AI版 私の最後を君に ああ、本当に今日で終わりか。
暗い海を見つめながら、弥鱈は心の中でつぶやいた。
「のう弥鱈、旅行でも行かんか?」
門倉からそう誘われたのは2週間前。弥鱈は内心驚きながらも、いいですよぉと気の抜けた返事で承諾した。驚いたのは自分も同じことを考えていたからだ。
門倉と所謂セックスをする関係になったのはおよそ1年前。およそというのは建前で、本当ははっきり覚えている。1年前の、2月28日。ずっと焦がれていた男が、自分に欲情して腰を振って何度も名前を呼んで、そんな日を忘れられるわけがない。
てっきり一夜限りの関係かと思ったが、存外門倉は自分の体を気に入ったようで、誘われるがまま体を繋げる関係になっていた。
時が経つにつれ、情事の前後に食事を共にしたり、門倉の買い物に付き合って出かけたりもするようになった。だがあくまでセックスをする関係。それ以上でもそれ以下でもない。
いつ終わるともしれぬ関係は、常に死と隣り合わせな立会人にはちょうど良かった。少なくとも門倉はそう思っていたのだと思う。
しかし弥鱈は自分の中で、こんな関係は明日にでも終わるだろうという冷えきった感情と、いつまでも続いてほしいという生温い感情がせめぎ合って波を立てていることを分かっていた。分かっていたとて、そこに意味はない。続こうが終わろうが、自分は目の前の現実を受け入れるだけだ。
***以下AI***
だから、まさか自分が門倉に誘われるとは思わなかったのだ。
2人で行くならどこがええんじゃろ?などと楽しげに話す門倉を見て、弥鱈は思わず笑ってしまった。
「おどれ何がおかしいんじゃ」
「いえ、なんでもないです……ただ」
ただ、私達はいつも通りホテルに行くだけじゃないですかぁ。
喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。言ったらこの時間が終わってしまう気がする。
行きたいところなど特になかった。強いて言うならば海が見たかった。あの暗く深い海の果てへ連れていってくれる男と一緒に行けたらどんなに良いだろうかと。結局その日は何も決まらず解散となった。
そして当日、待ち合わせ場所に現れた門倉に開口一番「お前、なんかあったんか?」と言われた。
別に何もありませんよぉと言いつつも、弥鱈は少しドキリとした。まさか自分の思いを見透かされたのかと思ってしまったからだ。
「まあ、そういうことにしといてやるけぇのお……」
門倉の言葉の意味はよく分からなかったが、とりあえず電車に乗り込んで目的地へと向かった。到着した先は観光地だった。2人は海が見える公園で昼食を取り、それからぶらぶらと歩いて回った。
弥鱈は何気なく見た土産物屋にあった小さな置物を眺めていた。それはどこかで見たことのある形をしていた。
(……あれ?)
弥鱈は目を凝らす。すると記憶の中の風景とそれが重なった。そうだ、これは初めて門倉と寝た時に買ったものだ。
そう思うと同時に、急に恥ずかしくなった。何故今まで忘れていたんだろう。門倉の方を見ると、彼はこちらに気づいていなかった。弥鱈はそそくさとその場を離れた。
その後はまた適当に歩き回り、日が暮れてきたところで宿に向かった。食事を終え風呂にも入り終えると、後はもう眠るだけだった。
弥:では今日はこれで帰りますねぇ
門:おう、明日な
いつものように挨拶をして別れようとした時だ。
弥:…………
門:なんぞ言いたいことでもあるんかい?
弥:……えーとですね、実は私、今日誕生日なんですよね
門:は!?
突然の告白に門倉は驚く。
弥:なのでひとつお願いがあるんですけどぉ
門:なんじゃあ!言えや!!
弥:えっ、いいんすかぁ!
門:ええいかまわん!言え!!
弥:セックスしたいです
門:は!?
弥:セックスしたいです
門:聞こえとるわい!!!
弥:だってセックスしかすることないじゃないですかぁ
門:あるじゃろがい色々!!ほれなんか欲しいもんとか食いたいとかないんか!!
弥:う~ん……特に無いですねぇ
門:ほんならワシのやりたいことでもええんか!?
弥:どうぞご自由にぃ
門:おどれが誘ったんじゃからな!文句言うなよ!!
そう言って門倉に押し倒された。そこからはいつも通りだ。2人で抱き合い、快楽を貪り、欲を放った。
終わった後、ベッドの上で煙草を吸っている門倉の横顔を見ながら、弥は思った。
弥:(セックスは、好きな人とするものなんだ)
門:おい弥どした?ぼけっとして
弥:いえ、ちょっと考え事をしてました
門:何をじゃ
弥:さっきの話ですよ。セックスって好きな人とするものだったんだなぁと思いまして
門:今更何を言うとるんじゃおどれは
弥:いや、ずっとそんなこと考えたこともなかったので
門:そういえばそうやったのう
弥:だから、まあ、その、ありがとうございます
門:は?
弥:こういうのもたまにはいいかなと思っただけです
門:……そうか
弥:はい
門:なら良かったわ
弥:はぁ
門倉は照れたように頭を掻く。
「弥鱈」
「はい」
「……来年もまた来るか」
「え」
「私は別に構いませんが、門倉さんは他に用事があったりするんじゃないですかぁ?」
「ええじゃろが、付き合え」
「まあ、いいですけど」
「よし」
「何が『よし』なんですか」
「ところで門倉立会人、1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんじゃ?」
「何故いきなり旅行に行こうなどと言い出したのですか?」
門倉はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……ま、ええじゃろ。いずれ分かる時が来るけぇのお……」
「?」
(あの時の門倉さんの表情……一体どういう意味だったんでしょうねぇ)
弥:とまあこんな感じで、私の誕生日は毎年一緒に過ごすことになりました。
巳:へぇー、そうなんですか。
弥:でもまあ、悪い気はしないというか……。正直楽しかったですね。
巳:そうなんですね。仲が良いんですね。
弥:そうかもしれません。
巳:そう言えば、弥鱈様はどうして立会人になられたんですか?
弥:私が?そうですねぇ。
昔、まだ小さかった頃のことだ。
弥:ねえパパ、見てこれ。
父:うん?
弥:すごいでしょ。僕が作ったんだよ。
父は弥の手の中にあるものを見て笑った。
父:凄いな。上手にできたじゃないか。だけどこれは売り物にならないな。
弥:どうして?
父:この絵具は少し色が薄すぎるからな。もっと濃い色でないと商品にはならないよ。
弥:そっかー……
幼いながらに弥は悟った。自分は父親にとって、ただの絵具を作る道具に過ぎないということ。だがそれでもよかった。
弥:分かった。じゃあもっともっと上手くなる!
そして数年後、父が死に、母が死んだ。弥はまた独りになった。
完