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    shimotukeno

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    曾祖父フゴから聞いた寝物語をもとに書いた童話を日本語訳したもの という設定の小説
    15  🆚チョコセコ 前編

    ##ジョジョと結晶の王国

    15 燃える王都船から陸地が見えてきたところで、ジョジョ達は船を下り、岸に向かいました。もちろん、ジョジョが生み出した魚たちに引っ張って貰って。
     岸辺に上陸したときにはもう太陽は高く上がっていました。ジョジョと入れ替わりで亀の外に出てきたオランチアとミシェレは、警戒しながら海沿いの村を覗きます。ロマティヌスに行くのに、オートモービルを『拝借』するためです。村はよくある漁村といった感じで、目につく範囲では怪しい人物は見当たりません。
     しかし、念には念です。ミシェレはオランチアにききました。
    「オランチア、どうだ? 怪しい奴はいないか?」
    「うん、大丈夫そうだ。この辺はほとんど誰もいないよ」
     オランチアの言葉に、ミシェレはぴくりと眉を動かしました。
    「本当に誰もいないのか?」
    「しつこいなあ。だって、呼吸の反応が全然――」
     そう言いかけたところで、オランチアも何かがおかしいことに気がつきました。
     今はお昼時です。天気も晴れています。
     でも、抜け殻のように、村に人間がほとんどいないのです。
     本当ならば、働いている人や、お昼ご飯を用意している人や、遊んでいる子供達が大勢いるはずの時間です。
     オランチアはいやな汗を背中にかきながら、周囲を見渡します。どうみても棄てられた村ではありません。大切に使われている小舟が波に揺られています。洗い立ての洗濯物が竿にはためいています。窓に飾られた植木鉢の花は、綺麗に整えられています。今の今まで、そこには誰かの日常がありました。人生がありました。でも、人だけが消えているのです。
     がらんとした人気のない広場には、小さなゴミがあちこちにちらばっているだけです。
    「なん、だよ、これ――? みんなどこにいったんだ……?」
    「おかしい! ブルーノ、何か――奇妙な感じだ!」
     すると、オランチアのレーダーに反応がありました。
    「だ、誰かいる! 村人だ!」オランチアはほっとして声を上げます。
     オランチアは反応のあった方に顔を向けます。一段高い場所にある家から男性が顔を覗かせています。海よりも真っ青な顔をしていましたが、オランチアたちの姿を見ると、心底ほっとしたように言うのでした。
    「た、助けが来たのか……!? なあ、おかしいんだ! 俺は夢を見ているのか? 女房の身体が、灰みてえに――」
     それが男性の最期の言葉でした。オランチアたちの方に歩み寄ろうとした途端、崩れるように足がつぶれ――足から上は階段を転がり落ち――一番下に落ちるのと同時に全身が灰のように崩れ去ってしまったのです! オランチアのレーダーからも、ふっと星が落ちるように反応が消えてしまいました。
    「な、なんなんだよォーッ!?」
     オランチアは悲鳴にも似た叫びをあげます。そして気がついてしまいました。広場や、あちこちにちらばっているものの正体に。それは人間の一部でした。手や、足や、頭の一部でした。身体の半分が崩れているのに、かろうじて息だけはある人もいます。本当は最初から村人の姿は見えていたのです。でも、認識できませんでした。こんな惨状を、認めたくなかったのです。
    「あ――ああ……」
     オランチアは恐怖のうめきを漏らしました。けれど、恐怖してなどいられません。オランチアはぎゅっと目をつぶると、ブルーノに言いました。
    「ブルーノ、既にこの村は攻撃を受けている! 村人は――ほぼ……全滅だ!」
    「敵の姿は!? どんな攻撃だ!」ブルーノは言いました。
    「敵は見えない! だが、身体が崩れている!」
    「……お前はなんともないか?」
    「今のところは大丈夫だけど……」
    「いや――」ミシェレが歯を食いしばっていいました。「俺の方は既に攻撃を受けているぜ!」
     ミシェレの手には、緑色の、カビに似た何かがこびりついています。そして、こびりついた部分がぐずぐずに崩れかけています。
    「ミシェレ、いつくっつけられたんだ!?」
    「わからねえ! 見えもしねえし、触れもしなかったからな。だが、肉がグズグズになる何かが、俺の皮膚の下から吹き出たように見えた! この村はもうヤバい。敵の手の中だ!」
    「沖へ戻って別のところに行った方がいいかも――」
     オランチアは呟きました。恐ろしくて、離れたい気持ちでいっぱいでした。でも、と彼の心の奥底が告げます。こんな惨状を見せつけられたのに、ただ背中を向けて逃げるのも、なんだか許せません。
     すると、ジョジョが亀の中から言いました。
    「いいえ、オランチア、ミシェレ。その攻撃には何かの『条件』があるはずです。機関車の老化の敵や、飛行船の敵の攻撃を思い出してください。きっと何かのきっかけがあるはずです。逆に言えば、そのきっかけさえ回避すれば、攻撃を受ける可能性は低くなる!」
     オランチアとミシェレは互いに顔を見合わせて頷くと、周囲を注意深く観察します。すると、偵察させていたバレッツ達が言いました。
    「馬や犬は元気そうだ!」
    「籠の鶏も生きてる!」
    「でも小鳥はやられてるぞ! 猫もいないや!」
    「ベッドの病人は眠ってるだけみたいだ!」
     オランチアもレーダーを敏感にして気配を探ります。確かに、馬や、犬や、鶏の反応はありますし、病人の反応もあります。よく見れば、地を這うアリや、芋虫は、何食わぬ様子でノコノコ移動しています。ミシェレはハッとしました。
    「もしかして、下への移動か……!? あの村人は、玄関を出て階段に降りた途端、崩れ始めた! 俺のはさっき、ブーツからピストルを取り出したあとのことだった……。馬や犬は繋がれているし、鶏は籠の中で身動きがとりづらい! 病人はベッドに横になったままだ! だが、野生の小鳥や猫は高いところから下りられるからな!」
     すると、ジョジョもいいました。
    「そうか――聞いたことがあります。『カビ』の中には、低い場所に移動して棲息範囲を広げたいのに、自力ではそれが難しい種がいると。そうした種のカビは、昆虫の体内に取り憑き、その昆虫が低い場所に移動したときに増殖して殺し、棲息範囲を広げるんだ! このカビは、自分の身体よりも低い位置に移動すると反応して攻撃を始めるんだ!」
    「だが、この精霊は、なんのためにそんなカビと同じようなことをするんだ!?」ブルーノはききました。
    「この精霊の射程距離を、広げるためです! 昆虫の死骸からカビが棲息範囲を広げるように、こいつもこのカビによって死んだ死体からカビの範囲をどんどん広げている! 死体が死体を作る連鎖! 精霊の能力は、ご存知の通り、保持者の精神を写しています! ふえ広がることがコイツの喜びなんだ! 能力を解除しないかぎり、どこまでも! こいつには、ひとかけらの良心も罪悪感もないんだ!」
     ジョジョは唇をわななかせながら叫びました。この殺人カビに取り憑かれても、上や真横に移動する分には問題ありません。ですが、下に移動するとカビは牙を剥き、宿主を殺します。そして死んだ宿主が新たな殺人カビの発生源となり、また別の標的に取り憑きます。そうして連鎖してゆくのです。そこにある命も、日常も、ただ自分の『喜び』のための道具としか見なしていないのです!
     怒りに震えているのは、ブルーノも一緒でした。ブルーノは亀の外に飛び出ました。そして、オランチアとミシェレにこう言います。
    「この精霊の能力がジョジョの推理通りなら、死体から離れれば射程距離から抜けられる、ということだ。今は見えない本体を探すより、この村を脱出し、ロマティヌスに向かおう。俺たちが動けば、奴は絶対に姿を現す! そこで迎え撃つのだ!」
     ブルーノ達は走りだします。海沿いの村は、内陸に向かって高くなってゆきます。このまま村の奥に進んでいけば、オートモービルもありますし、ロマティヌスに向かう道に出ることでしょう。幸い、カビは街道まで出ていないようです。街道のオートモービルは何事もなく行き来しています。
     しかし、そんなブルーノ達の様子を監視している影が二つありました。
    「ほほう! 奴ら、私の『グリーン・ドゥーム』の習性に気がつくとは、大したものだ!」
     道化師のような化粧をした男が目を輝かせて笑いました。縮れ毛をより合わせた房にして逆立てているので、何匹もの蛇が鎌首をもたげているようにも見えます。この男が、王の命を受けたゼッカラータであり、殺人カビをまき散らす精霊『グリーン・ドゥーム』の保持者です。
    「いやそうでなくては! だからこそ、『絶望』に満ちた表情が映えるというものだ!」
     月女神の塔の上で、ゼッカラータは手を叩いて喜びました。そして、傍らにいる青年、セッカートにこういいつけます。
    「さあ、ゆけ、セッカート! お前の番だ! お前の『ラグーン』で、奴らに絶望を味わわせろ!」
     潜水服のような精霊、『ラグーン』を身に纏ったセッカートは、高い塔の上から身を躍らせると、チャプンと地面に着地しました。
     さて、その頃ブルーノたちは階段を駆け上っているところでした。三人とも殺気だっています。もし、このカビの敵が現れたら、あらゆる手を尽くして、容赦なく倒すつもりでいました。ですから、ほんのささいな物音にも過剰に反応してしまうのです。
    「今度はなんだ!」
     カランカランと何かが落ちる物音に反応してミシェレが言います。落ちていくのは亡骸が手にしていた空のバケツでした。
    「バケツだ。急ぐ余り、蹴飛ばしてしまったのかもしれない」ブルーノが言いました。
     バケツは音を立てて階段の下へ落ちてゆき――消えました。
    「何?」
     ブルーノは眉根を寄せます。角度があっても見えないはずがありません。なぜかはわかりません。でも、異様なことだとはわかります。ブルーノの背中に冷たい汗が流れました。
    「ミシェレ、オランチア、何かがおかしい。急いで上に登るんだ!」ブルーノは叫ぶと、ミシェレが叫び返します。
    「登ってるさ! だが、おかしい――階段が、沈んでゆく!」
     見れば、階段部分が、壁から離れるように沈んでゆくではありませんか! 三人は壁にしがみつこうと手を伸ばします。けれど、壁に触れると手が沈んでゆくのです。足も沈んでゆきます。まるで、周囲がぬかるみになったように! 手すりが階段の下から少しずつ階段にのみこまれるように沈んでゆきます。何者かが、下から近づいてきているのを確実に感じます。
    「敵はもう一人――地面の中にいる! このままでは、下に行ってしまうぞ!」
     と、ブルーノは声を上げましたが、かといって、壁はまともに掴めません。そこで、ミシェレは側にあった標識をピストルで撃ちました。金属のポールはくにゃりとしおれた花のように倒れ、三人の救いの手となりました。ミシェレの機転で、三人はポールをよじ登って、どうにか上に移動することができたのです。
    「なんて相性のいいやつらだ! 下に移動すると攻撃してくる殺人カビと、地面や壁を泥みたいにする奴とはな!」
     ミシェレは思わず悪態をつきました。
    「ああ。コイツらは引き離して戦わねば、危険な相手だ」ブルーノが言いました。
    「それに、地中を移動されたらレーダーにひっかかりにくい。やりにくい相手だぜ!」オランチアも頬を膨らませます。
     しかし、三人に小さな希望が見えてきました。村の上にたどり着いたのです。オートモービルが何台もある中に、ドアが開きっぱなしのオートモービルがありました。その傍らには運転手の亡骸があります。その手に、鍵を握ったままの。
    「あのオートモービルを借りよう」
     ブルーノが言いました。二人も頷きます。そこでそのオートモービルの方に駆け寄ろうとしますが、上手く走れません。敵の能力で、地面がぬかるみはじめているのです! 足を取られて転んだら大惨事ですが、かといって急がないわけにはいきません。オランチアは気配を感じてハッと後ろを振り返りました。そこには、地面から男――セッカートが顔を出していました。必死な三人の姿をあざ笑うかのように。
    「アイツ!」
     オランチアはリル・ボマーの機銃をうならせます。セッカートが亀のように顔をひっこめると、リル・ボマーの銃弾は地面に跳ね返りあちこちに飛んでゆきます。セッカートの能力はただ『泥化』させるのではなく、固さを自由に操作できるのです。
    「くそーッ!」
     オランチアは地団駄を踏みました。すると、セッカートはオランチアに狙いを定めたようでした。石畳の石が柔らかくなった地面に引きずり込まれ、小さな地割れを作っています。その地割れが、オランチアの方にむかってきているのです。
    「オランチア! 車に乗れ!」
     鍵を手に入れたブルーノが叫びます。でも、オランチアは動きません。手だけを、ブルーノの方に伸ばしています。
    「そういうことか! ジッパー・マン!」
     ブルーノはジッパーマンの肘から上をジッパーでつなげて射出すると、オランチアの腕を掴んで一気に引き寄せます。
     セッカートはオランチアを地面に引きずり込もうとして顔を出します。でももうそこにオランチアはいませんでした。そのかわり、銀色に光る何か――リル・ボマーの爆弾が落ちてくるのが見えます!
     セッカートは持ち前の、動物のような反射神経ですぐに引っ込みました。そしてすぐに地面を固くして、爆風と爆煙から身を守ります。しかし――
    「ンぎゃァーッ!」
     爆発と共に、地面の中からセッカートの悲鳴が聞こえてきました。
    「よし、今のうちに距離を取るぞ!」
     ブルーノはオートモービルを発進させました。
    「い、今何やったんだよ、オランチア?」
     カビの範囲を逃れたところでミシェレがききました。オランチアはちょっぴり得意な顔をして答えます。
    「あいつ、地面の下を潜ってくるだろ? じゃあ何で俺たちを追いかけてきてるんだろうって考えたら、『音だな』って思ったんだ。だって、上の階の足音ってよく聞こえるからね。目で追ってきていないわけだから、あいつが俺を地面に引き込もうとするときは顔を出さなくちゃあいけなくなるだろ?」
    「まあ、そりゃあそうだろうけどよぉ」
    「顔を出して爆弾を見たらあいつは地面に引っ込む。でもあいつは『穴』を掘ってるわけじゃあなくて、能力で泥みたいにしてるんだ。地面に風や炎は遮られていても、音と衝撃は伝わるはずなんだ。壁に身体くっつけてるときに、反対側をハンマーで思いっきり叩かれたら、スゲーびっくりするだろ?」
    「お前……」ミシェレはあっけにとられてぽかんと口をあけました。「逆に何で算数ができねえんだ?」
     オートモービルはロマティヌスに向かって走っていきます。ひた走りに走れば、一時間ほどで向かうことができるでしょう。


    「うわーん!」
     その頃、ゼッカラータにとりすがって、セッカートが泣いていました。セッカートは、オランチアの爆弾の衝撃と爆発音をもろに食らってしまったので、怪我はなくとも耳をいため、しばらく目を回していました。
    「おお、かわいそうなセッカート!」セッカートを労るように抱きしめて、ゼッカラータはいいました。
    「予想以上にやる奴らだ。よし、最高の舞台を用意してやろう! 最高の晴れ舞台をな!」
     ゼッカラータは身の毛もよだつような、狂気的な笑みを浮かべました。
     
     ブルーノたちは、引き続きロマティヌスを目指して街道を走っています。車窓の景色をみていたオランチアがふいに口を開きました。
    「なあ、あの村も、様子がおかしくないか……?」
     ブルーノとミシェレも、道端にオートモービルを停めるとオランチアの指さす方を注目しました。言われてみれば、異様な静けさです。いやな雰囲気です。ところどころ煙があがっているのに、騒ぐ様子すらありません。
    「なあ、あいつらあの村に!」
    「だめだ!」ブルーノは、唇を強く噛みながら声を荒げます。「あの村は……ここより低くなっている!」
    「あっ……」
     オランチアの顔は一気に悲しみに染まりました。わかっていながらただ通り過ぎることほど、自分の無力さを感じることはありません。
    「悔しいのはわかるぜ、オランチア。俺も同じ気持ちだ!」ミシェレは言いました。「だが、奴らをぶちのめしてやれるのも俺らだけなんだ!」
     オートモービルは走り続けます。やがて、周囲が開けてきました。ふいにブルーノがひゅっと息をのみます。
    「なんだ、あの空は……!」
     王都ロマティヌスから、もうもうと黒い煙が上がっているのが見えました。一軒とかではなく、王都のあちこちで、同時多発的に火事が起こっているのです。オランチアとミシェレもあっと息をのみました。
    「まさか、あいつら先回りして、あのカビをばらまいたってのか!?」ミシェレが叫びます。
    「ああ! 七十万の人間を餌に、俺たちをおびき寄せているんだ!」ブルーノはいいました。
    「じゃあ、トゥルレウムへ行くことは!?」オランチアはききました。
    「王都ロマティヌスは、中心に向かってゆるやかな丘になっているから、トゥルレウムに向かう分には問題ない。だが、やつらがいるのも中心部だろう! 早く行かねば、トゥルレウムにいる者の身も危険になる!」
    「けど、あいつらは低い場所に陣取る方が有利なんじゃあねえのか?」ミシェレがききました。
    「あいつらは、殺戮を楽しむような奴らだ。最初から低い場所にいたら、俺たちは奴らに近寄ることすらできないし、カビの広がる範囲に制限が生まれやすい。だが高い場所に陣取っておけばそこからどんどん殺人カビが広がるから、奴らにとっての楽しみが増えるんだ。高い場所の方が、よく見えるしな。だからあえて高いところに陣取って、『我らはここにいるぞ。倒したければ、かかってこい!』と言っているのだ! だが、こんなこと――王都の人々を犠牲にするだなんて、王は、ティラブロスは承知なのか!? 民なき王だなんて、成り立つわけがないッ!」
     ブルーノはハンドルを拳で叩きます。王都ロマティヌスは先ほどの村とは訳が違います。人口が桁違いですし、中心部からは無数の道が蜘蛛の巣のように――都の外に広がっています。死体から死体へとあっという間に広がるでしょう。最悪の場合、被害は王都だけではすまず――王国中に殺人カビが蔓延する可能性があります!
     それを知りながら、この殺人カビを解き放ったのです!
     すると、亀の中からジョジョが言いました。
    「これは、『復讐』なのかもしれません。ティラブロスはかつて英雄ロマティヌスに倒された。ロマティヌスに対する強い恨みがあるのです。そのロマティヌスの名を冠した都を……彼が作り上げた国の子孫に害を為すことで復讐しているのではないでしょうか。最初から『復讐』が目的なら……あんな薬をはびこらせ人々を不幸に陥れるわけもわかります!」
     オートモービルはそのまま王都ロマティヌスに入りました。すでに王都はひどい有様です。ぐったりとした子供を抱え、助けを求めて坂を駆け下りる父親の身体が崩れてゆきます。モトに乗りながら身体が崩れていく人がいます。あちこちで事故が起き、助けようとして、死んでゆく人がいます。悲鳴すら灰となって砕け散ります。赤い炎が窓からゆらめいています。黒い炎が墓地の糸杉のように方々に立ち上っています。ロマティヌスは死の街となっていました。これでは、トゥルレウムで待つ人物の無事もあやしいものです。
     それでも、信じて行くしかありません。希望を繋ぐために。一つでも多くの命を繋ぐために。
     トゥルレウムに向かう坂道を登っているときでした。上空が暗くなったかと思うと、フロントガラスにカビに食われた死体が落ちてきたのです! ブルーノたちはオートモービルから飛び出て、頭上を見ます。上空には小型の飛行船が飛んでいました。
    「アイツかッ! ミシェレ、オランチア、あの飛行船を撃ち落とせ!」
     ミシェレとオランチアは飛行船に向かって銃弾の雨を浴びせます。しかし、弾は突然現れた『壁』に弾き飛ばされてしまいました。セッカートが液状化した石をばらまくと同時に、着弾に合わせて硬化させたのです。そして、セッカートは飛行船から飛びおりると、飛び込み選手のようにきれいに『着地』しました。そして周囲をぬかるみに変えながら、地面の中を泳いで向かってきます。
    「や……野郎ッ、坂の上からやってくるッ! 後ろには引けねえぜ!」ミシェレが叫びます。
    「この地中の男は俺とオランチアが対応する! ミシェレはあの飛行船に集中しろ!」ブルーノが言いました。
     しかし、飛行船は既にミシェレの弾丸射程から抜け出しています。弾丸が当たったところで、撃墜まではいかないでしょう。
    「くそ、間に合わねえ!」ミシェレが歯がみしたときでした。
    「いいや、ミシェレ! 撃つのはあの建物です!」
     亀の中から出てきていたジョジョが言いました。ジョジョはミシェレのピストルを持つ手に自身の手を重ね弾丸を発射します。弾は、建物の壁にめり込んでいきました。
     飛行船の操縦席で、男が笑っているのが見えました。必死に撃った弾丸が、かすりもしないのをあざ笑っています。ですが、ジョジョとミシェレのねらいは命中しているのです。
     着弾地点からぐんぐんとつるが伸び、飛行船をとらえます。つるは成長して強靱な幹となり、飛行船のガス袋を突き破って完全に固定してしまいます。カビの力で朽ちさせようにも、もう何も出来ませんし、もう満足に飛ぶこともできないでしょう。
    「よし! これでもう、やつは飛べない! ミシェレ、今こそやつに報いを与える時です!」
    「わかった! やってやろうぜ、ジョジョ!」
     ジョジョとミシェレは頷き合います。すると、ブルーノが言いました。
    「ジョジョ、ミシェレ、カビの奴は任せる。俺たちは、地中の男をやる!」
    「こっちは任しとけ! また後で会おうぜ!」
     オランチアが力強く笑いかけました。
     二手に分かれた彼らは、傍目には爽やかな様子で互いに背中を向けました。ですが、その心には、これまで感じたことのないような怒りを煮えたぎらせていたのです。
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