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    はねみな

    ( ╮╯╭)<ほどよく

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    はねみな

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    🐉🔥
    ふわふわしてる

    この人は何にもわかっていないし、何にも知らない。自分以外の人のことやポケモンのこと、世の中のことには詳しいのに、自分のことになると本当に何にも知らなくて、わかってなくて、オレはときどき頭を掻きむしりたくなるくらいじたばたしたり、イライラしたり、怒れてしまったり、心配になったりする。
    「どうかしたかい?」
    今だってそうだ。偶然更衣室で二人きりになって(正直オレの方は二人きりになるタイミングを狙っていた)、着替え中のこの人をロッカーとオレで挟むように近寄り、腕でロッカーの扉を押さえ、
    「ね、カブさん」
    色を含んだ声で名前を呼んで、見上げてきたこの人が、きょとんとした顔をするから、少しは察してくれ!と心の中で地団駄を踏む。
    「キバナくん?」
    いーっ、と顔をしかめるオレを心配そうに見上げながら、カブさんは可愛らしく首を傾げる。本人には可愛くしてるつもりなんて微塵もないんだろうけど、オレにはめちゃくちゃ可愛く見える。
    「あー、ええと」
    可愛いと思ってるだけじゃ始まらない。軽く頭を掻き、オレは改めて近い距離にいるカブさんに向き合う。
    「考えてくれました? 前言ったこと」
    回りくどいのはナシだと直球を投げたつもりが、
    「前……? ごめん、何だっけ?」
    また首を傾げられ、本格的に脱力しそうになった。マジか、マジだよ、マジな顔だわ、これ。なんてこった。
    はー、とため息を吐いてしまったのは許してほしい。こんなことで諦めるオレではないけど、忘れられるのはちょっと辛い。
    「好きだって言ったこと」
    「あ」
    やっと思い出したのか、カブさんは少し目を伏せる。
    「お付き合い、してほしいです。オレと」
    「……それは、難しいなあ」
    「なんで?」
    うーん、とカブさんは笑っているような困っているような声を出す。
    「嫌いですか、オレのこと」
    「嫌いじゃないよ」
    「じゃあ好き?」
    「どうかなあ」
    「お試しで付き合ってみるのは? ダメ?」
    「うーん」
    どうにも煮え切らない。きっと何か優しくて曖昧な断り方を考えているんだろう。ここで落とさないと多分一生無理だ。きっと無理になってしまう。だってこの人は本当にわかってない、わかろうとしていないんだから。
    「カブさん、お願い」
    オレはシャツの裾を握りしめているカブさんの手に自分の手を重ねる。そのまま片腕で軽く抱き寄せて、髪に顔を埋め、洗いたての匂いを軽く吸い込んだ。
    「ちゃんとこたえて」
    「……うん」
    小声で返ってきた声は、肯定なのか否定なのかがやっぱり曖昧だ。身体が逃げる気配はないのに、声と気持ちだけが逃げまくっている。
    「怖い?」
    髪に唇を寄せたまま尋ねる。
    「どうして?」
    「そんな感じ、するから」
    「そうかい?」
    「うん」
    そうかあ、とカブさんは少し笑う。
    「そうかもしれないね」
    そうして、少しオレの方に身体を寄せて、
    「ぼくでよければ、」
    そうおざなりにするように、蔑ろにするように言うので、
    「そうじゃない」
    遮るように首を横に振った。
    「そうじゃないよ、ちゃんとわかって」
    あなたでないと意味がない。
    ちゃんとわかってほしい。
    この人は本当に自分のことになると何にもわからなくなるんだから。
    「カブさんがいいんだよ」
    「……うん」
    曖昧な返事はいつも通り。少しは進展したけど、まだ無理かな。
    そう思っていると、
    「ぼくも、キバナくんがいい、かも」
    え、と声を出しそうになり、どうにか飲み込む。
    「あっ、迷惑だったら、全然、全部無かったことにしてくれていいからね、本当に、全然ぼくは平気だから」
    何を今更。どうしてそういう発想になるのかさっぱりだけど、自分のことだけわからなくなってしまうこの人なりの精一杯だということは痛いほどわかる。
    「言質取りましたよ?」
    両腕でカブさんを抱きしめる。腕の中の身体が少し固まったのを感じながら、もう逃がすつもりはない。
    「う、うん、本当、無かったことでも全然」
    「そっちじゃなくて」
    俯く顎を手で持ち上げ、強引にこっちを向かせて、
    「オレがいいって言った方」
    「あ」
    何か誤魔化そうと開きかけた口を塞ぎ、軽く触れたまま、
    「大丈夫だから、それ、忘れずにいて?」
    ね、と唇の先で少し音を立てると、
    「……ん」
    曖昧じゃない返事が小さく確かに聞こえた。

    少しずつでいいよ。
    わかってね。
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