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    shimotukeno

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    ※母が曾祖父から聞いたという寝物語をもとに書いたお話を童話として再構成した(ものをさらに日本語訳した)というていの五部のお話  9 🆚ホワルバ編

    ##ジョジョと結晶の王国

    9 熱き絶対零度九 熱き絶対零度

     ブルーノたちは手に入れたオートモービルで一気にウェネトゥスに向かいました。尾行してくる者もありません。このまま夜通し走れば朝には着ける算段です。
     ブルーノが亀の中で待機していると、久しぶりに無線機に王様からの連絡が入りました。王様からの連絡はこうでした。

      アバティーノの『ムーディー・ジャズ』で
      ダイニングチェアーの近くで
      十時間以上まきもどせ

     アバティーノは指示の通りにムーディー・ジャズを出すと、十時間以上時間を巻き戻させます。ムーディー・ジャズのおでこのフラップ時計がパタパタと逆回転を始めました。十時間を超え、十一時間ほど巻き戻った頃でしょうか。ムーディー・ジャズが動き出し、一人の小さなおじいさんになりました。ブルーノ達がよく知っている姿です。
    「ペリラスさんだ」ブルーノが呟きました。
    「ああ! トリシアを連れてきた偉い人だ! でもどうして?」オランチアがききました。
    「さあな。でも、少なくともこの亀を駅に用意したのはペリラスさんだってことはわかったな。続きを見てみよう」アバティーノが言いました。
     ペリラスは重々しい口調でこう言いました。
    「王様からの最後の命令を伝える。わしがこうするのは、無線通信が敵に傍受されることを防ぐためであり、この仕事で最も重要な『トリシアを王様のもとに引き渡す方法』を伝えるためじゃ」
     亀の部屋の空気が一気に張り詰めました。いよいよ、この重大な仕事も大詰めになってきたということです。
     ペリラスは懐から一枚の写真を出すと、続けてこう言いました。
    「この写真の場所から、王様の密書を探し出すのじゃ! そこに、トリシアを引き渡す方法が書いてある」
     言い終わるやいなやペリラスはライターで写真に火をつけてしまいました。証拠はなにも残さないつもりです。
    「アバティーノ、『一時停止』しろ!」
     ムーディー・ジャズは動きをピタリと止めました。写真についた炎も凍ったように止まっています。ブルーノたちは写真に写った風景をまじまじと見ました。写真には、駅のような場所と、ライオン像がうつっています。
    「間違いない、ウェネトゥスの駅だ。駅のライオン像の近くに、王様の密書があるんだな」アバティーノが言いました。
    「よし、まだ続きがあるかもしれない。アバティーノ、続きを見せてくれ」
     ブルーノが言うと、ムーディー・ジャズは再び動き始めました。ペリラスは一転して寂しそうな顔をして、言いました。
    「君達の無事を心より願っておるよ。わしも、王様のおかげで充実した人生を送ることができた。この老体が最期にお役に立てて、嬉しく思っている」
     ペリラスは懐からピストルを出すと、自分のこめかみに銃口を当てました。証拠はなにも残さないつもりです。
    「後片付けは、何も知らないわしの部下に任せてある。……ブルーノ。王様のこと、くれぐれもよろしくのう」
     ペリラスはそのまま引き金を引きました。
    「そんな、ペリラスさんが……」
     ブルーノは青ざめて呟きました。ペリラスは王様が即位したときからの重臣です。王様が一番に信用しているはずの人です。その人を、こんな風に使い捨てるなど、信じられません。確かに、トリシアを安全に引き渡すのはとても大事なことで、秘密にしなくてはなりません。でも、そもそもどうしてそこまでして秘密にしなくてはいけないのでしょうか? 王様の抱える秘密とは、三十年を共にした重臣を使い捨てなければならないほどのことなのでしょうか? ブルーノは拳を強く握りしめました。
    「よし、ウェネトゥスに近づいたら二手に分かれよう。ジョジョとミシェレはオートモービルで写真の場所に行き、俺たちはトリシアの護衛をしつつ、小舟で向かうぞ!」
     ウェネトゥスに近づいたところで、ブルーノ達は二手に分かれました。
     ウェネトゥスは別名『水の都』と呼ばれています。といいますのも、ウェネトゥスは海の浅瀬に建設された人工の島なのです。細かく数えると百以上の島々からなり、道路よりもたくさんの水路が走っています。そのため、人々の主要な足は小舟でした。本土との連絡はたった一つの大きな橋『リクトル橋』で、鉄道の隣にオートモービル用の道が十数年前につくられたばかりです。ペリラスの写真には、このリクトル橋の先にある鉄道駅が示されていました。
     ジョジョとミシェレはオートモービルを走らせ、一路ウェネトゥスの駅に向かっていました。外はまだ暗闇ですが、東の空の端には、夜明けが兆しています。
    「ようし、さっきから俺たち以外、誰もいない! このまま突っ走って手に入れようぜ」
     後部座席で背後を警戒しているミシェレは言いました。本土からウェネトゥスまで、陸路で行くにはこの一本の橋しかありませんので、待ち伏せされる危険性が高かったのです。けれど、まっすぐな橋のどこにも、前にも後ろにも怪しい影はありません。
     突然、ジョジョの握るハンドルが右にとられました。大きめの石でも踏んだのだと思って、その時は気にしませんでしたが、窓ガラスはどんどん曇ってゆきますし、吐く息は白くなっていきます。
    「なんだか妙に冷えるな」ミシェレが言いました。
    「ええ。夜明け前で、海風が冷たいのでしょうか? ここはナープラよりうんと北ですから」ジョジョは言いました。「日が上がってくれば、暖かくなると思いますが」
     しかし、オートモービルの中はどんどん、どんどん寒くなってゆきます。耳の辺りや指先が寒さというか、ツンツンと痛むくらいです。曇っていると思っていた窓ガラスも、よく見れば霜が這っていました。普通ではありません。
    「ジョジョ、この寒さは、まさか!」
     ミシェレが言うと、天井がべこべこと歪み始めました。上に誰かが乗っているのです。
    「やはりウェネトゥスに来たな!」
     荒っぽい青年の声でした。
    「仲間の予想通りだ! ペリラスは写真を燃やしたが、指先で持っていた部分は焼け残っていたぞ! そこに写っていたんだよ、ウェネトゥスの小舟がな! だが、亀はいないようだな。別行動ということは、大事な何かを取りに来たのだろう? お前らを始末して、その何かを手に入れてやる!」
    「シックス・バレッツ!」
     ミシェレは敵の居る天井に向かってピストルを六発打ちました。しかし、敵に当たった手応えはありません。敵に当たる前に、弾が止まった感触がありました。敵を直接見たバレッツ達は口々に騒ぎ始めます。
    「敵は白いキツネだよ!」
    「氷を身に纏っていて弾が貫通しないよ!」
    「近づくと、俺たちまで凍らされちまうよォーッ!」
     さらに悪いことに、先ほどの銃撃によって天井に風穴を開けてしまったせいで、猛烈な冷気がどんどん吹き込んでくるようになりました。まばたきをすれば睫毛は凍ってくっつき、鼻の穴も唇もほとんどくっついてしまって満足に呼吸も出来ません。その上、手がかじかんで、散らばった弾丸を拾うことも困難になってしまいました。
    「ジョジョ、オートモービルを止めろーッ!」
    「もちろん努力していますが、ペダルが凍って動かないんですよ! ハンドルも、ほとんど効かなくなってしまいました!」
    「それじゃあ、こいつを何か生き物に変えたら……!」
    「それも試しましたが、この超低温の中で産まれる生物はいないんです! 僕に出来るのは、散らばった弾丸を拾うことだけ……」
     ジョジョは今にも氷の像になりそうなゴールデン・ウィンドをなんとか動かして、ピストルの弾を拾い集めました。
     一方、天井に張り付いた敵はさらに力を強めます。オートモービルの運転が不安定になってきたのを見て、ニヤリと笑いました。すると、再び銃声がきこえ、氷の装甲に浅く刺さりました。
    「なんだあ? 銃弾は効かねえってわかってるだろうによォ~」
     すると、ミシェレが言いました。
    「そうさ! だが、放たれた銃弾は『温まっている』! 温度があるってことだ! ジョジョの代わりに、俺が叫ばせて貰うぜ! ゴールデン・ウィンド!」
     すると、温まった弾丸から強靱な根と幹が伸び、氷の壁を破壊してゆきます。木の根というのは、道の舗装を持ち上げられるほど強いものなのです。やがてビシ! という音と共に氷に太いヒビが入って、敵の白狐は氷の壁ごとオートモービルから転落しました。
     敵が離れたことで、冷気は一気に消え、オートモービルの中は急速に温まってゆきます。ミシェレもジョジョも、ぶはあ! とあたたかく新鮮な空気を胸いっぱいに味わいました。
     ですが、これで諦めてくれる敵なら、今まで苦労はしていないのですよ。白狐は全身に真っ白な鎧を纏いました。頭部はヘルメットのようになっていて、目の部分は透明になっています。足には銀色のブレードを着けて、道路の上を器用に滑走し始めました。超低温の冷気を操る白狐は、足の下を瞬間的に凍らせて、その上をスケートのように滑ってオートモービルに匹敵する速さで追ってきます。
    「身に纏うタイプの精霊とは驚きだな! これでも食らえ!」
     ミシェレは続けて数発、白狐に発砲します。ですが、先ほどと同じように、弾丸は鎧を貫通せず、少しへこませただけでぽろぽろと落っこちてしまいました。白狐は真昼の雪原に落ちる影のような、明るい水色の目でじろりとミシェレをにらみました。
    「弾丸の無駄だぜ。俺の精霊『ホワイト・アイス』は空気中の水分を極低温で凝結させて身に纏っている! 弾丸ごときを通すことはない!」
    「そうかよ! ジョジョ、もっとスピードを出すんだ!」
    「ですが、これ以上スピードを出したら!」
    「いいから、アイツを突き放すことだけを考えろ!」
     ミシェレの要請にジョジョは応え、アクセルを踏む力を一気に強めました。敵の白狐もさらにスピードを出します。
     ミシェレは再びピストルを構えました。
    「お前の弾丸は効かないってわかっているだろうが!」白狐は叫びました。
     でも、ミシェレには考えがありました。ミシェレはまず、散らばっていたバレッツ達を呼び戻すと、ピストルを三発撃ちました。その弾を、三人のバレッツ達が蹴飛ばして起動を曲げ、滑走している白狐のブレードの周りに待機していた残りのバレッツ達にパスをしました。そしてバレッツ達が受け取った弾丸をブレードに食い込ませると、白狐はバランスを失い、すっころんでしまいました。オートモービルを追ってスピードを出している分、それは見事な転びっぷりです。
    「ギャウン!」
     白狐は道路の上でコマのようにくるくると回りながら転がっています。
    「よし! 突き放したぞ! 橋の行き止まりまでは残り一キロメートル、このまま突っ走れ! 追いつかれる前に駅の像で密書を見つけて、身を隠そう!」
     しかし、白狐もこれくらいでは諦めてくれません。先ほどまでほとんど凍りかけていたオートモービルは、急激に温まったことで後ろに水をまき散らしながら走っています。白狐はその水を瞬間的に凍らせてロープのようにつなげてゆき、あっという間にオートモービルに到達させたのです。氷はオートモービルの車体にがっちりと食い込んでいます。一体どれほどの低温であればこんなことが出来るのでしょうか? 白狐はその氷のロープにつかまりながらオートモービルに近づいて、トランクを開けるとその中に飛び乗ってしまいました。
    「コイツ、トランクに入りやがった! ジョジョ、オートモービルを止めろ!」
     しかし今度はオートモービルそのものがどんどん凍ってゆきます。トリシアがいないので、手加減して様子を見る必要はもうないのです。白狐は車体を破壊し、シートの間から顔を覗かせます。その顔面に、ゴールデン・ウィンドが何発も拳を叩き込みますが、装甲はあまりにも硬く、小さなヒビが入るだけです。
    「ジョジョ、そいつから離れろ! くっつきすぎるのは危険だ!」
    「僕の心配は大丈夫! それより、ウェネトゥスが見えました! 今から運河に突っ込みます!」
     ジョジョはハンドルを切ると、そのままオートモービルで運河に突っ込みました。大きな水しぶきを立てた後、オートモービルはぶくぶくと沈んでゆきます。
    「逃がすかよォ!」白狐は叫んで、ミシェレを捕らえようとします。
    「させるか!」と、ジョジョはすかさず、白狐の鎧にゴールデン・ウィンドの拳を叩き込みます。しかし、やはりダメージは全く通りません。それどころか白狐に直接ふれたせいで拳が凍り、左腕の先が砕けてしまいました。
    「ジョジョ!」
    「さあ、ミシェレ! はやく脱出を! 僕たちが優先することは『あれ』を手に入れることです! 手に入れれば僕らの勝利であり、やつの敗北です! 今は僕のことより、君自身が岸にたどり着くことを優先してください!」
    「わかっている! だが俺たちの勝利ってのは、この白狐をぶっ殺して二人とも無事で『アレ』を手に入れることだ! いいな!」
     ミシェレはそう言うと、ひらりとオートモービルのボンネットに登りました。周りが大量の水であれば、オートモービルを直接凍らせるのは遅くなります。ですが、いくら遅くなるといってもちょっぴりマシになっただけで、異常な速さで凍っていくことには違いないのです。車体の周りを、まるで絨毯が広がっていくように氷が広がってゆき、ミシェレの周りもどんどん凍ってゆきます。『凍らせる』ことに関して、白狐の『ホワイト・アイス』は弱点がないようでした。
    「ジョジョ、車体を植物に変えて、伸ばすんだ! このボンネット全てが冷え切っていない今のうちに!」
    「ゴールデン・ウィンド!」
     しかし、凍っていないというだけで、とても冷たいことには変わりません。岸まで伸びるような植物は育ちません。生えてくるのは短い草ばかりです。
    「だめだ! こんなに冷たくては、高山や雪国のような短い草しか生えない!」
     ジョジョは運河に飛び込んだ自分の判断を悔やみました。ですが、ミシェレはジョジョの憂い顔を吹き飛ばすような、太陽のような笑顔を浮かべて言いました。
    「俺は何も『岸までツタを伸ばせ』なんて言ってないぜ! この短い草がいいんだ! もっと生やせ! 死にたくなきゃあ、今のうちに!」
     ミシェレは草を一心不乱に抜き始めます。ミシェレが何を思いついたのか、ジョジョにはまだわかりません。ですが、ジョジョはミシェレを信じ、一生懸命に短い草を生やします。一方、白狐も黙って見ているわけではありません。さらに冷やし、ついにミシェレの手元を凍り付かせました。
    「車体は冷え切ったッ! テメエを凍り付かせてやるぜーッ!」
     その時、ミシェレは何か盾のようなものを手にして氷の上を滑らせると、スケートボードのようにその上に乗りました。ミシェレは、短い草を集めると、敵の凍らせる力を利用してそれをひとつの板状に固め、氷の上を滑るためのボードを作ったのです。ミシェレはボードに乗り勢いよく岸に向かって滑ってゆきます。
    「させるか! ホワイト・アイス! 冷却を解除しろォーッ!」
     白狐は即座に冷却能力を解除しました。ジョジョは氷から解放されましたが、ミシェレが乗っていたボードはばらばらになり、足場の氷も一瞬にして溶けてしまったので、ミシェレはドボンと水の中に落ちました。そのミシェレに白狐は泳いで近づきます。泳ぎながら、周囲の水温をどんどん下げてゆきます。ジョジョはあらん限りの声を上げました。
    「ミシェレ! はやく岸に上がってください!」
     しかし、岸に上がろうにも、壁が高すぎて白狐の攻撃が届く前に登り切るのは難しいと判断したミシェレは、その場で迎え撃つことにしました。
     白狐の鎧は周囲の水分を極低温で凝結させているため、弾丸も、ゴールデン・ウィンドの力いっぱいの拳も通さないほどの硬さです。ですが、『氷』を身に纏っているということは、どこかで空気を取り入れなければなりません。まして、激しく動き続けるためには絶対に必要なものです。あの白狐の装甲のどこかには、必ず空気を取り入れる『穴』があるはずでした。
    「無駄だってことが、まだわからねえか!」
     白狐は力をいっそう強め、ミシェレにまっすぐ超低温の冷気を飛ばしてきました。水面を、剣のような氷が走ってゆきます。
    「ミシェレ! さっきボードにした『草』を集めるんだ! もとは車体の部品であった、あの草を!」
     ジョジョの叫びに、ミシェレははっとしました。そして言われたとおり、水面のあちらこちらに浮かぶ草に目をやります。
    「そうか、わかったぜ!」
     ミシェレは一見むちゃくちゃにピストルを撃ちまくりました。しかし、本当のところは的確に草を――いえ、すでに草からもとに戻りかけていた部品を弾いていたのです。弾かれたボルトの一本が白狐の額に突き刺さりました。ミシェレは瞬時に弾を補充し、突き刺さったボルトめがけて全弾撃ち込みます。銃弾が金槌の役割を果たし、ボルトは深々と刺さって敵の装甲を貫き、白狐はひっくり返って水中に落ちました。
    「やった! だが傷は浅い! ミシェレ、敵が浮かんでくる前に例のものを回収してください!」
     しかし、ミシェレは今の一瞬で敵の弱点――すなわち、装甲に空いた空気穴を見つけたのです。ミシェレは水中に潜ると、バレッツ達に指示を出し、白狐の背後に回り込ませました。
    (やつの空気穴は、首の後ろだ! その穴めがけて、ぶち込んでやる! やつが呼吸をするために水面に出た瞬間を狙ってな!)
     水中で白狐と視線がかち合いました。白狐は牙を剥き出しにして、強い怒りのこもった目で見てきます。そして、水底を蹴ると、水面に浮上しようとします。ですが、ここで予想外の問題が起きました。空気穴は首の部分についているのですが、上を向いていると空気穴はヘルメットで隠されてしまうのです。
    「ミシェレ! 空気穴が隠れて見えないよ!」
     バレッツ達はくちぐちにわめきました。
    「わかっている! これならどうだ!」
     ミシェレも素早く水面に上がると、白狐でもない、オートモービルの部品でもない、一見なんでもない場所に銃弾を撃ち込みました。
    「どこを狙ってるゥーッ!?」
     白狐は叫びます。すると、水面にぷかぷかと撃たれて死んだ魚が浮かび上がってきました。
    「な、なんのつもりだ、この魚は……!?」
     白狐は注意深く魚たちを見ました。そして、魚を見ようと頭を下げたことで、空気穴が再び露出したのです! すかさずピストルの引き金を引くと、銃弾は星のように飛んでゆき、待機していたバレッツ達が白狐の空気穴めがけて弾道を変化させ――弾丸は吸い込まれるように空気穴に入っていきました。
    「命中だァーッ!」
     バレッツ達は喜びの声を上げますが、白狐はぴくりとも動きません。うめき声ひとつあげません。炯々と輝く目が、ぎょろりとミシェレの方に向けられました。
     白狐の周囲がきらきらと輝き始めます。何かが弾けるようなバチバチという音と金属同士がこすれ合うような甲高い音が断続的に響いています。
    「俺の空気穴を狙ったってワケか……だが! 超低温は全てを止める! 攻撃だけじゃねえ、動くものすべて……空気すら! 見えないか? 止まった空気が!」
     ジョジョはハッとして叫びました。
    「ミシェレ! この音は、空中で弾丸が跳ね返っている音だ!」
     白狐の周囲に光の糸が現れては消えます。それは、凍った空気の壁に弾丸が跳ね返る軌跡が糸のように一筋になって見えているのでした。その光の糸の正体に気がついたのとほぼ同時に、ミシェレの右肩を弾丸が貫いていました。
    「ぐあああ!」
     ミシェレは肩から血を流しながらも、這々の体で岸に上がります。白狐は一足先に岸に登ると、周囲を探し始めました。
    「ミシェレの慌てぶりからして、このへんにあることは間違いなさそうだ。誰かが間違って持っていくような場所には置くはずがない。あの王のことだからな! だが、何かしらの目印はあるはずだ」
     すると、白狐はライオン像に目をやりました。そして、そのライオン像が何かを咥えていることに気がついてしまったのです! 白狐は像に登ると、その何かを取りました。手紙を入れる小さな筒でした。白狐はギャウンと喜びの声を上げると言いました。
    「これは、王からの手紙か!? こいつを貰えばあの王の正体を暴けるってことだな!」
     ――まずいことになりました。ものすごくまずいことになりました。ジョジョは冷や汗をかきます。白狐が王様の密書を見つけてしまったこともですが、もっとまずいのはミシェレの様子です。ミシェレは、白狐の弱点を見つけるよりも、早く岸に上がって密書を手に入れるべきだったと後悔と責任を感じています。自分の身を犠牲にしてでも挽回しなくてはいけないと考えています。つまり、半分やけくそで白狐に立ち向かうつもりでしょう。ジョジョにはそれがよくわかるのでした。ですが、それではいけないのです。
     見つめ合い、今にも戦いを始めそうな両者の近くへ、ジョジョは泳いで近づいていきます。そして、かろうじてつなげたばかりの左腕を掲げて、叫びました。
    「ミシェレーッ! 『覚悟』とは、犠牲の心ではない!」
     そして、水面に浮かぶ硬い氷に思いっきり傷だらけの腕を叩きつけます。傷口からは、噴水のように血が噴き出ました。そして、血の噴き出る腕を、高々と掲げます。血が、向かい合う両者の上に雨のようにふり注ぎました。
    「『覚悟』とは、暗闇の中に、己の進むべき道を切り開いてゆくことなんだ!」
     ミシェレは目を丸くして降り注ぐ血を見ていました。血は、白狐が作った氷の壁に赤い色をつけていきます。血は瞬時に凍り付き、決して流れ落ちることはありません。
    「見えた! 切り開くべき道が! 俺にも見えたぞ、ジョジョ!」
     六発。ミシェレは迷いなく銃弾を撃ちます。弾はガス灯に跳ね返り、敵の周囲に展開するバレッツ達に渡されます。バレッツ達は連携して、白狐の鎧に空いた空気穴に今度こそ全弾ぶち込みました。その、はずでした。
     白狐はひるむ様子もありません。空気穴が狙われていることに気づいていた白狐は、あらかじめ空気穴を閉じていました。凍った空気を鎧の中に入れ、溶かすことで補充していたのです。まるで、潜水士が空気のボンベを背負うように。
     弾かれた六発の弾が、白狐の周囲で狂ったように跳ね返っています。白狐は光の糸とはぜる火花で照らされています。恐ろしくもそれは美しい姿でした。
    「とどめだ! ミシェレ!」
     白狐の声と共に六発の弾丸がミシェレのもとに戻ってきます。ミシェレは防御の姿勢を取りましたが、腕や首、腹の辺りに銃弾を受けてしまいました。ミシェレは血を大量に流し、よろけながらも、自分を励ますように呟きました。
    「確かに『覚悟』は出来たぜ……ジョジョ、お前の行動で、お前の『覚悟』で、俺はこの道を見つけられた! 自分の弾丸を敢えて身に受けるこの『覚悟の道』をな!」
     ミシェレは足を踏ん張ります。とどめをさそうと近づいて来た白狐の顔に、ミシェレの血がかかりました。鎧についた血は瞬時に固まり、流れることもなければ、拭うこともできません。それは、血の目潰しでした。ミシェレが見つけた『道』とは、単に血の目印を頼りに氷の壁をかいくぐることではなく、白狐の顔に自分の血を浴びせて、視界を塞ぐことだったのです。
    「この野郎……!」
     白狐は後ろ足で立ち上がり、ミシェレに飛びかかろうとしました。ミシェレは正面から、敵の足元と頭に銃弾を撃ち込み、体勢を崩させます。そして、白狐がのけぞり倒れた先には、先ほどガス灯に銃弾をバウンドさせた時に作った彫刻――槍のように鋭くとがった切っ先がありました。ミシェレはとどめとばかりに、足元のブレードに弾丸を撃ち込み、バランスを崩させます。
    「うぎゃあ!」
     空気穴から切っ先がずぶりと刺さり、白狐の後頭部を真っ赤に染めました。
    「まだだ! このまま突っ走ってやる! オレの意識が続くうちに!」
     ミシェレは続けざまに撃ちます。白狐も、気力を振り絞って『ホワイト・アイス』の力を強め、氷の壁を展開します。白狐の首に切っ先がどんどん食い込みます。ミシェレの身体にはどんどん風穴が空きます。覚悟の勝負、両者の意地と意地がぶつかります。両者とも、一歩も譲りません。
    「ミシェレー! これ以上は無茶だよう!」
    「俺たちも消えかかっているよう!」
     バレッツ達はミシェレを案じて言いました。ミシェレの意識はかろうじて繋がっている状態なので、バレッツ達も半分消えかかって、不安定な状態です。
     その時、白狐の首から血が噴き出しました。ついに切っ先が白狐の首に完璧に食い込んだのです。
    「やったぞ! 完璧に刺さった!」バレッツ達は魂の底から湧き出るような歓声をあげました。
     ですが、おお、この白狐の執念深さときたら! 白狐の目はまだ闘志で燃えています。そして、目だけをじろりと動かすと、血を吐きながらも言いました。
    「違う……ぜ! ミシェレ、お前の覚悟には敬意を表する……が! 今度は俺が噴き出す血を利用する番だ! 首から出た血を凍らせて固定したぞ! これでもう、これ以上食い込むことも、のけぞることもねえ! そして――よく見ろ! お前が放った最後の一発が、まだ宙に舞っているぞッ!」
     白狐の首から出た血は、完璧に凍りつき、白狐の身体を強固に支えています。そして、白狐の周りでは、あのいまわしい光の糸がきらきらとひらめいています。
    「これで最期だ、ミシェレ! もらったぞッ!」
     跳ね返った弾丸がミシェレの額に命中したのを見た白狐は歓喜の声を上げました。しかし、弾丸はミシェレの脳に食い込むよりも早く、できたばかりの傷口を埋めてしまったのです。
     すなわち――ジョジョが、ミシェレの額に弾丸が食い込んだ瞬間、ゴールデン・ウィンドで弾丸に命を与え、傷ついた部分を再生させたのです。
     いつの間にか、朝日が昇っていました。朝日は、ウェネトゥスの家々の甍を金色に照らし、運河にまばゆい光の道を描いています。ミシェレを介抱するジョジョは、その金色の光を背負うように白狐の前に立っていました。
    「ミシェレ! あなたの『覚悟』は、この登りゆく朝日のように明るく道を照らしている! そして僕たちが向かうべき正しい道をも!」
    「な、なんだって! くそ、首の凍結を解除しなくては……!」
    「無駄だァーッ!」
     白狐は慌てて固定を解除しようとしましたが、それよりも早くゴールデン・ウィンドの嵐のような蹴りが白狐を襲い、ミシェレの作った切っ先は、白狐の首を完全に貫通しました。
     白狐の能力が解け、硬い鎧はただの水に戻りました。白狐もついに力尽きたのです。
     王様の密書を拾うと、ジョジョはすぐさまミシェレに駆け寄りました。
    「ミシェレ、あなたのおかげで、密書は無事に手に入りました。あなたの覚悟のおかげでね」
    「ああ。だがジョジョ、お前の能力を当てにしなきゃ、とてもできない覚悟だったぜ」ミシェレは息も絶え絶えに言いました。「だから、この傷を早く治してくれ。オレが死んじまう前に」
    「もちろんですよ。でもね、あらかじめ言っておきますが、僕のは『治す』のではなく、失ったり破壊された『部品』を作るんですよ。ですから、痛みは当然のこりますからね、痛いからって文句垂れないでくださいよ」
     そう言うと、ジョジョはミシェレの身体に手を当て、ゴールデン・ウィンドでミシェレの傷口を埋めてあげました。でも、ジョジョがはじめに言ったとおり、痛みが消えるわけではなく、むしろ部品を作る度に身体を電撃が走るような痛みに襲われたので、ミシェレはつり上げられた魚のように、ビクビクと身体を跳ねさせていたそうです。もう少しで死にそうでしたが、これだけ元気があれば、もう心配はいりませんね。
     結局、ミシェレは口では文句は言いませんでしたが、しばらく眉間に深いしわを刻んでいたと言うことです。
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