旅先の楽しみ透き通ったさざ波が足元の砂をさらっていく。
早朝の海水は冷たいが、火照った身体を冷やすにはちょうど良かった。
「黄瀬君みて! 綺麗な珊瑚です」
淡い色の欠片を拾ってこちらへ掲げる恋人の指が白くて目が眩んだ。
レモン色の水着に白いダボダボのパーカー。
真っ白な肌からは日焼け止めの匂いがする。
昨夜日本を飛び出して、朝ホノルルへ到着しタクシーでホテルへ向かっていたが、窓から見える海があまりにも綺麗で荷物を預けてすぐに海へ出てきたのだ。
日差しは強いが湿気が低く、カラッとした空気が二人の足取りを軽くする。
景色に見とれて、もうビーチの半分ほどを歩いてしまった。
「黒子っち、ちょっと休憩しよ」
眩しい砂浜から木陰へ移動して、鞄からミネラルウォーターを取り出した。
黒子は、おでこにペットボトルを当ててフゥーと満足そうな息をはいた。
「気持ちいいですね」
「そうっスね」
波とカモメの泣き声と異国の言葉。
馴染み深いのは互いの声だけで、ああ、非日常にいるのだなぁと実感した。
まるい額に付けっぱなしだったペットボトルを奪ってキャップを開ける。
黒子は無言でそれを受け取って、コクコクと冷えた水を飲み下した。
嚥下しながらも、じっとりと黄瀬を見つめるシアン色の瞳からは『ありがとうございます』と『自分で開けれます』のふたつが滲んでいてハハッと笑みがこぼれてしまう。
黄瀬は、どうしたって黒子を甘やかしたくてしかたがないのだ。
自立心の強い黒子が、どこまで自分に許してくれるのかを図ってしまう。
そうして、誰よりその内側を許されるのが、堪らなく幸せなのだ。
喉を反らしたことでパーカーのフードが落ちて、黒子の白い首筋が露になった。
「風を感じたいです」と水着に着替えだした黒子の肌を守るための黄瀬のパーカーは、機内でこっそり付けたキスマークを隠すためのものでもあった。
そのままを本人に伝えると数時間口を利いてくれなくなるので内緒だが。
「なんだかお腹空いてきました」
「あ、もうすぐお店も開くしちょうどいい時間っスね! 黒子っちパンケーキとエッグベネディクトどっちがいい?」
「エッグベネディクトの味が想像できません」
「あー……甘いのか、しょっぱいのか」
「うーん……黄瀬君はどっちの気分ですか?」
「黒子っちが美味しく食べれる方!」
「なんですかそれ」
黒子は眉を下げて笑いながら、黄瀬の膝をペチンと叩いた。
そうしてそのまま膝の上で指をグルグルと動かしながら、ハワイはじめての朝食に迷っている。
海外にきて、黒子の気持ちも開放的になっているのだろう。
日本では決してしてくれないようなリアクションに頬を緩ませて、黒子の指を捕まえる。
そうして丁寧に指を絡めながら(好きだなぁ)なんて、気持ちを噛み締める。
片想い歴5年、付き合って2年。
長い時間を隣で過ごしているのに、気持ちが変わらないから不思議だ。
柔らかな木漏れ日をうけて、黒子の髪がキラキラとそよぐ。
奇跡みたいなその光景に、黄瀬の胸がキュッと締め付けられた。
愛しさでちょっとおかしくなりそうだ。
「決めました!」
にぎにぎと遊んでいた黄瀬の手をギューッと握って黒子が立ち上がる。
「しょっぱい方で!」
力強い声に笑いながら店に予約の電話をする。
結構待つ事もあるようだが、ちょうどキャンセルが入ったようで15分後に予約が取れた。
「ホテルのレストランだから一応服着ようか」
さりげなく昨日付けたキスマークを撫でながら言えば、「はい」と答えながら黒子は撫でられた箇所をなぞって首をかしげた。
その仕草にまた頬が緩んでしまう。
鞄から色違いのTシャツを出して、黄色い方を黒子に渡す。
「ボク、下も黄色なんですけど」
戸惑う声にまた笑って、「パーカー羽織れば大丈夫っスよ」と水色のTシャツを着ながら告げた。
「信じますからね?」
懐疑心たっぷりの声色に吹き出すが、素直にTシャツを着る黒子が可愛い。
一度離した指をもう一度絡ませて、木漏れ日の道を歩き出す。
午後はどこに行こうとか、お土産に何を買おうとか。
これから過ごす二人の時間に思いを馳せて笑い合う。
どこからどう見ても、バカップル。
双子コーデも手を繋ぐのも、日本では絶対に許してもらえない事だ。
湿気の少ない異国の風が、黒子の心を軽くしてくれるから、人目を気にせず寄り添える。
ウクレレの調べに紛れて空色の髪へリップ音を落とせば、照れた黒子に睨まれる。
でも距離を置かれることはない。
そんな甘い二人の時間が、なにより旅先の楽しみなのだ。