円環 カルサー谷の忘れ去られた聖域――何重にも重なった台地の頂きに近いところにイーガ団のアジトの入り口はあった。
筆頭幹部であるスッパは今日も今日とて仕事に勤しんでいた。今日は団内の武器庫、食糧庫などの倉庫の一斉点検の日であった。厄災復活のため尽力し始めて以来、物の出入りは激しくなり点検も一筋縄ではいかなかった。スッパはその指揮をとるため各倉庫へ赴き、指示を仰がれれば命令を下し、監督を務めていた。
団内は忙しなく、通路も団員の往来が激しい。最後に医務室にやってくればこちらも薬や器具の点検を行う団員たちで溢れていた。その中に言葉通り、異色の人物がいた。赤い装束を皆が纏い、とくに医務を司る者たちは白い羽織をしている中、その人物は裾の長い紫衣を纏っていた。
「スッパ様、ご足労頂きありがとうございます。こちらはだいたい完了いたしました。今日できる分の報告は巻物にまとめましたのでこちらをどうぞ」
「ご苦労、さすが普段から事務仕事も多いだけあって早いでござるな」
「どこもそうだとは思いますが……モノがなければ仕事になりませんし、一刻を争う事態にも対応できませんからね」
医務の長を含め、ここで働く団員たちは通常構成員と呼ばれる団員ほどの背丈しかない。医務の長もまたイーガ団内では幹部クラスではあるが、彼は戦闘を行わないためそれほど筋肉もない。しかし一度仕事となれば一昼夜かけて団員の怪我を治療する気概の持ち主でもあった。
「占い師殿はどうだ?」
「アストル殿ですか。ええ、よく働いて頂いています。私どもの知らぬ薬の調合も知っているのでそれは任せています」
「ほう……」
あまり人と群れることをよしとしなさそうには見えていたが、スッパが盗み見ると同僚となった医務室の団員と何やら話し込んでいた。そして木箱をその団員から受け取ると一度、落としそうになるが持ちこたえてそれを運び始めた。そして彼は医務室から出て行ってしまった。
「アストル殿を見ておられるのですか?」
「うむ。何やら持って出て行ってしまったでござるな」
「何か不要な物でも出たのでしょう。他には何かございますか?」
「いや、こちらからは以上だ。仕事を続けてくれ」
「はっ」
スッパは巻物だけ持ち医務室から去った、そしてアストルを追った。
アストルにはすぐに追いついた。木箱をもってヨロヨロと歩いている。
「占い師殿」
「ん……スッパか」
アストルは声を掛けられるものの、持っている荷物で精一杯のようで振り向きもしなかった。
「自分が手伝おう」
「要らん。お前にも仕事があるのだろう」
「しかし……」
どう見てもアストルの足取りは不安げだ。いつその木箱を落とすのか時間の問題にさえ思えた。
アストルの前に立ちふさがり、スッパは問答無用で木箱を奪った。
「貴様!」
「どこに運べばいい?」
「…………私の部屋だ」
アストルはすっかり立腹しているようだったし、スッパも別に感謝されたくてやっているわけではなかったのでそれでよかった。スッパにとって木箱は軽いものだったが、普通の人間であれば重いことはわかっていた。それを足にでも落としてアストルが痛がる情景がスッパの頭にはあった。そういう事態にさえならなければなんでも良かった。
アストルの部屋にたどり着くと彼の私物で溢れており、ここも点検が必要なのではないかと思わせる程だった。しかし私室は本人らに管理を任してあるものなので、必要以上に干渉することは通常しない。
「机の上にでも置いておけ」
「わかった。……占い師殿、中身を訊いても?」
アストルは自室にあるアルコールランプに火をつけるとそこに鍋をかけ、お湯を沸かし始めていた。お茶を用意しているのだろうと見て、とりあえず歓迎はされているらしいことをスッパは知った。
「材料だ、実験用に分けてもらった」
「薬のか? それにしてはかなり重たかったようだが」
アストルが木箱に近づくと蓋を開けた。するとなるほど、そこには大小さまざまな鉱石があった。
「どちらかと言うと装備品だな。占い師はまじないの一つとして鉱石をお守りに加工する者もいる。有名なのはゲルド族の装飾品だが、占い師が作るのはもっと質素なものだ。中には袋に石を入れてまじないをかけただけのものもあるしな」
コポコポとお湯が沸く音がしてアストルはまた茶の準備に取り掛かった。スッパは木箱の中の鉱石を手に取る。確かにイーガ団が資金集めのため運営している商会で扱うには少し小さいものたちばかりだった。しかしどうしてそれが医務室にあったのだろうか。もしかしたら巻物に書いてあるかもしれない。
「ん」
アストルができたばかりの茶をスッパに差し出してきた。かたじけないでござる、とスッパはそれを受け取りつけていた面をずらしてそれを飲んだ。
「アストル殿」
「なんだ」
「一つ、自分にもそのお守りを見繕ってはもらえぬでござるか?」
「お前に?」
明らかに嫌そうな顔をアストルはした。
「お主も作るのでござろう?」
「そうだが…………実験なのだから、あまり知っている者に与えたくは…………」
「何か不都合でも?」
アストルは歯ぎしりでもしそうな口で言葉を詰まらせている。相当、言いたくないらしい。
「そもそもどうして実験をしようなどと」
「…………資金源になると思ったのだ。私が占い師として働いているときもよく売れた」
「ならどうせ俺にもすぐわかることではないか」
アストルは体を力ませていたが、観念したのかハァ……と溜息をついて棚から小箱を取り出した。それは流麗なゾーラ族の細工が施されたものだった。その箱を開けると青い天鵞絨のクッションの上に小さな宝石を抱いた細い円環たちが輝いている――――指輪だった。
「なるほど、指輪でござるか。にしてもどうしてそんなに嫌がって…………」
と言ったところでスッパもようやく気付くが、その反応でアストルもとうとう恥ずかしさがピークに至ったらしく小箱を机の上に置くとどうあがいても押し出すことのできぬ目の前の巨体を両手で押し出し始めた。
「私は答えたぞ! 帰れ!」
「いや、占い師殿! つまりそれは……」
「言うな馬鹿者!」
結局、スッパが動かないと悟ったアストルは自室にも関わらずスッパを残し出ていく始末。スッパもまだ仕事の最中であったことを忘れてアストルを追い部屋を出て行ってしまった。
210613
ハイラルでも「えんげーじりんぐ」なんですよね。指輪を相手にあげることは恋人間でやること、ということにしてくだせぇ。
アストル君はスッパさんを意識してるので、指輪を自分から上げたくなかった。けど、そもそもそんな反応をしたこと自体が間違いだったことをスッパが悟ったあたりで気づき、恥ずかしくなって逃げてしまいましたとさ。あーあ。