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    はねみな

    ( ╮╯╭)<ほどよく

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    はねみな

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    🐉🔥
    ものすごーくとりとめない

    「わ」
    咄嗟に声を飲み込んだが、少し外に出てしまった。試合が終わり、控室に戻ってきたオレの目の前、ロッカーと壁の隅でカブさんが足を投げ出す格好で眠っている。シャワーを浴びて力尽きてしまったのだろう、大きめのベンチコートから出ている足は靴も靴下も履いていない。生乾きの前髪が額を隠していて、寝顔をいつもより少し幼く、穏やかに見せている。半開きの口からは気持ちよさそうな寝息が微かに聞こえてきて、それが聞こえる距離まで近寄り、床にしゃがみこんだオレは、
    「かーわい」
    足を抱え、膝に顎を乗せ、緩む顔を抑えきれない。
    いいのかな、こんな無防備なところ見せて。可愛い寝顔を観察しつつ、ちょっと複雑な気持ちになる。
    オレはカブさんに何度か好意を伝えている。真剣に言って真剣に断られるのが怖いから、何かの折に触れて、
    「カブさんサンキュー! もー大好き!」
    だとか、
    「カブさんってそんな顔するんだ、可愛いね、好きだなあ」
    とか、ちょっと本音を付け加えるだけの伝え方だけど。
    いつも困ったように笑って、はいはい、って返してくれるカブさんは、きっとオレの本気には気づいていない。気づかれてぎくしゃくするのも嫌だから、今はこのままでいいと思っている。
    しかしそれはそれとして、こんな風になんの警戒心もなく寝顔を晒されてしまうとオレさまの情緒は大変に乱れてしまう。可愛い。ずっと見ていたい。できればちょっと触りたい。前髪を掻き上げて、後ろに撫で付けて、額に触れて、指を頬に滑らせて、そのまま少し開いている唇に指先で触れて、それから――、
    「ばか」
    不埒な妄想で胸の奥が熱くなってしまい、慌てて思考を止める。
    本当、人の気も知らないで。今は知らなくてもいいんだけど。
    大きくため息を吐き、オレは寝ているカブさんの肩に手をかける。
    「かーぶさん、起きて、風邪引くよ」
    軽く揺すると、びくん、と身体が跳ね、前髪の向こうで目が開いた。
    「……あ、キバナ、くん」
    「キバナです。起きた?」
    うん、と頷き、カブさんは手のひらで目を擦り、
    「シャワーを浴びたところまでは覚えてるんだけど」
    いつの間にか寝ちゃった、と恥ずかしそうに笑う。そういう無意識に可愛いの、心臓に悪いから控えてほしい、と手でパーカーを握りしめながら歯を食いしばりつつ、
    「寒くないですか? 大丈夫?」
    努めて冷静にカブさんを心配して、
    「うん、ありがとう、ごめんね」
    いつものように困った顔で笑うカブさんに、ううん、と首を振って、とびきりの笑顔を見せた。

    「それじゃあお先に」
    タオルや着替えを入れたバッグを肩に掛け、カブさんが声をかけてくる。
    「はーい、お疲れさまです」
    パーカーをロッカーに入れ、シャワールームに行く準備をしながら、オレはカブさんに軽く手を振った。
    と、
    「……あの、キバナくん」
    何か言い忘れたことでもあるのか、カブさんがオレを呼んだ。
    「はい」
    「あの……」
    言い淀み、目をわずかに伏せ、カブさんは肩に掛けたカバンのベルトを両手で握りしめる。
    わかりやすい不穏な雰囲気に、少し血の気が引いた。何だろう。オレ、何かしたか? さっきちょっとヨコシマな妄想してたのバレたとか? いやカブさんエスパーとかじゃねえし、それはないと思うんだけど。
    努めて、冷静に。内心の動揺を表には出さず、オレはカブさんの言葉を待つ。
    「さっき、ぼくが寝てたときにね、」
    え。ええ。まさか。まさかマジでバレた? カブさんマジでエスパーだった?
    心臓がばくばくと鳴り始める。まずい、ちょっと冷静になれない、かも。待って、助けて、ごめんなさい、いやでもまだ何もしてないです、ただ妄想してただけなんです、すみません、許して。
    「……キバナくん、どうしてぼくに触ってくれなかったの、かな、って」
    「へ?」
    思わず間の抜けた声を出してしまった。カブさんはぎゅう、と手に力を込め、じわじわと顔を赤く染めていく。
    「可愛いって、言ってたの、そういう意味じゃなかったかな」
    「え……え?」
    「好き、って、言ってくれたのは冗談、だったかな」
    だったらごめんね、ごめんなさい、ぼくちょっと勘違いしてたみたいだ、恥ずかしいね、ごめんなさい。
    矢継ぎ早に口から零す言葉を止める隙がなく、
    「はずかし……」
    とうとうその場にうずくまってしまったカブさんに慌てて駆け寄り、駆け寄って膝をついて、頭の中がぐるぐるしてどうしたらいいのか一瞬わからなくなって、
    「カブさん」
    名前を呼んで、
    「顔上げて」
    耳まで真っ赤になっているカブさんの頬に触れて、恐る恐る顔を上げたカブさんの泣きそうな顔が視界いっぱいになるから、
    「可愛い、……大好き」
    吐き出すように囁きながら、触れるだけのキスをした。

    「触ってほしかったの?」
    「うん」
    「いつから?」
    「ちょっと前、から」
    「そっかあ、ごめんね、気づかなくて」
    「ううん、ぼくも、言えなくて」
    「これからたくさん触っていい?」
    「うん、お願い、します」
    「お願いされました」
    額に唇を落とすと、くすぐったそうにカブさんは笑った。そうして、
    「キバナくん」
    「ん?」
    頬に添えたオレの手に甘えるように顔を擦り寄せ、
    「お願い……します」
    恥ずかしそうに、でもしっかりオレの目を見ながら言ったさっきと同じ言葉は、きっと、多分、少し違う意味で。だから、
    「少し待ってて。一緒にかえろ?」
    甘い声で囁いて、
    「……うん」
    頷いたカブさんをめちゃくちゃにしたい衝動を抑えながら、シャワールームに駆け込んだ。

    オレの可愛い人は、いろいろ意外と大胆です。
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