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    shimotukeno

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    曾祖父フゴから聞いた寝物語をもとに書いた童話を日本語訳したもの という設定の小説 13 ドピ🆚リゾ とか

    ##ジョジョと結晶の王国

    13 引力の夜 船長達が手配した船で、一行はサトゥルーニャ島にたどり着くことができました。船長たちも、乗客達も、ブルーノたちのことは秘密にしてくれることになりました。ブルーノ達に巻き込まれた形ではありますが、ブルーノや、ジョジョ達の行動にはほんとうの勇気があったからです。別れ際、みんなを代表して船長が言いました。
    「また会いましょう。その時は、もっと素晴らしい船に乗せてさしあげますから」
     ジョジョたちは、トリシアの言っていた『ヴォルポリ』に向かいます。翡翠のように美しい海岸が有名なヴォルポリは、サトゥルーニャ島の人気観光名所でもあります。ヴォルポリの街には豪華な別荘や立派なホテルが何軒もありますし、高級レストランもたくさんあります。ナープラに負けず劣らずの美しい街でした。
    「このヴォルポリで、王と君のお母さんが?」ブルーノがトリシアにききました。
    「ええ。そうよ。海辺で出会ったの。確か、十五年前の六月だったって」
    「確かか?」アバティーノがききました。
    「サトゥルーニャ島の、夏至の祭りを見たって言っていたから」
    「ならば下旬か。だが、海辺と言っても範囲が広すぎるな……もう少し絞れればいいのだが」ブルーノが言いました。
     トリシアも腕を組んで考え込みます。以前のトリシアであれば、「そんなこと、私が知るはずないわ!」と突っぱねていたところですが、今のトリシアはブルーノの力になりたいという気持ちがありました。そして、何よりトリシア自身も、真実を知りたいのです。
    「海辺のどこかまでは知らないけど……別の場所から母の行動をたどれないかしら?」
    「それなら可能だ。海辺で王と出会うまで、早送りすればいいだけだからな」
    「遺跡。古代の城の遺跡……スラージエ遺跡に行ったのは確かよ」
    「スラージエ遺跡? どんなところ?」すっかり元気になったオランチアが口を挟みました。
    「さあ。僕もサトゥルーニャ島に皇帝がいた時代の遺跡ってことしか知りません」流石のジョジョも肩をすくめます。こういった歴史ロマン的な分野は、もっぱらフラゴラの領域でした。言葉には出さずとも、「フラゴラがいればなあ」とオランチアは想いました。
     そういうわけですので、ブルーノたちはスラージエ遺跡に直行します。スラージエ遺跡は石を積み上げて築いた城壁や塔や、宮殿の跡が残っている広大な遺跡群で、かつて島を治めていた皇帝の威光を偲ばせます。遺跡の入り口に来たところで、早速アバティーノはムーディー・ジャズを出し、かつてこの場所にいたトリシアのお母さんを探し始めました。
    「どれくらいかかる?」ブルーノはききました。
    「十五年も前だからな。十分くらいはかかるだろうな」アバティーノは答えました。「だが、できるだけ急いで探すぜ。時間が惜しいからな」
     そう言うと、ムーディー・ジャズの額のフリップ時計がいつになく速く回転し始めました。
     ジョジョは遺跡の入り口に遺跡の地図が置いてあるのを目敏く見つけました。地図には遺跡の説明も書いてあります。
    「おいおい、俺たち別に観光しにきたわけじゃあねんだぜェー」と、ミシェレは言いました。
    「わかっています。ただ、この島の歴史について知っておこうかと。何かに役立つかもしれませんから」
    「それもそうかもしれねえな。そういうお勉強はおめーに任せるわ」ミシェレはへらへらと笑いました。
     しばらく経ってアバティーノは「よし、見つけたぞ!」と声を上げました。ムーディー・ジャズの姿は、若く、きれいな女性の姿に変化していきます。
    「これが、若いときのお母さん……」
     トリシアは呟きました。チョコレートのような色の髪ですが、雰囲気はトリシアとよく似ています。
     トリシアのお母さんは遺跡見学から出てきたところのようでした。時間からして、これから宿に戻ろうとしているに違いありません。
    「よし、『早送り』してくれ。後を追おう」
     アバティーノがムーディー・ジャズに早送りをさせると、トリシアのお母さんはチャカチャカとものすごいスピードで動き始めます。一行はその後のトリシアのお母さんの足取りを追いました。
     トリシアのお母さんは、遺跡に行った翌日、海辺で青年に話しかけられたようでした。どうやら、その相手こそ、王であるようです。ムーディー・ジャズがトリシアのお母さんになっている間は、話し相手の声しか聞こえません。しかし、ブルーノは疑問に満ちた声で言いました。
    「やっぱり、おかしい。戦ったときも感じていたが、声が若すぎる」
    「十五年前ということは、即位から十五年……でも、声も、話し方も、ただの青年です」
     ジョジョも言いました。王とペリラスさんは、学友でもありました。つまり、ペリラスさんと同じくらいの年齢であるはずです。
    「よし、アバティーノ。再生対象を十五年前この場所にいた王に切り替えてくれ」
    「わかった」
     ムーディー・ジャズは王様の姿に変わっていきます。みんなはつばを飲み込んで見守りました。
     ――少しして、ムーディー・ジャズは、一人の優しそうな青年に変わりました。
    「……これが王様?」
     オランチアはぽかんと口を開けています。他の皆も口をあんぐりとあけています。
     青年の顔は王の即位当時の肖像とも似ても似つきません。コインに彫られた若い頃の王の横顔は、凜々しい鷲を思わせる精悍な顔つきです。でも、みんなの目の前にいるのは優しそうで、綺麗な顔立ちの青年でした。どう見ても権力とは無縁ですし、非情な行いをするようには見えません。それどころか、盗みだってできそうにありません。
    「別人じゃあねえのか? この後、別の男に話しかけられたんだよ。トリシアの母ちゃん、美人だし」ミシェレが言いました。
     しかし、ブルーノが言います。
    「声は……この声だった。口調は違っていたが」
    「私も感じるわ。この男は私の父だと! 確信している一方で、信じ切れない私もいる……。この人が平気で人を殺すようには見えない。平気で人を利用して、死に追いやることなんてできそうにないわ」トリシアも言いました。「アバティーノ、このまま再生を続けて、この男の追跡を続けてくれる?」
    「言われなくとも!」
     アバティーノは再生速度を速めました。早送り中でも会話を聞くことはできました。青年はネイサスという地元出身の青年で、普段は親戚のレストランのボーイとして働いているそうです。トリシアのお母さんとネイサスはすぐに仲良くなり、デートをするようになりました。ある夜、岩礁のそばで、ネイサスはトリシアのお母さんにこう言いました。
    「明日のこの時間、この場所に来てほしいんだ。見せたいものがある」
    「明日のこの時間?」トリシアのお母さんは聞き返しました。
    「ああ。この時間じゃないとだめなんだ。損はさせないよ。とても素晴らしいものだから」
    「わかったわ。明日のこの時間、ここで待ってるから」
     トリシアのお母さんは言いました。
    「これだわ」トリシアは呟きます。「母が父に言われた『見せたいもの』。この後、父は失踪した……」
    「しかし、何を見せたかったのだろうな?」アバティーノが言います。
    「ひょっとすると、潮の満ち引きが関係しているんじゃあないか?」ブルーノが言いました。ブルーノは漁村で生まれ育ったので、それですぐにピンときたのです。そして、それにはジョジョも同意見でした。二人は目を合わせると、互いに頷きます。
    「十五年前の潮の満ち引きを調べてみましょう。きっと、図書館に記録があるはずです」
     そこで、早速近くの図書館に行きました。潮の満ち引きは、毎日記録がなされています。そして、そうして集まった記録は図書館に収められることになっていました。
     ヴォルポリの図書館はこじゃれた二階建ての建物でした。中には本がずらりと並んでいます。大勢で転がり込むように入ってきたので、司書は目を丸くして、「まあ! そんなに急がなくとも、本は逃げたりしませんよ!」とぴしゃりと言いました。皆さんも、図書館では静かに過ごしましょうね。
    「あの、すみません。潮の満ち引きの記録はありませんか? 学校の課題なんです」と、ジョジョはそれっぽく言いました。
    「百年分はありますよ。いつから見ますか?」
    「十五年前の六月の記録を」
    「わかりました。ちょっと待っててくださいね」
     司書が扉の向こうに消えて数分後、分厚い本を持って戻ってきました。
    「こちらですね。どうぞごゆっくり」
     ジョジョは司書にお礼を言うと、その分厚い本を書見台の上にのせます。目当ての情報はすぐに見つかりました。
    「やっぱりだ。約束した日の夜は、大潮です。潮の満ち引きの差が大きいんですよ。しかもあのあたりは、ナープラの海よりもずっと干満の差が大きいようです」
    「だが、その大潮じゃあねえと、見せようとしたものの正体はわからねえんだよな……?」ミシェレが口を挟みました。
    「大潮は月の満ち欠けとも関係がある。つまり、満月と新月の時だ。満月は数日後。三日後の夜には大潮だろうな」
     ブルーノは重々しく言いました。
     大潮となる三日後の夜、改めてネイサスの言う『見せたいもの』を調べることとなりました。その見せたいものとやらが王の秘密に繋がるという明確な証拠はありません。ですが、全員、王の秘密に繋がるものと確信していました。

     それから三日の間、ジョジョたちは王の刺客に用心しながらもゆっくり休むことができました。ジョジョは引き続き図書館で調べ物をしていましたが、ブルーノもアバティーノもミシェレもオランチアもトリシアも、久々にお日様の光を浴びて、羽を伸ばします。刺客は結局現れませんでした。ヴォルポリの街では、サトゥルーニャ島に向かう飛行船が墜落したことが大きなニュースになっていました。ですが、新聞にブルーノたちの名前が出ることはありませんでした。やはり王もジョジョたちを見つけられずにいるのです。
     そして、あっという間に大潮の夜がやってきました。
     ブルーノとアバティーノ、そしてオランチアは全員を代表して岩場で引き潮を待ちます。満月をカンナでちょっぴり削ったような大きな月は、皎々と輝き、暗い海に一筋の光の道を描いていました。いよいよ、『その時』が近づいています。アバティーノはいつでもムーディー・ジャズで再生できるように準備していますし、オランチアはリル・ボマーで周囲を警戒しています。他の三人は、亀の中で待機することになりました。若者六人がぞろぞろと夜の海辺にいたら、変に目立ってしまいますからね。
     ですが、引き潮を待っていたのは、ジョジョ達だけではなかったのです。

     岩場を見下ろす崖の上に一人の少年がいました。おっとりとした目つきの少年の名はトレッポといい、王に最も信頼される側仕えでした。王はトレッポにも姿を見せてはいません。ですが、トレッポは王をとても敬愛していますし、王もトレッポを他の役人との唯一の窓口にしていました。つまり、立派な役職を持つ上級な役人よりも王の近くにいるのがトレッポ少年なのです。そんなトレッポを、王はサトゥルーニャ島に遣わしました。飛行船の墜落でブルーノたちの安否はあやふやになりましたが、王は確信していました。少なくともトリシアは生きている! と彼の身体に流れる血が告げていたのです。
     トレッポは崖下を注意深く観察します。岩場には、ブルーノ達が何かを待っているようでした。
    「あいつら、怪しいなあ。何を待っているんだろう?」
    「さあ、な。お前こそ、何を待っているんだ?」
     予期せず話しかけられて、トレッポは反射的に振り返りました。切り立った岩の上に大きな黒い雄狼がいました。首には黒い宝石のついた首輪をしています。目は血のように赤く、毛並みは黒曜石のようにつややかで、白い月の光にあてられてところどころ銀色に輝いて見えるほどでした。
    「うわあ! 狼が喋った! た、食べないで!」
     トレッポは腰を抜かして縮こまります。心から驚いて出た言葉でした。トレッポは見た目通り、おっとりとして気弱な少年なのです。黒狼はそんなトレッポの様子を赤い目でじっと見つめています。
    「私の質問に答えろ。お前は、ここで一体何を待っている?」
     黒狼はお腹の底にびりびりと響くような、低い男の声でききました。半端なごまかしは全く通じないと、聞くものに理解させるような重たい響きでした。
    「僕が待ってるんじゃあないです! 下の岩場に、変な連中がいたから、なんか気になっちゃっただけですよ!」
    「あの四人組のことか?」
    「そうですよ!」
     トレッポが力強く答えると、黒狼はニヤリと笑いました。
    「『四人』? 下にいる人間は、最初から三人だけだ!」
    「えっ!」
     トレッポは崖下を覗き込みます。崖下には、ブルーノとアバティーノ、オランチア、――そしてムーディー・ジャズがいます。精霊は、精霊を持っている人にしか見えません。つまり、人影が四人に見えるのは、精霊の保持者だけなのです。トレッポはそのことに気がついて、冷や汗をかきました。
    「や、やだなあ、もう~! 四人って言われたから、僕はついそのまま返しただけですよ!」
     トレッポは必死に繕いますが、黒狼の前では無駄なことです。というか、黒狼でなくとも、トレッポの嘘はまるわかりでした。目が、水泳の世界チャンピオン並に見事に泳ぎまくっているのですから!
    「いいや、お前は精霊使いだ。そして、ブルーノ達を追ってきた……ということは、王に相当信頼された役人だ。その割には嘘が下手で、臆病なようだがな」
     黒狼は裁判長のような、厳格な口調で言いました。すると、トレッポは目を剥き、うなり声を上げて叫びました。
    「ぐちゃぐちゃうるせえ! テメエからぶっ殺せばいいってことだなあーッ!」
     トレッポは拳を振り上げて襲いかかります。おっとりとした目は、今は手負いの獣のように怒り狂っています。トレッポは普段は気弱な少年ですが、不安定なところがありました。不安が頂点に達すると、このような正反対の性格になってしまうのです。
     突然豹変したトレッポに対して、黒狼はひるみもしません。黒狼はこういった精霊使い同士の戦いには慣れていました。いえ、プロフェッショナルといってもよいでしょう。黒狼は、ジョジョ達が戦ってきたホルマティウスや、黒猫、プロシュガード、ピスキス、メーロ、白狐を束ねるリーダーでした。相手の動き方ひとつで、どんな精霊を持っているか、すぐにわかってしまうのです。
    「こちらに向かってくる、ということは、お前の精霊は人型で、間合いはせいぜい数メートル。ならば、戦い方はもうわかっている」
     黒狼は、ぴょんと後ろに飛び退いて距離を取ると、トレッポをじっと見つめました。すると、トレッポは目を見開き、喉元を押さえます。いつのまにか顔中から脂汗がにじみでていました。
    「な、なんだ!? の、喉が、喉からなにか……!」
     次の瞬間、トレッポは口から大量の血を吐き出しました! その吐き出した血に混じって、何かがキラキラと光っています。
    「こ、これはカミソリの刃! いったいいつ入れられたんだ!?」
     トレッポの体内から、何枚ものカミソリの刃が、食道や口の中を切りつけながら出てきたのです! しかし黒狼は、感情を出すことなく、ひたすら冷静に観察しています。
    「お前が王の忠実な側近で、私の邪魔をするというのなら、お前を始末するだけだ。お前を始末して、あいつらを追うことにしよう」
     すると、突然黒狼の姿が見えなくなりました。トレッポはキョロキョロと見回します。ですが、全く見当たりません。どこかに隠れるような動きもありませんでした。消えたのです。
    「ど、どこに消えた!? いや、今の場所を探すんじゃあない。あいつの動きを『予知』するんだ。僕にはその力がある」
     トレッポの背後に怪しい影が現れ、トレッポの身体とその影が重なりました。すると、トレッポの右目の前に水晶のレンズが浮かび上がります。トレッポはそのレンズに注目しました。レンズには、ほんの少し先の未来が映っています。レンズの中で、カラスが飛んでいくのが見えました。すると、数秒後、水晶に見えた像と全く同じようにカラスが飛んでゆきます。トレッポの能力は『ほんの少し先の未来の予知』でした。トレッポは『黒狼の動き』に対象を絞ります。
    「見つけた! だが、どうやっているんだ!?」
     黒狼は岩の前にいますが、その身体は透けていました。黒狼が動くと、ほんのわずかに背後の景色が揺らぐので、かろうじて判別できます。ですが、肉眼で見ようとするとまったくわかりません。
    「この位置から逆算すれば、あいつの場所は大体わかる! あいつの攻撃の謎を解いて、そのつやつやの毛皮ごと丸裸にしてやる!」
     トレッポは予知で見た黒狼の方に向かいます。すると、すぐそばで感心したような声が聞こえました。
    「ほう。私にまっすぐ近づいたのはお前が初めてだな。お前の能力、警戒した方がいいな……」
     黒狼はまた姿を消します。トレッポも水晶レンズを見ました。その予知によると――トレッポの首からナイフが出てくるようです!
    「や、やべえ! まともに食らったら死んじまう!」
     いくら予知が出来ても、必ず避けられるとは限りません。黒狼の攻撃方法がわからないのならばなおさらです。むしろ、目先の『ちょっとヤバい未来』を避けようとして、逆に『破滅的な未来』を呼び込むことだってあるのです。悲劇的な未来の神託を受けた人間が、その未来を避けようとして動いた結果、その行動によって神託通りの悲劇的な未来を呼び込むことは、昔のお話にままあります。トレッポが予知したのは『首からナイフが出てくる』という『やべえ』未来ではありますが、自身の死んでいる姿ではありません。『やべえ』からといって、必ずしも死に直結するわけではないのです。トレッポは覚悟を決めました。
    「う、うぐぐ!」
     首元に、表現しようもない苦痛に襲われます。だって、誰も首の皮の下からナイフが現れたことなんてないのですからね。流石の私も説明しようがありません。ともかく、ものすごく苦しくて、痛いのです。それだけわかればよろしいでしょう。
     しかし、トレッポは既に予知で見ていたので、ナイフがどこからどのように出てくるのかあらかじめわかっていました。トレッポは苦しみながらも、なるべく傷が浅く小さく済むように傷口からナイフを取り出します。
    「いでええええ!」
     トレッポは叫び声を上げます。叫ぶ元気があってよかったですね。そして、このトレッポの一連の行動には、黒狼も驚きを隠せませんでした。
    「いまの動作……、負傷を最小限に抑えたな。やはりお前ははやく始末すべきだな」
    「くそーッ、始末されるのはお前のほうだぜ!」
     トレッポは自身の血に染まったナイフを握りしめます。その時、トレッポの身体がふらつきました。頭もくらくらしてきて、立っていられません。トレッポはその場に膝をつきました。黒狼と対峙している時でなければ、着の身着のままでベッドに転がり込みたいくらいです。
    「な、なんだ? 急に……疲れてきたぞ! それに今、未来が見えた! あ、あれは!?」
     トレッポはレンズの中に未来を見ました。未来の像では、トレッポは土煙にまかれ、何も見えなくなっています。その上、胸の辺りが血に染まっているのです。トレッポとしては、ただでさえ倒れそうな体調ですので、これ以上傷を負うわけにはいきません。黒狼の姿は依然見えません。ですが、確実に動いています。トレッポを仕留めるために、近づいて来ています。
    「くうっ、動け、僕の足!」
     トレッポは両手を地につけたまま、強く握りしめます。その拳の中に、土を握り込むほど強く。トレッポは手のひらの黒い土を見ました。
    「いや、僕はここから動かない! 動かないのがいいんだ! 動かないからこそわかるんだ!」
     自身の精霊の、丸太のように太い腕を出すと、地面をえぐり取ります。そのまま、えぐり取った土を、周囲にばらまきました。案の定、あたり一面が土煙に覆われます。そして、その土煙の一部が、奇妙に揺らいだのです。
    「そこだーッ!」
     トレッポは自身の精霊の腕で、力いっぱいにナイフを投げます。すると、土煙の中から血が噴き出て、トレッポの胸を、ムネアカヒワのように赤く染めました。
    「う……ぐうッ」
     土煙の中からうめき声がします。やがて、土煙が薄くなり、黒狼の姿があらわになりました。黒狼の横っ腹に、大きな裂け目が出来て、赤い血が滴っています。
    「貴様の能力……やはり『予知』だな! 先ほどから、私の動きを完全にわかっている! だが、これで私を始末できるとは思わないことだ」
     黒狼は荒く呼吸をしながら言いました。その時、トレッポの精霊が掘った場所が銀色に光りました。地中で細く枝分かれした筋が光っています。まるで光の根のようでした。その根には、小さなキノコのような姿の小人が二人ひと組でくっついています。黒狼の精霊の正体でした。すると、黒狼のお腹から流れる血は粘土のように形を変え、細い細いワイヤーとなって傷口を縫い合わせたのです。
     トレッポは黒狼の精霊の能力を予測していましたが、今の黒狼の血の動きを見て、確信に至りました。
    「やはり『鉄』と『磁力』だ! 磁力のような力で、鉄分を操作しているな! 身体から出てきたあの刃物は、どこかから入れたんじゃあない。僕の身体の鉄分で、刃物を創ったんだ。そして僕は鉄分を失ったから、貧血みたいな体調になったんだな。そして姿を隠すのも、磁力で鉄分を纏い、周囲の景色を身体に描いているんだ!」
     トレッポが先ほど土をまき散らしたのは、目くらましではありません。サトゥルーニャ島には、大昔に活動をしていた火山があります。その火山由来の土が、サトゥルーニャ島に恵みをもたらしているのですが、この火山由来の土には、『鉄分』が多く含まれています。鉄分を含んだ土が、黒狼の方に不自然に動いたので、トレッポは黒狼の位置を見破ったのです。
     ですが、黒狼は先ほどとあまり変わらない、落ち着いた様子で言いました。
    「よく見破ったな。だが、わが『アダマス・マグネティカ』の力を見破ったところで、もう遅い」
     黒狼はまた姿を消します。黒狼のお腹の底に響く声だけが聞こえてきました。
    「鉄分。それは、人間の生存に欠かせない成分であり、地球上のあらゆるところにありふれた物質だ。お前が先ほどまき散らした土の中にもな。さて、人体における鉄分の働きは何か? それは血液に密着し、体中に酸素を行き渡らせることだ。この鉄分が急激に失われると、どんなに呼吸をしようとも酸素を得られなくなり、端的に言えば――死ぬ」
     トレッポはいつの間にか、全速力で走った後のように大きく肩を上下させていました。けれど、どんなに呼吸をしても息苦しいのです。トレッポは傷口から滴る血を見ました。月の光に照らされた血は、黄色くなっています! 血が赤いのは、鉄分とタンパク質が結合して出来る『ヘモグロビン』が、赤い色だからです。その赤いヘモグロビンだけが急激に失われてしまったため、血液からヘモグロビンを抜いた色――黄色に変わっているのです。これでは、いくら呼吸をしようと意味がありません。蛇口を全開にしても、底抜けのバケツにいつまで経っても水が溜まらないのと一緒です。
    「お、王様……」
     トレッポは弱々しく言うと、うーんとうなってバタリと倒れてしまいました。

     トレッポが動かなくなっても、黒狼は観察を続けました。黒狼はとても用心深い性格ですから、うかつに近寄ったりはしません。『死んだふり』の可能性も考慮に入れていました。黒狼は崖下のブルーノ達の様子を見ました。彼らは依然、何かを待ち続けています。その周囲を、オランチアのリル・ボマーが羽音を響かせながら旋回していました。
     黒狼は大きな月を見上げます。
    「なるほど、引き潮か。奴らが待っているのは……。奴らは何かを掴みかけている。王の秘密を探る何かを」
     黒狼が呟くと、トレッポの身体が動きました。黒狼は感心して、言いました。
    「まだ動くか。大したものだ」
     すると、もぞもぞと動くトレッポの身体に異変が起こりました。見るからに大きくなっていくのです。少年の身体が、立派な大人の身体になってゆきます。この異常さには、さすがの黒狼も驚きを禁じ得ず、声を上げました。
    「奇妙な奴だと思っていた! だが、これは何だ!?」
     黒狼は地表の鉄分から、何本ものメスを創ると、勢いよく射出します。しかし、トレッポの背後から現れた深紅の腕が、すべてたたき落としてしまいます。ですが、トレッポには依然として黒狼の姿は見えていません。深紅の腕が、土をえぐり取ろうとしますが、黒狼の方もそうはさせまいとメスを飛ばし、その隙を与えません。
     黒狼の精霊は、黒狼自身を中心として地中に広がる『根』と根にくっついた小人です。ですから、自身の精霊で直接身を守ることはできません。身を隠さなければ、危険なのです。ですが、今はそれ以上にトレッポを危険視していました。
    「明らかにおかしい。最初は正真正銘、気弱な小僧だった。なのに、突然人が変わって、今は肉体が成長した!」
     黒狼はハッとしました。そして、ある一つの可能性に気づいたのです。
    「そうか、人が変わったんだ」
     気分が高揚してきました。もうずっと覚えなかった感情です。ずっと押さえられていた感情です。奪われていた感情です。長い間離ればなれになっていた恋人との再開を果たしたかのような、そんな心地すらします。
    「私が――私たちが待っていたのは、お前だ!」
     黒狼は駆け出すと、地表の鉄分からいくつもの丸鋸を作り出しました。丸鋸は、磁力操作によって高速回転しながらトレッポに向かってゆきます。トレッポの精霊は丸鋸を弾き飛ばすと、「そこか!」と叫んで、すかさず丸鋸が飛んできた方向に、先ほどたたき落としたメスを力いっぱいに投げます。
    「ぐああ!」
     悲鳴を上げたのはトレッポでした。トレッポの額から、メリメリと刃物が飛び出ようとしています。
     丸鋸はおとりでした。既に、黒狼はトレッポの背後にまわっていたのです。
     黒狼は執行を告げる処刑人のような調子で言いました。
    「この世には、『二つの人格』を持つ者がいるときいたことがある。時には、別の国の言葉を話し、顔つきや体つきすらも変わるという! あの小僧は、王の側近などではなかったのだ! 私たちの尊厳を、その命を持って返してもらうぞッ! とどめだ!」
     一瞬の出来事でした――銀色の月の光が、噴き出た赤い血を照らします。
    「ぐっ……!?」
     黒狼は膝をつきました。身体に無数に空いた穴から、どくどくと血が流れてゆきます。
    「この攻撃は……!」
     黒狼は振り返りました。背後には、オランチアのリル・ボマーが鈍く光りながら羽ばたいています。黒狼は血を吐きながら察しました。先ほどトレッポがメスを投げたのは、黒狼に向けてではありません。最初から、オランチアたちに向けて投げたのです。「オランチアのリル・ボマーは呼吸を探知できる。息を吸って吐くときに出る、二酸化炭素をな」心を凍らせるような、冷たい声が言いました。「今の私は、呼吸ができていない。死人と一緒だ。つまり、今オランチアが探知しているのは、お前の呼吸だけ。オランチアからしたら、ここのいるのはお前一人なのだよ、『リベリウス』」
     リル・ボマーの機銃がうなり、再び黒狼――リベリウスの身体を貫きます。流石のリベリウスも、どさりと横たわってしまいました。血が土に染みこんでゆきます。まだ息があるのも不思議な状態でした。
     そんなリベリウスに、トレッポ――いいえ、完全に姿を現した『王』が近寄り、冷たく見下ろします。
    「哀れだな、リベリウス。どんなに抗おうとも、お前達ごときにその首輪は外せない。愚かな甥の飼い犬ども。お前達のようなものに、手を差し伸べる者はいないのだ」
     リベリウスはぎろりと王をにらみつけます。ちょうど影になっているので、王の顔ははっきりと見えませんでした。リベリウスは最期の生命力を絞りきるかのように牙を剥いて叫びました。
    「たとえ、私の、私自身の意志と心が紙ペラ一枚の薄さまで削れても、諦めないぞ。私たちは自由になる! 誇りと尊厳を取り戻す! 貴様の人形にはならない!」
    「さっさと諦めろ。お前の部下は、今頃もうほとんど家畜同然になっているだろうよ。むしろ、私の家畜として生きる方が、よほど幸せだろう。どれ、まずはお前からだ。せっかく会えたのだからな」
     王はリベリウスの首に手を伸ばしました。すると、もはや死体同然のリベリウスの身体が、陸にあげられた魚のようにびくりと動いたかと思うと、鋭い牙を王の肩に突き立てたのです!
    「何ッ!? まさか貴様は!」
    「言ったろう。諦めないと。ここで私が斃れようと、あいつらが自由になるなら安いものだ!」
     王の背後にはリル・ボマーがいました。リル・ボマーの機体には、リベリウスの血が付着しています。その血に含まれる鉄分を利用して、自分の方に向けさせたのです。オランチアは、これを『攻撃』とみなしました。そして、今度こそとどめをさすために、機銃をうならせます。
    「エンペラー・クリムゾン!」
     王は叫び、時間を飛び越える能力を発動させました。しかし、ほんのちょっぴりだけ。誰も認識できないほどの短い時間だけです。ですが、リル・ボマーの弾を躱すには十分でした。
     リル・ボマーの銃弾は、王には当たらず、リベリウスにだけ着弾しました。リベリウスは、今度こそ力尽きました。
    「最後まで……厄介な男だ。この私が、感服を覚えるほどにな。だが、今はこの場を離れなければ! ブルーノやオランチアは、かならずここに様子を見に来る!」
     そう言うと、王は這うように、しかしできる限り素早く移動して、岩場に身を隠しました。
     王と入れ替わるように、オランチアとブルーノが崖の上に登ってきました。
    「よし、確実に死んでるよ、ブルーノ! 敵の正体は狼だ! ってことは、あのイタチとかの仲間?」
    「ああ。宝石のついた首輪もしている。だが――ここにはもう一人、誰かがいたはずだ」ブルーノは注意深くリベリウスを観察していました。「ほら、横っ腹に刃物で切ったような切り傷があるだろう。かなり新しい。お前のリル・ボマーによる傷ではない。だろう?」
    「ほ、本当だ。でも、呼吸の反応は一つだけだったんだよ! どっかに引っかけたんじゃあないの?」
     ブルーノは首を振りました。
    「この現場、土が抉られた形跡や、激しく動いたような足跡が残っている。恐らく、両者とも互角の実力で、激しく戦ったのだ。そして、この狼の相手をしていた者が、やむなくお前のリル・ボマーを利用した。呼吸の方は、どのように隠しているかわからないが、お前のリル・ボマーの性質を知っていると言うことは、なんらかの方法で回避している可能性が高い。要は、吐き出した息が空気中に漏れることを防げばいいのだからな」
    「じ、じゃあ、そいつを見つけないと!」
     すると、オランチアのレーダーに反応がありました。けれど、一人ではありません。複数人が連れ立ってこちらに向かってきます!
    「ブルーノ、団体さんだよ! オートモービルでやってくる! どうしよう、王の追っ手かな!?」
    「いや、気配を隠しもしない。夜の見回りかもしれないな。だが人目につくと厄介だ。オランチア、危険ではあるが今は本来の目的を優先する。行こう!」
     そう言うと、ブルーノとオランチアは元の場所に戻っていきました。王は、岩の影に身を潜めながら近づいてくるオートモービルをやり過ごします。そして、リベリウスの身体に近寄ろうと思っていました。リベリウスを『家畜』にする前に、血をすすって失った鉄分を補うために。
     ですが、オートモービルは通り過ぎるどころか、先ほど戦っていた場所で停車したのです。
    「一足遅かったか」人影のひとつがいいました。
    「だが、『回収』に支障はない」もう一つの人影が言います。
     そして、オートモービルから降りてきた連中は、テキパキとリベリウスの身体を持ち去るとそのままどこかに行ってしまいました。
     岩場から這い出た王は、呆然とその後ろ姿を眺めます。
    「な……なんだあいつらは! あんなこと、誰にも命令した覚えはないぞ!」
     王は唇を噛みます。そして、岩場に戻って、ネズミやカエルなどの小動物や、バッタなどの昆虫を手当たり次第に捕まえて、むしゃむしゃと貪ります。地面にはいつくばってむさぼり食うその姿は、ラティニアの王とは思えない姿でした。そして、この姿は、誰に見られているわけでなくとも、王自身が一番屈辱に感じています。口元を赤く染めて、悪魔のような、恐ろしい形相で王は言うのでした。
    「おのれ、私の国でこんな屈辱を味わうとは! 皆殺しだ! 生まれてきたことを後悔させてやるぞ!」
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