きっと誰が来るのか気になって覗きに行くもの」
    「私なら良いの?」
    「だってバレちゃったから」
     ひみつ、と閉ざした口をあっさりと綻ばせて、エマが笑う。話すのと、結果的に話しちゃうのは違うでしょ、との屁理屈には、やっぱりそれだけで押し黙ってしまう力があった。
     
     先客という曖昧な響きを抱えて、窓枠で区切られた四角い中庭を見つめる。陽光を受けてこまやかに色を変える色彩。中心に聳えるように置かれたガーデンテーブル。草葉のさざめきを特等席で聞ける場所。ラタン調の白いソレは、太陽の輝きを眩しいほどに反射して、それ自体が輝いているようにさえ見えた。満月の夜。甘いお菓子が並ぶそこを占拠する、見知らぬ先客。
    「私だって、気になって覗きに行くかもよ」
     好奇の執着を覗かせて、エマを見る。トレイシーはそんなことしない。庭師の脳裏に象られたトレイシー・レズニックはそう言うんだろうか。偶像の自分に嫌悪感を覚えるより早く、現実のエマは「別にいいよ」とけろりと笑った。
    「……いいの?」
    「うん。エマが止めることじゃないし」
     フィオナとデミの覗き見を危惧した口で、正反対を言う。どういうことさ、と切り取られた中庭から視線を戻すより早く、ティーパーティ開催のホストは、音もなく食堂を後にしていた。

    ***

     満月の中庭。ティーパーティ延期の原因である誰か。でも、その『誰か』を確かめようという気は、実のところそんなになかった。
     気になった原因の回答はエマの口から聞けたのだから、という満足感が一つ。いつ来るかわからない先客を待つのは、あまりにも時間の無駄だと思ったのが一つ。さらに言うなら、エマの発言が果たして本当かどうか疑わしかった、というのが多分一番大きい理由。

     だから、水を飲みに階下に降りたのも偶然で、その時中庭をふと覗き込んだのも本当にただの偶然だった。
     窓枠を額縁にした夜闇の中庭は、昼間と違って黒ばかりが蠢いていて、不気味なことこの上ない。折角の満月は雲に遮られて、朧げな明かりが降るだけ。目を凝らせば見えてくる白色は恐らくガーデンテーブルの輪郭だろうけど、昼間はあんなに眩しかったそれも、夜では草葉のさざめきに飲み込まれて消えそうで、その差がさらに不気味に映った。

    『満月の夜の中庭は、先客が居るの』

     エマの言葉を思い出し、そっと中庭への扉を押し開ける。廊下に続く大扉よりずっと簡素なそれは、風鳴りみたいな音を響かせて、ゆっくりと外界への道を開けさせた。
     色のない暗闇。ヘレナが普段見ている景色はこんな感じだろうか、と勝手なことを考えながら一歩だけ、前へ進む。
     背中から扉の感触が無くなると、途端不安感が波のように襲ってきた。命綱を取り上げられたような、焦りにも近い危機感。
     風によってざわめいた木が、ハンター泣き虫の安息松に似て見えて、そこでふと、冷静な考えが頭をよぎった。
     エマの言っていた事が本当である保証は無いが、仮にそれが真実で、誰かがここに居るとして、それが味方のサバイバーである保証はない。敵陣営、ハンターの誰かである可能性だって、ありうる。
     試合中、追われると分かっていてさえ恐ろしいそれが、居るかもしれないに変わるほど恐ろしいことも無い。
     戻ろう。思考より早く動いた体が、後ろ手にドアの取っ手を探り当てる。瞬間、視界をふわりと横切った灯りに、声も出せずにその場に蹲った。
    「トレイシー?」
    「ぎゃあ!」
     ぽん、と叩かれた肩にバネのように跳ね上がって、後退る。知らず知らず浅くなっていた息を思いきり吐き出して振り返れば、何とも見知った顔が、ランタンを掲げて首を傾げていた。
    「イ、ライ?」
    「ごめん。おどかしたつもりは無かったんだけど」
     闇に溶けそうな紺色をランタンの淡い光がオレンジに照らす。肩のフクロウがホウと鳴くのを合図に、張り詰めていた緊張の糸はゆるりとたわんだ。
    「……ハンターかと思った」
    「隠密にしてはバレバレだったけど」
     柔らかく浮いた笑い声をムッとしながら見上げる。試合時とまったく変わらぬ出で立ちをしたイライは、付けられたアイマスクの所為で、相変わらず表情が読めない。深夜にも近いというのに着こまれたローブ。肩のフクロウ、ランタンを持った右手。下へと辿る視線の途中で、その小脇に抱えられた紙の束と羽ペンに気付いて、あれと眼を丸めた。
    「日記でも書くつもりだったの?」
    「ううん。いや、でも似たようなものかな」
     アイマスクに隠された視線が、それでも確かに紙の束に向けて落ちた。左手が確かめるように紙の束を撫でて、ゆっくりと元の位置に戻る。多弁とも雄弁とも言い難い仲間のその仕草。それだけで、なぜかはた、と理解してしまった。多分、エマが話した満月の先客は彼だ、と。ただ、漠然と。
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