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    童話5部 18 真実

    ##ジョジョと結晶の王国

    18 真実 フラゴラとブルーノの話によって、その場にいる全員は持っている情報をすりあわせることができました。ティラブロスが体格まで変化するほどの二重人格者であることや、ブルーノがいかにエンペラー・クリムゾンと戦ったかは、みんなにとってどれほどためになる情報かは考えるまでもありません。
     やがて、みんなは自然と義足の紳士の方を向きます。ティラブロスを倒せるかどうかは、彼の持つ情報にかかっているのですから。
    「次は私が話す番だな。初対面なので、まずは自己紹介でもしよう」
     銀髪の紳士は落ち着いた深みのある――しかし、どこか親しみやすい声でいいました。
    「私はポルレルト。フラリアより来た、考古学者の端くれだ」
    「フラリアって何?」オランチアが小声でききました。
    「隣の国」フラゴラが小声で返しました。
    「私は昔から矢の謎を追っていてね。矢が発見された国々を飛び回っていたのだが、十年ほど前から、謎の病がラティニアや我が故郷の若者の間で見られるようになったことに気がついたのだ」
    「それって……」ブルーノが呟きました。
    「うむ。知っている者もいるだろうな。病気ではない。白い粉薬が原因だった。調べていくうちに、ラティニアの一部の役人が密かに若者に売っていることを突き止めたのだ」
     ひょっとすると皆さんお忘れかもしれませんが、このお話の一番最初にでてきた、若者を無気力にしたり、凶暴にしたりする悪魔の薬です。そもそもその薬によってナープラの若者はおかしくなり、ブルーノは故郷と父親を失い、ジョジョは王を打倒する夢を持つようになったのです。あの薬は当然、他の街にも流れ、問題になっていたのです。
    「私はその薬の出所を調べた。腐敗役人を疑っていたが、王に行き着いたのだ。調べてみれば、王は十五年ほど前から姿を見せなくなったという。私は王を怪しみ、調べ始めた。だが、その動きは当然王も察知して、私に刺客を差し向けるようになったのだ」
    「それでは、あなたのその身体は……」トリシアが恐る恐るききました。
    「いや、刺客は返り討ちにしたさ」
     ポルレルトがあんまりあっけらかんと言うので、みんなは顔を見合わせました。
     ポルレルトは、若い頃は考古学者というより冒険家でした。仲間とともに吸血鬼を倒す冒険にも行ったそうなのですが、その話は別の機会にするといたしましょう。今はポルレルトの話の方が大切ですからね。
    「雇った刺客では無理と悟ったのか、私の前に王本人が現れたのだ。私は奴と戦い、奴のエンペラー・クリムゾンによってこの通り、戦士として再起不能の身体にされたのだ。かろうじて生きながらえた私は、田舎の農村に身を隠した。この矢と共にな」
     ポルレルトは、懐から『矢』を出しました。矢はポリープスの精霊が持っていたものとほとんど同じです。
    「ある日のことだ。私はこの矢を家具と壁の隙間にすっぽりと落としてしまってね。この身体で取るにはちと大変だった。そこで私の精霊ならば取れるなと、そう思ったのだ。そうしたら、私の精霊は、これはまったくの偶然なのだが――鏃で指を傷つけてしまった。その時だったよ。変化が起こったのは」
     ポルレルトの精霊に起こった変化というのは、こうでした。ポルレルトの精霊は、白銀の甲冑を全身に纏い、細剣(レイピア)を振るう騎士の精霊でした。その騎士の甲冑が剥がれ落ちて、中から銃士のような格好をした黒い精霊が現れたのです。起こったのは見た目の変化だけではありませんでした。
     見渡す限りの生き物みんな――農夫や、牛や、鳥や、虫に至るまで、活動をやめてその場で眠り始めたのです。
     ポルレルトは気がつきました。
     古代、『星の鏃』として神殿で保管されてきた『矢』に秘められた、本当の役割について。
    「矢は古代、神殿で保管され、精霊を持つ素質がある者から、その才能を引き出すため使われてきた。矢の方が磁石のように素質あるものを引きつけるのだ。ここまでは彼女に聞いたね?」
     みんなは同じように頷きました。ティラブロスの墓にいた、ベルティナの説明と同じでした。
    「国が危機に陥ったとき、新たな指導者はしばしば神託によって選ばれていた。そして神託で選ばれた指導者は、神がかり的な能力を見せる。矢に選ばれ、精霊使いとなったからだ。重要なのはここからなのだが――古代において、二度『神託』で選ばれた指導者がいるのだよ」
    「英雄ロマティヌスだ」フラゴラが呟きました。
    「そう。一度目は建国の指導者として。二度目はティラブロス討伐の連合軍の盟主としてだ。この矢は、素質のある者に精霊を与えるだけではない。精霊を持つ者を貫けば、さらにその『先』の力を与えるのだ!」
    「それじゃ、あなたの精霊は!」ジョジョがききました。
    「いや、私はこの身体だ。とても進化した精霊の力をコントロールできないと思って、すぐに矢を取り上げたのだ。全ては何事もなかったかのように、元に戻った……もちろん精霊もな。だからその先がどうなっているのかはわからない。しかし、再起不能のこの私ですら、見渡す限りの生き物みんなを眠りにつかせるのだ。強い者が選ばれれば、世界を一変させかねない力が目覚めるだろうことはわかった。そして私は、矢の秘密を託す相手――すなわち、王を倒さんとする志のある者を探す旅に出た。その旅で、偶然にもあのティラブロスの墓にたどり着いたのだよ」
     みんなは静まりかえりました。奇妙な緊張感が漂い始めます。精霊を進化させるという矢の話は衝撃的でした。しかしそれ以上に、一体誰が矢の力を与えられるべきか? つまり誰が盟主になるのか? 気になるのはそこでした。
     ここにいるのはみんな、強力な精霊使いばかりです。いっそ全員に矢を刺せば、進化した精霊使いのチームでティラブロスを圧倒できるかもしれません。
     しかしジョジョには気になることがありました。ポリープスの精霊と戦ったとき、ジョジョも矢で怪我したのです。あの時は、進化する兆しどころか、死の危険しか感じませんでした。ジョジョは口を開きました。
    「僕は以前、別の場所で矢を見て……怪我をしました。手を怪我しただけなのに、『刺されたら死ぬ』という確実な予感がありました。慎重に扱わないと危険だと思います」
    「フン、つまりこの矢でここにいる奴みんなを刺してみるってわけにはいかないんだな?」
     しびれをきらしたかのように、アバティーノがききました。
    「ああ、選ぶのはあくまで『矢』だからな。だが、必ず『その時』がくる! 今にして思えば、力のない私に発現しかかったのは、今この時、君達に伝えるためだったのだろう」
     すると、トゥルレウムの周辺が再び騒がしくなりました。周囲の見張りにつけていたゴブリン達も次々に騒ぎ始めます。
    「メーロ、兵士たちの増援です!」
    「数は先ほどの倍はいます!」
     トゥルレウムを取り囲むように、黒山の人だかりができていました。やはりオランチアのレーダーに反応はありません。不死の古代兵たちです。古代兵に散々苦労させられたオランチアは、げーっという顔になります。
    「さっきが三百で、倍ってことは六百かよ! しかもあいつら首取れたくらいじゃ死なねえんだ! 体感的に三倍いるぜ! つまり……千八百体!?」
    「うわー、こんな時に限って計算合ってますよ!」フラゴラは苦笑して言いました。
     ほかの皆も、厄介そうに兵士達を見ています。先ほど文字通り火を噴いた機関銃はトゥルレウムの外に置いてありますし、ホルマティウスがタイニー・フィートで小さくしておいたオートモービルやバスも、先ほど景気よく使い切ってしまいました。
     そこへ、リベリウスが前に出て、こう言いました。
    「ここは私が相手しよう。奴らは土塊でできているのだろう。私のアダマス・マグネティカで鉄分を操作し、破壊してやればいい」
    「リベリウスが残るなら、俺も残るぜ」ギアシウスも名乗り出ました。「超低温で凍り付かせれば、奴らは止まるからな」
     すると、アバティーノも進み出ました。
    「俺もここに残るぜ。一度あいつらと戦ってる奴がいた方がいいだろう。心配すんな。お前達の背中は守ってやるからよ」
    「じ――じゃあ、俺だって!」
     と、オランチアがいうと、リベリウスは首を振りました。
    「お前はそのレーダーで、近づく敵からみんなを守るんだ。ここは私とギアシウス、そしてアバティーノで十分だ。なぜなら――」
     リベリウスはにやりと笑いました。その時、兵士達の後ろが騒がしくなりました。あたりに銃撃音や刃のふれあう音が響きます。王都の憲兵たちがやってきたのです。
    「倒せ、倒せ! 我らの都と市民を守るんだ!」
    「王都と市民の平和を守るのが我らの役目だ!」
    「化け物は身体があるかぎり動き続けるぞ! いっときも油断するな!」
     憲兵達はトゥルレウムに集まった古代兵たちを取り囲むように攻撃しています。王の命令ではまずないでしょう。ですが、彼らは彼らに与えられた使命に従って動いているのです。
    「ティラブロスを倒しに行くのだろう! 急げ!」
     リベリウスに促され、みんなは頷きました。
    「よし、行こう!」威勢良く言ったオランチアでしたが、一番大切なことを思い出しました。「行くって……どこに?」
    「やつは王宮にいるはず。王宮で堂々と僕たちを待っている。僕たちが奴の正体を知った以上は、僕たち相手に、もうコソコソする必要はないわけですからね」
     と、ジョジョはいいました。『王』がなぜコソコソ隠れていたのかといえば、自分の正体を隠すためです。ですが、ブルーノたちは既に王がティラブロスであることを知っています。そんな相手にコソコソ隠れていてもしょうがないですし、どうせ来るのならば、堂々とやってくるのを待って、一網打尽にしてやろうと考えているのです。ティラブロスは自分の能力に絶対の自信を持っていますからね。
     王宮はトゥルレウムから一キロくらい離れた場所にありますが、周囲よりさらに一段高い石垣の上に作られていて、中心には一際高い物見の塔がどっしりと立っていますので、トゥルレウムからもよく見えました。
     逆に言えば、王宮からジョジョ達の動きもよく見えるはずです。
    「まずは包囲の薄いところを突破しましょう。道中、あの土塊の兵士に襲われるかもしれません。王宮に行くまでは最小の人数で、残りは亀の中にはいれば……」
    と、ジョジョが言いますと、エヘンエヘンと大きな咳払いが聞こえてきました。
    「あー、エヘンエヘン」
     イルーリヤでした。みんなの視線が自分に向けられると、また一つ大きな咳払いをして、鏡をみんなに見せながら得意顔で笑いました。
    「私のことを忘れてもらっちゃあ困るな」

     ◆   ◆   ◆

    「よかったのかよ? 残っちまって」
     槍斧で兵士の足をなぎ払いながら、アバティーノはリベリウスにききました。
    「俺の精霊は能力的に、戦闘向きじゃあねえからいいけどよ。あんたらは強いし、それにあんた、あいつらのリーダーなんだろ。自分の手で決着をつけたがると思ってたぜ」
     リベリウスにとって、ティラブロスの打倒は悲願だったはずですし、この場に残るということは、矢に選ばれること――すなわち、ティラブロス打倒の盟主となることを自ら辞退したのと同じことです。アバティーノには、それが意外に思えたのです。
    「私はただ合理的に考えただけだ。命も意志もない土人形のこいつらを相手取るなら、私の能力が一番向いている」
     リベリウスは前を向いたまま、淡々と答えました。土人形達が内側から破裂するように崩れていきます。
    「それに、私がついていなくとも、あいつらは自分の仕事をこなす。その点について、私は心配していない」
     リベリウスは土人形達の鉄分から丸鋸を作り出すと、高速回転させながら弧を描くように、十体ほどの胴体を両断しました。リベリウスの能力の前では、土人形の兵士達は草刈り鎌の前の草も同然でした。
    「お前こそ、この状況を見て元憲兵の血でも騒いだのかな?」
    「そうかもしれないな。結局放っとけねえんだろうな。あの兵士達が、ここだけで済むとも思えないんだ。多分、遅かれ早かれ街にも出るだろう。あんたも放っておけないタチなんだろう?」
     アバティーノの言葉に、リベリウスはほんの一瞬、少し寂しそうに遠くを見つめた後、ほほえみました。
    「ああ、そうなんだ。だから私はいま、ここにいる。ここに行き着いたんだ」
     そこへ、包囲の外に様子を見に行かせていたギアシウスが戻ってきました。
    「ギアシウス、街の様子はどうだ?」
    「街はまだ大丈夫だが、楽観視はできねえな。それより、空を見てみろ」
     ギアシウスに促されて、二人は空を見上げました。空には、とても大きな飛行船が飛んでいます。高度は低く、近くの飛行港から飛び立ったばかりのようです。
    「けが人を、他の都市の病院に運ぶんだってさ」
    「あれでか? ……まさかな」
     アバティーノは呟きました。
    「海のど真ん中から生還した、不死鳥の船長と副船長が舵取ってるそうだ」
     ギアシウスはにやりと笑いました。
     
     ◆   ◆   ◆
     
     左右裏返しの世界をジョジョ達は走ります。ポルレルトも、自身の精霊を駆使して走ります。メーロは亀の中でゴブリンを作り続けています。
     イルーリヤの精霊、ミラー・マンは鏡の世界をつくることができます。鏡の世界にいる人間を、鏡の外にいる者はまったく知覚できません。安全に移動するにはこの上ない能力なのです。そして、鏡の世界はミラー・マンを中心として数百メートルほど広がっていて、つまり、イルーリヤから離れすぎなければ、彼女が鏡の世界を維持している限り、安全な鏡の世界にいつづけられるということです。
     王宮を取り囲む城壁の門を通り抜けると、道はひっそりとしていて、入り組んでいて――よく知らない路地というものは得てしてそういうものですが――どこをみても同じように見えます。王宮は、何百年も昔に建てられた物見の塔を中心に増築や改築を繰り返されてきました。元々は戦争に備えた城であり、そのため、外敵を迷わせるために複雑な道になっているのです。
    「よし、こっちだ!」
     しかし城内の道は、ホルマティウスがよく知っていました。ホルマティウスの案内に従って、地下道に入ります。王宮地下から入れば、待ち伏せている兵の数も少ないでしょうからね。
     みんなは口をつぐんで道を急ぎます。リベリウスやギアシウスはとても強力な精霊使いですし、アバティーノもいれば、メーロのゴブリンも残していますし、憲兵達も精鋭で、士気も高いでしょう。しかしティラブロスのことですから、次から次へと兵士を投入するのは目に見えています。
    「ホルマティウスさん、あとどれくらいですか?」
     ジョジョがききました。
    「もうすぐだ! あの鉄の扉を開ければ、王宮地下だぞ!」
     ホルマティウスが言うと、イルーリヤが前に出ます。
    「わかった、あの扉、私とミラー・マンに任せておけ!」
     というのも、鏡の世界では、イルーリヤとミラー・マンにしかものを動かすことはできないのです。イルーリヤとミラー・マンは注意深く扉を開け、手鏡で外の様子をうかがいます。
     やはり、外には衛兵が待ち受けていました。剣付きの銃を構えて扉を二重に取り囲んでいます。彼らは普通の人間のようでしたが、目には殺意をみなぎらせています。王宮の出入り口は、どこもこうなっているのでしょう。
     イルーリヤは皆の方を振り返って言いました。
    「外は衛兵に囲まれている。このまま鏡の中を通れば奴らと出会わなくて済むが、ティラブロスと戦うときにずっと鏡に入りっぱなしってわけにもいかないだろう。挟み撃ちにされたら面倒だな」
    「いつものやり方なら、全員始末するところだが」
     プロシュガードが言いかけると、ジョジョやブルーノは難色を示しました。プロシュガードもはじめからそれをわかっていました。
    「要は、死なせず無力化させりゃあいいんだろう? だったら俺の出番だな。ピスキス! お前も手伝え!」
    「わかったよ兄貴! おいらはどこまでもお供するよ!」ピスキスは釣り竿の精霊、フィッシャー・マンをしっかりと握りしめて、力強く笑いました。
     プロシュガードがイルーリヤに目配せすると、イルーリヤはプロシュガードとピスキスを鏡の外に出しました。プロシュガードが自身の精霊、ザ・サンクフル・デッドを出すと、老化させる靄があたりに漂い始めます。ピスキスは――巻き添えを食らわないように頭にゴブリンが変身した氷嚢を乗せています――プロシュガードのサポート役でした。すなわち、何らかの理由で老化が遅い者にフィッシャー・マンの針を刺すのです。その糸にプロシュガードが直接ふれれば瞬時に老化させられますからね。
     衛兵達はすっかりヨボヨボのおじいさんになって、バタバタとその場に倒れ始めます。それと同時に、階段から増援が下りてくる足音もします。しかし、プロシュガードは一歩も引かず、恐れる様子もなく、不敵に笑いました。
    「よし、行けッ! あとは俺たちが引き受ける!」
    「ええ、やりましょう兄貴! 皆のところには行かせないぞ!」
     ピスキスも覚悟を決め、きりりと引き締まった表情になりました。
     ジョジョ達は、鏡の中から、誰もいない階段を駆け上ります。すぐに地上階に出ました。地上階は、それはもう素晴らしい内装で、床の大理石はピカピカに磨かれていて鏡のようですし、壁には壮麗な神々の物語がレリーフやフレスコ画で描かれています。天井の高さときたら、庶民の二階建ての家などすっぽり入ってしまうほどです。その天井画の見事なことといえば! 全てを見ようとすると、首をすっかり痛めてしまうことでしょうし、首を痛めずに見ようと思えば、ベッドを持ち込むしかないと思われました。
     しかし、そんな素晴らしい王宮なのに、どこか寒々しさがあるのは、みんなが鏡の世界にいるからだけではありません。王都の賑わいとはどこか切り離されている感じがあるのです。王宮に誰かが訪れたり、仕事をしたり、そういった営みがないのです。ただ表面的に美しく保たれているだけなのです。ひとえに、あの酷薄なティラブロスに支配されているからなのでしょう。
     さて、王宮内に入ったはいいものの、早いところティラブロスを見つけないとそもそも話になりません。
    「あの衛兵達が待ち構えていたことからして、ティラブロスは俺たちが王宮に入ることを間違いなく予想している。やはり奴もこの王宮のどこかにいるはずだ」ブルーノがいいました。「トリシア、何か感じないか?」
    「あいつは上方向にいるわ」トリシアは天井を見上げて言いました。「ティラブロスは父ではないけれど――父の、ネイサスの気配を感じるの」
    「僕もトリシアに同感です」と、ジョジョはいいました。「ティラブロスは、王都をめちゃくちゃにするという昏い復讐心を抱いています。その様を特等席から見てやろうと考えるはずです」
    「俺も同意見だね」と、ホルマティウスが言いました。「殿下が言っていた。昔は王宮の塔からよく街を眺めたものだとな。だが、十数年前から誰も入れなくなった。なんか臭うわなあ」
    「塔っていうのは、さっき見えたあの一番背の高い建物のこと?」と、オランチアが口を挟みました。
    「ええ。王宮は、あの塔を中心に増築を繰り返されてきたのですよ」フラゴラがいいました。「何百年も昔、ラティニアがたくさん戦争をしていた頃に、外敵の侵入を見張るために作られた塔ですからね。塔の一番上には、街に敵襲を知らせるための大きな鐘もあるはずですよ」
     塔に近づくにつれ、壁や天井も段々と古めかしい作りになってきました。政治や儀礼には増築された部分を使うことが多いので、大昔からある中心部は普段はそれほど使われなくなって、昔の姿を残しているのです。戦争をしていた時代には、フラゴラが言ったとおり敵襲を知らせるための鐘楼としても使われていましたが、戦争が少なくなってからは一転して役割が変わり、新しい王様の即位や、王子や王女の誕生など、おめでたい時に鳴らされるようになったのですが、ティラブロスが王に成り代わってからはそれもすっかりご無沙汰でした。
     塔を登っていると、みんなは違和感に気がつきました。もうすっかり使われなくなったはずなのに、塔の階段や通路は綺麗に整理されていて、蜘蛛の巣もありません。明確に、人が頻繁に行き来している痕跡があるのです。
    「なんか……床が砂っぽくなってきたわね」
     ふいにトリシアが呟きました。言われてみれば、足元に細かい砂の粒のようなものがあちこちに散らばっています。建物の入り口であれば、靴に付着していた土や砂が落ちているのはわかりますが、こんな数十メートルも登った塔の階段に砂が落ちているのは不自然でした。
     イルーリヤはぴくりと頭を動かして、唇に人差し指を当てていいました。
    「みんな、静かに。何か音が聞こえないか?」
     イルーリヤの言葉に、みんなも耳を澄ませてみれば、確かにコツコツとハンマーやツルハシで硬いものを叩いているような、高い音が聞こえます。それも、一つや二つではありませんでした。
    「な、なんかよぉ、工事現場みたいだよな……。内装でも新しくしようっての?」
     ミシェレが呟きました。
    「工事現場というより、鉱山とか、発掘現場のような音だな」
     ポルレルトが呟くと、みんなは何かに勘づいたように、息をのみました。そして、床に散らばる砂粒を見ます。それは、白く、透き通った砂粒でした。
    「まさか……!」
     みんなは階段を駆け上ります。音は次第に大きくなっていき、砂粒も多くなっていきます。階段を上りきると、全員、言葉を失います。
     真っ白でした。
     テニスコートほどもある空間が、床も、壁も、天井も、激しい吹雪に叩きつけられたように真っ白な結晶に覆われています。一番上の鐘楼に繋がる梯子も、完全に結晶に埋まっていました。
    「こ、これは……!」
     ブルーノは結晶が砕けてできた砂をすくって見ます。色も、透明度も、間違いありません。
    「みんな、この粉を吸うな! これはあの薬だ。この壁も、床も、天井も――あの悪魔の薬の結晶だ!」
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